『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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Eye of the Storm

 

心地よい微睡みの中、豊久は己を呼ぶ声に気が付いた。

 

『殿。殿。とーの。起きやったもんせ。……あぁもう、()()()()

 

柔らかく、それでいて芯の強さを感じさせる声に、ただ1人だけがする呼び方。忘れたくても忘れる筈はない。

 

『てげてげに起きやったもんせ。今日は天気良かで、布団も早う乾きもんそ。領民達からも帰着ん挨拶ばあっち、いつまでもごろごろしてっじゃなか』

 

声の主が枕元へと近付いてくる。呆れたような声と共に肩を揺すられるのも、随分と久しぶりな気がする。

 

『むぅ……夜遅くまで浴びっほど酒ば飲んで張り切って、挙句の果てにお寝坊なんち早死しても知んはんよ』

 

久方ぶりの自城なのだ、多少羽目を外しても文句は言われないだろう。それに寝坊したのは一体誰のせいだと…………いや。自城?

 

『……見送った時は、もちっとむぜ(可愛い)お顔しちょったのに。いっの間めかこげん逞しくなってしまって。じゃっどん、寝顔ば子供(こどん)っぽいのは相変わらじじゃっど』

 

くすくすと笑いながら彼女は豊久の布団を捲りあげ、その中へと身を滑りこませる。微かに香るのは、彼女がいつも纏わせていた椿の香───ではない。

 

『ほーら。とよさぁ。()()()()()()()()()()()()()。じゃっどん万が一間違(まっ)げばあったら許しもはんから。とよさぁん嫁御(よめじょ)ば、私じゃっでね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そげに釘刺さんでん良かじゃろ…」

 

懐かしい夢だった。一度目の朝鮮の陣から佐土原へと帰着した時…妻と再会を果たした頃の夢である。

何か最後にとんでもない事を言われた気がするが、たおやかに見えて実はかなり気の強いあの奥のことだ。豊久自身のつまらない妄想と切って捨てるには、些か心当たりがありすぎる。

 

なので。

 

「お目覚めになりましたか」

 

「おう。で、詩乃。ぬしゃ(ない)しとる」

 

「?我がご主君に心地よい目覚めを、と思いまして。他人に慌ただしく揺り起こされるよりかは、人肌の温もりで自発的に起きて頂いていた方がよろしいでしょう。それとも私のような貧弱な身体では、かえってご不快でしたか?」

 

早速呪殺されそうな眼前の光景を、一刻も早くどうにかするところから始めたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鵜沼城の戦い、そして詩乃の帰服から早五日。

 

「し、新主への忠誠に篤いのは良いと思うんだけどさ、流石に寝所まで押しかけるのはどうかなー、なんて…」

 

「下働きは新参者のお役目、ころの…いえ、蜂須賀どののお手を煩わせるまでもありません。ええ、このような重労働を先達に任せ切りなどとてもとても…」

 

「わざわざ言い直さなくて良いよ!?と言うか詩乃は豊久さまの寝顔見たいだけでしょ!」

 

「ふふ、寝起きのお顔は可愛いらしいのですよ。戦場とは違って」

 

「かっちーーーーん。良いもんね、私諱呼び許してもらった一人目だし。墨俣の後頭撫でてもらったし」

 

「そ、それを言うなら島津衆第一号は私だよ!近侍だもん!頭良いって褒めてもらってるもん!」

 

「えー、そしたら雛は桶狭間で助けてもらったけどなー。鬼にやられそうになった時、颯爽と駆け付けてバッタバッタと敵を薙ぎ倒すトヨさん、かっこよかったな〜」

 

「「「ぐむむ……」」」

 

「何馬鹿をやっとるんだ貴様らは」

 

周囲の面々も、既に詩乃の存在をすっかり受け入れ(諦め)ている。むしろ、ある一事をもって奇妙な友情で結ばれつつあった。

 

「キェェェェェェ!!!!!!」

 

当の()()は、庭にぶっ挿した大木をこれまた丸太のような木刀でぶっ叩くのに夢中で全く耳を傾けていないが。

 

「お前はお前で何をやっている!?」

 

「鍛錬ぞ」

 

「奇声を上げて発狂しているようにしか見えんのだが…」

 

「なんも考えんで、ただ一心に剣ば振る。皮が破れてん、肉が裂けてん、力尽きっまでぶっ叩くんが薩摩兵子ん修練ぞ」

 

「タイ捨流とは……流派とは一体……」

 

「別にタイ捨に限ったこつではなか。家風じゃ。槍でん弓でん同じぞ」

 

「もっと酷いわ!!」

 

そんなこんなで壬月がいよいよ限界という頃、織田軍の本隊…否、駐留部隊が鵜沼城へ到着した。

 

「派手にやってくれたわねアンタ……事後処理って言葉知ってる…?」

 

「なんがぁ、お前も戦に出やっとか」

 

「出ないわよ、普通は!!アンタがぽこぽこ異常な速度で城を落として、ろくに統治もしないから反乱防止の抑止力の役目を押し付けられたの!!!一応ここ、私の故郷だからね!!!!」

 

その軍を率いていたのは誰あろう織田久遠信長が正室、結菜である。普段ならば戦どころか政務の矢面にも立たぬ結菜だが、此度は事情が特殊だ。

 

詩乃が気付いたように、織田軍の快進撃の背景には占領地の統治を完全に無視した超強行軍がある。島津豊久によって一敗地に塗れたと言えど、齋藤傘下の諸勢力が心より織田家に帰服したとは言い難い。鵜沼の戦いが長引けば、落とした筈の各城近辺で齋藤残党が蜂起して大規模な反乱が起きる可能性があった。

 

雛の伝令によっていち早くそれに思い当たった久遠が講じたのが、『美濃齋藤氏出身である結菜が現地入りし、故道三の血筋という正当性をもって人心の平定、反乱の未然防止を図る』という策だった。正室を前線に送り込むという荒業に方々から懸念の声が上がったが、蝮に育て上げられた結菜はそこらの武者より余程腕が立ち、政に関しても一定以上の見識がある。

非公式のものなれど、道三が死の間際に久遠に宛てた美濃譲り状という口実と併せ、齋藤の血筋が自分達を統べるとあらば美濃の国人達も多少納得はするだろうと考えた訳である。事実その考えはあたり、国主龍興の政治の顧みなさを泣きながら結菜へ訴える者まで出るほどであった。

 

その中に「あの何言ってるかよく分からない妖怪はなんですか」「年にひとつ首を捧げないと収まらない類の鬼ですか」「コワイ、シマヅコワイ」等等、豊久に関する陳情が紛れていたのだがそれはまた別の話。

 

兎も角、墨俣から中美濃までにかけての各城近辺の慰撫は順調に進んだ。鵜沼城の戦いの際、詩乃が期待した齋藤残党の蜂起が起きなかったのには、豊久の電撃的な奇襲による決着もさることながら結菜の働きが多分にあったのだ。

 

そして此度、対齋藤の最前線となる鵜沼城へ結菜が入ることにより国境を固め、並行して齋藤家中の動揺を誘って調略を進めるという段階へ入った。隣城の長井も豊久が叩き、直近で鵜沼へ仕寄る齋藤方の勢力はない。万が一にも龍興が稲葉山より長駆兵を率いてきたとしても、兵力を補充した壬月が側を固めればそう易々と落城はしない。先の合戦以降、織田の補給拠点として整備されつつある墨俣から援軍を出す態勢も整っている。

 

(こいが信長……いや、織田久遠か)

 

この迅速な戦線構築に瞠目したのは、意外にも豊久であった。

 

遮二無二攻め込んでおいてなんだが、彼自身齋藤との決戦はもう暫し時を要するか、もしくは龍興が早々に諦めて国外へ逃亡するかだと思っていた。本軍を出せと久遠へ催促していたものの、無理無謀を言っていた自覚はある。正直な話、発破程度に考えていたのだ。

 

このあたりは島津家特有の兵の集まりの悪さに慣れきってしまった故の思考と言える。朝鮮しかり、庄内しかり、関ヶ原しかり、島津軍は初動に入るまでが遅い。豊久の初陣たる沖田畷に至っては、実際に戦闘を行った家久軍は()()()である。先入りして当主義久率いる本軍の到着を待っていたところ想定以上の速度で龍造寺軍が襲来し、なし崩し的に戦闘に入ってしまった、というのが実状なのだ。ただひとり、大将(家久)だけは端から隆信を討ち取る気満々の出陣ではあったが。

 

閑話休題。

 

豊久に引き摺られた形になるものの、そんな中でも状況を活かしながら次の手を打って龍興を締め上げにかかった久遠の手腕は見事と言う他ない。この大将に従っていれば必ず功名を挙げる機は訪れる。そう確信を得た豊久の心は軽かった。

 

尚、この確信と信頼によって豊久の頭から『戦略』の二文字が完全に排除され、ただ只管に目の前の敵を打倒する傍迷惑な戦術兵器が爆誕するのだが、清須にて待つ久遠がそんなことを知る由はない。

 

「で、おいはぬしゃん下に付いて鵜沼の鎮護か」

 

「一回清須に戻ってもらうわ。本格的に龍興と矛を交える前に、論功行賞やら島津衆の正式編成やら済ませておきたいそうよ。川並衆に今孔明、()()()()ものの面倒はちゃんと見れる大将になりなさいよ?」

 

「む……仕方(せんかた)なか。壬月、鵜沼ば頼むど」

 

「任された。……戻ったらどうにか麦穂の機嫌を取っておいてくれんか。絶対に怒っとるぞあやつ」

 

「出来っわけなかじゃろ!女子ん機嫌とかどうせい言うんじゃ!」

 

「「「「「…………」」」」」

 

(ない)だその目ぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、電撃的に始まった織田と齋藤の墨俣合戦は幕を閉じた。その惨憺たる結果と、突如降って湧いた驍将・島津豊久の名は瞬く間に各国へと広がっていく。

 

 

「いやはや……戦略自体はお粗末そのものだが、その機動力と戦術眼、そしてやけっぱちにすら思える糞度胸は異質ですな。あのような戦い方、命が幾つあっても足りませぬ」

 

「そういううつけが、戦場では一番怖い。一二三、その将を探って。動向から目を離さないように」

 

「元よりそのつもりにて。………やれやれ、あぁいう手合いは煮ても焼いても食えぬと相場が決まっているからね。直接相対したくはないな」

 

 

 

「御大将〜〜!尾張になんかすげーのが出たっす!!」

 

「主語を言いなさい主語を……で、何?鬼?武将?」

 

「武将だけど鬼かもしんないっす!そんくらいのバケモンっす!」

 

「へぇ、柘榴がそこまで言うの。面白いじゃない。田楽狭間と言い、やっぱり織田は想定を一回りも二回りも越えてくるわね」

 

 

 

 

「今川の次は齋藤と、随分と活きが良い漂流者ですな。ここの近衛も、あれほどとは行かずとももうちと覇気を出してくれると良いのですが」

 

「だがその者、ただの猪ではないのだろう?」

 

「えぇ、それはもう。洛中のゴロツキ相手に喧嘩ざんまいのどなたかよりかは、余程利口かと愚考致しまする」

 

「幽の申すことよ」

 

 

外史に流れ着いた一人の兵子は、己も知らぬ間に世を、そして人心を掻き回す。時の流れに乗るか、逆らうか、それともはたまた自ら全てを押し流す濁流となるか。

 

功名餓鬼は今や、戦国乱世の台風の目になろうとしていた。

 

 

 

 

 





島津軍……遅い。とにかく初動が遅い。関ヶ原や庄内の乱、豊薩合戦なんか目も当てられない。一説には義久が豊臣政権との衝突をギリギリまで回避しようとくじ引きで時間を稼いでいたという見解もあるが、大友を早期に屈服させていれば九州征伐の戦況も違っていたと個人的には思う。戸次川以降の撤退戦が不毛すぎる…。
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