『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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黄金航路

 

豊久暗殺未遂騒ぎから一晩が経った翌朝。

 

「我が領内で、しかも我が付けた案内の者による凶行。言い訳のしようもない手落ちだ。すまん」

 

報せを受けてすっ飛んできた久遠が、豊久に向かって真っ直ぐ頭を下げていた。対して、謝罪を受けている豊久の方は呑気なものである。

 

「別に良か。斬られっ方が悪かち程に下手くそじゃったしの。そいより稲葉山攻めばどげんすっとじゃ」

 

あの後、島津衆は織田家に刺客の身柄を引き渡す前に独自の尋問を行った。万一刺客が織田家中の何者かによって放たれたのであれば、引き渡した先で口封じをされるのは火を見るよりも明らか、という詩乃の言に従ったものである。

 

尋問の結果、刺客は美濃の齋藤龍興の手の者だと自白した。曰く、その者は元々は織田家の内情を探る草として尾張へ潜り込んでいたが、上役は墨俣合戦で齋藤家に深手を負わせた豊久を危険と判断し、機を伺っての暗殺が命じられたと言う。そして久遠より付けられた本物の案内人を殺して成り代わり、豊久を襲ったが敢え無く撃退された、というのが事の顛末だ。

 

「うむ…稲葉山の手が我らの喉元にも伸びていたという事実は無視し難い。もう少し調略の成果を待ちたかったが、手早く決着を付けねばならん。龍興めを見くびっておったかな」

 

「しかし、自白をそのまま鵜呑みにしても良いものでしょうか。苦痛から逃れるために出まかせを吐いたという線も捨てきれません。一箇所からのみの情報を確定したものとして扱うには危険では」

 

「それについては心配ご無用かと」

 

久遠に同行してきた麦穂は懸念を示すが、詩乃がそれを否定する。

 

「美濃に出仕していた者にしか分からぬ話で鎌をかけたところ、あからさまに目が泳いでいました。それに……」

 

「それに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『早く吐いていただいた方が身の為ですよ』

 

『ふん、知らぬものは知らんな。八つ裂きにでもなんでもするが良い』

 

『そうですか…では残念ながら、我が主に介錯していただくしかありませんね。ところで我が主は人鬼問わず首というものに大変ご執心のご様子…あぁ、しかし本日は酩酊され、刃物を持つのも危ぶまれます。幸い豊久さまの膂力なれば素手でその首を捻じ切ることも…』

 

『すみません私は美濃齋藤龍興の命を受けた者ですお願いします命と首は助けてください本当にすみません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()脅かしましたので。豊久さまに対するあそこまでの怯えよう、身をもって知る齋藤の者と見てまず間違いないかと」

 

「美濃者はおいをなんだと思うちょる」

 

「妖怪だろ」

 

「妖怪でしょうね」

 

「妖怪以外に何があろうと?」

 

拗ねた豊久が口をへの字に曲げる中、久遠達の議論は進んでいく。

 

「領内にて暗殺未遂など織田の脆さを喧伝するのみ。この事実はここで握り潰せ」

 

「でしたら噂程度に、豊久さまの出世を妬んだ下人が狼藉を働いたらしいと風聞を流させましょう。世の雀はその情報に辿り着き、昨夜の騒ぎの真相であると勝手に納得するかと」

 

「入れよう。麦穂、かくはからえ」

 

「御意。齋藤家中、特に西美濃三人衆への調略と並行して戦仕度を行います。詩乃、悪いですが窓口になっていただいても?」

 

「承知いたしました。降り者である私が豊久さまの下で副将格として迎えられたこと、そして美濃制圧の暁には不破の本領安堵の旨朱印状を賜ったこと。元より龍興に不満を抱えていた3人衆の耳に入れれば、必ずこちらに靡くでしょう。彼女らも馬鹿ではありません。ここから盤面を返すのは不可能ということはよく分かっている筈です」

 

恐るべき速度で詰められていく策に、豊久の出る幕はない。話を聞くのにも飽きて、伸びをしながら立ち上がった。

 

「悪巧みはぬしゃらに任せっど。飯と散歩ば行ってくる」

 

「はぁ…暗くなる前には帰ってきてくださいね。刺客が1人とは限らないのですから。ひよ、ころ、同伴をお願いします」

 

「「はーい」」

 

慣れた様子で対応する詩乃に、テキパキと仕度を整えるひよ子と転子。完全に息子を送り出す母とお目付け役の姉である。

 

「扱いが堂に入っていますね…」

 

「鵜沼にいた時もふらりと散歩に行かれたきり戻らず、探し回ったことが幾度かありまして。どこぞで昼寝されていたとかで夜分に戻られたのですが…」

 

「大丈夫か?軍師という名の子守りさせられてないか?」

 

「中書どの、本当に残念な子ですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな残念な男、豊久と言えば。

 

「はぐ、むぐ、はぐはぐ……」

 

「ん〜〜♪やっぱり一発屋の焼き魚が一番だよね〜」

 

「はふ、ング、もぐ……」

 

「犬子はどこの飯でも一緒だろ、馬鹿舌なんだから…って中書はどんだけ食べんだよ!何杯目だ!?」

 

道中で絡まれた()若と共に、清須城下名物店の定食をかき込んでいた。

 

「……プハァ。飯は食える時に食わねば駄目じゃ。戦場ん干飯では腹ば膨れてん、気ば満たされん。心が腐れば戦どころではなかぞ」

 

「結局戦に行き着くのかよ…猿、お前こんなのが上役でやっていけるのかぁ?」

 

「お、お言葉ですけど、私だって不得手だろうとやる時はやりますから!お頭に付いていきます!」

 

「ほぇー…ひよちゃん、強くなったねぇ…よしよし」

 

「赤母衣衆筆頭の前田さまとあんなに親しく…!?ひ、ひよが私の手の届かない所に…」

 

「犬子ちゃんとは長屋がお隣で、よくご飯一緒に食べてたから。ねー?」

 

「ねー!」

 

普段ならば雛も含めた三人でつるんでいることが多い和奏と犬子だが、彼女は未だ伝令役として中美濃各城や墨俣などを駆けずり回り、時には諜報役として井ノ口へも足を伸ばしている。対して、久遠の直衛たる母衣衆を率いる2人は結菜の派兵に従軍が許されなかった。とある事情でてんやわんやな和奏はともかく、犬子は暇を持て余しては美濃より流れてくる豊久の武功話を聞かされるだけというつまらない生活を送っていたのだ。

そこへ渦中の豊久が帰還し、これ幸いと暇潰しに拉致したというわけである。

 

「しっかし中書、ほんとに滅茶苦茶やったもんだなー。雛がこっちに寄った時聞いたけど、たった500ぽっちで奇襲に来た長井を逆に襲ったんだろ?大将の仕事じゃねーだろ、御家流使える訳でもないのに最前線なんて」

 

「大将なぞ久遠が勝手に言っとっただけぞ。柴田ん衆も壬月の借物だしの。そいに、首奪るために走るが薩摩ん兵子の本分よ」

 

「勝手にって、当主(殿)の発言ならそりゃ公式の命令だろ!?」

 

「あー駄目です和奏さま、お頭にそういう正論効かないので」

 

「無敵かコイツ…?」

 

ちなみに、豊久は鵜沼までは織田家の方で雇った川並衆と貸し与えられた柴田衆を指揮していたが、此度の戦勝をもって正式に島津衆が編成された。内訳は詩乃と共に下った竹中兵100、川並衆のうち転子を筆頭に正式に士官することとなった200、占領した齋藤領から豊久へついていくことを志願した変わり者50、計350である。現状封地はないが、清須城下に屋敷を賜り重臣並の扱いとされている。まぁ領地を与えられたところで経営など見向きもしないのがオチ、というのは久遠も麦穂も豊久幕下の兵達も理解しきっているので、美濃を完全に落としたらどこぞに城を与えて代官を置く形になるであろう。

 

兎も角、これにて豊久は織田家中において正式な客将として遇され、動員兵力自体は減ったものの一個の独立した戦力となった。一段飛ばしどころか、二段三段も飛ばした大層な出世である。

 

「オマエの本分は分かったけどさ…それで討死したら後のことどーすんだよ。てか実際どういうつもりだったんだよ。オマエ、大名のクセに殿務めてこの世界に漂流し(ながれ)て来たんだろ?」

 

「「………」」

 

「な、なんだよ。犬子も猿も黙りこくって」

 

「和奏、そんな難しいこと考えられるようになったんだねぇ……」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

犬子やひよ子が絶句するのも無理は無い。

黒母衣衆筆頭、佐々和奏成政と言えば織田が誇る脳筋。猪突上等、前進あるのみと後先考えぬ突撃が良くも悪くも売りである。

その和奏が将の慎重さを説くなど、明日は槍でも降るかという騒ぎなのだ。

 

「田楽狭間の前哨戦で姉ちゃんが討死したんだよ。お袋が気落ちしちゃってさ、家督譲りたいって言い出して。ボクは三女だから普通だったらお鉢は二番目の姉ちゃんに回るんだけど、とっくに討死済なんだなぁこれが」

 

「あ、それで最近ゴタゴタしてたんだ。黒母衣の面倒頼むーとか言って遊びに行ってるのかと思ってたよ」

 

「犬子は焼香に来ただろ!?記憶力まで犬かオマエは!……まぁ、勿論家族が死んだのは悲しいぜ?だけどここ暫く顔も見てなかったし、姉妹らしいことしたかってーとそれも微妙だし、悲しさより家督問題の方が頭が痛いんだよ」

 

幼い頃より久遠に近侍し、その武力をもって母衣衆筆頭にまで上り詰めた和奏。本人も周囲も家督継承に絡む立場にはないと思い、これまで全ての時間と経験値を"武"一辺倒に割いてきた。それをいきなり嫡男戦死直後の家中の統率をしろと言われても困る。何討死してくれとんねん、というのが彼女の実姉に対する偽らざる本音である。

 

「ま、能力とか面倒事はこの際置いておく。もうボクが家のヤツら食わせてかなきゃならないのは変わらないしな。だからその後。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……最近ちょっと思うようになったんだよ。び、ビビってるわけじゃねーけど…中書は考えたことねーのかよ」

 

和奏のそれは怯懦でも、退転でもなんでもない。ただ家の主として至極当然の、必要不可欠とすら言って良い臆病さである。

 

自分の命が自分のものだけではなくなったとき、命の重さが一人分ではなくなった時。人は必ず恐怖する。そしてその恐怖を飲み込み、死ぬ訳にはいかぬと腹を括った者が名将・名君へと羽化し得るのだ。

もしここに久遠や、長きに渡り和奏を教導してきた壬月がいれば彼女の()()を喜び、麦穂にいたっては嬉し涙を流すやもしれない。

 

翻って、豊久はどうか。

上に立つ者の命の重さを理解し始めた和奏だからこそ、彼の在り方は歪で危なく見える。今の和奏には、豊久の戦いが恐ろしいのだ。

 

事実、豊久は関ヶ原で捨て奸を行っている。

 

それは御大将・島津兵庫頭義弘を守る家臣としては正しい行動だ。兵子の鑑と称えられて然るべき偉業だ。だが佐土原島津家2万5000石の当主、島津中務少輔豊久としてはどうか。跡取りもおらず実弟も病弱、そのような状況で自ら死兵と化したことは本当に正しい選択だったのか。

 

「そいでん往くのがおいよ」

 

豊久の答えは是である。

たとえ何度時を巻き戻してあの場に立とうと、豊久は同じ選択をするだろう。

 

それは押し付けでも無責任でもない。

それは継承である。

たとえ己の血筋が絶えようと託すべき信念は受け継がれ、為すべきは後の者によって為される。そう確信しているからこそ、豊久は笑みを浮かべて死地へとひっ飛べるのだ。

 

「おいが死んでん、島津は必ず事を為す。おいが死んでん、佐土原は必ず宗家ばお支えすっ。たとえ形ば変えてん、親父っどが遺した佐土原島津の芯は繋がれる。……そう思えっかどうかじゃろ。おいは思えた。じゃっで笑って黄泉路ば駆けた。今も変わらん」

 

豊久の目が、真っ直ぐに和奏を射抜く。

そこに嘘や躊躇い、後悔など微塵もありはしない。

 

「…………強いなぁ。オマエも、オマエの家臣も。あーあ、猿も転子も今孔明も相当苦労するぞこりゃ」

 

「それはもう今更と言いますか…ねぇ?」

 

「心配してもし足りないと言うか…ねぇ?」

 

ひよ子も転子も、既に大分充てられている。

ひとりドン引きしていた犬子がその場でそれを指摘しなかったのは、ある種の優しさであったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな食事も終わり、夕陽が街へさしかかる頃。

暗くなる前に帰ってこいとの詩乃(母親)からの言いつけを遵守し、豊久達は屋敷への帰路を歩いている。

 

「あの、お頭」

 

「む」

 

「えっと、その……私達、お頭についていけるよう頑張ります!お頭が安心して戦えるよう、できることをします…!」

 

「私もです。豊久さまほど強くないし、指揮も上手い訳じゃないけど…精一杯付いていきます。島津衆に蜂須賀ありって謳われるくらい、強くなりますから…だから…わぷっ!?」

 

だから、死を前提にだけは走らないで。

 

言外に告げられた()()の声に、豊久はその頭を乱雑に撫で回すことで応える。

 

「豊久さま、お帰りなさ……何をしているのです、2人とも?」

 

「あ、あはは…なんていうか…その…決意表明?」

 

「詩乃ちゃんもおいでよー。あったかいよ〜……」

 

「むむ…三番煎じで何か出遅れた気がしますが…まぁ良いでしょう」

 

「あ、ちょ、抱き着きにいくのは違くない!?」

 

「豊久さまの御手は2人の頭上ですから。代わりです、代わり」

 

「うははは!なんがぁ、娘んごたるの!おいは親父っどではなかぞ!」

 

「「「…………」」」

 

「痛だだだだ!!何故(ないごて)抓る!?」

 

3人のはしゃぐ声が響き渡り、釣られて豊久も声をあげて笑い出す。

戦国の世に燦然と輝く戦歴を残す島津衆、その船出は姦しくも温かいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな折、ある一団が尾張へと帰国する。

旅塵と返り血をそのままに、殺気を隠そうともせず清須へと続く通りを大股で歩く彼らに、誰も彼もが目を逸らすように道を譲る。

 

そんな一団の先頭に立つは、黄金の髪を靡かせ闊歩する女性。

 

「で、噂の新入りってのはどこにいやがんだ?ワシらが不在の間に随分好き勝手暴れたと言うではないか」

 

挨拶(カチコミ)にでも行くのか、母?」

 

「阿呆、なぜわざわざワシらから出向かねばならん。こういうのはな、然るべき時に向こうから来させるモンだ」

 

鬼もかくやという凶悪な笑顔を浮かべ、女性は担いだ槍をしならせる。

彼女こそ織田家中において最凶の名を欲しいままにする森一家が棟梁、森三左衛門桐琴可成。

 

後に、島津豊久の悪友となる大女傑である。

 

 





佐々成政の家督継承……長兄は桶狭間で、次兄はそれ以前に信行の叛乱の際に信長方として出陣し討死している。このため、桶狭間後に父より居城である比良城と家督を譲られた。

ちなみに桶狭間の頃は前田利家は殺人の咎で出奔中であり、美濃攻めの功により帰参を許されている。犬子に殺された拾阿弥は恋姫世界にはいなかった…?
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