『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
「我は信長。織田三郎久遠信長である!」
刹那、豊久は片脚を蹴り上げ、目の前のうつけの後頭部へ叩き込んだ。
「嘘をつけぇぇぇえい!!!!!織田信長公が女子でたまるかァ!!!!!!」
「んなッ──何をする無礼者!うつけか貴様!」
しかし、女は猫のような俊敏さで前へ跳んでそれを躱す。
そのまま勢いを付けて起き上がり、膝を立たせた豊久の声音は、混乱ではなく怒りの方が強くなっている。
「うつけは貴様ぞ!織田信長だと!?信長公はとうの昔に死んでおるわ!大体、貴様のごたる女が信長公を名乗るは無礼ぞ!!」
「ハッハッハッ、そうかそうか。我が信長を名乗るは不敬か。ハッハッハッ………斬り捨ててくれるわこの世間知らずが!!」
「なんがどこんクソボケぇ!!!」
なんの躊躇いもなく振り下ろされた刀を白刃取りし、その刃越しに2人の視線がぶつかる。
「味方と名乗ったらしいではないか貴様!それを我が信長では無いなどと…なぜ見ず知らずの貴様にそんなことを言われなければならん!頭がおかしいのか!」
「同じ西軍じゃろうが、織田と島津は!岐阜ば陥ちて、中納言殿ば剃髪されたち聞いたが残党が伊勢街道まで迎えば来たんかと思うたわ!というか見ず知らずて、当たり前じゃろ!信長公は18年前に死んだわ!!」
「はぁ!?!?うつけも大概にせぃ!まだピンピンしておるわ!大体さっきから訛りがキツすぎる!どこの出身だ貴様、そもそもとっとと名乗れ!!」
一通りの応酬の後、女が刀を引いた。
豊久は目線から険は取れない。
「島津中務少輔豊久。家久が子じゃ」
「中書?随分思い切った官途……いや待て。島津?島津とはあれか、九州のか」
「おう」
「種子島が伝わったという、あの薩摩の?」
「おう」
「ド田舎者ではないか」
「殺ス!!!!」
再び飛びかからんとした豊久だったが、信長を自称したたわけがそれを制した。
「あまり動くと死ぬぞ。縫うた傷口が開く。生きておったのが不思議なくらいの重傷だ。取り敢えず座れ。そして話をさせよ」
「……フン」
刀を納めた女を絞め落とすのは、流石の豊久も憚られる。しかも口ぶりからして、やはりこの自称信長は命の恩人らしい。
鼻を鳴らして布団の上に座り込むのが、精一杯の抵抗だった。
「まったく、熊襲・隼人とは聞くが九州人はこうも気性が荒いのか?」
「京人が軟弱なだけぞ」
「ははっ、それは同意だ。あんな公家連中と、その黴臭い権威にしがみつく老耄共にはいっとう似合の評価だな」
「………」
「なんだ、何か言いたげだな?いや待て、信長云々の話は一旦置け。どうせ平行線だ、その前に事実に即した……いや我が信長であることはれっきとした事実だが。ともかく、最低限の情報共有から始めよう」
同じく座り込み、ぽんぽんと枕を整える自称信長。
豊久は改めて頭のてっぺんから彼女の姿を見回した。
舶来のものらしき白服に、黒地に赤の洒落羽織。噂で聞く分には、確かに信長が好みそうな傾奇具合である。それに、そこらの子女が容易く袖を通せるような安物ではないことも分かる。
(織田の残党の姫君か?関ヶ原ん負け戦で気でも狂ったんか?)
「なんぞ失礼なことを考えているな。まぁ良い、取り敢えず聴きたいことを申してみよ」
「ここはどこぞ。美濃か?そいとも伊勢まで抜けたか?」
「寝ぼけておるのか?ここは尾張知多郡。我が織田家と今川家の国境よ」
「今川…?今は太閤の御伽衆じゃろ。大名としてはとっくに滅んじょるわ。寝ぼけとるんはきさんよ」
「た、太閤?今川が御伽衆?何を言っている?今川義元と言えば海道一の弓取り、公家の頭の下に付くなど有り得ぬ」
「義元ォ!?イカレかきさん、義元公は田楽狭間で討たれたわ!もう四十年も前の話ぞ!」
「…なんだと?」
それまで軽快に動いていた自称信長の口が止まった。吟味するように顎を擦り、その瞳は豊久の眼を真正面から捉えている。
「そう言えば貴様、さっきもおかしな事を言っていたな。信長は死んだ、と」
「おう。天下統一の目前で、京本能寺で明智勢に弑逆されたわ」
「………………デ、アルカ。ふむ………。時に中書よ。今は何年か分かるか」
「慶長五年じゃろ、馬鹿にしちょるんか」
「成程………むぅ…」
何かを噛み砕くように、ゆっくりと言葉を紡ぐ自称信長。その声音は、有無を言わさぬ確信に満ちたものだった。
「中書。信じられぬと思うが端的に伝える。貴様、恐らく未来から来た者だ。それも、別の世界のな」
■
落武者に宛がった小部屋からの怒声を聞き付け、駆け付けた壬月と麦穂が見たのはそれはもう酷いものだった。
「な、なんとぉ!あの猿が壬月を倒して天下を取ったのか!?しかも関白!」
「壬月とか知らんが、明智も柴田も丹羽も池田も、全部降したど」
「で、で!その後釜に座ったのが竹千代!?!?」
「ほんのこついけ好かん狸爺じゃった。顔も見たくなか」
「それで天下分け目の相手が茶坊主!貴様噺家になれるぞ!!ふはははははは!!!」
すっかり意気投合(?)し、布団の上で向かい合って話す主君と若武者。前者は滅多に見せない年相応の顔でコロコロと笑っているし、後者は後者で瀕死とは思えぬ程に血色が良い。
「この火急の時に、何をなさっているのです。随分と和気藹々とした検分なことで」
「おぉ、壬月!ぷくく、壬月が猿に……しかも市と……ヒィーッ、腹が捩れる!」
「何を笑っておられるのかさっぱりですが……そちらの御方は、傷の具合はよろしいのですか?」
溜息混じりに麦穂が若武者を見やる。
包帯の上からでも分かる、鍛え上げられた偉丈夫である。
「む。おまんらがおいを助けてくれやったか」
「まぁ、そうなります。実際に貴方を運び込んできたのは当家の足軽達ですが…」
「まっこと、ありがとうごわぁた」
偉丈夫が、威儀を正して深深と頭を下げた。その所作は淀みなく、母衣足軽と言った軽い身分ではないということが容易く見て取れる。
「これはご丁寧に。御味方を助けるのは当然のことですわ。それに、御礼でしたら我が主へ」
「その通りだ。貴様先程までの我への態度とまるで違うではないか」
「……お前、本当にこん家の当主だったんか…」
「そう名乗って説明もしただろう!織田家当主、久遠信長だ!お前呼ばわりはよせ、そこな壬月の顔がどんどん怖くなっていく。久遠でよい。先ほど説明した真名、通称だ。壬月、麦穂。そなたらも名乗ってやれ」
「は。柴田権六勝家だ。通称は壬月。織田家宿老を務めて──ん?いかがした」
壬月が名乗った途端、若武者はパクパクと口を開閉させた。それを見て、傍らの久遠が我慢できぬとばかりに床を叩いている。
「かッ、かかれ柴田ァ!?!?!?こん女子が!?!?」
「ひぃーっ、もう無理だ、暫し待て!ははははははは!!」
■
「私が髭面のクマ親父………」
「む、向こうの世界の事ですから!久遠さまも仰られていたではないですか!これは全く別の世界の、別の時代の話であると!それにほら、アレです!私も中書どのの世界では既に亡くなっているのでしょう!?」
「知らん。パッとせん」
「パッとしない………………」
「えぇい、自分で振っておいて落ち込むな。壬月も何時まで呆けている。話を戻すぞ!……んん!で、今聞いた通りこの中書は薩摩島津家、その分家筋の当主だ。異なる世界の、という枕詞が付くがな」
関ヶ原の大戦を生き延びて、辿り着いたは武将たちが皆女子の世。
「死際の夢にしては頭が悪かの」
「まだ言うかうつけめ」
せめて最後の夢くらい、故郷のことを思い浮かべたかった……などと、殊勝な事を考えるほど豊久の神経は細くない。
「信じろ言うんが無理な話ど。信長は死んだし、柴田も腹切ったし、丹羽もよく分からんがいつの間にか死んだ!大体女子が戦場に出るなぞ、男は何をしちょる!」
「パッとしない……いつの間にか……」
若干一名、立ち直るどころかトドメを刺されて蹲っているが豊久は露知らず。先程から一番気になっていた疑問をぶつけていた。
「こちらに言わせれば、それこそ意味が分からんところだ。この戦国の世、男も女も関係は無い。才ある者が国を率い、徳ある者が家を守る。そこに性差の余地など存在しない。まぁ一般的に、氣を扱えるのが女子に多いこともあって矢面に立つのは女子が多いが」
「うむ。当家のご先代信秀公は男であったが、家督は…まぁ、結果的に、女子である久遠様が継がれている」
「あぁ、そう言えば弟とお家騒動しとったの」
「ふぐぅおァッ……!!」
立ち直りが早かった壬月の急所を(意図せず)的確に抉り、再び沈めた豊久。彼に悪気は一切ない。
「で、話した通り今は西上する義元を討たんと出陣している所だ。その途上で貴様が行き倒れていた。偶然とは言え貴様は我ら織田軍に一宿一飯の恩ができた訳だな」
「…何が言いたい」
さらりと復活し、崩れ落ちた壬月の背を摩っていた麦穂は豊久の眉根が僅かに動いたのを見逃していない。
直情だが考え無しの阿呆ではない、というのが彼女の感じる所であった。
「なに、簡単な───『御館様、火急の報せに!!』許す、申せ」
飛び込んできた急使に、信長……久遠は一切動じない。
淡々と続きを促した。
「今川軍本体、捕捉!田楽狭間付近に入りまする!」
「ほう、思ったよりも早いわ。壬月、麦穂、陣触れをせい!」
「「はッ!」」
一瞬にして切り替え、駆けていく宿老2人。その背を見ながら、豊久も確かに戦さの
「そこな使番、この男の武具を持て!支度整い次第、門前へ通せ!」
「あぁ?」
「ふふ、お前も来い!今川退治に付き合え、中書!どうせ我も貴様も、目下義元を退けねば道はない!ここから放り出されても行く宛てなどなかろう?」
振り返った久遠は満面の笑み。その不敵さに、豊久も最早笑うしかなかった。
(そいに)
己が知る歴史とは差異があれど、寝物語に聞いた戦場に自身が立つ。その事実は、豊久の戦人としての本能を多いに刺激した。
「良か!!」
そして、物語は冒頭へ──。
中書………中務少輔・大輔の唐名。因みに豊久は史実では中務大輔。