『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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It's My Life

 

「………」

 

軍議を終えて諸将が自陣へと戻っていく中、久遠は宵闇の中聳え立つ白亜の要害…義母・齋藤絆菜利政が築き上げた稲葉山城を見上げていた。

 

『いつかは我が息子達も…いや、下手をすればこの私すらお前の門前に馬を繋ぐだろうよ。それだけの器量が、可能性がお前にはある。故に有象が何を言おうと揺らぐな。己が夢のため突き進むが良い。くくく、思いがけぬ老後の楽しみが出来たわ。お前の作るこの日ノ本の新しい形を見るまで死ぬ訳にはいかんなぁ』

 

「……結局、その言葉を現実には出来なかったな。貴様も義龍も、我は超えられなかった。それでも我は…お前が認めた織田信長は…!」

 

うつけと蔑まれ、父と世話役以外の誰からも認められなかった久遠を唯一肯定し、その夢を笑わなかったのが絆菜だった。憎まれ口を叩きながらも、その言葉に、愛情の籠った目に確かに久遠は救われたのだ。

 

その義母を救えず、仇を討つこともできていない。

 

握った佩刀の鞘が、ミシリと音を立てた。

 

「久遠さま…」

 

壬月や麦穂も主君の肩にいつも以上の力が入っていることに気付いていたが、それを諌めることは出来ないでいた。傍で彼女を支え続けてきたからこそ、久遠の義母に対する感情とこの戦にかける思いを痛いほど分かっているのだ。

 

「久遠」

 

しかし、島津豊久は違う。

 

「なんだ」

 

あ、と声を上げたのは麦穂だったか、それとも三若の誰かだったか。しかしそれ以上の行動を起こす間もなく、誰ぞが止めに入る間もなく。

 

「〜〜〜〜ッ!?!?!?」

 

豊久の手刀が、久遠の後頭部に音を立ててめり込んだ。

 

「き、貴様いきなり何を……」

 

居並ぶ者達が絶句する中、涙目になった久遠がようやく豊久の方へと振り返る。そこにあったのは、悪びれもせずに鼻を鳴らす戦餓鬼の顔である。

 

「御大将がそげに湿ったツラぁ晒して、兵子ん気ば張り詰めさせていけんすう」

 

「あ、あのな豊久、今はその、色々込み上げるものがあってだな…」

 

「知るか!戦じゃぞ。合戦始めるんじゃぞ。物思いは城ば落とした後に天守に登ってすれば良か!」

 

無茶苦茶な物言いに、怒りだとか呆れだとか、最早そういった感情すら湧かない。ただただ口をぽかんと開き、目を白黒させ…やがて久遠は、込み上げてくる笑いを抑えることができなくなった。

 

「お、前は……ほんと………」

 

「あァ!?なんぞ間違ったこつば言うたか!?」

 

「ぷっ………ははは、いや、正しい!徹頭徹尾貴様が正しい!大戦を前に浸るなど、我も存外子供であったわ!」

 

使命感や義務感に駆られるのも、感傷に浸るのも、この(つわもの)の前では全てが馬鹿らしくなる。

 

ただ真っ直ぐ前だけを向いて、ただ純粋に功名を求める島津豊久という()()に、織田と齋藤の因縁など関係ないのだ。久遠の後悔や焦燥など、知ったことではないのだ。

 

いや、正確に言えば恐らくそれは少し違う。

 

「良か。蝮に見せれるツラにはなったの」

 

「これだものなぁ……」

 

知ったことではないのに、興味など微塵も示さないのに、その実しっかりと相手の心は見抜いている。そしてその心の奥底に踏み込むことに微塵も躊躇しない。

相手が当主だから、気がたっているからなどとは考えないのだ。成すべきだから成す。時も場も相手も関係ない。

 

島津豊久は空気を読まないのだ。

 

「強みではあるが致命的でもあるな、貴様のそれは。本当に目が離せんわ」

 

「???」

 

「いや、なんでもない。……麦穂!」

 

「…?………???………………………はっ!?は、はい、久遠さま!」

 

一連の流れを目の当たりにして完全に固まっていた麦穂が、久遠の呼びかけによってようやく再起動した。人間、あまりにも理解不能なものに出くわすと脳味噌が停止するらしい。

 

「豊久を死なすな。此奴には稲葉山を落とした後、たっぷりと我の感傷に付き合ってもらわねばならぬからな」

 

「む?」

 

「浸るなら後にせいと言ったは貴様であろうが。言い出しっぺなのだから責任を取って貴様が付き合え。そうさな、肴は龍興の首級といこう。用意は任せたぞ、豊久」

 

きょとんとした顔を見せた豊久だが、それも一瞬のこと。すぐにいつもの精悍な笑みを浮かべ、瞳は功名を求めて光を発する。

 

「おう、待っちょれ。岐阜ん絶景ば馳走しちやっど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将・豊久が本陣にて薩摩劇場を繰り広げていた頃。

最前線、島津衆駐屯地は騒然とした雰囲気に包まれていた。

 

「……我々に、先陣を…賜った一番槍の機を、みすみす渡せと?」

 

「だぁからそう言ってんだろうが、分からねぇやつだな!」

 

まるでそうするのが当たり前かのように言ってのける小夜叉に、転子の額の青筋が音を立てて増えていく。森一家の恐ろしさをよく知るひよ子ですら、ワナワナと震えて何か言いたそうにしていた。

 

「まさか文句でもあんのか?守ってやるっつってんだぜ、濃尾最強の森一家が!これ以上ない安心だろうが」

 

「お言葉ですけど小夜叉さま……」

 

「あァん!?猿には聞いてねーんだよ!!」

 

「あひぃ……」

 

ひと睨みであえなく撃沈したひよ子と入れ替わるように、転子はゆっくりと前へ進み、真正面から小夜叉を見下ろす。

 

「最強は我らがお頭なので。心配ご無用に」

 

「へぇ……」

 

その一言がいかに命知らずで無謀なものか、織田家中に身を置く者なら…否、濃尾駿の三国に住まう者ならば誰もが分かる。当然、野武士達を取り纏めて数々の戦に出張ってきた転子がその悪評を聞かぬ筈はない。

 

 

曰く、味方だろうと逆らえば殺される。

 

曰く、敵よりも()()を恐れよ。

 

曰く、触らぬ森に祟りなし。

 

 

(()()()()()()())

 

その恐ろしさを聞き及んで尚、転子の胸中を支配していたのは怒りであった。

数を理由に功名を得る場を譲れなど、それは愚弄だ。豊久の戦を知らないくせに、あの人の凄さを見てもないくせに。

 

たとえ相手がどこの誰であろうと、ここは譲れない。主豊久の最も大事なものを、土足で誰ぞに踏みいらせはしない。

 

「やんのかコラ。あ?やってやんぞコラ、吐いた唾飲むなよ三下ゴラァ!!!」

 

てこでも動かぬ転子の態度を宣戦布告と受け取ったか、小夜叉は凄惨な笑みを浮かべて槍を扱く。森の武士団もそれに応じて、鎧を鳴らしながらこちらへ歩みを進めてくる。

対する島津衆も競うように前へ出始め、転子の横へと並んだ。最早いつ鯉口が切られてもおかしくは無い。まさに一触即発、場の緊張が極限まで到達したその時。

 

「戻ったど………あん?知らん顔ばずばぁ増えとる。誰ぞ」

 

気の抜けた声と共に、陣の主が帰着した。

 

「豊久さま!」

 

安心と歓喜、そして申し訳なさが入り交じった声をあげた転子を押し退け、小夜叉が豊久の前に立つ。爪先から頭のてっぺんまでねめあげるように値踏みする少女に、豊久は表情ひとつ変えることなく相対した。

 

「てめぇが島津か。ったく、子分の躾はきちっとやっとけっての。度胸は認めてやっても良いけど────」

 

「なんじゃあ、貴様(きさん)。初陣の後見でん頼みに来たっとか。そいなら壬月やら麦穂の方が良かじゃろ」

 

「…………………は??」

 

シン、と水を打ったように場が静まり返った。

言われた小夜叉は投げかけられた言葉の意味を咀嚼するうち、みるみる顔から表情が抜け落ちていく。

 

「おおおお、おか、おかお頭っ、そそそそそその方はっ……!?」

 

歯の根が噛み合わず、震えながら指さすひよ子と、流石に色を失う転子。ただ1人、豊久だけが首を傾げている。

 

2人が取り乱すのも無理はない。初陣の後見でも頼みに来たのか、とはつまり()()()()()()()()()()()と煽ったも同然である。それは武士にとって最大の恥辱。無礼には無礼をとは言うが、それにしても流石に度を越した物言いだった。

 

尚、豊久にそのような意図はない。やたら偉そうな年端もいかぬ少女(小夜叉)に絡まれ、どこぞの重臣が介添え役を頼んできたのかと本気で思っただけである。だがこの場合、悪気がないのがより一層タチが悪い。

 

「て……めェ………」

 

「初陣前でん、気ば立つのは分かるじゃっどん味方に喧嘩吹っ掛けるんは感心せんど」

 

口を開けばこれである。

 

『豊兄ィ?ありゃダメだ。皆俺のことばっか言うけど、一番危ねぇのはあの馬鹿兄貴だぞ。本人にその気がなくても無意識で人を怒らせる天才だからな。ほんとイヤ、マジでイヤ。上洛とかさせたくない』

 

島津随一のトラブルーメーカーたる従兄弟(忠恒)がかつてそう語ったとか語っていないとか。

ともかく、もう黙ってくれとその場の島津衆全員が思ったが時既に遅し。

 

「ふっ。ふひっ、ふひひひはははははは………………………ブッ殺す」

 

ポンポンとあやす様に頭上に置かれた手を払い除け、人間無骨の四文字が刻まれた白刃が宵闇を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小夜叉にとって…否、森家にとって戦とはただの生業ではない。趣味でもない。生きる意義そのものである。先鋒に立ち、敵を屠り首を狩り、返り血を浴びて大笑することこそ人生そのものである。

 

故に、美濃攻めという大戦の先鋒をぽっと出の客将が担うらしいと聞いた時には、もう居ても立ってもいられなくなった。それは森の生き様を、生きる場所を否定するにも近しい愚弄であると受け取ったのだ。

惣領()が何かを言いかける前に槍を引っ掴み、同心する舎弟を引き連れて()()()()()()()()()()()先で揉めかけたのは心外であったが、ちょうどむしゃくしゃしていたところだ。巻藁が向こうから飛び込んできた、気晴らしにも丁度良いと全員半殺しを決意した時、()()が現れ、完全に喧嘩を売られ、そして……。

 

「ん………ぐ、んん……はっ!?」

 

「やっと起きたかクソガキ。もう宴も酣よ。ったく、我が子ながら情けない…いっその事本気で後見でも頼んで初陣からやり直すかァ?」

 

()()()()()、最初に目に入ったのは呆れ顔で煙管を吹かす母の姿。そしてその足元で伸びている小夜叉の近侍たち。ボコボコにヤキを入れられているのは、共に島津衆の陣地へ踏み入った面々だった。

 

「な、どういうっ……戦はっ!?」

 

「まだ寝ぼけておるのか。とっくのとうに開戦済じゃ。どころか三の丸はもう落ちて、今は島津と麦穂が二の丸に寄せている。内応も出るという話だったしな、じきに二の丸も落ちるだろう」

 

言われて耳をすませば、確かに遠方から閧の声と銃声が断続的に響いている。

 

「なんで……」

 

「なんで大人しくワシらがそれを後ろから眺めてるのか、か?そりゃお前のせいだこのクソガキ、ちったぁ反省しろボケ!!」

 

「めぎゃん!!!」

 

「常々言ってんだろうがァ!殿の面目は潰すな!森の家名に泥は塗るな!そんで喧嘩吹っ掛けたなら必ず勝て!!」

 

容赦なく振り下ろされた拳骨の痛みに、小夜叉は必死に抗弁を試みる。

 

「あ、ありゃあ明らかに向こうが売ってきた喧嘩だ!母にぶん殴られる謂れはねぇっ!……あぎゃん!!!!!!」

 

「言い訳無用!大体喧嘩すんなら勝てっつってんだろうが!!!光り物抜いて素手にのされるたぁ恥を知れ、恥を!」

 

2発目の拳骨の痛みに耐えきれず、とうとう地面に伏せる小夜叉。

 

そんな娘を溜息混じりに見下ろし、森一家惣領・桐琴は先程までここにいた1人の男を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅ぇ!」

 

先陣ぶんどってくる、と喚きながら消えていった娘を待つこと四半刻。馬鹿は一向に戻らぬし、戦機は熟してほうぼうで兵達の歓声が挙がり始めていた。

 

「チッ、もういい、クソガキは置いてワシらだけで出る!前の味方なんぞ踏み潰して城門ごとぶち抜け!」

 

「流石にお嬢は待つべきでは…。後でバチギレますよ?」

 

「あァん?そんなのはいつまで経っても戻らねぇあいつが悪い。オラとっとと陣貝を………む」

 

静止する家臣を押しのけて出陣を触れようとした矢先、視界の端に一団の影が写った。小夜叉が連れ出した近侍共である。どこかヨロヨロとした歩みで、疲労困憊といった様子が見て取れる

 

「ボンクラ共、なにを時間かけてやがんだ。こんなガキの使いでくたびれやがって。こりゃヤキ入れ決定だな」

 

物騒な言葉と共に拳を鳴らした桐琴だが、異変に気が付く。

近付いてくる連中、皆一様に顔が腫れているのだ。というかズタボロだった。砂塵に塗れ、顔には青タンを作り、中には鼻血を流している者もある。

 

「んだ、ありゃあ……」

 

流石の桐琴も絶句し、挨拶(罵声)も忘れて彼らを出迎えた時、限界といったように1人が足元へと崩れ落ち、桐琴に向かって手を伸ばした。

 

「あ、あ"ね"さ"ん"………グブッ!!」

 

四つん這いの腰を踏ん付け、桐琴の前に立ったのは1人の男。その肩には米俵の如く担がれ、完全に意識不明に陥っている小夜叉が載せられている。

 

「訳ん分からんこつ言って喧嘩ば吹っ掛けられたで、ぶん殴っちやった。お前ん兵子か?」

 

この出逢いが文字通り、自身の運命を大きく変えるものだとは知る由もない。今の桐琴はただただ、この大馬鹿者の豪気と武者振りに大笑することしか出来なかった。

 





齋藤絆菜道三……これまでの恋姫シリーズでは名前のみの登場だったが、最新作BRAVEにてまさかの登場が確定。本作では義龍との長良川合戦に敗北、手ずから討ち取られた。

島津随一のトラブルーメーカー……ご存知戦国DQN四天王が一角、島津忠恒。島津は一家総出で色々やらかしているが、『家臣らの暴走等ではなく一個人の行動で』『複数回に渡って』大規模な問題を起こしているのは中々ない。伊集院粛清は義久の意向説、庄内の不手際は朝鮮出兵後の疲弊によるモタモタと擁護すべき点もあるが、それでもやっぱり問題の規模がデカすぎる。関ヶ原後は文句なしの名君ムーヴだとは思う。粛清祭りしてるけど。

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