『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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存在証明

 

「こいがあの鬼武蔵か…まぁ納得のじゃじゃ馬だの。訳分からんうちに突っかかって来よる」

 

米俵の如く投げ渡された我が子を片手で受け止め、桐琴は改めて目の前の男を見やった。

 

(強いな)

 

武力が、ではない。意志である。

 

何者にも屈さず、折れず、如何な場だろうと我を貫く瞳の色。

それは意志の力がそのまま具現化したかと思うほどの輝きであった。

 

(しかしこいつ…)

 

だが桐琴はその輝きの中に危うさを見てとった。

それは思い定めた者…覚悟した者の宿す昏さ。自身の価値を、生き方を、()()()()を決めた者だけが写す色が、強烈な輝きの中に同居している。

 

「おい孺子」

 

「孺子て、こちとらもう三十ぞ」

 

「良いんだよ細けぇことは。ワシより歳下なら孺子じゃ。で、そんな事より」

 

不遜を見かね、新たに殴りかかって返り討ちにあった兵を含めた死屍累々の中、踵を返していた豊久を呼び止める。

 

「貴様なんの為に戦う。主家を失い、忠を尽くす先をなくして何故尚も戦場に立つ。殿に惚れ込んだか?天下への野心か?」

 

「────」

 

「…ぷっ。ぷっはははははは!!!」

 

簡潔明朗、単純明快。あまりにも真っ直ぐで、あまりにも子供じみたその答えに桐琴は返す言葉を持たなかった。ただただその肩を抱き、背中を叩いて声を上げる。

 

それこそが、森桐琴の島津豊久に対する最上級の敬意にして賛辞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あァ?」

 

昏倒と覚醒、そして母による折檻を経て、前線へと飛び出した小夜叉が見た光景。それは島津豊久の独壇場……ではなかった。

 

「うおぉぉおおおおぉぉっっ!!!」

 

「尾張舐めんな、織田を舐めんなァッ!!龍興の首奪ったらァ!!」

 

弱卒、腰抜けなどとさんざ他国から罵倒され、卑下され、あまつさえ織田(主家)すらも自嘲し唾棄する尾張兵達の奮起する姿。

勇猛(凶暴)無比な森党を率いる小夜叉ですら目を見開く死兵がそこにはいた。

 

そしてその先頭には、あの忌々しい緋。

 

「ンの野郎…!!」

 

怒りと情けなさ、そして羞恥が殺意となって満身から立ち上る。それに気付いたか、島津豊久は肩越しに一瞬こちらを振り返った。が、しかし。

 

「はン」

 

あろうことか豊久は、興味なさげに鼻を鳴らすと何事も無かったように前を向いて速度を上げた。

小夜叉が激怒したのは、言うまでもない。

 

「殺す!!!!!!!!」

 

「ほざくなガキが」

 

「ぴぎゃん!!」

 

そんないきり立つ小夜叉に本日3度目の教育(制裁)を施したのは桐琴である。

 

「お前がどうこうできる相手ではないわ。まだ分からんのか」

 

「あれは間合いとか、その、色々っ…!」

 

「実力差も見えずにその間合いで勝負しかける阿呆が、仕切り直したところで勝てる相手かっつってんだよクソガキ。大体アレぁな、完成された武士(もののふ)だ」

 

「完成だぁ?」

 

「応さ。ま、ガキには分からんか」

 

十字を背負った緋い背中を眺めながら、桐琴は愉快そうに笑う。どうやら母は、自分が気絶している間にあのクソ忌々しい田舎者をいたく気に入ったらしい。

 

「ケッ、分かりたくもねぇっての。つか母、随分絆されたんじゃねーか。狩場譲ってやるつもりかよ」

 

「だァれがそんなこと言った。オイてめぇら!!」

 

「「「へいッ!!」」」

 

「恥は武功でチャラにしてやらァ。万が一にも無様晒して討死なんぞしやがったら、ワシ直々にもっぺんぶち殺す!行けやクソガキ!てめぇが先頭だ!」

 

「言われるまでもねぇ!憂さ晴らしだ憂さ晴らし!ヒャッハー!!!」

 

美濃三人衆の内応によって二の丸・三の丸が陥落し、ダメ押しとばかりに織田の狂犬が解き放たれる。齋藤氏の命の灯火は、最早消え入る寸前である。

 

「まったく…それにしても豊久め、見事なもんだ」

 

怒声と共に突っ込む娘を視界に収めながら、桐琴は完成された武士……突如として降って湧いた望外の同志に思いを馳せる。

 

 

 

 

『────首級。寝てん覚めてん、薩摩兵子は突っ走ることしか頭んなかぞ』

 

 

 

 

「あれは殿が気に入るわけよ。……クク、ボンクラの龍興相手にゃ気が乗らんかったが、思わぬ僥倖。良い暇潰しになりそうだ」

 

地に突き刺した愛槍・蜻蛉不止(とんぼとまらず)を引き抜き、織田最凶は獰猛に破顔う。全戦力投入、稲葉山城の戦いは佳境へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三尺を優に超える剛刀が、血風を巻き起こす。風切音が鳴る度、生命が弾ける。それが通り抜けた後には、屍のみが残される。

 

「鬼だ……」

 

誰の言葉かは分からない。いや、むしろそれは誰もが思ったことだった。その場の総意であった。

 

 

──これが、こんなものが人間でたまるか。

 

 

槍を突きかけられても、()は速度を落とさない。身体を滑らせ一撃を躱すと、間合いを殺してすれ違いざまの一刀で上半身を吹き飛ばす。

ならば圧力で潰さんと騎馬武者が立ち塞がったが、それも無駄だった。

 

「チィェオッ!!!!」

 

太く短い気合と共に繰り出された斬撃は、真正面から騎馬の突進を受け止め、尚も止まらずその馬首ごと武者を斬り裂いた。

驚きと恐怖で静まり返った空白の中、返り血に塗れた鬼の檄だけが戦場に鳴り響く。

 

「敵ば恐慌(おそ)れ、崩れちょる!吠えい!鬨の声ば挙げい!拍車ば当ててん、こん合戦ば幕切れとせい!敵将悉く手柄首にせい!!」

 

それが、決定打だった。

一度折れた心は、集団心理はもう立て直せない。自分だけでも助かろうと武器も指物も投げ出し我先にと遁走する齋藤兵に、勢いに乗った織田兵が追いすがり、そのまま大手門目掛けて雪崩込んでいく。

 

「おっしゃー!!行くぜ黒母衣!目指すは龍興の首ただひとつ!」

 

「赤母衣も負けるな!じゃんじゃん手柄上げちゃおーっ!」

 

「皆元気だねぇ…あ、滝川衆はほどほどにー。飛び出してくる残党に気を付けつつ、掃討戦行くよー」

 

気炎万丈、どこか吹っ切れたような様子の和奏に、これまた元気一杯に功名を求める犬子が配下を引き連れ一目散に本丸を目指す。そんな中、雛だけは慎重に周囲の警戒にあたっていた。特に言葉を交わさずともそれぞれが最善の動きをする、息のあった連携である。

 

「中書どの!」

 

そんな中、血濡れの豊久を呼び止めたのは血相を変えて駆け寄ってくる麦穂だ。

 

「ごッ、護衛も付けず、騎馬にも乗らず!単騎駆けなど源平時代の武者ですか!何を考えているのですかほんと!」

 

「馬がまだ鉄砲ん音に慣れちょらん。驚いて足ば止めよる。調練せんうちは自分で駆けた方が速か」

 

「速いって、それで矢弾が当たりでもしたら!というか護衛を付けない理由になっていません!突出はお辞めください!」

 

「突出なんぞしとらん。全員しかと付いてきたわ。のう?」

 

「は、はひ……なんとか、かんとか……」

 

息も絶え絶えといった様子で答えたのはひよ子。あまりの恐怖でガクガクと膝が笑っているが、その頬に飛んでいるのは返り血である。

 

「あぁ言えばこう言う!まったく子供じみた…」

 

そうこうするうち、後方から濃密な殺気が近付いてきた。耳を澄まさずとも、ヒャッハーやらぶっ殺すやら景気の良い掛け声が聞こえてくる。

 

「説教は後で良か!大詰めぞ!本丸ばかっ奪れや!」

 

話もそこそこに再び駆け出す鉄砲玉に、麦穂に出来るのは最早溜息をつきながらその背を追うことのみ。

 

「あぁもうほんと、もう!ほんとに!!もう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、流石に抵抗しやがる…!って、うぇぇ!?!?何やってんだ豊久!?」

 

最後の抵抗とばかりに門前で待ち構え、連射で母衣衆の攻勢を防いでいた鉄砲隊も、飛鳥の如く飛び込んできた緋い影に発砲の機会すら与えられない。

袈裟斬りで、横薙ぎで、あるいは喉への刺突で瞬く間に守備を潰した豊久は天下の堅城へとついに足を踏み入れる。

 

「こん城郭ば貰うた!」

 

織田軍先鋒島津豊久、大手門突破。

開戦より僅か一刻、電光石火の攻城だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲葉山城より上がる火の手と煙。それを視界に収めながら、詩乃は率いる伏兵と共にその時を待ち構えていた。

緊張気味に矢をつがえ、山道をしきりに確認する配下達の顔には、旧主を討つという後ろめたさが僅かばかり見て取れる。

 

「恐らく龍興は小者か侍女に扮し、僅かな供回りと共にこの山中へ入るでしょう。城を枕に討死を選ぶなら兎も角、まだ抵抗中の自城を見捨てる愚主に名誉の死など不要。弓の狙撃にて圧殺します。辞世の句やら腹を切る場やら、与えることはありません」

 

故に、詩乃は自分でも馬鹿らしくなるほどの詭弁を弄する。総大将が死んだら全てが終わり、何を犠牲にしても生き残るというのは恥ずべき事でもなんでもない。仮に、本当に仮にだが豊久が同じ状況に陥ったとしたら、詩乃は間違いなく全てを捨てて落ちることを主に進言するだろう。

 

だがこの詭弁は、龍興を愚劣な卑怯者と罵ることは絶対に必要だった。兵達の罪悪感を取り除き、自分達のすることは正しい、卑怯者に礼儀は不要と迷いなく矢を放てるようにするのが詩乃の役割である。

 

たとえ殺すのが兵だとしても、その源たる殺意を発するのは……()()()()()()()()将の責務なのだ。

 

(──来た)

 

炎に照らされ、映し出されたのはよろよろと山道へ入る一団の影。その数は20にも満たず、誰もが襤褸や女物の羽織を頭から被っている。

 

「まばらな列に見えますが、それとなく守っている中央の人物が龍興でしょう。……構え」

 

詩乃の号令に、80の兵達が音もなく応える。そこに先程までの躊躇はない。

 

「美濃齋藤氏の負の清算を一身に負わされたその生涯、哀れみこそすれ恨みはない。…納得しろなどと言うつもりはありませんよ。存分にお恨みあれ。────放て!」

 

一身に矢を受け、龍興が蓑の如き有様に成り果てるのに時間はかからなかった。恐らく彼は自分が襲われたことにすら気が付かなかったであろう。

そこに残ったのは、ただ物言わぬ屍のみ。

 

戦国大名・美濃後齋藤氏ここに滅亡す。

 

その最後の一手を詰めたのは、誰あろう齋藤家自らが切り捨て、粛清せんとした竹中半兵衛重治であった。

 

 

 





齋藤龍興……無能、愚鈍な三代目と何かと馬鹿にされがちだが、ぶっちゃけ『何やったかよく分からん』というのが正当な評価だと個人的には思う。内政文書が少なすぎて何をやらかして何が駄目だったのか正直よく分かっていない。和睦を反故にして上洛途上の信長に喧嘩吹っかけた結果ブチギレさせて本気の美濃攻めを招いたくらい…?いややらかしてるな……。
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