『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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更新再開後、温かい感想を多数いただき感無量です。本当にありがとうございます。


All right Heart catch

 

稲葉山を攻め落とし、織田氏が濃尾統一を果たして早数日。

戦続きだった織田家臣団は岐阜と名を改めた稲葉山で漸く羽を伸ばし、勝利を噛み締める……暇などある訳もなく。

 

「ここの村どう考えても段銭少ないぞ!どっかに隠し田あるだろ!」

 

「こっちは逆に加地子がぶっこ抜きまくってる…そりゃあ兵の集まり悪い訳だよ齋藤は…」

 

「ボヤいてないで手ぇ動かせ!場合によっちゃ武力チラつかせなくちゃならん!兎にも角にも年貢率統一の徹底、そんで収率の安定だ!今のうちに軍備整えんと四方八方から殴られ放題になるぞ!急げ急げ!これが俺達の戦だ!」

 

急拡大した領地の整備に、誰も彼もが追われまくっているのが現状である。本来ならば徐々に徐々に支配を安定させて人心を安らげ、基盤を固めてから更なる領土拡張へと動く筈が、何処かの誰かのせいで圧倒的に支配が追いついていないのだ。

今ここで反乱のひとつやふたつ起きれば濃尾統一など一瞬の夢。元の木阿弥どころか辺り一面焼け野原である。

故に文官達は鼻血をかむ暇も惜しんで書類の束と格闘し、あるいは各村を駆けずり回っている。

 

「ふ、ふふ……目を瞑ると瞼に文字が浮かんでくるぞ…ふふ、ふふふ………」

 

「弱音を吐かない!母様から託された念願の美濃国でしょう?」

 

そしてそれは国主たる久遠も例外ではない。来る日も来る日も政務に追われ、今は文机を覆う書類の山に埋もれるようにして突っ伏していた。

 

「流石の蝮も、これほど一気に稲葉山まで陥とされるとは思わなんだろうよ…」

 

孫や家臣らの体たらく、そしてそれ以上に彗星の如く現れた漂流者の戦ぶりを見たら、かの女傑は手を叩いて大笑いするであろう。

 

(それに我の夢を笑わなかった者同士、気が合ったやもしれんな)

 

思い浮かぶのは数日前、天守での豊久との会話。

あの時のやり取りを思い出すと、何故か久遠の顔は熱くなる。こんな感情は初めてだ。在り方を、進む道を肯定されたという一事でこんなにも浮かれてしまうほど自分は子供であっただろうか。

 

(あやつが悪いのだ…あんなに力強く、真っ直ぐ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一歩一歩、夢に向かって進んではいるつもりだったが……ふふ、貴様と出会ってからはその一歩が二段三段飛ばしの大股だな。全く大した武士(さぶらい)だ、貴様は』

 

口を滑らせたのは、久方ぶりの美酒で唇が湿っていたせいだろう。自分からこんな話題を切り出すことは、普段なら絶対にない。足元を掬われることがないよう自らを律していたつもりだったが、美濃制圧という一事は思っていた以上に久遠を舞い上がらせていたらしい。

 

『あぁ、夢に手ば貸せだの言っちょったの。と言うか急になんぞ。もう酔うたんか』

 

『本心だ、素直に受けぃ』

 

だが、久遠の口が緩んだのはそれだけが理由ではない。

蝮との出会いや問答、そして結菜との歩み。堰を切ったように流れ出す取り留めもない話に、豊久はしかと耳を傾け、時折声をあげて笑い、楽しそうに杯を煽った。何か温かいものに包み込まれるような…これまでにない充足感と満たされた熱の中、久遠の心は解きほぐされていたのだ。

 

『我の夢はな、豊久。戦うためだけに力や才を使うのではなく、何かを作り、極め、毎日を心から楽しめる……そんな天下を創ることだ』

 

故に、つい人には言わぬことがポロリと口を突いて出た。

 

『絵空事だの綺麗事だの、さんざ言われて笑われてきた。ふっ、実の弟に至っては織田を滅びに向かわせる妄想と吐き捨てられたな』

 

豊久は静かに聞いている。あまりにも青臭く、あまりにも大仰な子供のような夢を前に、否定も肯定もなくただ久遠の瞳を真っ直ぐに見る。自然、久遠の口調は益々熱を帯びた。

 

『この日本(ひのもと)には戦乱が渦巻き、民は踏み躙られ、誰かの怨嗟と哀しみの上にしか別の誰かの幸せはない……そんな世など、我は御免だ』

 

誰もが平等に腹を満たし、笑って仕事をして、穏やかに暮らせる世の中を。

それが子供の頃から変わらぬ、久遠の大きな野望。誰に理解されずとも、笑われようと、決して諦められない夢なのだ。

 

『だから壊す。力をもってこれまでの常識を叩き壊し、そして新たな世を創る。それが我の天下布武だ』

 

言い終わってから、久遠は己が大層な決意表明をぶち上げていることに気が付いた。ふと我に返れば、己の言葉の熱に顔が熱くなる。

意識すると途端に羞恥が込み上げ、堪らず誤魔化すように盃を飲み干した。

我も酔うたわ、などと小さく笑って言葉を濁そうとしたその時、豊久が口を開いた。

 

『良かでなかが』

 

ただ一言の、短い肯定。

そこに愚弄の色は無い。嘲笑も呆れも、どころか揶揄いの一片も感じさせなかった。

並々と酒が注がれた盃を煽りながら、豊久は破顔(わら)う。

 

『まぁおいにはそげん高尚な話は分からん。と言うか土台興味なか。…じゃっどん』

 

短い付き合いでも、豊久の為人(ひととなり)…と言うよりその信条は、久遠も理解している。

求むは首級、望むは功名、政など見向きもしない。況や大義国是なぞ以ての外。

 

そんな豊久が発する優しげですらある声に、久遠は己の心の臓が跳ねるのを自覚した。

 

彼の横顔から目が離せない。視線を外せない。

それ程までに、島津豊久の笑みは温かかった。

 

『じゃっどん、おいの武者働きの先にあるんがそれ(そい)なんは悪い気ばせん。良か。良か大言じゃ。大言ば吐いてこそ大将。夢ば見させてこそ国主』

 

こちらに向き直った豊久の瞳には、どこか呆けたような己の間抜け面が写っている。だが今やそれも気にならないほど、久遠の心臓は早鐘を打っていた。

 

『そん大将の大言夢想を現実(うつつ)にするが兵子(おい)の本尊よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぉん!ちょっと、久遠!!」

 

「なっ、なんだ!?」

 

「なんだって、ニマニマするばかりで政務にまったく手が付いてないじゃない。呼びかけても全然反応が無いし…もしかしてまた島津と深酒でもしたの?」

 

「どどどどっ、どうして豊久が出てくるっ!?と言うかそもそもニマニマなどしておらぬっ!!」

 

「それは無理があるわよ。最近ずーーーーーっとアイツの話ばっかりじゃない。奴はあぁ見えて見る目がある〜とか、戦働きがどうの〜とか。あーあと一番ひどかったのはアレね、『今まで気付かなんだが左耳の下に傷があるんだな…』とかしみじみ言われたのキツかったわね。いやー夫が他の男に恋する乙女の如くのめり込んでいくのは見てて辛いものがあるわよ」

 

結菜の怒涛の口撃に、最早久遠は為す術がない。口をパクパクさせて否定の言葉を絞り出そうとするが、熱で頭も口も上手く回らない。

 

「ううううるさいっ!のめり込んでなどおらぬわぁっ!!あ、あんな…あんな馬鹿で考え無しで首にしか興味が無い癖に人の機微には悉く正解を叩き付けて無駄に包容力がある男に!」

 

「え真実(ガチ)っぽいのやめてくれない…?」

 

最早を言っても無駄である。

稲葉山改め岐阜城の政所には、暫く姦しい声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美濃、尾張より遥かに離れた山陰の地。"謀神"毛利松乃元就が治める安芸国にて。

 

「何?大友が?」

 

大内、尼子という大勢力の間を渡り歩き、ついには独立とそれらを上回る大勢力の構築を成した傑物が、部下より報せを受けている。議題は海を隔てた向こう、九州のことである。

 

「は。松乃様の仰せ通り門司城を破棄した後、九州各地にて件の鬼が大量発生したようで。その巣穴が、恐らく南蛮との交易拠点たる博多のようです。大友はこの鎮圧に躍起になり、各国大名はその間隙を突いて領土を切り取り放題。特に薩摩島津氏の勢いは旭日昇天、大友の同盟国であった日向伊東氏を瞬く間に追い落として薩隅日の三州統一を成したと」

 

「………記憶が確かであれば、島津はついこの間まで薩摩一国を統一するのがやっとであったと思うが」

 

「なんでも、当主が代替わりしたようでして」

 

「ほぅ。その新当主が出来人と」

 

扇子を弄んでいた松乃が、興味深けにずいと体を寄せた。しかし家臣は困ったように首を傾げるのみ。

 

「それが、分からぬのです」

 

「分からぬ?分からぬとは何事ぞ」

 

「戦場に……と言うより、薩摩から出ないのです。草のうち一人たりとも、遠目にもその姿を見ることすら出来ておりませぬ。弟妹を軍団長として各地に派遣し、自ら動くことなく勝利を納め、あれよという間に領土を拡張している。普通ならばその弟妹の方に人望が集まり、家中の和が乱れるかと思いきやそういった様子もござりませぬ。不可解としか……」

 

それを聞いた松乃の眼光が、片眼鏡の奥で鋭く光る。労することなく、配下の者を手足の如く扱って勝利を得るなど、それこそ大将たるものの最もあるべき姿。三人の娘をしてその理想を実現せんと邁進する松乃にとって、かの島津は興味深く、そして警戒すべき相手であった。

 

「その者、そして弟妹の名は」

 

「当主義久に、2人の妹義弘、歳久。そして腹違いの弟、家久にござる。特に義弘の武勇はまさに無双、九州どころか中国の者と比較しても傑出しております。ですが草の報せによれば、真に恐ろしきは末弟家久と」

 

「その心は」

 

「家久の戦場跡には命が残らぬのです。彼の将に狙われた大名小名悉く、壊滅の浮き目に合うております。あるいは戦場で大将が討ち取られ、あるいは逃げおおせても兵力を削りに削られ再起も出来ず…。草は、敵を打ち負かすではなく、滅ぼさなくては止まらぬ忌み子と申しておりました」

 

松乃は顎に手を当て、考える。

毛利に天下など望みはしない。ただ安芸を中心とした中国の支配を磐石とし、子々孫々まで脅かされることのない安らいだ日々を守り抜く。それこそが自身の、そして毛利家中の理想であり目指すべき未来だ。上方では将軍がコロコロと変わり政局も安定せず、傀儡政権を打ち立てたかに見えた三好にも翳りが見え始めている。権力によって安堵される平和など望むべくもない。

だから松乃は戦っている。自らの力で子供の、そして孫らの平和を勝ち取るために。

故に、近頃は()()()()()()()()()()()()()侵略戦争にはそこまで力を入れていなかった。

 

「考えを改めねばならんかもしれんのぅ」

 

だが音に聞こえし島津家久、かの在り方は松乃に一抹の不安を抱かせた。恐らくその将は、統治など考えていない。

 

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そんな考え方を持った将が、降伏などという決着を認めぬ鬼子が、九州を飛び出してきたならば。

毛利の平穏と未来を打ち砕かんとしたならば

 

「大友に助け舟じゃ。鬼の鎮圧協力を名目に支援を出す。多少息を付かせ、島津を叩いて貰うとするかの。義鎮も実と面目を秤にかけられぬほど馬鹿ではない筈じゃ」

 

頭を下げて駆けていく家臣を後目に、松乃は手元の文に目を落とす。別の密偵から届けられたそこには尾張の織田が稲葉山を落とし、濃尾統一を果たした事実が、そして気になる一事が書き記されている。

 

「東の豊久、西の家久………姓はともかく偏諱紛いとは。偶然では片付けられんな、流石に」

 




左耳下の傷…慶長の役 彦陽城の戦い(あるいは蔚山城の戦い)で負った史実。軽傷との記録があり、実際元気に手ずから首級を2つ挙げているが、島津家には傷を痛がらない、もしくは軽傷だと嘯く事を美徳とする風習があるため(歳久とか関羽みてぇなエピソードが残ってる)実際の傷の程度は不明。
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