『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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おでかけしましょ

 

「いややらかすだろうお前は。やらかさない訳ないだろう、お前が」

 

「胸に手を当てて考えて下さい。流石に私も擁護出来かねますよ」

 

普段ならば若人を窘める宿老2人もこの有様である。まさかと思い振り返れば、ひよ子と転子すらちぎれんばかりに首を縦に振っていた。

 

「ぬしゃら揃いも揃っておいを餓鬼かなんかち思っちょるんか!」

 

「思ってるというか実際餓鬼というか…」

 

「だ、大丈夫ですよお頭!ちゃんと私達がお支えします!」

 

慰めになっていない慰めを受け、豊久はすっかり不貞腐れてしまう。そういう所が餓鬼と言われる所以である。

 

「こちとら一応は正五位じゃぞ!礼儀くらい弁えとるわ!」

 

「はいはいすごいすごい……………………ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁぁぁぁぁッッ!?!?!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるぜぇ!!!」

 

「な、きさ、正五位!?!?昇殿出来るのか貴様!?」

 

「おう。した事はなかがの。正五位上中務大輔じゃ」

 

「中書って受領名じゃねーのかよ!!てか少輔じゃねーのかよ!!」

 

常より豊久が中務を称しているにも関わらず、久遠らがこれ程までに吃驚仰天するのには訳がある。

 

本来官位とは律令制の位階であり、朝廷より除目を受けて授けられるものである。だがこの時代、大名の間には功績を挙げた家臣・被官らに朝廷の認可を伴わない非公式な官位を授ける風習が存在した。この非公式官位を受領名と言い、先の戦で討ち取られた齋藤飛騨守の"飛騨守"などがこれにあたる。

 

また完全に勝手に名乗る場合も多々あり、何を隠そう久遠も上総介を自称している。だがこれも受領名と同じく非公式なものであり、実際に除目されている訳ではない。

 

守護大名(今川治部大夫義元)や国単位で版図を持つ実力者(齋藤左京大夫義龍)を除けば、武士が名乗る官位など大抵が上記2つのどちらかである。

 

まさか薩摩の田舎武士が彼らに並ぶ身分とは思わぬ、というのが豊久本人を除くこの場の総意であった。

 

「朝鮮の役ん功での。中務大輔ば任じられたじゃっどん、若輩が親父っどん名乗りと並ぶは恐れ多か。じゃっで少輔ば名乗っとる」

 

「うっっっっっそでしょアンタ。え、ほんとに言ってる?中務って八省の中でも一段位が高いわよね?ほんとに?ちょっと見栄張ってない?」

 

「張ってねぇよ!そう言っとるだろうが!」

 

「えぇ……義元より位階高いのコイツ…?」

 

未だ信じられぬと言った様相の結菜が疑わしげな目を向けてくるが、豊久は嘘は言っていない、嘘は。

 

(まぁ太閤がばらまいちょったで、(だい)でん官位くらい持っちょったが…)

 

加えて実のところ少輔を名乗っているのも、理屈は捏ねたが『猿の取り巻きに貰った官位名乗るのなんかムカつくから』というなんともアレな理由だ。

 

だがしかし、豊久の官位が正式なものであることには違いない。慶長の役後、それまでの戦績を認められて豊臣公儀を通じ、侍従並びに中務大輔の位を朝廷より賜っているのだ。

日本(ひのもと)という国家における正式な官位上では、豊久はこの場にいる誰よりも位が高い。

 

「こいでも大名家当主ぞ。上方にも何度も上っちょる。なんぞ問題起こした事はなか」

 

「う、うむ…本人がそう言うのなら、まぁ…うん……」

 

問題を問題と認識していないだけでは、という言葉が久遠の喉に引っかかったが、彼女はデキる女である。無理矢理それを飲み込んで、脱線した話を軌道修正にかかった。

 

「話を戻すが、公方の要望は豊久と我と密会する事だ。最低限の人数で、密かに京に来て欲しいと。三好との緊張が高まる中、下手に兵を引き連れて上洛されると火種になりかねんとのことでな」

 

「勝手を言いなさる。それが久遠様にとってどれだけ危険を伴うことか、殿上人には分からぬようで」

 

「正直最初は我も頭に来たが…良い機会ではあると思うのだ。齋藤を倒し、濃尾統一を成したが今は軍備や領内整備に力を割く時。直ぐに軍事行動は起こせん。それならば見聞を広げることも兼ね、上方に上って幕府と繋がりを作っておくのも悪くはない」

 

「そ、それはいくら犬子でも危ないと思いますよ!最近見かけないけど、田楽狭間みたいに鬼が大量発生するかもしれないですし…そうでなくとも刺客とか!」

 

「私も犬子ちゃんに賛成です。久遠さまのお命を賭けてまで行う事かと言われると」

 

慎重派の麦穂だけでなく、威勢の良い犬子すら躊躇する危険な旅路である。だが議すれば反対の嵐となることは久遠も百も承知の上。

 

「だが、ひとつ無理をすれば途方もない金と時間、そして何より兵を節約できるぞ。幕府の威光をもって上洛し、天下に号令というのは細川・三好らが多大な犠牲を払い成してきたことだ。だがそれも古くよりの足利家との繋がりあってのこと。京と縁もゆかりも無い我らが天下へ打って出るには、多少どころか想像だにせぬ無茶無謀を押し通さねばならぬ。それを我が身ひとつの危険で繋ぎを持てるというのだ、破格とは思わぬか?」

 

足元の尾張、そして豊饒の地美濃を抑えた久遠だが、当然それで満足した訳では無い。豊久に語った通り天下布武を目指すのだ。それに向けた当面の敵は、伊勢に展開する僧兵と一揆衆、江南の六角氏、越前の朝倉氏となる。なんの頼みも後ろ盾もなくこれらの勢力と渡り合い、天下を収める正当性を主張していくのは多分に無理がある。そんな時に降って湧いた足利公方よりの申し出、久遠にとってこれは渡りに舟だった。

 

「その御身ひとつに、尾張だけでなく美濃全ての民の命がかかっているのです。この柴田権六、おいそれと認めるわけには行きませぬ」

 

「護衛には自然豊久が付くことになるのだ。あの小夜叉を赤子の如く捻る鬼島津がだぞ?これで駄目なら日本(ひのもと)のどこを探しても安全な地などない。我はそこらの城下も出歩けぬわ」

 

冗談交じりに言うが、半ば以上に本心でもある。豊久ほどの武人が傍を固めて尚討たれるような事があれば、それはもう織田久遠信長とはそれまでの人物であったというだけだ。

 

「豊久。貴様はどうだ」

 

「どうとは?」

 

「行きたくないか、という事だ。公方と会い、貴様がこの世界に来た理由や理屈が分かるやもしれんのだ。口出しする権利が貴様にはある。……知りたくは、ないのか」

 

「別に」

 

「「「「別に!?」」」」

 

「うるぜぇ!さっきもやったろそれ!!」

 

怒鳴りつつ、豊久は頭を搔く。至極どうでも良いといった具合でなんの気負いも感じさせぬその仕草は、彼の言葉が本心であるということを如実に表していた。

 

「行く行かんはどうでん良か、久遠に任す。じゃっどん供せい言うなら勤めは果たすど。刺客だろうが兵子だろうが、鬼であろうが関係なか。指一本触れさせやせん」

 

「……………………………大義

 

「豊久、アンタこの後屋上(天守)

 

何故(ないごて)!?」

 

「豊久さま、私からもお話があります」

 

何故(ないごて)!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンンッ!豊久もこう申していることだし、道中の危険は問題なしで、連れていく供の事だが…」

 

まだ何か言いたげな宿老2人だが、こうなった久遠がもう止められないというのは経験上わかりきっている。溜息を吐きながら主の言葉の続きを待つしかなかった。

 

「豊久を連れていく関係上、周りは島津衆で固める。ひよ子、転子、それに詩乃、供をせい」

 

「はい!……はい!?私達もですか!?」

 

「何を驚いておる。考えてもみよ、貴様らがおらんで誰が豊久の面倒を見る」

 

「それはまぁ、確かに」

 

「お前ら本のこつおいを餓鬼ち思っちょな!?」

 

「今更気付いたかうつけめ」

 

しかし3人を指名したのは、何も子守りのためだけでは無い。()()()()()()()()()の際に算術の得意なひよ子は欲しいし、道中では転子の機転と手際の良さも大いに役立つ。詩乃は言わずもがな、その頭脳において織田家で右に出る者はいまい。

 

「ま、まさか5人だけで行かれるおつもりで…?」

 

「うむ。大人数では却って周囲の耳目を集め、刺客なりを放たれかねん。諸国の草に知られぬうち、早々に発つ。今すぐにでもだ。結菜、影武者の手配頼んだぞ」

 

「今ァ!?ちょ、流石に聞いてないんだけど!?」

 

「言っておらんからな。麦穂、公方への手土産は目録だけ持っていく。後ほど贈る現物の用意を」

 

「はぁ、また無茶を仰る。銅銭二千貫に絹を五十疋ほどでよろしいですか?」

 

「ここでケチっても仕方ない、三千貫に百疋!あとは鎧と刀も適当に見繕え」

 

「また出費が痛うございますが…先行投資と考えましょうか。承りました」

 

「我が不在の間、病にかかったことにして影武者を立てるが、万が一どこぞの勢力が寄せてきた場合は壬月、そなたが総大将となって軍勢を指揮せい。治安維持も任せたぞ」

 

「はっ。久遠様の領内にて狼藉など起こさせませぬ」

 

「三若も各々城下に詰めて壬月の指示に従え。特に雛、齋藤残党に動きあらば…」

 

「はいはーい。報連相はちゃんとしまーす」

 

「うむ。犬子、和奏も頼んだぞ」

 

「「はい(わん)!」」

 

あれよという間に旅支度が整えられ、トントン拍子で話は進んでいく。久遠が膝を打って立ち上がったのを、豊久麾下の三人組はポカンと見上げるばかりである。

 

「では参るぞ!織田の天下への第一歩、京へ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「などと息巻いていた数日前の我を殴りたい」

 

「出立してからそいばかりじゃの。姫君にゃ陸路ん旅は応えたっとか」

 

「誰が姫君だ!この程度なんともないわ!我が言っておるのは貴様の()()だ!!」

 

こてん、と首を傾げる豊久が掴んでいるのは、顔面が膨れ上がり、完全に意識を飛ばした関守の襟元である。鼻血やら青タンやらで見るも無惨な姿になったそれを乱雑に放ると、心外と言った様子で久遠に向き直る。

 

「不当に関銭求むこやつらが悪か。殴り倒しち、正当な銭ば置いていっとる。問題なく通っちょるじゃろうが」

 

「大ありだこのうつけ!関所破りの旅ではないのだぞ!?しかも今のは完全に貴様から殴りかかってただろう!?」

 

「ぬしゃん肩ば引っ掴んじ、服脱がせようとしてただろ。舐め腐っとった。殺さんだけ有情ぞ」

 

「んぐ、それは、うれし、いや殊勝な心掛けだが…!だからと言って気絶するまで殴るか!?強行突破するか!?」

 

「久遠さまぁ、これ京に着くのが早いか私達の人相書きが出回るのが早いかの勝負じゃないですかぁ…?」

 

「だぁぁぁぁッッッ!!!こんなんで天下布武とか出来るのかーッ!!!!」

 





豊久の官位…正真正銘、朝廷に認められた中務大輔。正五位下に相当するため、マジで朝廷の清涼殿の殿上之間=天皇の近くに昇れる殿上人。中務省は治部、兵部、形部などの他の省よりも位階が一段高く、実は豊臣政権内の権威付け的には石田三成や大谷吉継らより豊久の方が"名目上"エラい。なんなら妖怪首置いてけ>今川義元である。ただ、豊久が本作中で言う通りこの時期の官位は豊臣政権が乱発して麾下に与えているため、信長の時代より希少性は遥かに劣ると思われる。

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