『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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DIVE

 

叩き付ける雷雨の中、それでも一糸乱れぬ統率の下動く兵を見て、豊久は密かに感嘆の念を覚えていた。

 

百歩先はもう見えなくなるような悪天候でも、幾多の使番が迷うこと無く久遠の傍へ舞い戻り、命を受けて持ち場へ駆け戻っていく。勢いと運だけで海道一の弓取りを討つなどと息巻いている訳では、決してない。

 

明確な意志の元に鍛え上げられた戦闘集団である。

見事。真に見事ではあるのだが……

 

「さっっっぱり訳ん分からん。何故(ないごて)女子が信長名乗って戦に出とる」

 

これだけは何度聴いても、見ても得心がいかない。

女子は男の帰る場所を守り、御家繁栄の礎を築く存在。それが戦国の習いであり、豊久の常識である。

 

その常識が、現在進行形で音を立てて崩れている。

久遠の傍を固める将は男女入り交じっているし、走り回っている足軽に男もいれば女もいる。

 

そして極めつけは、泰然として織田木瓜の紋を掲げ、覇気を発している久遠である。

頭がおかしくなりそうな光景だった。

 

と、その時。

 

「ご注進ーッ!御味方先鋒、今川本陣に討ち入りましてございます!某、一番槍にござる!御首級ご検分されたァし!!」

 

一人の男が、兜首を持って久遠の前へと罷り越した。幸先の良い報告に織田本陣がどよめき、やがて興奮が全体へ伝播していく。壬月や麦穂も極度の緊張状態からの奇襲成功に安堵したらしく、小さく息を吐いていた。織田軍本陣が浮き足立っていく。

 

「一番槍だと?首は義元以外打ち捨てよと命じた筈……ッ!?」

 

久遠が言いかけるのと、男が腕を振り上げたのはほぼ同時だった。

 

「織田三郎信長、覚悟!」

 

久遠は馬上で身体を捻り、投げ付けられた首を躱したが、その時には既に男が眼前に迫っている。

壬月や麦穂、供回りらが抜刀するが間に合わない。抜き放たれた凶刃は、既に間合いの中である。

その場にいた誰もが、最悪の結末を予期した。

 

ただひとり、そこに居る筈のなかった漂流者を除いて。

 

「シィッ──!!」

 

跳ぶと同時、抜き打ちにて胴を一閃。

 

反応速度と言い威力と言い、胴体に穴が五つも開いている重傷人とは思えない凄まじい一撃である。その斬撃は腹巻ごと胴を断ち割り、男の屍体は血煙を立てて沈んだ。

 

「えらか兵子じゃ。沖田畷ん江里口殿(どん)ごたる」

 

豊久が納刀した時になって漸く、縋り付いた久遠の馬廻が男に罵声と共に槍の雨を降らせ始めた。捨て置けと吐き捨てながら、壬月や麦穂も久遠の傍へ駆け寄ってくる。

 

「殿、お怪我は!?」

 

「騒ぎ無用。擦り傷ひとつない。それよりその方らも見たであろう、中書の働き!見事、見事也!」

 

「笑っている場合ではございません!中書どのが反応していなければ、お命に指がかかっておりました!」

 

「麦穂の申す通り!敵兵がここまで来たと言うことは、先鋒はもう…!」

 

壬月の言葉が終わらぬうちに、前方で鬨の声が上がる。数からして、どう見ても織田軍のものではない。即ちそれは、味方先鋒が返り討ちにあったことを如実に示している。

 

「ちっ!義元め、勝ち戦と驕っているかと思うたが…海道一の弓取りの名は伊達ではないか…!」

 

今ここに、久遠による今川本陣への奇襲策は崩れた。その事実に再び織田軍全体に緊張が走り、ともすれば絶望感が襲いかかる。端から数では絶望的な戦力差。回天を賭けた奇襲も失敗し、逆に今川軍を本気にさせた。その事実が知られれば、いつ総崩れが起きても不思議ではない状況である。

 

「まずいぞ、次鋒に置いた三若が危ない!このままでは勢い付いた今川勢に踏み潰される!」

 

「壬月さま、彼女達の撤退支援を!遊撃に出した森隊がこの事態を見逃す筈はありません、桐琴さまは必ず出張られます!彼女と合力し、なんとか前線を持ち堪えさせてください!久遠さまはこの隙に御身だけでも清須へ!私が本隊を指揮し、帰せるだけ兵を纏めます…!」

 

「ならん!ここで退いたとて、待つのは孤立無援の籠城!勝ち目は薄い!幸い前方は幅の狭い畦道に、彼奴等が陣取っているのは窪地だ。進軍態勢をまだ整えきらんうちに兵を伏せ、少数毎に進んできた所を討ち取る!三若に伝えい!」

 

事ここに至って尚、久遠は泰然とした態度を崩さない。策が破れても、二の矢を放って迅速果断に攻め立てんと檄を飛ばす。その瞳に、悲壮の色は見て取れなかった。

 

「こっから先、一本道か」

 

そしてそれは豊久も同じ。

鯉口を切りながら、視線は前方にやったまま淡々と久遠へ問う。

 

「あぁ。多少分かれ道はあるが、基本道沿いに進めば狭間に出る。何度も斥候をやって調べあげた。……迎撃に活かすつもりはなかったのだがな。元々先鋒は速度重視で50程度しか先発させておらん。それが全滅したとして、次鋒に置いた三若が対応できるかどうか…」

 

「三若とは?」

 

「名の通り、我が軍の若手三人衆だ。貴様を運び込んできた────あ」

 

引き絞られた矢が放たれるが如く。

銃弾が火に巻かれて飛ぶが如く。

 

島津豊久は既に、当然のように駆け出していた。

 

「中書どの、何を!?」

 

「待たんか阿呆!」

 

呆気に取られる者達の声を背に受けながら、豊久は加速する。大太刀を引き抜き、泥濘を跳ね上げ突っ込んでいく。

 

「ここがどこでどうなってるか、なんも知らん!夢か現かなんも分からん!!だったらおいは、突っ走る事しか知らん!!!」

 

それは鮮烈な檄だった。純粋な闘志だった。その場全ての()()()()の目を覚ます、完璧な撃鉄だった。

 

「あっはははははははは!!!」

 

 

完全にあてられ、静まり返った場に久遠の笑いだけが響く。

可笑しくてたまらぬと言った風に、愛して止まぬと言った風に身体を震わせる。

 

「見たか、あのうつけ!ここが何処かも、現であるとも何度も言い聞かせてやったのに!走ることしか知らぬだと!?この状況で、恩人の為に飛び出すだと!?くくく……なぁ皆、アレを行かせて良いものか?この織田と今川の雌雄を決す場で、先駆けの功をあの鉄砲玉にくれて良いものか!?」

 

「否!!」

 

即座に応えたのは壬月だった。熱を帯び、力強く叫ぶその顔に先程までの焦りの影はない。

 

「それにあの武士を、薩摩隼人を!みすみす死なせて良いものですか!」

 

普段温厚な麦穂ですらも、力を込めて熱く説く。

 

「然り!者共!我ら織田軍、これより田楽狭間へ打って出る!島津中書豊久に続け!尾州侍の意地を見せよ!!」

 

 

「「「「「おぉぉおぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!!」」」」」

 

 

爆発的な鬨の声が、曇天を裂かんばかりに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田楽狭間、織田軍次鋒。

総勢200ほど小勢が、まさかの反撃に遭って壊滅した先鋒の敗残兵を収容し、必死の防戦を計っていた。

 

その先頭に立つのは、織田家若手武闘派筆頭、三若の面々。

 

「うおぉーっ、負けるかぁぁぁ!!」

 

波のように押し寄せる今川兵を突き崩し、撃退し続けているのは佐々和奏成政。豪槍を振るい、人馬をものともせず叩き潰している。

 

「いやー、気合でどうにかなる状況じゃないでしょう。今川兵だけならともかく、()()も相手取るとなると流石に…」

 

その背を守るように小太刀を走らせ、滝川雛一益がボヤいた。その視線の先には、今川兵と共に…否、今川兵を()()()()()()()迫り来る不気味な影。

 

「町の方では夜に出るって聞いてたけど!戦場にも出てくるなんて聞いてなーーいっ!それにあんなに沢山っ!」

 

その瞳は禍々しく煌めき、雨の中でもハッキリとこちらを見ているのが分かる。口元が裂けたかのように牙が突き出し、歪んだ笑みにも見えるその顔は否応なしに生理的嫌悪を催させる。

 

前田犬子利家が絶叫するのも無理からぬ、異形としか言えないナニかが大挙していた。

 

「クッッソ、義元の首級まであと一歩だったのに邪魔しやがって!」

 

「んー……何かおかしくない?」

 

「何かって何!?勿体ぶらないて早く教えてよ雛!」

 

「あれ、最近巷で噂の鬼ってやつだよね。人を喰らうって言う」

 

「言われなくても分かるわそんなん!」

 

軽口(?)を叩く間にも、和奏の愛槍…国友一貫斎作絡繰鉄砲槍が敵を吹き飛ばす。その衝撃に煽られながら、雛は友が討ち漏らした敵の息の根を止めつつ首を傾げた。

 

「なーんで態々こっちに向かって来るんだろ。今川本陣方面から来てない?明らかに。餌との距離、向こうの方が近いのになんでだろうなーって」

 

「理屈とかは良いって!とにかく、今川も鬼もぶっ倒さないと!このままじゃ義元どころじゃないよ〜!」

 

犬子の言う通り、このままでは戦線崩壊まっしぐらである。今川の逆襲程度で揺らぐ兵士達では無いが、流石にバケモノの大群を前にしては恐怖の色を隠せない。だがそれを責めるのは酷であろう。爪や牙を振り乱し、人肉を裂いてこちらへ突っ込んでくる異形を前に、恐れるなというのが無理な話だ。

 

追い立てられた今川兵も必死である。生き延びる活路を見出そうと、死に物狂いで前へ前へと出てくる。その決死の形相と勢いに押され、とうとう前線に綻びが出た。

 

「しまっ──!」

 

一度破られた陣ほど脆い物はない。ひとつの穴から傷口が広がり、やがて耐えきれなくなり、決壊する。

 

「ぎゃあぁぁっ!!!」

 

「ばけ、化けものぉっ!?」

 

「退けぇっ、こんな所で死んでたまるか!」

 

踏み潰される兵に、恐慌状態に陥って壊乱する兵。必死に突っ込んでくる今川兵に、更に肉を貪りながら飛び込んでくる鬼共。

地獄絵図はいとも容易く彩られていった。

 

「退くなーッ!ここで退いたら本陣まで化物が行っちまう!止めろ止めろォっ!」

 

「立ち止まり、目の前の道を切り開く!それしか生き残る術はないですよ!」

 

「もう少し頑張れば森隊が来てくれるーっ!そこまで粘れ!頑張れぇぇっ!!」

 

懸命に自軍を叱咤する三若だが、最早大勢は決していた。ひとり、またひとりと兵の数は減っていき、あれよと言う間に周りは敵に囲まれる。

 

「ぜぇやぁぁぁぁっっ!」

 

「フッ──!!」

 

「うおりゃあああ!!」

 

それでも今川兵も鬼もそこを抜けなかった。たった3人の少女が死力を尽くし、恐怖を押し殺し、主君の夢を信じて戦い抜いている。絶望はない。諦めもない。一所懸命、君命遵守。その姿は()が元いた世界の武士と遜色のない、美事なものだった。

 

「がっ……!?」

 

「「雛!!」」

 

だが無情にも限界は訪れる。

刀身が脂を巻き、切れ味の鈍った雛の短刀が鬼の身体の半ばで止まった。その隙に鬼が振るった腕で弾き飛ばされ、雛は泥の中を毬のように跳ねていく。

 

「畜生、畜生畜生ッ!雛ぁっ!」

 

雨の中、和奏自慢の鉄砲槍も火薬を爆ぜさせることが出来ない。犬子も、吹き飛ばされた雛の元まで間に合う距離ではない。

 

(っ、あー……マズったなー……肋骨持ってかれた)

 

どうにか立ち上がろうと身体を起こすが、上体に力が伝わらない。

咆哮をあげながら、鬼がこちらへ突っ込んでくる振動が地面を通して迫ってくる。

 

「辞世の、句とか……用意してないんですケド…まぁ、聞いてくれそうな相手でもないか」

 

痛みと疲労で霞む視界の端に、泣きそうな顔の親友2人が映った。

 

「やめろぉおぉぉおっっっっ!!!」

 

「あぁああああああ!!!!!」

 

コマ送りのように、ゆっくりと進む世界。鬼の牙も、口から垂れる涎の一滴すらハッキリと見える情景の中。

雛はゆっくりと目を閉じ、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、小娘ども」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それら全てをぶち壊す()に、両の(まなこ)をこじ開けられた。





沖田畷の江里口殿……5人揃って四天王でお馴染み、龍造寺の豪傑。パパ久こと島津家久に主君を討たれた際、首級を持ち帰る島津兵のフリをして本陣へ潜入、家久に斬りかかったという逸話がある。あえなく失敗、滅多刺しにされて殺されたが家久はその武勇と忠義を激賞したとか。

桶狭間の戦い……奇襲戦のイメージが強いが、一説には真正面からの激突だったとも言われている。なので豊久が突っ走っても流れ的にはギリ史実と言い張れるからセーフ!セーフです!!柴田丹羽はそもそも本陣にいなかったとか言ってはいけない。


想定以上の閲覧、高評価をいただき、舞い上がっております。大変ありがとうございます。
感想でも文句でもいただけたらもっと嬉しいなって……チラッチラッ
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