『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
「うわわ、あの炎、義元の御家流かぁ!久遠さま、どうします?巻き込まれないよう遠巻きにしますか?」
「無用である!わざわざ義元自ら居場所を示してくれたのだ、このまま速度を落とさず喉元に喰らいつくぞ!」
和奏の具申を退け、久遠は一気呵成に決着を付けることを選択した。鬼が乱入し、入り乱れたこの戦場の混乱を収めるには一撃で大将首を奪い、今川兵を全面撤退させる必要がある。
奇襲は頓挫したが、今の織田軍には尚もそれを可能にする勢いがある。何より────
「御家流?なんぞ、タイ捨んごたる御家ん流派でもあるんか」
この男の戦を、もっと見てみたい。
「そんなところだ。個人で編み出した一流派の奥義もあれば、御留流としてその家に代々伝わる技もある。今川ほどの大家ともなれば、後者であろうな」
「流派というより妖ん術じゃろ、あれ。じゃっどん良か。首ん掻き甲斐ばあっど!」
言うが早いか、豊久は大太刀を担いで更に加速していく。騎馬にて追従していた皆が思わず目を見開くほどの健脚である。
「あ、待てコラ島津!一番槍はボクだ〜〜!!」
「犬子も負けないんだから〜!」
駆り立てられるように和奏や犬子、家中の若い衆が吶喊していく。周囲の惨状や天を焦がす炎も恐れず、皆が豊久の背中を追う。
「本当に大名家の当主ですか、あやつは!腰を据えるということを知らんのか!?」
「桐琴さま達と気が合いそうですね……あぁ、面倒事が増える予感…」
壬月や麦穂は呆れ果て、頭を抱えるが、彼女達もまた豊久の影響を大いに受けていた。先程まで僅かなりともあった緊張は解れ、あまつさえ
「我らも置いていかれる訳には行かぬ!続け!」
「「「はっ!!!!」」」
旗下の心地よい反応に満足の笑みを浮かべながら、久遠は胸中に独りごつ。
(アレはただの侍大将ではない。ただの向う見ずではない。背を見せ、周囲を叱咤し、ひとつの方向へ動かす才の持ち主。御家流などよりよっぽど恐ろしい、人を戦に駆り立てる力…)
「くく、この我の心すら滾らせるその『狂奔』。厄介なものだな。さて、どうしてくれようか」
■
天に昇った火柱が、宙で巨大な鳳を形取る。鳳は戦場に降り注ぎ、その翼でもって鬼を次々に撫ぜ、かき抱き、そして燃やし尽くしていく。
だがそんなものに目もくれず、豊久は一心に戦場を駆けていた。鬼と今川兵が切り結ぶ中を、濡れ紙を突き破るが如く断ち割っていく。
「止め、止めろおっ!!御館様の元へ行かせるなぁっ!!」
立ち塞がる今川兵も、突如降ってわいた鬼共の来襲を半ば以上食い止めた精鋭中の精鋭である。織田軍の士気がいかに高く、勢いがあろうとも、普通は容易く貫けない……筈なのだが。
「止まるな、恐るっな!尾張ん兵子が弱卒だなぞ、向後百年駿河
今川軍にとっての不運は、突っ込んできたその男がどこからどう見ても普通ではないことだった。
悪鬼のようにおめき、血濡れの大太刀を振りかざし、ぶつかるもの全てを一刀で斬り飛ばす緋色の武者が、鋒矢の切っ先となって人馬、そして鬼の間をこじ開けていく。
単純な武力としても充分過ぎるほど驚異だが、豊久の最大の武器は
「「「「「うおおぉぉぉおおぉぉッッ!!!」」」」」
その勢いを、熱を、狂気を、全軍へと波及させ、ひとつの意志の下纏めあげる。
久遠が『狂奔』と称したそれこそ、島津豊久の真価である。
「だーっ、オマエらも余所者に尻叩かれて盛り上がるな!犬子もはしゃいでんじゃねーよ!」
「わおーーーーん!!槍が軽い!足が動く!あっはははは!楽しい!!!和奏だっていつもよりやる気じゃん!」
今や豊久の一挙手一投足が眼前に立つ敵に恐怖を与え、反対にその背を追う味方は奮い立つ。
その勢いは最早止まらず、2000余りの織田軍はひとつの生き物のように陣を食い破っていった。
そして遂に、織田軍が戦場を貫き切る。
本陣と思しきそこには無数の屍が折り重なるように倒れ、その奥の床几には一人の美麗な武者が座していた。
丸に二つ引両、赤鳥紋が染め抜かれた陣幕を背にする武者の出で立ちは、胸白の鎧に金の八龍を打ちたる五枚兜、そして赤地の錦の陣羽織。ただし、それらはいずれも血と煤に汚れ、
「ほぉ。織田の郎党共か。余が追い立てた鬼共に食い散らかされ、とっくに逃げたかと思うたが…うつけの小娘も存外やるものよ。攻め時を見誤らなんだか」
織田軍の兵に気付いた武者が、愉快そうに笑った。肩を揺するたび、右の袖口からは大量の血が零れ落ちるが全く意に介していない。
「ここまで辿り着いた褒美にこの首くれてやる、と気前よく吐くのが潔いのであろうが──」
速度を落とさず、駆け寄ってくる織田の兵達を後目に武者は…今川義元は、獰猛に口角を釣り上げた。
「生憎余は、そのような惰弱を好かん」
ぐらりとふらつき、それでも確かな足取りで義元は太刀を杖代わりに立ち上がる。その刃からは炎が走り、一歩織田軍へ近付く度にその勢いを増していく。
「うぬらも下される手柄なぞ願い下げであろう!この首が欲しければ己が力で奪ってみせよ!はっははははは!!!海道一の弓取り、清和源氏末流今川治部が死ぬるぞ!無礼講なり、功名を欲す者は前へ
「はっはァ!良か!良か大将首じゃ!首置いてけ!大将首置いてけ、今川義元!!」
呼応するかのように歓喜の叫びを上げ、豊久が全力で地面を
「チェストォォォォォォッッッ!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
裂帛の気合に一瞬遅れて響いたのは、金物を叩き割るかのような破砕音。桶狭間の戦いに、終結の時が近付いていた。
■
「がは……ッ!ぐ、ぁ……げほっ、がぁっ………」
瞬間的に意識を手放していた義元は、皮肉にも喉からせり上った血液の苦しさによって覚醒した。
ひゅうひゅうと必死に呼吸を試みながら、ぐらつく視界を収めようと目を見開く。
そこに写ったのは、鈍重な鉛色の空だった。
(なん……余は…わたし、は……何…どう、なって……)
長年に渡り、尾張国を巡って鎬を削った宿敵、織田信秀が死に、美濃の蝮と恐れられた梟雄もあっさりと息子に殺され。
これを好機と見た己は、何を考えているか分からぬ甲州の怪物と一応の同盟を結び、後顧の憂い断って尾張平定に乗り出した。
そうだ。そして西上を開始し、織田の支城を次々に落としていよいよ清須へと迫り…。
(あぁ…そうだな……負けたのであったな…)
想定外の悪天候に、全く忽然と降って湧いた鬼の襲来など、要因は様々である。特に後者はあまりにも大きい。ただでさえ人の身に余る化生共を相手取り、その直後に奇襲をかけられては流石の今川軍とて限界であった。だがそれらを言い訳にするつもりは一切ない。
(全ては天運。余は、天下を
少しずつ、思考の靄が晴れていく。血に染まり、半ば以上潰れた視界の先に己を打ち倒した武者の姿も見えてきた。
「み……ごと、な……兜割…で、ある……近う…我が首、その方に…」
炎をものともせず、太刀ごと圧し斬る勢いで振り下ろされる大太刀。その威力は絶大で、咄嗟に後ろに跳び、なんとか兜で受けたものの伝来の重宝は無惨に砕け、義元自身の額も割られた。
戦いもせず腹を切る、どさくさ紛れに討ち取られるなど死よりも忌むべき最期だと思ったが、これほどの武者に一騎打ちにて討たれるならば本望。
最後の力を振り絞り、義元は
が。
「な…何じゃあ、
「……は?」
「あぁとんだ
何を…何を言っている?こいつは???
額から零れてはいけない何かがでろりと零れる音を聞きながら、義元は弾かれたように──実際の所は震えながら、徐々にだが──半身を起き上げた。普通ならば死んでいるし、天地が逆さまになったような不快感に襲われたが今やそんなことは気にもならない。
既に緋色の武者は背中を向け、そそくさと自陣へ向かっている。
その先には、恐らく自分も同じような顔をしているのであろうな、と容易く想像出来るほどには呆けた面をさらす
「ちゅ、中書……?貴様、何を言って、いや何をやっている…?」
「おう。義元ばぶっ倒しち、首ば捻じ切っちゃろうと意気込んどったじゃっどん、女子じゃった。女子首は手柄にならんでの。恥じゃ」
「は、じ……はじ、恥…………恥!?!?!?!?」
「久遠様、やはりこやつ駄目です、阿呆です。殴り倒して宜しいですか?」
「え、ええと、中書どの?あの、仰っている意味がよく分からないのですが…あの…
生気のない目で何かを悟ったように武者を指すのはかかれ柴田、未知の生き物と必死に意思疎通を図ろうとして限界突破してしまっているのは米五郎左だろうか。織田の双璧と称される傑物が完全に壊れている。
「馬鹿にしとるんか貴様ら!!」
「えぇい、馬鹿にしているのは貴様だ!義元だぞ!?大将首だぞ!?貴様先程まで大将首大将首と喚いていたであろうが!?」
「大将が女子とは思わんわ!女子ん首級ば得て功名じゃ手柄首じゃなど、親父っどがあの世から起き上がってきてぶん殴られっわ!」
「いえ久遠様が我らの御大将なのですから、そこは少し考えれば…」
「ぐッ……こん世界ん理はよう分からん…!」
「なぁ犬子、よく分かんねーけどアレだよな、あいつ馬鹿ってことで良いんだよな」
「うん、すごいね、見たことないくらいバカだね、気持ちよくなるくらいバカだね」
「全員はっ倒すど!!!」
「は、はは─────」
恥。恥か。女子か。
「はっはははははははは、げぼっ、が、ごほっ……」
「「「「!」」」」
突如として蘇生し、笑い声を挙げた義元に、織田の軍兵らが一斉に身構えた。先程まで馬鹿のように怒鳴り声を挙げていた連中も、各々得物を構えこちらを睨み据える。
ただ一人、やはりあの男だけが興味無さそうに口をへの字に曲げていた。
「ハァ、はぁ……この期に及んで、見苦しい真似はせぬわ。我が兵も、既に逃散したようであるしの。ふふ、
手足が冷え切り、感覚が失われていく中、額と、胸の奥底からのみ灼熱を感じながら義元は真っ直ぐに男を見やった。
「それにしても、この義元の首級が恥とな。くくくく、まったく面白き男よ……その方、名は」
尚も言い募らんとしていた男も、義元の最期を悟ったらしい。
腕組みを解き、こちらへ向き合って真っ直ぐに見つめ返してくる。
ただの常識知らず、礼儀知らずではない。
「島津中務少輔豊久」
「しまづ……ふむ、島津……ふふ、この首級を献上出来んのが惜しい程の武者ぶり、天晴れ也。その方にとっては恥でも、この東国に於いて我が首級ほど求められた功名首はあるまいて。少しは誇って欲しいものだな」
「知らん。そがいなこと、おいには関係なか。これはおいの法度ぞ。おいは女子首は奪らん」
戦場で一度
「くく、くくくく……どうやら尾張には、日ノ本一のうつけがもう1人おったようだわ。女子首が恥などと…」
ひとしきり笑い終えると、義元は視線を男の傍らへとずらす。
そこには唖然とした顔で…しかし心のどこかで面白がり、興奮しているであろうもう1人のうつけがいた。
「信長。信秀の娘よ。その島津は宝ぞ。この戦乱の世にあって、我を通す力は何よりも尊ばれるべきもの。そこな阿呆は口先だけでは無い。これまでもこれからも、馬鹿馬鹿しいほどまっすぐ奔る根っからの阿呆ぞ。手放すなよ」
「今際の際に説教か?海道一の弓取り」
「フン、今川治部を討ち取ったうつけが容易く滅びては我が武名にも傷が付く。それだけよ。……やれぃ。そして我が首を以て天へ駆け上がれ」
聞くべき事は聞いた。告げるべき事は告げた。
大きく息を吐き、義元は天を仰ぐ。
────首ば奪るのか。
────貴様に法度があるように、我らにも法度がある。誉がある。
────ほうか。法度か。ならば良か。
そんな会話を聞きながら、最期に思い浮かべたのは届かなかった天下でも、故郷の情景でもなかった。
願わくば、我が愛娘に栄光…とまではいかずとも。
平穏で、人並みの幸せがあらんことを。
「未練よな、我ながら」
今川治部大輔
歴史の歯車が、音を立てて動き出す。
今川芳義元(本作)……真名は法号の栴岳承芳より。桶狭間にて鬼の大群に襲われ、大損害を受けながらもこれを撃破するという大女傑。間髪入れずに吶喊してきた織田軍は流石に捌けず、一騎打ちの末、大将織田信長の手で介錯された。
構想段階では利き手を失って尚鬼をバッタバッタと薙ぎ倒すシーンがあった義元様。展開の都合上泣く泣くカットしました。今後、オリジナル武将も多数登場予定です。性別は史実通りだったり恋姫仕様だったり……。