『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
今川義元を討ち取り、国難を退けた久遠はその勢いに乗じて今川軍を追討……することはなく、急ぎ清須へと引き払った。若干一名『叩くときは追うて追うて根まで叩かねば駄目じゃ』と駿河まで乗り込みかねない阿呆がいたが、首根っこを捕まえて引きずり戻った。
無論数の差もあったが、久遠が懸念したのは鬼である。
これまで上方を中心に散発的に、それも夜に限って人を襲っていた異形が突如として大群をなし、昼夜を問わず暴れ回った。その事実は下手な敵対大名より余程脅威と言える。いつ、どこで襲われるか分からないのだ。悠長に軍を展開し、今川攻めを行う余裕は皆無であった。
このため義元を討った直後、織田軍本隊は全速力で撤収。途上、主君の首級を奪取しようと追い縋ってきた今川兵と散発的な戦闘に及んだが、それらの気骨ある者はいずれも豊久の手柄首に列する結果となった。
そうして大した損害を出す事も、また鬼に遭遇することもなく無事に清須へと帰城し、現在に至る。
だが久遠には、涙を浮かべながら出迎えた妻と再会を喜び合う暇もなかった。
「壬月、麦穂、近う」
軍装を解く間もなく、久遠は宿老2人を呼び寄せ内々の評定を開く。久遠が個人的に信頼し、腹を割れる重臣のみを集めて事を議すのはこれが初めてではない。尚本来であれば、やたら本質を見抜く戦闘狂もここに呼ばれるところではあるが、桶狭間周辺に遊撃で出していた本人より
『化物の徒党、襲来。退治、及び周辺村落の慰撫の為帰城遅参』
と簡潔極まる伝令を受けたため、此度は不参加となっている。慰撫の意味分かっていないですよねあの方達、と麦穂が頬をヒクつかせていたがそれは余談。
とにかく、そんな
義元を討ったとて今川家自体は尚も健在、しかも領国に攻め込まれた訳では無い。当主氏真を立てて反抗してくるのは火を見るよりも明らかだった。それに対する備えに、各地の中小勢力からの
そんな中で、この3人が真っ先に議題に挙げたのは他でもない。
異なる御世からの漂流者、島津豊久についてである。
「存念を申し伝える。欲しい」
グダグダと理屈を捏ねくり回すのは久遠の好むところではない。いっそ放言とも言えるほどに、バッサリ一言で結論付ける。
だが2人も、久遠の癖には慣れたものである。
「でしょうな。家中へはなんと説明されるのです」
「出自や身分、全て自称ですからね…はいそうですかと、全面的に信用するのは…。田楽狭間での働きから、他国の刺客という線は無いとは思いますが」
「ほぉ。麦穂はともかく、壬月はいつもより物分りが良いな?自分の目でその実力を確かめるまではーとか言い出すかと思うたぞ。やはり中書を気に入ったか」
「実力については充分見せ付けられました。先の戦での一番手柄、間違いなく彼奴です。喉から手が出るほど欲しい武人ですな。柴田家で貰い受けたいほど」
そうであろうそうであろうと、自分を褒められたかのように久遠がドヤ顔をしているが、壬月の言葉は終わっていない。
「ただし、これは一武将としての考え。織田上総介様の家老としては、おいそれと認めることはできません。客将ということで迎え入れられるにしても、連れている兵もおらず、素性も確かな証がない。家中の賛同は得られますまい」
現状、森家と並んで織田の武の象徴たる壬月個人としては豊久に魅力を感じるのは事実。だが戦以外の要素に目を向けると、中々に難しい。
「むぅ…だがあれほどの者を足軽や侍大将からと言うのは、体裁に縛られるうつけの申すことよ。三若を筆頭に、田楽狭間で同陣した中には既に心を掴まれた者も多かろう」
「しかし功績も現有兵力も足りませぬ。」
「我を窮地から救い、義元も事実上討った。それでも足りんか?」
「功名ではありますが、あくまで腕自慢の一兵卒としてと言われましょう。一軍を率いての実力は未知数。それをいきなり客将待遇としては、既存の者からの反発は大きいかと」
田楽狭間で皆を率いていたではないか、とぶぅたれるがそんなことは壬月も麦穂も承知。そこにいなかった、もしくは居ても認められない者共を納得させなければならない。
当主の命だ、納得せよと鶴の一声を上げればいいかと言えばそうでもない。悔しいが、家臣の協力を得られなければ織田家の運営は立ちいかない。大名とは、決して当主の独裁政権などではないのだ。
「私は、待遇はどうあれ当家に召し抱える…囲うことは絶対に必要と存じます」
壬月とは反対に、麦穂は豊久を家中に入れることに積極的である。いや、むしろ必死と言っても過言では無い。
「真実かどうかはさておき、中書どのは未来からの漂流者ということになっています。彼の言葉通り、今川義元は討死しました。彼の語る世界と我々が生きる今は、性別や年齢、時系列など相違点が多くとも義元討死の事実は動かせません」
尾張一国も統一できていない織田家と、駿遠を治める日ノ本有数の実力者たる今川家。誰もが織田の敗北必至と考えていたところ、その下馬評はひっくり返った。
様々な要因が重なっての結果ではあるが、豊久の言葉が現実になったことは確かである。
その事実は、重い。
「今は織田家内部の、それもごく一部しか把握していませんが、早々に手を打たなければ中書どのの素性についてはいずれ必ず漏れます。人の口に戸板は立てられません。そのうち他国へも流れ、各国大名が未来を知る彼を欲しがるのは明々白々。祭り上げ、利用せんと謀る輩も出るでしょう」
「成程…召し抱える危険性より、手放した時の危険性か」
「壬月さまの仰る通り」
麦穂が懸念しているのはその部分だ。
織田家の利益というより、豊久が尾張から離れ、他家に利する結果となることを恐れている。
無論彼女とて彼の語る
「手元に置くべきです。もし彼が、無理にでも出ていくというのであれば……」
麦穂の手が、畳の上に置いた佩刀を撫でた。その瞳には覚悟が宿る。だが、久遠はその中に後ろめたさと憐憫の色が混じっているのを見抜いた。
「似合わん真似は止さぬか、麦穂。無理に悪ぶるな。田楽狭間で彼奴を死なせぬと息巻いたのはどこの誰だ。……そういった清濁の判断は他でもないこの我の責任で下す。織田の為に泥を被る嫌われ役など無用」
「久遠さま……」
「それに、待遇に関して妙案を考えついた。家中の納得は……うむ、まぁ、これからの彼奴の働き次第と言ったところであろう。最初の風当りはキツイかもしれんが、あの性格でいちいち気にすることもあるまい」
扇をもてあそびながら、久遠がずいと2人に寄った。
自然、2人も前のめりに主の顔を見やる。その楽しそうな表情は、悪戯にかまけうつけと呼ばれていた吉法師の頃と全く同じであった。
「中書豊久を夫として迎える。この世界における実家を持たぬ彼奴ならば、虫除けにも最適。しかも当主の夫という権威があれば多少の無茶は推し通る。自身の家臣団を持たずとも、我が直属軍を一時的に貸し与える、もしくは新たに隊を編成することもできる。どうだ、妙案であろう」
「「…………」」
長年久遠の傍近くに仕えた2人でも、流石に言葉が出ない。
壬月は目を瞬かせ、麦穂はこめかみを抑えて考え込んでしまった。
確かに利点のみを考えれば悪くはないのだ。
現在久遠は斎藤氏出身の妻を娶っているが、夫はいない。世継ぎのことを考えればいずれ必ず夫が必要となるし、勢力争いの延長線上でどこぞの誰かに押し付けられる可能性もある。というかその線が濃厚だ。夫とは即ち、次期国主の父となる男。その実家の織田家中における発言力は妻のそれとは比べ物にならないだろう。家臣の息子を迎え入れる場合もあるが、そうすると今度はその家に権力が集中する。
身寄りのない豊久を夫とすれば、こういった面倒極まりない問題の大半は解決するのだ。家格が釣り合わないと騒ぐ連中も出るだろうが、田楽狭間で久遠を救った功がある。しかも義元を打ち倒す様を織田の兵達、そしてあの戦場にいたであろう各国の草が目にしただろう。その武勇を気に入り、傍に置いた信長が彼が功を挙げる度にのめり込んでいき、遂には本当に祝言を……という筋書きでいけば少々、いやかなり強引ではあるが不自然はない。最悪の場合、どこか適当な家に養子に入れてしまえば良いのだ。
「…………それは、なんとも…大胆、と言いますか…」
なんとか絞り出したという様子の麦穂の声に、久遠が可笑しそうに笑った。
「なんだ、我に恋愛祝言など似合わぬか?」
「久遠さま!我々は真面目に申しておるのです!」
「ははは、すまんすまん。だが考えてもみよ。これが中書に用意できる最善の待遇でもあるのだ。下手な条件を出して、大名の矜恃で臍を曲げて尾張から出て行かれては困る。まぁ気にするタチには見えんが、万が一ということもあるしな。かと言って高待遇すぎれば、既存の家臣から不平不満が出よう。我個人の夫とする分には、栄誉はあれ俸禄に影響は無い」
「筋は通っている…のか……?いや、しかし…やはり流石にいきなり夫には……うぅむ……」
「壬月とて、権力しか目にない軟弱な男よりは、飾りとは言え中書が我の隣におった方が安心できよう。そこはどうだ」
「………………………………久遠様のお考え、一々ご尤も。この権六、感服いたしました」
「壬月さま!?!?」
たっぷり時間をかけてその未来を想像した壬月が、恭しく頭を下げる。一度は背きながらも救われ、双璧として信を置かれる立場となった壬月は久遠への敬愛が誰よりも深い。あっさりと陥落した。
「さて、これで二対一。麦穂よ、そなたはどうだ」
「やはり、賛同出来かねます。久遠さまの旗本、もしくは他部隊から完全に独立した遊撃隊のような専属部隊を新設し、その長として遇する、というのでは駄目ですか。久遠さまが仰られたように、身分や扱いで不平を言われる方ではないかと」
「そうするとやはり家中の馬鹿共がな」
もはや久遠も言葉を選ばなくなってきた。
「第一、本当に中書どのが大名であるならば奥方もおりましょう。夫になれと言われ首を縦に振るとは思えないのですが」
「そこはまぁ、あれだ。口八丁手八丁というやつだ。」
「えぇ……久遠さま、お言葉ですが果断な決断と行き当たりばったりは似て非なるものですよ。今回の戦も……」
喧々諤々と2人が議論を交わすなか、ふと壬月が呟いた。
「そもそも、奴はこれからどうするつもりなのだ?曲がりなりにも、故郷である薩摩を目指すのか?」
「「あ」」
■
清須城下、織田久遠私邸にて。
与えられた一室で、豊久は特に何をするでもなく呆ッと庭を眺めていた。
「…………腹ば減った」
並外れた糞度胸、もしくは呑気と言って良い。
異世界に飛ばされ、右も左も分からぬ…どころかなまじ知っている名がおかしな形で出てきたせいで、余計混乱の坩堝に叩き落とされた男の台詞ではない。
だが豊久は彼自身が言ったように、分からずとも取り敢えず突っ走る性分なのだ。考えたところで分からぬものは分からぬし、解決しないものは解決しない。
唯一確かなことは、豊久が今、生きているということ。
死にたかった訳では断じてない。帰ってこいと言われたのだ。待っていると、死んだら許さぬと敬愛する伯父に言われたのだ。例え地を這い泥をすすってでも薩摩に帰る。その決意に嘘はなかった。
だが同時に、納得もしていた。
あぁ、これが己の役割りなのだと。この瞬間の為に生きてきたのだと。故に伯父の願いを、命を破ることを申し訳なく思えど後悔はなかった。矛盾するようだが、これで死んでも本望だとも思っていたのだ。
だが今の己はどうだ。
死に損ね、薩摩に帰ることも出来ず、己が知らぬ過去の…異なる世界へ流れ着いた。何一つとして成し遂げていない。
ならば、己はここで────
「む」
ふと、部屋の襖の向こうに人の気配を感じた。歩き方から察するに、女…それも久遠や壬月、麦穂のような武士身分(そも女の武士というのがおかしな話だが)ではない。
「もし、お客様。お食事をお持ちいたしました。入ってもよろしゅうございましょうか」
「良かど」
開け放たれた襖の奥に見えたのは、膳を運んできた女中……にしては高価そうな召物を着た女だった。伏せていた頭を上げると、気の強そうな瞳が豊久を射抜く。
「なんがぁ、そがいに睨まんでも良か。お前の主ば取って食いやせん」
「っ……これは、失礼を…」
一瞬鉄面皮が驚きで崩れたが、女はすぐに平静を取り戻し、いそいそと豊久の前に膳を配していく。
支度を終えると、女は再び三指を付いて豊久に頭を下げた。
「給仕を承ります、織田三郎久遠が妻、帰蝶と申します。何卒よしなに」
「世話に……あん?」
「いかがされました?島津様」
今何か、変なことを言われた気がする。
「妻?」
「はい、そう申しております」
「お
「だからそうです」
「
「だから久遠の妻って言ってるでしょうが!!」
豹変した女…帰蝶の態度など全く気にならぬほど、豊久の頭は疑問符で埋め尽くされていた。
妻?久遠の?なんで??
「女子が女子娶るんか!?」
「はぁ?慣例として当然あることでしょう。何を言って…あぁ、時たま変なこと言い出すとか久遠が言っていたわね」
「世継ぎはどうするのだ!女子同士で子ば成せんじゃろ!?」
「よっ、はぁ!?!?!?急に何言い出してるのバカじゃないの!?!?夫も別に娶って世継ぎはそっちにって何言わせてるのよこの変態!!恥知らず!!常識欠如!!!」
「常識がなかとはお前じゃろうが!?女子が女子娶るなぞそげな馬鹿な話ばあってたまるか!」
「馬鹿!?馬鹿って言った!?あなた私と久遠のこと侮辱してるの!?」
「しちょらん!!有り得ねぇから驚いとるだけじゃ!」
「有り得ないって実際私は久遠の妻ですけどー!?無礼討ちにするわよこの猿頭!!」
「こげな下らん話で殺されてたまっか!」
「下らないとは何よ下らないとは!!」
最早食事などそっちのけで
スパァン!と勢いよく開け放たれた襖の向こうから久遠が顔を出すが、全くお構い無しである。
「中書!少し話が…」
「やはいこん世界は訳ん分からんど!おかしかじゃろう、どう考えても!」
「あなたの頭がおかしいだけよ!なんで久遠はこんな得体の知れないイカレを連れてきたのかしら!」
「あ"ぁ"!?」
「何よ!」
「なんが!」
「「ぐぎぎぎぎぎぎ」」
「………まぁ、なんだ。飯は冷めんうちにな」
そろりと襖を閉め、退散した久遠を誰が責められよう。
結局、この怒鳴り合いはすっかりと汁物が冷え、米も固く成り果てるまで続いた。
言わずもがな、久遠の目的が果たされるのもそのまた先のことである。
勝家の離反……信長の弟信行(信勝)に従い、挙兵。ただこれは離反と言うよりは、元々が信行付家老であるため当然と言えば当然の行動。むしろ2回目の信行の謀反は勝家がチクったことで露見し、暗殺に至ったので見方によってはそちらの方が裏切りかもしれない。ただ、いずれにせよ勝家が信長に認められ軍団長にまで登り詰めたのは事実。帰服後の忠節とその実力は疑いようもない…と思われる。