『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
ただの難産じゃねぇぞ…ド級の難産、ド難産だ!ということで短めです。
「ようやく終わったか貴様ら……元服前の稚児の方がまだ大人しいぞ……」
「ふん!この頭のおかしな常識知らずの変態が悪いのよ」
「……」
「無視するな!無言で箸を進めるな!!」
「もう1杯所望すっど」
「だぁぁぁぁ!!どれだけ食べるのよあなたは!!もうお櫃も空よ!ちょっと待ってなさい、台所から余り物探してくるから!」
怒りのあまり床を踏み鳴らしながら退室する帰蝶、もとい結菜。気にすることも無く、豊久は茶をすすっている。
「気が強か女子じゃっどん、律儀者だの」
「貴様が言うか、貴様が。結菜があれほど怒ったのは久方ぶりよ…」
結菜と入れ替わりに入ってきた久遠は、これ以上なくゲンナリとした顔である。
「本のこつ嫁御じゃち聞いた時は驚いたじゃっどん……織田信長の妻ち言われれば、得心ばいく女子じゃ」
「お、アレの良さが分かるか。ふふん、自慢の妻だ。素直でないのが玉に瑕だが、誰よりも心優しき女でな」
なんだかんだ波長は合うらしい2人が話していると、盆に握り飯を載せた結菜が戻ってきた。相変わらず豊久を見るその目は厳しい。
「ほら、早く食べなさい。久遠が話があるって待ってるんだから」
「ありがとうごわぁた。いただきもす」
「ん」
たとえ怒鳴り合いを繰り広げた相手にも、最低限の礼儀は欠かさない。島津豊久、品があるんだがないんだか分からない男である。
「いや、食べたままで良いから聞け。結菜も同席せよ。問答のうち、こやつの
久遠の言葉に結菜は威儀を正し、豊久は全く気にせずパクついている。隣で青筋が立つ音が聞こえた気がしたが、そちらを確認する勇気は久遠にはない。
「中書よ。貴様これからどうするつもりだ。この世界でどう生きていく?」
「ング………言うたじゃろ、右も左もなんも分からん。身ひとつぞ。そもそも、おいには戦しかできん。功名求めて駆けずり回るしか能がなか」
「はっ、常識どころか大名としての生き方すら知らないのかしら。あなた本当に当主だったの?よくそんなので御家が保てたわね」
やはり第一印象が最悪だったせいか、結菜の言葉には棘がある。と言うか思い切り毒を吐いて喧嘩を売っている。
しかし言われた側は暖簾に腕押し、事も無げに鼻を鳴らした。
「ぬしゃん実家よりゃ上手くやっとったど」
「んなッ…!?」
途端、結菜の顔に朱が走った。
それはそうだろう、結菜の生家たる斎藤氏は先代利政…道三が下克上し土岐氏より美濃を奪い取ったが、息子である義龍によって更に下克上を食らったのである。
豊久がそこまで狙ったのかは分からないが、結菜にすれば「他人の家の心配より実家の醜態に目を向けろ」と煽り返されたようなものだ。
「ははははは!これは一本取られたな!すまんな中書、妻が無礼を言った。結菜も非を認めよ。斯様な子供のような真似、貴様らしくもない」
「ぐ……し、失礼いたしました……」
「ん。受けたど。こい以上はなしじゃ」
そんな一幕を挟み、話は本題へと
「薩摩へ帰ろうとは思わんのか?仮にも故郷だろう」
なんでもないように口にしたが、その実久遠が最も聞きたいのはそこである。ここで「そうする」などと言われ、出ていく流れになってしまえばもう夫云々の話どころでは無い。最悪討手を出す、もしくはこの屋敷内で事に及ばねばならない。
この男を、この武士を、そのような失い方はしたくない。
心臓が早鐘を打ち、背筋が伸びそうになるのを久遠は軽い様子に取り繕う。ここで下手にへりくだっても、尊大になっても駄目だ。焦るな。気取られるな。あくまで自然に────
「そいはなか」
それは穏やかな声音だった。
遠くを見るような、寂しげな瞳の色だった。戦場であれほどの武者振りを見せる男とは思えない、純朴な子供のような。
「薩摩の景色は見たか。向島の灰も今になっては懐かしか。佐土原もこん頃は伊東の城下じゃろうが、おいにとっては領国ぞ。……じゃっどん、そけに帰るんは
豊久は滔滔と語る。
まるで己に言い聞かせるように。まるで何かを諦めるかのように。
「おいが帰るち言うたのは、
「っ……」
ここにきてようやく、久遠は豊久の現状を正しく理解した。
元々豊久は、関ヶ原の大戦にて伯父の身代わりとなってあの重傷を負ったという。しかし生きる事を諦めず、傷付いた体を引き摺って彷徨い歩いていたところをなんの因果かこの世界へと流れ着いた。
この世界に故郷はあれど、それは豊久の故郷ではない。家族はいれど、豊久を迎える家族はいない。
約束を果たす相手は、既に失われたのだ。
尾張にいながら帰る方法を探せだの、衣食住は必要だろうだの。
散々考えていた、彼を引き止める為の言葉は久遠の喉にひっかかり、出てこない。
「…デ、アルカ」
久遠の胸中には苦い後ろめたさが広がっていった。
それは澱のように沈み、積み重なり、やがて久遠を蝕んでいく。弟を手にかけた時、耳にこびり付いたあの声が木霊する。
『貴様に、姉上に!人の心は分かるまい!人の考えを見抜いても、心は!想いは伝わるまい!故に滅びる…いつか必ず、貴様の率いる織田は折れるぞ!貴様自身のその傲慢によって!』
「久遠…久遠?」
結菜が背をさすっている感触も分からない。目の前の景色が暗い。
違う。我はもう間違えない。父上、婆や、違う。違うのだ、わたしは…
「なんがぁ、似合わんど信長」
その時、あまりにあっけらかんとした声が部屋に響いた。
「国主じゃろうが、当主じゃろうが。そがいにシケた面は信長には似合わんど」
「久遠のことを何も知らない癖に、何を好き勝手に──!」
「おう、知らんど。主ゃらん
愚直。
あまりに愚直で、純粋な言葉だった。思わず目を見開き、間抜けにも口をあんぐりと空けてしまう程に稚拙で、そして本気の言葉。
「ぷっ……は、ははははは!き、貴様は本当にうつけなのだな!全く呆れ果てた男だ!」
「うつけち言われても、これしか知らん。これしか出来ん。腹芸だの
よくもまぁ、こんな真っ直ぐな在り方でここまで生き残ってきたものだ。自然のうちに、久遠に笑みがこぼれる。先程までの胸の重みが嘘のようだ。
何故だ。何故こんなにも心が軽い?
「そうだな、体裁はもう良い。思惑だのも捨て置こう。中書。いや、島津豊久。我に仕えよ。虫除けを兼ねて夫になどと考えたが、とんでもないわ!貴様ほどの大うつけ、飾って置くには勿体ない!」
分からぬが、言えるのはただひとつ。
最早偽ることはできない。この衝動を抑えることができない。豊久が欲しい。道具でも、夫というお飾りでもなく、共に歩む存在として。
気付けば久遠は身を乗り出し、豊久の手を握っていた。
「は?あ?夫?な、なんち?」
「それはもう良い、忘れよ!
後に、この日は久遠にとって生涯忘れ得ぬ一日となる。
あの言葉を聞かなければ、今の自分はなかった。
あの衝動を口にしなければ、今の織田はなかった。
そして、あの温もりさえ知らなければ。
今のような悲しみなど、味わうこともなかったのにと。
道三と義龍(高政)……嫡子であるにも関わらず冷遇され、廃嫡の恐れを感じた義龍が弟を殺害した後に挙兵。道三を討って斎藤氏を実力でもって継承したとされる…が、実際の所は道三の内政があんまりにもダメだった+土岐氏の家臣筋がよ のコンボで家臣らに見限られ、義龍は対抗馬として擁立されただけという見方もある。個人的には、それにしては道三討伐後の義龍の動きがあんまりにも鮮やか(一色姓をさらっとゲットしたり)なので、義龍自身も早期の段階から主体的に参加してたんじゃね?と思います。
実は史実だと織田信長より斎藤義龍の方が好きです。