『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
「………」
軍勢を率いなんとも言えぬ顔で馬上にある豊久。反対にその轡を取る少女は上機嫌で、今にも鼻唄でも歌いだしそうである。
「いよいよ進発ですねお頭!うぅ、まさか武士の身分をいただけた上に、稀代の新星、島津さまの近侍にだなんて…!この御恩、戦働きでお返ししないと!」
「あー…まぁ、そうだの…」
「?どうかされましたか?お加減が優れませんか?」
「いや…太閤ば傍付きにすっ武士なぞ、後にも先にもおらんち思うての」
小首をかしげ、豊久をお頭と呼び慕うこの少女はひよ子。今回の墨俣築城……否、出陣にあたって久遠より付けられた近侍である。読み書きは無論、計算や資材等の手配まで担える切れ者で、その才には豊久も一目置いている。置いているのだが、なかなか接し方に苦しんでいるというのが正直なところだ。
なにせ、秀吉である。
『ほ、本日よりお傍に仕えさせていただきます!木下藤吉郎ひよ子秀吉と申しますっ!!島津衆始まりの一人として、粉骨砕身してお頭に尽くす所存!なにとぞ、なにとぞよろしくお願い申し上げますっ!!』
『………………………』
『あ、あのぅ……島津、さま…?』
『ほうか……墨俣………美濃……ほうか……ほうか…………』
『えーっと…?』
『すまん、無理ど』
信長、勝家、利家と来て流石に耐性が付いたかと思ったが、『この世界相変わらずイカレてんな』で済ますにはあまりにもあんまりな人物だった。名乗られた時には無言で寝込みかけた。久遠だけでなく、結菜にも指をさされて爆笑されたときは本気で張り倒そうかと思ったほどである。
「忠隣も歳伯父上もあん禿鼠んせいで死んじょるからの…」
「は、はげ…?」
「気にせんで良か。そいより、蜂須賀勢との伝令ば付いちょるか」
「はいっ!手筈通り、資材を積んで出発したとの由。」
「斎藤勢は気付いちょっとか」
「はい。私たちがころちゃん…川並衆を雇ったのを察知したようで。見立てよりかなり早い戦支度です。情報によれば、龍興肝煎りの斎藤飛騨守自ら出陣だそうです。墨俣での攻防では齋藤勢の連戦連勝、楽な勝ち戦でお気に入りに箔を付けんと龍興が総大将を任じたとか」
「はっ、義龍はともかく龍興の?恐るるに足らんな」
「ししし、柴田さま!?」
身の丈より大きな大斧を担ぎ、壬月が豊久の隣へ馬を付ける。今回の軍監、言わば豊久の目付役。万一しくじった時の尻拭い役である。
「しかし大胆な策だ。言うは易し、行うは難しの典型……しかも築城ではなく、敵勢力の殲滅と言い切ったのは貴様だ。家臣連中の前で吐いた唾は飲めんぞ、中書」
壬月の言葉にひよ子がゴクリと唾を飲むが、豊久はかえって口角を上げるばかり。かけられた重圧も、付き従う兵達の命の重さも気負うことなく手綱をしぼる。
「築城だの調略だのはてんで分からん。おいに一夜城は築けん。じゃっで、大口・鶴賀城よ。分からん出来んで功名手柄は挙げられんわ」
後の世にて『墨俣の惨劇』『阿呆の一本釣り』『妖怪首置いてけ爆誕』等、散々に語り継がれる戦…墨俣合戦の幕が上がろうとしていた。
■
墨俣に向けて出発した柴田勢…否、島津勢を城の櫓から見送りながら、久遠は思い出し笑いを抑えられずにいた。
「くくくっ……豊久め、大言を吐いたものよ。欲しいのは墨俣ではなく稲葉山だろう、とは……くくくく……あの時の佐久間の顔、見たか麦穂?」
「久遠さまもお人が悪い…。しかし、上手く行くとお思いですか?見たところ、勝率は三分といったところでは?」
「義龍が健在であれば二分まで下がったな。フン、病死など……勝ち逃げしおってあの親殺し。まぁ良い、馬鹿息子と腐り切った斎藤には我が引導を渡してくれるわ。その先陣、豊久ならばしかと切ってくれよう」
先日、美濃国主斎藤義龍卒すとの急報が齎された。蝮と恐れられた母を殺して実権を奪い、独立志向が強い美濃の国人衆を押さえ付け、久遠の侵攻を幾度となく跳ね返した男…認めたくはないが、確かに傑物であった。
その傑物を失った斎藤家は、確実に混乱し、弱体化している。そう踏んだ久遠は美濃攻略の足がかりとして国境に程近い墨俣の地に城を築かんと打って出たが失敗。宿老の1人である佐久間信盛が築城中に散々に打ち破られ、膠着状態となっていた。
そこで、駄目で元々と豊久に白羽の矢が立つ。武勇は問題なくとも指揮能力が、と文句を垂れた重臣達が客将としての試金石との名目で豊久を死地に送り込んだのだ。麦穂は激烈に反対し、滅多に見せない憤怒の相を見せて三若が大いに震え上がっていたが、久遠は鷹揚にそれを追認した。無論、死にに行かせるつもりは毛頭ない。豊久とのやり取りを経て、こやつならばと確信を得たまでである。かくして、先の評定にて豊久に墨俣築城を命じ現在に至る。
「奴のこととなると麦穂はいつにも増して心配性よな」
「う…なんというか、彼を見ていると危なっかしいと言いますか…目を離した隙に、とんでもないことになっていそうと言いますか…」
「乳飲み子かあやつは」
近い将来、織田家一同本気で悩み倒す事になるとは露とも知らず笑い飛ばす久遠。数ヶ月後には一緒になって頭を掻きむしる勢いで七転八倒しているのだが、今はうんうんと唸る麦穂を楽しそうに揶揄っていた。
「む、もしやあれか?我の夫に迎えるのに反対していたのは…。むふふ、そうかそうか。麦穂はあぁいった類の男が好みか。確かにどこか庇護欲がそそられるものなぁ、あやつ」
「く、久遠さま!!中書どのに失礼ですよ!私はそのような邪な気持ちで接したことは…!」
「はははは!戯れだ、許せ」
笑いながら櫓を降りる久遠の胸中は明るい。豊久が立案した策は確かに危険度が高いが、理屈は通っている。それに、あの目が語っていたのだ。
慣れた釣りである、と。
「さて、では我らは奴の素性をどう誤魔化すかの続きだな。……いやどうする、本当に」
「もういっそのこと天からの御使いとかでいかがです?中華の三国志演義にもありましたし」
「薩摩弁のか?」
「薩摩弁の」
実はその御使いが豊久の遠縁であったことなど、2人は知る由もない。
■
500程の兵を率い、豊久は墨俣へと着陣した。すぐさま築城へと取り掛かり、同時に敵兵の侵入を防ぐ柵なども人足に命じて用意させる。予め通達していただけあり、兵たちの動きは素早い。時は金なりとひよ子が急かす中、せっせと築陣にあたっている。
正直、豊久はその辺の差配は不得手である。築城上手で知られた太閤殿下にまかせ、本陣にて督戦を行っていた。
断じてサボりなどではない。
「島津さま!」
そこへ、1人の少女が駆け寄ってくる。
彼女は蜂須賀転子正勝。木曽川の水運業務に携わる傍ら、戦稼業にも精を出す地侍集団・川並衆の棟梁である。墨俣一帯の地理を熟知したものはいないかと豊久が久遠に持ちかけた際、幼馴染であるひよ子が是非にと推挙した。
今回の戦の要となる人物……どころか、
「おう、
「はい!この辺りは私たちの庭のようなものですからね。伏せる場所は既に抑えてあります。それと、稲葉山を出立した齋藤勢を物見が捕捉しました。3日のうちにはぶつかります」
転子の言葉を受け、豊久は僅かに目を細める。
それだけで周囲の気が張り詰め、周囲の兵達の背筋は伸びた。
「良か。
言い放つ豊久に、緊張は微塵もない。ただ泰然と、ともすれば嬉しげに大太刀の柄に手を添える。浮き足立ちかけた兵達も、大将の落ち着きぶりに冷静さを取り戻していった。
「そいにしてん、3日か。島津なら翌日ぞ」
「はっは、そりゃ島津の大将のご実家がおかしいんで!」
「戦闘民族かなんかですかい?おぉおっかねぇ、九州生まれじゃなくて良かったぜ」
「なんがぁ、ぬしゃらかておいのこと言えっほど上品な者共らじゃなかろうが」
「間違いねぇや!」
がははは、と太い笑い声が陣中に木霊する。
遠慮なく冗談を飛ばし、豊久を囲む川並衆の視線は、ただの雇い主へのそれとは一線を画していた。命を預けるに足る大将だと、心の底から思っている。そんな熱の籠った視線だった。
それは転子とて例外ではない。
(特定の誰かに仕えるなんて、気乗りしなかったけど…)
これまで、転子も含め川並衆はお世辞にも良い扱いを受けてきたとは言い難い。金さえあればどちらの味方もするという傭兵の性質上、正規の武士たちからは卑下の視線を常に受け続けてきた。
幾らでも替えがきく矢玉か肉盾のように難所ばかりを押し付けられ、命を張っても金の亡者、仕える家も忠義も持たぬ犬、などと雑言を吐かれた。別にそれを否定するつもりもないし、恥と思ったこともない。それが転子達の生き方だ。ただ、心が磨り減る感覚は否めなかった。
誰に雇われても、結局はいいように扱われ使えなくなれば塵のように捨てられる。長年の経験から、転子は雇い主を信じるということを
そんな時、幼馴染に連れられ自分を訪ねてきたこの男。
『美濃ば陥とす。力ば貸してくいやったもんせ』
織田家に客分として招かれるほどの人物が、驕りも見下しもせず、真っ直ぐに頭を下げてきた。それがどれほど鮮烈であったか。身分も出自も取り払って共に地べたで飯を食い、馬鹿話をし、一人一人を兵子と認めてくれた。それがどれほど嬉しかったか。
「勝ちましょう、島津さま」
この戦で名を挙げたい。利を得たい。だがそれ以上に、この男と共に走りたい。
その想いが、熱い奔流となって転子の口から零れ出た。
「豊久で良かぞ」
「へっ?」
間抜けな声を出した転子を、悪戯小僧のような顔で豊久が一瞥する。
「島津に将と兵子の境はなか。各々が出来っこつをするのみぞ。大体が、主ん兵糧ば分捕るくらいは平気でやってのけるぼっけもん共ぞ。そげん
くしゃりと笑った豊久の顔は、今まで見たどんな景色よりも眩しくて。
「〜〜〜〜〜〜っ!!豊久さま!!!」
蜂須賀転子正勝は、一生涯消えぬ光を刻み込まれた。
「貴様、責任は取ってやれよ…」
「あぁ?訳ん分からんこつ言うでなか。そいより頼んど、壬月。頼りはぬしゃぞ」
「……いつか背中を刺されるぞ、たらしめ」
「
主の兵糧分捕る兵子……モデルは関ヶ原の中馬大蔵。敵中突破後、戦場を離脱した義弘一行が馬を捌いて腹拵えをしようとした際、義弘の分を横取りして「殿様は俺達が担ぐんだから疲れねぇだろ、働くのは俺らなんだから食わせろや!」(意訳)と言い放ったという逸話がある。
流石に兵子が主君の諱を呼ぶのは創作ですが、本作オリジナル設定ということで何卒ひとつ。