現代ダンジョンに入れない一般人は好きにアイテムを買い漁って楽しみたい   作:現段出禁

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ポーション

「おっ、やっと届いた」

 

待ち望んでいた荷物を前に、江沼は静かに喝采の声を上げた。大声を出すと近所迷惑になるから、声量はかなり抑えていた。

 

「この中に待ちわびた例のダンジョンアイテム、ポーションが入っている……ん、だよな?」

 

 届いた時には小躍りしそうなほどにテンションが上がった江沼であったが、改めて荷物を眺めている内に、少し冷静になって来ていた。それは一見、普通の荷物にしか見えなかった。ポーションという、およそ日常からかけ離れた物であるはずのダンジョンアイテムは、なんてことない段ボールの箱で届いた。その段ボールにはダンジョンオークションのロゴが印刷されている。一応専用の箱ではあるのだろう。でも、それだけだ。Amaz〇nで買った物と、見た目に大きな違いはない。

 

「……いや、大事なのは中身だよな。余計な梱包コストをかけていない分、良心的とすら言えるし、うん」

 

 江沼は自分に言い聞かせるように呟く。この時、江沼の脳裏にはこのポーションの購入額がちらついていた。ダンジョンオークションではその名の通り、オークション形式で価格が決定される。江沼の入札額はポーション1ダースセットに5000円。勢いのままに初めて入札してみた価格は、そのまま最終落札価格となった。5000円。決して安い金額とは言えない。江沼は生活に困るほど金銭的に困窮しているわけではないが、それほどお金に余裕があるわけでもなかった。5000円あれば、本が何冊かは買える。ゲームもちょっと安い奴なら買える。映画も2,3回見られる。それでも、一般人には決して手に入らなかったダンジョンアイテムが、ポーションが手に入ると思えば、決して高い金額とも言えないはずだ。むしろお買い得。今日まで、江沼は自分にそう言い聞かせ続けていた。しかし、どうしても「高い値段をつけすぎたのではないか?」という考えも頭から離れないでいた。江沼が入札した価格でそのまま落札されたということは、それ以上の値段で入札する人間がいなかったということに他ならない。江沼にとっては信じがたいことではあるが、ダンジョンアイテムという非日常の産物に、世間は5000円の価値すら見出していないようだった。

 

「ま、まあとにかく開けてみよう」

 

 迷いを振り切るように、江沼は箱に手をかけた。もう買ってしまった物はあれこれ考えても仕方がない。箱はAmaz〇nに似ていても、Amaz〇nのように気軽に返品出来る物ではない。どういうわけか、ダンジョンオークションは完全に返品不可であることが利用規約に明記されていた。

 ガムテープをはがし、箱を開ける。中には半透明の瓶が1ダース。ひとつひとつの瓶は小さく、栄養ドリンクみたいな大きさだ。多分、内容量は100mLくらい。そのうちの一本を取り出し、箱の外で眺めてみる。

 

「へー、これがポーション。なんか緑茶みたいな色だな」

 

 半透明の瓶の中には、なにやら薄い緑色の液体が詰められている。瓶にはロゴも何も貼られていないから、これだけ見ても誰もポーションとはわからないだろう。

 栓抜きで瓶を開け、鼻を近づけてそっと匂いを嗅ぐ。

 

「うーん、ちょっと独特な匂い」

 

 それは江沼にとって馴染みのない香りだったが、不思議と不快には感じなかった。強いて言えば、少しハーブティーの匂いに似ている。

 

「見た目、匂いときたら、次は味だよな。……ええい、ままよ!」

 

 江沼は目をつぶりながら、少しだけポーションを口に流し込んだ。瞬間、口の中に独特な香りが広がる。江沼はすぐには飲み込まず、口の中でしばらく味わってから、ゆっくりと飲み込んでいった。

 

「味はあんまりしないな、意外と。香りが本体みたいな?」

 

 きつめのエナジードリンクのような飲み心地を想像していた江沼は、意外な飲みやすさにそっと胸を撫で下ろした。そのままチビチビと飲んでいると、独特な匂いにも慣れてくる。一本目の瓶を飲み終わる頃には、すっかり新種のハーブティーを飲んだような気分になっていた。

 

「そういえば、これポーションなんだよな。とりあえず一本飲み終わったけど、特に何も起きないか」

 

 江沼は自分の身体に注意を向けてみるが、良くも悪くも特に異変は感じない。

 

「考えてみれば、別に怪我や病気があるわけでもないしな。特に変化がなくても当然か?」

 

 ファンタジー作品でよく出てくる『ポーション』と言えば、怪我や病気を治す効果がある物が一般的だ。ゲームで言うと、HPを回復させる効果を持つことが多い。逆に、HPが満タンの時に使っても特に効果がないゲームも珍しくない。この『ポーション』がそれらと同じような物であれば、今効果が出なくても特に不思議はない。そう考えると、ちょっともったないことをしたかもな、と江沼は思った。

 

「あるいは単に効果が出るまで時間がかかるとか、一本だとたいして効果がないとか……。ま、あれこれ考えてもすぐにはわからないか」

 

 そう言って、江沼は大きなあくびをした。ハーブティーのようなものを飲んでリラックスしたからか、江沼は心地よい眠気を感じ始めていた。

 

「よし。今日は一旦寝て、あとの事は明日考えよう」

 

 それ以上の思考を放棄し、さっさと寝る支度を始める。焦ることはない。どうせあと11本も残っているのだ。ゆっくり色々試してみればいいさ、と江沼は気楽に思った。

 

 

 翌朝、江沼は自分でも驚くほどすっきりと目が覚めた。

 元来、江沼はあまり寝起きが良い方ではない。というか、はっきり言って悪い。毎日のように二度寝三度寝してしまうし、布団からもぐずぐずと出られない。目覚ましは何回もセットしてあり、スヌーズも毎日何回も押している。時間ギリギリになってようやく布団から出てみても、瞼はほとんど開いていないし、思考もほとんど働いていない。半分寝たまま習慣だけで朝の支度を済ませ、どうにかこうにか家を出る。それが江沼の日常だった。

 

 だが、その日はまるで様子が違った。目覚ましが鳴るより早い時間に、江沼は自然に目が覚めた。しかも、驚くほどパチッとだ。意識が覚醒した次の瞬間には、既に全く眠気が残っていなかった。

 

「ああ、でも昨日は早く寝たからな。睡眠時間はちゃんと確保できてるか」

 

 上体を起こし、時計を確認しながら江沼は呟いた。そういえば、昨夜のようにすんなり寝つけたのも久しぶりだ。大体スマホでだらだらとネット小説とかを漁ってしまう。朝が辛くなるとはわかっていても、中々寝られないのだから仕方がない。

 

「こんなに早起きするのは久しぶりだな。時間あるし、どうしよう」

 

 朝の支度を済ませてなお、いつもの出社時刻までかなり時間があった。すっきりと覚醒した頭だと、こんなにテキパキと朝の支度も終わるのか、と江沼は自分に驚いていた。

 結局、その日江沼は近所の喫茶店のモーニングを食べに行った。ずっと気になっていたメニューではあったが、いつもは朝の時間がないために食べることが出来ないでいたものだ。トーストとベーコンエッグのセットを綺麗に平らげ、ゆっくりとコーヒーを飲んでからでも、出社時刻には余裕で間に合った。そういえば、朝ご飯をちゃんと食べるのも久しぶりだったな、と江沼は思った。

 

 

 最初から確信があったわけではない。たった一度、珍しく早起きできた。それだけなら偶然と切り捨てるのが普通だ。しかし、そんな偶然も二度三度と続けば疑念が生まれ、四度五度と続けば確信に変わる。

 

「どう考えてもこのポーションの効果だよな、やっぱ」

 

 ポーションが届いてから五日目。毎日就寝前にポーションを飲んでいた江沼は、五日連続すっきり早起きという人生史上初の記録を叩き出していた。心なしか、日に日に体も軽くなっている気もする。ポーションの回復効果が効いてきている、と考えるのは早計だろうか。いや、中々いいお値段で買ったダンジョンアイテムだ。そのくらいの効果はあっても良いだろう。あって欲しい。

 

「っていうか、普通効果とか書いてあるだろ、こういうの。瓶にも何にも書いてないんだもんな……って、うん?」

 

 あらためてポーションの入った箱を覗き込んでみると、箱の底に紙が入っていることに気がついた。今まではいい具合にポーションの瓶の下に入り込んでしまっていたため、江沼からは見えていなかった。

 

「おっ、なんかあるじゃん説明書きっぽい紙。どれどれ……」

 

 その紙に印刷されている文章を読んだ瞬間、江沼は固まった。そこには、『本品は食べられません。観賞用としてお楽しみください。』と書かれていた。

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