ある暑い夏日、俺の家のチャイムが鳴った。
正直言うと、クーラーの効いた部屋でネットサーフィンをしている、この至福の時間の邪魔をされたくはなかったのだが、最近というと全くの来客がない。来る奴がいるのかというと否というしかないのだが…そんな奴の家に来る奴だ、些か興味がある。
「はぁい。」
家族は全員外出をしており、残されたのは俺だけ。空返事を返した俺は渋々玄関の扉を開けた。するとそこには、この真夏だというのに黒い長袖に身を包んだ…お世辞にも若いとは言えない女性が澄まし顔で立っていた。
「お兄さん、宗教に興味はありませんか?」
「あーごめんなさい、宗教とか興味なくて…。」
「ええ、いやまそう言わずに!イリス様は万事をお救いになられます、お話だけでも!」
やっべぇ…扉開けんの完全に選択ミス。こんなの来るなんて聞いてないよ俺!!
「いや、ちょっとこの後用事が…。」
「ほんの2分、いや、1分だけでも~。」
嘘である、用事など毛頭ない。 まぁ、確かに相手を確認せずに開けた俺もなんだけど、まさか宗教勧誘とは…。
「ハ、ハハハ…忙しいかもー。」
「そうでしょう、今の時代色んなものに追われて生きてますよね!それもね、イリス様ならきっと解決なさってくれますよ!!」
ここで俺、純粋な疑問。
「ッ…な、ならば…この俺の漆黒の魔の手を封印することもできるというのか!!」
「ハッ、はい…?」
「フフフ…なんだ、見えぬのか。かつては世界を滅ぼす程にまで力を秘めていたこの我が右腕…。今は漆黒の闇に染まり切ってしまったが、イリスだかミミズだか…そやつならばいくらか抑えてはくれような…。」
右腕を優しく擦る俺を見て、その二人組の顔は見る見るうちに引きつっていった。
「あ、やだ、こんな時間!イリス様に怒られてしまうわ。」
そういうとその二人組はいそいそと俺の前から去っていった。
「何だよ…やっぱ神なんてもんはいないんだろうな…。ま、いたら速攻俺をこの世から救い出してほしいぜ…。」
玄関の扉を閉め、そう呟いた時だった。突如として俺の視界は闇一色となり、意識を失った。
突如として目の前の暗転。意識を失い、気が付くと俺は“異世界”にいた。
正直俺も全くと言って状況を把握出来ていないのだが、そう表現することしかできなかった。さっきまで自宅にいたはずが、今俺の目の前に広がっている景色はだだっ広い野原。少々奥に目をやると石造りの城壁のようなものがそびえたっていた。
「全く…ここは一体どこなんだ…。あの宗教になんかされたわけでもなさそうだし…。」
芝生から立ち上がった俺は、取り敢えず城壁の方へと歩き始めた。
城壁の前へ着くと中世ヨーロッパに出てきそうな甲冑を着た男性二人が俺に話しかけてきた。
「許可証の提示を。」
二人は木で作られた門の前に持っていた槍をバッテンの字を書くように交差させた。
「許可証…持ってなくて。」
「ふむ、何故ここに。」
「その、信じられないかもなのですが、気が付いたらここに…。」
「…詳しく。」
厳しい目をし、そう尋ねる二人に俺は起きたまんまの事を話した。最初こそは半信半疑だったが、俺に敵意がないこととまともな服をしていないのが功を奏したのか“特例”ということで入国の許可を出してくれた。
甲冑の男の一人、ルインが休憩時間だったということもあり、無知な俺を案内をしてくれた。
「ここはウィンブル、まぁだだっ広い野原にポツンと身を構える優雅な街さ。」
門を越えた先には大きな街が広がり、その街姿はまんま中世ヨーロッパのような穏やかさであった。
「すごい綺麗な街だな…。日本じゃないみたいだ…。」
俺がウィンブルに感銘を受け立ちすくんでいると、ルインが【中古ショップ】と書かれた店から出てきた。
「おい、坊主。これやるよ。」
そう言って投げ渡してくれたのは、質素な色のズボンとシャツだった。
「そんな恰好じゃ折角のこの世界が楽しめないだろ。俺もここに住んで長いがそんな恰好のやつは中々いないぞ。」
「いいのか!ありがとう! …けど、流石にここで着替えるのは…。」
「? 別によくないか?なんか事情でもあんのか?」
「い、いやまぁ公共の場だし人目もそれなりに…。」
「フッ、そんなこと言うやつ初めて見たぜ。いつも通り、“ログ”から服装を選択してだな…。」
ん?待て…。
「その…“ログ”ってのは…。」
「おいおい、世間知らず所の話じゃねぇぜ。ただ“ウィンドゥ”て言えばログは出てくる。簡単な話だろ、」
ウィンドゥにログ…。こいつ宗教のやつらに洗脳でもさせられて…。
意味不明な事ばかりだったが俺はとりあえずルインの言う通りに実践してみた。
「“ウィンドゥ”」
俺がそう呟くと、俺の視界の右端に【ログ】と名付けられた青く縁どられた5段の欄が出てきた。上からステータス・装備・アイテム・スキル・メニューと並んでいた。
「…すげぇ…技術がここまで…。」
俺は現代技術の進歩に感動しながらも、恐る恐る装備の欄を触れてみた。装備の欄にはルイスから受け取った服が並んでいた。その二つに触れた瞬間、俺の服装はルイスから受け取った服へと変わっていた。
「こんなことまでできるようになったのか…。」
ルイスは感動ばかりしている俺を見て微笑を浮かべると、再び歩き出した。
「どうやらお前さんは世間知らずそうだし、もう少しだけ俺が付き合ってやるよ。俺についてきな。」
ルインの後について言った俺、やがてルインは公園のベンチに腰をおろした。
「まぁ、座りなよ。ちょっとした世間話でもしようぜ。」
ルインはウィンドゥを開くとベンチに腰掛けた俺に緑色の飲み物を渡すと、ゆっくりと話し始めた。
「それは、栄養ドリンクだ。市場とかで見たことあるだろ?俺からのプレゼントだ。」
「あ、ありがとう!」
「んで、お前さんはどこから来たんだ?」
「俺は、日本から来たんだ。」
「日本…世界には俺の知らない国もあるんだな。」
日本を知らない…世間知らずはどっちなんだって話だよ…。
「あ、そういえばここがウィンブルだって街なのはわかったが…なんて国にある街なんだ?世界史とかよく分かんなくてさ…。」
「国とか詳しいことは俺にもよく分かんないが、俺たちみたいに独自の街とか国を造ってるところは多いだろうな。現にこの街を東に進んだところには大きな騎士団が同盟を構える国もある。まぁ、相当な実力者でもない限りはいけないだろうがな…。」
「へぇ~…実力者…。それってどんな実力が必要なの?」
「あぁ~例えば、最低でも世界線αのボス制覇くらいは欲しがってるかもな。」
「ご、ごめん。言ってることが分かんなくてさ…その世界線とかって」
俺がルインの言ったことに言及しようとした時だった。街の中心の方からカラーン…カラーン…と鐘が鳴った。
「あぁ、すまん。時間だ、俺はそろそろ門の方に戻らないといけなくてな…。中途半端で申し訳ないのだが、自由にこの街を散策してくれ。」
「あ、ちょ…。」
「何、礼ならいらねぇよ。頑張れよ。」
ルインはそう言って立ち上がると、門の方へと歩いて行った。
「世界線とか…実力者とか…中二病がいかにも好きそうな言葉ばかり並べて行ってしまったが…。」
俺が好きそうな言葉が脳裏をよぎっていく。もやもやした気持ちが残ったが、路頭に迷った俺は取り敢えず街を散策することにした。
とは言ったものの…
「…広いなぁ…。」
ウィンブルの広さに思わず感銘を受けてしまう。通り過ぎていく人たちはみんな穏やかそうだが、話しかける勇気は俺にはなかった。
「と、取り敢えずどこか…。」
そう言って俺は今いる通りを見渡してみる。周りはお洒落なカフェや宿屋、民家ばかりが並んでいた。とても俺なんかには入れそうにはない。そう思っていた時だった。
「あれは…。」
横目に見えた路地の奥側。人気はなく薄暗い明りを灯した店がぽつんと佇んでいた。
不思議と惹かれた。何屋かもわからないが看板だけは置いてあった。ゆっくりと歩みだした俺の足。俺は店の扉を開けていた。