「理論上はこれでTime Travelが…」
そう口にしたアネモネに、凶静燐は自信に満ちた顔でこう口にする。
沈黙に包まれた部屋。PCの起動音の音がやけに大きく聞こえる。
これはあくまでも俺の、一個人の見解だが…本当に世界を、時代を変えるほどの発明をしてしまった時、人という生き物はその強大な力の前に立ち竦んでしまうのではないだろうか。さっきまであんなにも心躍らしていたアネモネも、その偉大なる発明品の前に、明らかなる恐怖と不安を抱かせているのが、俺にも分かった。
俺はたまらず口を開く。
「――アネモネ…もしこのTime machineを使うとして、お前は一体どこに戻りたいんだ…?」
俺の問が、部屋に、空気に、そしてアネモネの心に響く。
アネモネは少し考えこんだようにPCの画面を見つめると、何か覚悟を決めたかのように答えを出した。
「この、Time machineは、使わない…。」
「「え?」」
俺の問に対しての答えなのか、予想すらしていなかった答えに驚きの声を上げた俺と凶静燐。
「使えないわ。Time machineで、世界線移動をして過去改変をするわけにはいかない。世界が、人類が今まで“これ”を創ってこれなかったのには、恐らく、“越えてはいけない壁”があったからなのよ…。凶静燐が、この世界に来たのだって、多分…――“それ”を知るためだったのよ…。」
アネモネは、そういうと凶静燐の方からふと目を逸らし俯いた。
「それに、最初からおかしな話だと思ってたのよ。 私だって、Time machineを創ってたからには文献や調べ事は沢山したわ。そもそも、凶静燐がTime Travelを、世界線移動して、世界線の変動が起きたとするわ。その場合、私達の脳内にある凶静燐の記憶や、このTime machineの存在は? 知ってるわよね、Time paradox。恐らく、これもその一種よ。きっと凶静燐が前にいた世界線でもそのParadoxは起きているはずよ。」
アネモネのその言葉に、少し考えこんだ凶静燐が口を開く。
「ふむ…お前がそう言うなら止めはしない。ただ、一つ言っておくとTime paradoxは限定的な話で、俺が創ったTime machineでは過去改変はされるし、元の世界線にTravelerの存在はいなくなるが、Travelerの記憶と創作物は消えない。現に、俺がこの世界線に来た時、前の世界線でのメンバーとは通信とを取っていた。」
凶静燐のその一言を聞いたとき、俺は凶静燐と出会った時を思い出した。
「あ、確かに俺が凶静燐と初めて出会った時、なんか誰かと電話をしてたな。」
「あぁ。因みにこの事象は前世界線でも全てにおいて成功済みだ。Time paradoxが起きないとは言えないが、少なくとも前の世界線ではparadoxは観測されていない。」
凶静燐はそう言うと立ち上がり、近くにあったコーヒーマシンでコーヒーを作り出した。
「まぁ、何事も新しいチャレンジには不安と覚悟は必要になる。ただ、それを乗り越えた時、人は成長を得ることになる…と俺は思っている。」
凶静燐はそう言うと、ブラックコーヒーを口にした。
「…まじぃ…。」
…どうやら、凶静燐は成長を得たようだ。
「ねぇ、樫木。私、Time Travelした方がいいのかな…。」
倉庫裏の土管に腰掛けた俺はアネモネにそう問いかけられた。凶静燐はどうやら最終確認があるとかでまだラボに残っている。
「もし、Time Travelをしたら…この世界の私は消えていなくなっちゃうわけだし…私の、私だけの目的の為に…やりたいことの為に…この世界を変えてしまうのは我儘なんじゃないかなって思い始めてさ…。」
「…確かに…そう考えてしまうのも分かるかもな。」
「私は…もしかしたら、本当はTime machineが完成することなんて望んでなかったのかもしれないね…。」
そう呟いたアネモネは、少しフッと笑うと下を向いた。
「アネモネ…。」
「もしさ、もし…Time machineを使うって時が来たら誰が使うんだろうね。凶静燐なのかな。」
「…うん、多分そうなると思うよ。凶静燐ならあのMachineの使い方だって分かるし、世界線移動をしてきてる訳だし…。」
「そう…だよね。」
そんな会話をしていた俺とアネモネだったが、一通りのラリーが終わるとその場を街の喧騒が包み込んだ。
正直、気まずいが…会話のネタもないしな…。
そんなことを思っていると、アネモネが突然口を開いた。
「まぁいいや。私、オジサンの所に報告してくるね。多分すぐ戻って来るからさ、アイツにもよろしく言っておいて。」
そう言ってニッと笑って見せたアネモネは、戸塚工業に向け走り出していった。
「…強いな、アネモネは。」
「戻ったぜ~。」
ラボに戻った俺は相変わらずPCにかじりつく凶静燐に質問をしてみた。
「そう言えば、前の世界線ではどんな仲間たちと一緒にいたんだ?」
「ん、こりゃまた突然だな。どうした急に。」
PCとにらめっこしたまんまの凶静燐。決してこっちを向こうとはしない。
「いやさ、気になって…。」
全くと言って凶静燐の表情は見えてないが、過去のメンバーを話し出そうとした凶静燐は、どこか自信を持ったような、懐かしみを感じているような、そんな気がした。
「その世界線にはな、零香っていう女と鬼みたいな教授がいてな…そいつらがめちゃくちゃ頭が良いんだ。それこそ、このTime machineの原理だってそいつらが創ったんだ。俺はただ、理論とか原理を学んで…Time machineの構造を理解しながらなんとか参加していた。まぁ、元々俺が創ろうって思ってサークルを作ったからな。」
「へぇ、それで?」
「夏の暑い日、Time machineが完成した。 けど…その時俺らは突然襲われた。」
「え?」
「世界は、人の欲望は、俺らがその次元に行くことを許してくれなかった。当然だろうな、それは世界が夢にまで見た“神の道具”だ。自分の思う通りに何だって叶えられる。」
「…確かに。」
「だがな、俺は命掛けで世界線移動をして何とか逃げ延びた。それから何度も何度も世界線を移動して、そして辿り着いた。」
「―――何処に…。」
「俺のメンバーが…誰も死なない、誰も悲しい思いをしない…[世界線Σ]を…。 」
その時、俺は思った。変人だと思っていた凶静燐は、この目の前でPCにかじりついている凶静燐は、俺が思っている以上に壮絶な過去を抱えているのだと…。
「その[世界線Σ]は…全ての世界線において存在し得るのか?」
「あぁ、するだろうな。そのTravelerの我儘の条件を全て満たせばいいのだからな。」
「あ~確かにそっ」
その時だった。
「―逃げてっ…!!!」
アネモネの声が、遠くの方から響いて、ラボに届いた。と、同時に一発の発砲音。ラボ内にアネモネの悲鳴が、遠くからしっかりと響き轟く。
「くそっ…この世界線もか…!!」
余りにも突然の出来事に戸惑いを隠せない俺だったが、凶静燐は急いでラボの入り口に鍵をかけると、俺に一つの、フルフェイスヘルメット状の機械を渡してきた。
「それを被れ!早くッ!」
「あ、あぁ…!!」
正直、何が起きているか全く分からないが、凶静燐の気迫に押され俺は被ることにした。
「何が起きてるんだ…!」
「どうしてか分からないが、世界が“この存在”に気づきやがった。」
「何で…!」
「とにかく、今Time machineを操作出来るのは俺しかいない!悪いがTravelerはお前だ。」
そんな…俺が…?アネモネや凶静燐を捨てて別の世界線に…?
「大丈夫だ、心配することはない。Time Travelの成功が観測出来た際にはこのTime machineは内部から爆破させ破壊する。問題なく、7時間前に戻れていれば成功だ。」
この世界線の凶静燐やアネモネは…? 聞きたい事は山ほどあったが、今はそんなことを聞いている余裕はないようだ。
ガンガンッ…!!
突然として、ラボの入り口の扉が強く叩かれた。
「クソッ…またこんな状況で…!頼む…頼む…!どうか…どうか、成功してくれ………!!!」
白衣をバタつかせた凶静燐は、観測機であろう機械とPCを睨むように見つめる。
「[世界線0]から[世界線α]っ…!観測機—RP310BB、放熱14.007!計測時間20:29:30…事象重複領域削減準備…!! これより、[世界線移動法第四次元間転送法]を開始するッ…!!!!」
凶静燐はそう叫ぶと、PCのEnterを力強く叩いた。ウィィィン…と静かな音を立て動き出す機械。
凶静燐は観測機らしき機械をじっと見つめたまま、大声で何かを叫んでいた。
「放熱20.558…!事象重複領域削減完了…!」
凶静燐を見つめている内に俺は段々と脳に痛みを感じ始めていた。
凶静燐は観測機から目を離すと、ゆっくりと俺の方へと歩みを進め、落ち着いた声で俺に話しかけた。
「突然申し訳なかったな。今頃頭痛がしてきてるか? この世界線を捨てるのは苦しいかもしれないが、もしこのTime Travelが成功したら、次の世界線の俺にこれだけを伝えてくれ…。 『世界を殺せ』とな…。」
「グァ…――あぁ…分かった…!」
段々と痛みが増していき、脳内をかき回されているような酷い痛みが俺を襲う。
「さぁ、世界よ…!どんな苦しみも受けようじゃないか…ッ!! ――フッハッハッ…世界よ、これだけは伝えておこう…!!」
段々と朦朧になりゆく意識の中、バサッと白衣をたなびかせた凶静燐が見えた。
その瞬間、俺の意識は途切れた。