「ッ……!!」
気が付くと、俺は凶静燐とアネモネが言い争っているところだった。
「ほう…証拠か。この私を舐めるんじゃぁないぞ。こう見えても生粋のサイエンティストであり、“Traveler”。気軽にTime Travelerを名乗るガキではないのだよ。」
凶静燐は左ポケットからチュッパチャップスを取り出した。
「やはりね。私は貴方もTime Travelerだと踏んでいたの。口が軽いガキはどっちなのかしらね?」
同じだ…。前の世界線と全く…。
「は、はぁぁぁ!? お、俺は、お前がそう言ってくるこ」
「凶静燐、少し話がある。」
凶静燐とアネモネの話を俺はおもむろに遮る。
「遮ってしまって悪いが、俺は未来から来た…。」
「っ…。 ―――そうか、俺は疑いはしない。お主も“Traveler”だと踏んでいたからな。」
「凶静燐。 未来のお前から伝言だ…。 『世界を殺せ』と…。」
「――! な…そんな、この世界もか…。」
急激に深刻な顔をした凶静燐に、アネモネが心配そうな顔で問いかける。
「な、何…? 何かあったの?」
「近いうちにこのラボは襲撃される。 ―――そして、俺はその犯人を前世界線で知ってしまった…。」
「何ッ…!?それは本当かッ…!」
凶静燐がおもむろに立ち上がり、俺の肩を揺する。
「誰だ!その犯人は…!」
俺は肩を揺さぶる凶静燐の耳元で、アネモネには聞こえないように呟く。
「アネモネには話せない。外に行くぞ。」
外に出た俺と凶静燐は周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりと話し始めた。
「それで…犯人は?」
「―――お前はよく知らないかもしれないが、俺とアネモネは前世界線でタイムマシン作成時に必要となる材料を集める為に、とある工場を訪れた。」
「――その話をするってことはまさか…。」
「あぁ、そのまさかだ。 ―――犯人は、そこの工場長…戸塚だ。」
「っ…そうか、そうだったんだな…。まさか知人というかそんな近い人間だったとはな…。」
そう、これはアネモネには伝えたくない。と、言うより伝えるべき内容ではない。親同然の人がまさか犯人だなんて知ったらどんな予測不能な事象が起きるか分からない。
俺は遠くを見つめ考え事をしている凶静燐に二つの提案をすることにした。
「俺達がこれから取れる行動は考える限り二つ…。一つは戸塚を迎え撃つ。もう一つは、戸塚の工場に行かず別の工場から材料を取り寄せる。」
「まぁ、そうなるな。安全を取るなら間違いなく後者を選ぶべきだ…。」
「…あぁ、そうだな…。」
「よし、そうとなれば早速取り掛かるぞ。」
俺と凶静燐はそう言うとその場を後にした。
「アネモネ、俺の知り合いがやってる工場があるから、そっちに行きたいんだがいいな?」
ラボに戻った俺は戻るや否やアネモネにそう伝えると、準備をし始める。
「へぇ…それもあってこの街に来たの?」
「あぁ、まさかこんなことになるとは思わなかったが、いずれその知り合いの工場には寄りたいと思っていてな。」
「私も行った方がいいの?」
…確かに戸塚の方の工場に行かなくていい今、アネモネが着いてくる必要はない…。
「いや、アネモネはここに居てもらおうかな、何かあっても困るからな。」
「はぁい、分かったよ。行ってらっしゃい。」
よし、取り敢えずはこれで戸塚と俺が関わることはない。つまり間接的にTime machineが完成したことを知る術はない。しかし
「戸塚のおじさんとこ以外でどうやって材料集めるかだな…。」
それから俺はしばらく街を行ったり来たりし、様々な工場を当たった。ガリレオ温度計とオシロスコープ、そんな限定的なものを置いている所は余りにも少なかった…。
「集めて来たぞ…!」
「ちょっと、遅かったわね。友人がくれるんじゃなかったの?」
ようやく集められたが、想像以上に時間がかかってしまった。アネモネにそう問い詰められるのも理解できる…。
「時間はかかってしまった…が、これで材料はそろった。」
これで行ける…。誰も不幸にならない、Time machineが完成したことも知られない…。
目的なんてないのかもしれない…その先に何があるのかなんて分からない…。
「俺達は、行かなくちゃいけない…!世界を、未来を、俺達を変える…最初の世界線【世界線Σ】に…!!」
その時、凶静燐は懐かしむようにフッ…と笑みを浮かべた。
それから俺と凶静燐はTime machineの作成に取り掛かった。アネモネはまだ心の準備ができてないからとか言って外に行ったがじきに戻ってくるだろう。
暫くの間Time machineをいじっていた俺達だったが、完成は前世界線よりもかなり早かった。
「よし、取り敢えずこれで完成だな…。」
そう言って立ち上がった凶静燐は、少し背伸びをするとTime machineを見つめ口を開いた。
「理論上はこれで出来る…。人類が夢にまで見た――」
突然口を瞑んだ凶静燐は、俺の方を見ると照れくさそうにニッと笑って見せた。
「このセリフ、お前は何回も聞いてきたんだよな。」
「あぁ、けど今回で」
最後。そう言いかけた時だった。
「―逃げてっ…!!!」
アネモネの声が、遠くの方から響いて、ラボに届いた。と、同時に一発の発砲音。ラボ内にアネモネの悲鳴が、遠くからしっかりと響き轟く。
「何で…。」
「くそっ…この世界線もか…!!」
凶静燐はそう叫ぶと、世界線変動をする準備を始める。
ガンガンッ…!!
強く叩かれるラボの扉。
「何で…。アネモネ…」
「[世界線β]から[世界線γ]っ…!観測機—RP310BB、放熱17.999!計測時間16:13:32…事象重複領域削減準備…!! これより、[世界線移動法第四次元間転送法]を開始するッ…!!!!」
凶静燐はそう叫ぶと、PCのEnterを力強く叩いた。ウィィィン…と静かな音を立て動き出す機械。
「何で…戸塚の元に…。」
俺があの時アネモネに言っていれば…俺があの時、アネモネから目を離さなければ…。俺があの時
「おい、何してんだ!早く世界線移動しないと…! 放熱20.438…!もう時間はないぞ!」
俺はゆっくりと装置に近づき、ヘルメット状の装置を被る。
俺が悪いんだ…俺があの時に、あの場所で…
「放熱20.558…!事象重複領域削減完了…!」
頭痛が俺の脳内を駆け巡る。
ラボの扉が勢いよく開けられる。砂埃舞う階段をゆっくりと戸塚が降りてくる。
入ってきた戸塚は口パクで俺を見て伝える。
「無駄だよ」
「ッ…!」
バサッと白衣をなびかせた凶静燐は、世界に向けて思いっきり叫ぶ。
その瞬間、俺の意識は途切れた。