「やけに明るいな。」
辺りは既に陽が落ちているはずなのだが、幻夢龍が住処としているこの森だけは紫がかった不気味な明るさを纏っていた。空には落ちかけた日輪の代わりに二つの三日月が歪に交差し、木々の梢からは星屑に用な結晶の粉末が静かに降り注いでいた。ここは恐らく現実と夢の境界線なのだろう…。
「この先かしらね、木々も静けさを増してきたわ。」
レイスが言う通り、先程まで騒々しさを増していた森は、まるでここで音を立てることは死を意味するとでもいうかのように、ピタッと静けさを守っていた。響くのは俺達の不揃いな足音だけ。その無機質な音の反響が何とも言えない心地悪さを出していた。
「ッ…!あれは!」
ユウキがそう言って指した先には、大木の根元で眠る輝く紫色の鱗を纏った龍がいた。
その背からは黒い硝子の結晶の翼が伸び、巨躯を包み込むように丸まっている。ふと目を開けこちらを一瞥したその龍は自分のテリトリーに入ってきたこちら側をまるで気にしていないかのように動くことなく、ゆったりと鼻腔から紫色の煙を吐き出していた。
「あれは…。」
「あぁ、幻夢龍だ。」
ユウキは幻夢龍から目を逸らすことなく、剣に手をかける。眠っていたはずの幻夢龍が不気味に首を持ち上げた。ゆったりと開けたその瞳から放たれたやけに優しい光に、静寂に包まれていた森の空気が一変する。
「始まるぞ…!」
龍は立ち上がり、紫紺の鱗を逆立てて咆哮する。その威圧感に俺の足は地に縫い付けられ、脳裏に忘れていたはずの敗北と拒絶の記憶を容赦なく叩き込んできた。静かだったはずの森は一転し、悪夢の波が渦巻く戦場へと姿を変えた。
「真っ!幻影に飲み込まれるなっ!この領域に飲み込まれたら二度とここには戻ってくることは出来ないぞ!」
ユウキはそう言うと剣を引き抜き、冷ややかな視線で俺達を睨みつける幻夢龍に向かって走っていった。
「魔法攻撃部隊はアレインスト!防衛は魔法部隊を防護、ランスは龍が弱るまで待機!!」
アリスがそう叫ぶと、俺の横で樫の杖を持って待機していた数人が龍に向かって一斉に攻撃を始めた。
先頭を走るユウキとレイスはバッと地面を蹴って飛び上がると、幻夢龍に向けその剣先を向けた。ユウキの白い刀身とレイスの鋭いレイピアの猛攻。三方向から攻撃を受けた幻夢龍は巨大な翼を力強く羽ばたかせた。羽から飛んだ紫色の結晶で出来た刃の雨が降り注ぎ、森の地面を容赦なく抉り飛ばした。
「ぐぁっ…!」
「きゃあッ!」
襲い来る悪夢の圧力に、レイスとユウキが吹き飛ばされ、地面を滑る。
幻夢龍は動じた様子もなく、冷徹な瞳で倒れた二人を見下ろす。その瞳孔に突如不吉な瞳が怪しく光る。
「はぁ…はぁ…レイス、大丈夫か!?」
「……。」
「…レイス…?」
レイスはゆらぁと立ち上がると、幻夢龍には目をくれずユウキを見つめる。
「っ―――!」
突如としてユウキを襲ったのはレイスのレイピアだった。ユウキを捉えるその瞳からは光が消え、深淵のような虚無が宿っていた。