「―――ガリーレ!ガリーレ!!」
「――ん…。」
俺が目を覚ますと、アリスが俺に手を当て回復魔法をかけていた。
「よかったぁ、目が覚めた!」
前腕に目をやると、傷跡は多少残っていたものの出血は止まっていた。
「ありがとう、アリス。 ――幻夢龍は…」
辺りは不穏な静寂が森を包んでいた。
戦闘によって周囲の木々は薙ぎ倒され、大木は根元からへし折れて凄惨に転がっている。
紫の光を湛えていた幻想的な葉や木々は悉く吹き飛ばされ、地面には巨大なクレーターが穿たれていた。捲れ上がった赤土と、細かく破砕された樹木が散乱し、まるで巨大な隕石が衝突したかのような壊滅状態を呈していた。
そして、その惨状の中心で――夢幻龍は静かに昏倒していた。
「アリス、ユウキとレイスは!?」
「幻夢龍を制圧したユウキ君は幻夢龍と一緒に倒れこんじゃって…私が何とか回復させたから大丈夫だと思うんだけど、レイスはまだ気を失ってるわ…。」
「そうか…。」
取り敢えず幻夢龍はユウキが倒してくれたみたいだな…。
俺は痛む体を気にせず、幻夢龍に近づき、優しくその頭に手を当てた。
かつて誇り高く輝いていた紫の硬質鱗は粉々に砕け散り、顔面には横一文字に痛々しい傷跡が広がっていた。誇り高き巨大な翼は根元から歪に折り曲がり、大木を思わせた爪や太い尾は肉塊となって焦土に転がっていた。
ぐったりと首を垂れた夢幻龍の瞳からは、かつて人間を蔑んでいた冷徹な光が完全に消え失せていた。そこに宿っているのは、己の圧倒的な敗北を理解することもできないまま潰えた、虚無の濁りだけだった。
「ガヴァッ…!!」
喉の奥から漏れたのは、咆哮でも言葉でもなく、ただの枯れた掠れ声だった。
「君も、こんな事したくなかったんだろう…。」
「――ァキャララァ…」
情けなく鳴くその声は相も変わらず幻夢龍の声だったが、俺には間違いなくあの少女の声が聞こえていた。
――あの時から私は、ずっと希望を見る間もなく歩み続けた…。時には街の裏路地で寝ることもあったし、川の畔で寝ることもあった…。けれど、何処で寝ても、どんなに寝て覚めても見る夢は一緒だった…。けど唯一、この森にいるときだけはあの記憶を忘れることが出来た。夢でうなされても、起きればこの森が包んでくれた…。
「――ギャララララ…。」
――もうお母さんはいないし、アイツもいなくなったこの世界に私はもう未練はない…。ありがと、この私を救ってくれて…。
突然、幻夢龍の胸元に輝く紫色の核に幾重もの亀裂が走り、ドクンと最後の不規則な脈動を打つ。
次の瞬間、パキンと高い音を立てて核が割れると、龍の巨躯は崩壊を始めた。
肉体が徐々に崩れ、黒い灰と紫の光の粒子となって、儚く、ただ空中へと溶けて散っていった。
幻夢龍の消滅に伴い、森を包んでいた不気味な紫の明るさが引いていく。
歪に浮かんでいた二つの三日月は姿を消し、樹木を覆っていた悪夢の毒気が吹き払われると、そこにはただの静かで冷たい、ありのままの夜の森の静けさだけが残された。