「はぁー…引き受けてしまった…。」
あの店を後にした俺はベンチに座り、ただ後悔をしていた。
確かに、異世界転生系って『世界救って!』的なのが王道ではあるけれども、夢を覚まさせるとか…何ともパッとしないし、大体こういうのって王様とかから依頼を受けるんじゃないのか…?
「ま、いいや。そこまで気張らなくていいし。」
夕日を見つめつつ、今までの出来事の整理と明日からの不安を落ち着かせる。黄昏ていると言われればそう見えるかもしれないが、実際は野宿しなければならないという絶望感に打ちひしがれているのである。あぁ~、夢であってほしい…。
「しかし、この世界はどれくらい広いんだろうな…。ウィンブルだけでもこの広さか。某夢の国程の広さはあるな。」
夕日を眺める俺は独り言を呟く。因みに、某夢の国を大きさの比喩として出したが、俺自身引きこもりすぎて行ったことはない。
「…ん?」
そんな時だった。俺のベンチから100か150m先、夕日の中を一人の人間が項垂れながら歩いている。逆光でよく見えないが、このファンタジー世界には全くもって似つかない恰好をしている。
「会社員か…?」
スーツだ。黒に近い紺のスーツに青のネクタイ…そしてなぜか金属製のバットを引きずっている。
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ……………
止まったな…。
夕日のど真ん中、項垂れた頭はゆっくりと俺を見る。
カラカラカラカラカラカラ…
再び俺に向けて歩き出したスーツの影。徐々に加速してくるその影、逆光が解け段々と姿がはっきりしてくる。
「ッ…!!」
瞬間俺はベンチから立ち上がり走り出した。
げっそりとした男性の目は真っ赤に充血し、息を激しく切らしながら俺を追いかかけてくる。片手に握られた金属バットにはべっとりと血痕が付いていた。
明らかな殺意。
「衆人の倦怠は慮れず、憂鬱な四荒八極に流れる虚無のヴィーナスは逃れることも許されず…!」
「クソッ…!夢を見てやがる…!」
カンッ!カカン…ッ…カラカラカランッ…!!
見知らぬ街の見知らぬ道を俺とスーツ男は駆け回る。その間奏でられる甲高い金属音の不規則なリズム。
ただ、革靴だからかそこまで足は速くないな。このまま巻いても仕方はないが…どこか人目が付かない場所に…!!
「…ハァハァ…ここなら心置きなく夢から覚ませられるな…!」
俺はスーツの男と路地裏に逃げ込むと、あの店で言われたことを思い出した。
『夢を見ているものには意識はなく、何をするか分からない。その夢から覚ますためにも、その人間の夢の中に入り意識を取り戻すことが大切になる。』
『なるほど…で、その夢にはどうやって入るんだ?』
『夢への入り方、それは…』
「――ッ…!!」
俺は前腕の内側にカッターの刃を当て、少し力を入れて引っ搔く。前腕にスッと引かれた細い線からはふつふつと赤黒い血が溢れてくる。痛みに耐える俺は、その血を口に運ぶ。
『自らの血を捧げ、その血を再び取り込むことだ。』
その瞬間、俺の目の前は真っ暗になり、暗い路地裏でスーツの男と倒れこんだ。