「…っ!! ―ここは…。」
俺は目が覚めると、暖かい雰囲気に包まれた柔らかい世界に出た。
「何だここ…。」
周りを見渡すと、口と足のある向日葵が俺を取り囲むように円を描いて歩いていた。向日葵たちは気味が悪いくらいにニコニコとしながら、甲高い声で俺に話しかける。
「死人に口なしの偽、歩き歩きは何の為。」
「献上せねばと思う者は稀なりて、我等はただの犬ゆえ。」
くそ…何なんだ夢ってのは…。あのサラリーマンこんな夢見てんのか…。確かに狂気じみたところは一緒だが。
俺は立ち上がると煩く騒ぐ向日葵を退かし、先に進んだ。
「確か夢の覚ませ方が…」
笑い声や甘い匂いが漂う中、俺はあの店での言葉を思い出す。
『夢に侵された人間ってのは例外なく全員死ぬ。 …と言うよりも殺さなければならない。』
『そんな…。』
『夢の世界へと入ったら、他の者に惑わされることなく、その夢を見ている人間を殺せ。どんな方法でもいい。探し出して殺せ。』
「って言ったって、何処に居るかなんて分からないし、何より殺せって…一応人だぞ…殺せるわけあるかよ…。」
俺はそんなことを呟きながら走り出す。特にこれと言って確証があるなどではないが、さっきからこっちの方へ進むと笑い声が静かになっている気がするからだ。
どうせなら静かなほうを探したいからな…。
暫く走っていると、周りの世界が何処か冷たい雰囲気を感じる寂しさのある空間へと変わっていた。先ほどまではニコニコしながら歩いていた向日葵も、ここでは口を“へ”の字へと変え、何故か泣くのを堪えた様な声で独り言のように何かを呟いていた。
「俄には信じられぬ突然の解雇に、夕焼けは胸懐にも焼尽。」
「死人に口なしの真、時に絆は壊れ、時に未遂、時に怨恨。」
さっきみたいな狂気的な元気も頭いかれそうだったが、こっちはこっちで嫌になるほどジメジメしてて暗いな…。
そんなことを考えながら暗い空間を進んでいると、萎びた向日葵が不敵で気味の悪いような笑みを浮かべながら俺に語り掛けてくる。
「―こっち…。」
「「―ここだよ…ここだよ…。」」
「「「唯一の居場所。秘密の居場所。静謐の居場所。」」」
俺は何かに誘われている気がして、先に先にと歩みを進めた。
「っ…!」
真っ直ぐに伸びた洞窟のような暗闇の突き当たりに、その姿は見えた。
くたくたに縒れ、所々汚れたスーツを着た男の姿。身なりは良いとは言えず、乱れ逆立った髪や充血した目の下の隈、やつれた顔や恐怖を感じる程に絶望に満ちたその表情。その姿はまるで3日ほど放置した死体のようだった。
「お前は、誰だ。」
男は辛うじて確認できるほどの黒目を俺に向けると、掠れた声でそう尋ねた。男は俺の返事を待つ事無く再び口を開く。
「―――お前も俺を裏切るのか。 ……知ってるんだ、全て。」
あまりの惨さに俺は声も出なかった。何も知らないが、何があったのか想像できる程、その男の見た目は全てを語っていた。
「俺が死んだら何処に行くと思う?地獄か?」
男は目を閉じると最後の力を振り絞るように声を出した。
「―もう、ここが地獄だよ…。」
樫木は男に近づく。男はすでに死んでいた。全く動かなくなった男の傍には皮肉にも、元気に咲く1輪の向日葵が咲いていた。