陽光が燦々と街に降り注ぐお昼時、庭園を駆け回る子供達の声が聞こえてくる。窓を開ければ、夏の生温い風が頬を撫でる感触に心地良さを感じた。猛暑が続く真夏日和に冷房も付けずに平然としていられるのは、特殊すぎる体質のお陰に違いない。
ベッドに座り静まり返った病室内を見渡すと、今朝早くに看護師さんが飾ってくれた花籠が目に留まった。
ガーベラのピンクと鮮やかな黄色の向日葵が華やかにアレンジされている。何気なくそのひとひらに触れると、花は砂漠に捨てられたかのように水気を失い枯れ果てた。あっさりと失われるその脆さに抱いたのは嘆かわしさか、己の無慈悲な攻撃性か。熱をコントロールする気のない指先を、せめて花籠は燃やさぬようにと今度は向日葵に触れると、同じように萎れてカラカラになった。
「…暇だな」
両手を布団に戻して寝転がり、無機質な天井を仰ぐ。虫に喰われたような、絵の具でスパッタリングしたような夥しい数の黒い斑点を一つ一つ無為に数えていれば、早々に飽き始めた脳が意識に真夜中の出来事を浮き上らせた。
日付が変わった頃、俺はイシードルの天と地がひっくり返る荒運転にしがみつきやっとのことで彼が事前に準備してくれた狙撃地点へと向かった。アイツの乱暴運転が引き起こし掛けた、或いは引き起こしてきた事故についてはまたの機会にじっくりと話すとしよう。兎も角、まさか用意された銃がバレットM82という軽戦闘車両にも用いられる対物ライフルだとは思っておらず、得意満面のイシードルに已むなく撃てば案の定傷口が開いて即刻病院へと後戻りした。高層ビルのエレベーターは消費電力の削減の為に屋上階から中層階までは夜間に一部停止していたので腹が裂けた状態でM82を抱えたイシードルに支えられながら降りるのは苦労した。早急に証拠隠滅したので痕跡が残ってないか心配だ。色々騒々しかったももの、俺達はたった一発の弾丸でスコッチの自殺とそれを端緒とした原作での赤井秀一と降谷零の確執の阻止を成し遂げたのだった。
入院先は幸いにも警察病院でなく大学病院なので医療関係者を纏めてマイナイするのはそう難しくなかったとこれ見よがしに云ってのけたイシードルに複雑な面相になったのは云うまでもない。こちらの事情を斟酌してくれる融通の効く医者や看護師さんが担当してくれて良かったと胸を撫で下ろさずにはいられない。
当の本人は俺の傷を縫って直ぐ、別の用事があると云って帰ったもののどうせまた今夜にでも忍び込んで来るだろう。
突と壁掛け時計が正午を報せてくれた。同時として病室の扉が開かれた。
「焔、お見舞いに来たよー!生きてる?」
「こら萩原、縁起でもないこと言うな。」
レジ袋を頭上に掲げて看護師さんが飛んできそうな声弾みで現れた研二さんと、呆れ顔で彼を諫める伊達さんに俺は込み上げてくるものをぐっと拳を握ることで堪える。久々に見た兄貴達は一年半前と寸分変わらぬ明朗快活な様で入り口に佇んでいた。
「久しぶり、二人とも元気だった?」
「それはこっちの台詞だ。大怪我したと聞いて病院に駆けつけて、包帯巻きになったお前を見た時は生きた心地がしなかった。」
何か情動を刺激された時には眉根を引き寄せる伊達さんの渋面も久しく見ていなかった。不必要な気を揉ませたこと、何よりも理由を打ち明けられない後ろめたさに良心の呵責に打ちのめされそうだった。返す言葉を探そうにも口籠もってしまい、只々深く項垂れていると不意に温もりが頭に触れた。恐る恐る顔を上げれば額を小突かれる。「焔。」研二さんの柔らかな音色と温厚な眼差しが降りてきた。
「そりゃあ、俺なんて焔が深く傷ついてる姿を見ちゃったもんだから凄く心配したよ。だけどこうして焔が元気なら、それで十分だよ。」
「萩原の言う通りだ。何も怪我をして帰ってきたことを怒ってるわけじゃねぇんだ。だからそんなに落ち込むな。」
「…心配してくれてありがとう。」
率直な親切心を受動的に受け入れるのは何だか小っ恥ずかしくて、感謝の意を伝えて含羞めば頭を撫で回された。この世界に来て家族同然の存在が年月が経とうとも変わらず居てくれる、俺の身を按じてくれているという事実が何よりも心に染みた。
久方ぶりの団欒は一つの悲報を齎した。二年前、俺は研二さんの命を救う代償に奪った筈の爆弾犯の命が健在で、しかも刑務所を脱走したというのだ。相棒の命を危険に晒した犯人に対して憤慨を引き摺っていた陣平さんは犯人を捕まえるべく、態々上司や同僚の反対を押し切って爆処から刑事部に異動したと。躍起になって暇があれば事件の捜査に没頭しているらしい。
犯人が逃走したとなれば日付は違えど何れ二度目の爆弾事件が起きるだろう。研二さんを救えた二年前の奮闘が水の泡とは間違ってもいえないが、それでもタイムパラドックスを避けようとするこの世界の原作修正力なるものに出くわした俺は戦慄を覚えずにはいられなかった。
「そうだ!聞いてよ焔君。班長がね、この間綺麗な女性に一目惚れしたんだって!」
「え、航さん結婚するの?」
「気が早すぎだ。まだ遠目に見ただけで一言しか言葉も交わしてない。」
「もしかして奥手?」
「俺も思った!実際にその人にアプローチする時とかさ…」
「「ア、伊達…だ、伊達航ですっ!」とかって羞じらったりして!」
「はは。お前ら、良い度胸だな。」
早くに話頭は空白の期間の日常へと移り変わり、わいわいきゃっきゃと女子高生みたいに航さんを揶揄っていれば、到頭拳骨が落とされた。病人だからと手加減してもらった俺は蹲っ研二さんに合掌をして、病人という立場に大いに感謝した。そうして航さんの心を射止めた女性の特徴を訊きだしてみると、なんとあのナタリー・来間であることが判明したのだ。まだ言葉を交わしてすらいないというのに惚気る航さんは微笑ましくはあるが、原作の悲劇を知っている俺としては複雑な心境だった。
更に小一時間ほどが過ぎた頃、片手にコンビニ袋をぶら下げた陣平さんが現れた。彼は挨拶もなしにベッドサイドの椅子に掛けると、スポーツ飲料を渡してくる。
「遅かったな、松田。」
「ああ」
「ありがとう陣平さん……陣平さん?」
ペットボトルを受け取っても一向に離される気配のない手に奇妙に思って見上げてみれば、サングラスの下で俺を睨み付ける眼とかち合った。…否、俺を見据えているようで実際には空虚を射殺さんばかりに睥睨している。困惑を滲ませて名を呼ぶと、陣平さんは我に返ったようにペットボトルを手放した。
「何だ?」
「何だじゃないだろ陣平ちゃん。そんな怖い顔してどうしたの?」
「悪かったな、元々怖い顔で。」
「うわぁ、陣平ちゃんが卑屈になってる。明日は槍が降るんじゃない?」
「萩原、後で覚えてろよ。」
「何だってお前らはこんな場所でも喧嘩するんだ…」
普段の沈着さを何処かへと潜めてしまった僅かの間の態度に募っていた得体の知れない憂慮は、徐々に調子を取り戻し研二さんと戯れる様で払拭された。胸の痞えが下りた心地で、さも仲裁に疲弊したといわんばかりの面差しの伊達さんに貰った飲料を差し出せば、お前は良いやつだなとまたもや苦労人の手が頭を撫でた。果たしてこの人にとって俺は何才児なのだろうか。公安の二人組を除いた警察学校組が集う様は俺にとっては本当に久方ぶりで一度上った話題は尽きることなく転々として拡げられ、俺達は時間も忘れて盛り上がった。
面会終了の時刻が迫った頃合、流石に深傷で倒れてる姿を見られて何もありませんでしたで通用する筈もなく俺は遂に三人に事の次第を問い詰められた。適当な理由付で問屋を卸して貰えるほど熟練の警察官は易しくない。そこで俺は消えた一年半についてをイシードルの最初の説明に色を加える形で辻褄を合わせて簡潔に事情を伝えた。
「成程。ならお前は今までその親戚との揉め事に時間を取られてたってわけか。」
「うん、話をややこしくする人がいて危うく裁判に発展するところだったんだ。」
「アメリカってそういうの複雑そうだもんね。」
身内に不幸があり急遽アメリカに帰国して葬式を執り行ったところに、長年音沙汰のなかった親戚が突如として顔を出したことにより事態が泥沼化した。遺産相続やら何やらでがめつく喚き散らす親族と骨肉の争いをしているうちに一年半が経過していた。因みにこれは元の世界で俺が大学に交換留学で来ていた同級生に実際に聞いた話なので全くの嘘っぱちではない。作り上げられたというよりも主語を変えて話に筋を通すと、果然三人は納得のいく首肯を繰り返して深い追及はしなかった。
「一度も連絡出来なくってごめん。だけどもう落ち着いたからこれからはずっと日本にいるつもり。…だからまた仲良くしてくれると嬉しいな。」
乞い願うように頭を下げようとして、すかさず妨げた研二さんは白い歯を見せて笑った。
「なーに言ってんの。そんな厄介事に見舞われてたなら連絡できなくたって当然でしょ。」
「だな、お前がまた音信不通になるようなことがあろうとこの世界の何処に居てとも俺達の弟に変わりはない。だろ、松田?」
「嗚呼、勿論だ。」
それが衷心からの想いであると判るからこそ原作キャラとしての警察学校組ではなく、偶さか巡り逢えた純粋な縁に自身の強運に染み染みと歓心が募った。四人で語らう幸福なひと時は、しかし看護師さんが面会終了を告げに来たことであっという間に終わってしまった。
「じゃあ焔、また今度来るから大人しくしてるんだぞ。」
「航さんって僕を腕白小僧か何かだと思ってる?」
「違ったか?」
「ふ、二人揃って酷いよ!」
「ははは!」
これみよがしに頬を抓ってくる陣平さんは天性の餓鬼大将もかくやの悪戯っ気を全開だ。幼少期に喧嘩ばかりしてシェリーの母親に叱られていた降谷零と良い勝負だろう...なんて云ってしまえば拳骨どころか鉄拳が乱れ飛んでくる事間違いなし。代わりにサングラス掛けて病院に入る度に警備員に声掛けられている——イシードルの密告である——ことを意趣返しに声高らかに暴露してやれば、いっそ芸術的なまでの青筋が浮かび上がった。
「イタタ、ごめんなさい!」
「あははっ!」
「こら松田!焔はまだ病人だぞ!」
「ちょっと、いい加減にしてもらわないと困ります!」
自身が一番の大声の自覚もなく鬼の形相で現れた看護師に、病室は忽ち静まり返った。患者間の噂によるところ他の看護師は勿論、古株の医者にも患者に対しても容赦手加減のない猛烈に陰険なお局として恐れられているらしい。
彼女に促されるがままに伊達さん達が立ち上がった時だった。
「焔!」
激しい音を立ててイシードルが駆け込んできた。お局の怒鳴り声など気にも留めずに額に汗を滲ませて。複数人が集う病室の面前でなければ崩れ落ちて身震いでもしてしまいそうな姿態は只事ではない事態が起きたことを犇と訴えてくる。「
「イシードル、落ち着け。息をするんだ。」
浅い呼吸で空気の抜けた肺に空気を送り込んでやるかのような抑えの効いた声色で宥めれば、イシードルは深呼吸を繰り返して俺を呼んだ。何かを必死に伝えようとしては息詰まって俺の名を呼ぶ彼にうん、聞いてると何度も何度も頷いた。
漸く深呼吸ができるようになると、狼狽の色を滲ませた双眸が目睫の間で揺らめいていた。俺はもう一度相棒に問いかける。
捲し立てるように告げられたのはシェアリング博士から届いた二度目の緊急信号ついてだった…。何でもイシードルは前回シンガポールに飛んだ際に連絡用ブレスレットを修理するついでに生体反応のチップを埋め込んでおいたらしく、それがつい数時間前に発動して生体反応の消滅を告げたという。即座にシェリング博士の家の監視カメラと接続したところ、どの画面も砂嵐…即ち機器の消滅を表していた為に死亡の確率が高まってしまい、居ても立ってもいられなくなって俺の所へ駆け込んできたというわけだった。
暫時の沈黙があって、まだ少し上擦った声が最後に衝撃的な言葉を紡いだ。
——シェアリング博士が殺された。
………。
翌朝、俺はシンガポールのセントーサコーブにいた。
最悪の報告を受けた病室で程なくして研二さんの憂慮の乗った呼び掛けに現実に引き戻されて彼等を見送った後、俺は夕刻には日本を発った。粘り強く同伴を求めるイシードルを断固拒否して日本での待機を説得して病院の退院手続きを任せておいた。再会直後でまた一時的に離別することに懸念を抱く相棒に寄り添ってやりたいのは山々だったが、事情が事情なだけに単独で行く方が好ましかったのだ。それでも昨日の今日で傷口が癒えてなければ空の旅は許されなかっただろうから、今回もピョートルの怪物じみた治癒力に救われたと謂える。
セントーサコーブはシンガポール屈指の高級住宅街。クルーズの並ぶ贅沢なマリーナの一角、大使館から付かず離れずの距離の交通量が際立って少ない閑静な区画を買い取って博士を驚かせたのは記憶に新しい。イシードルの伝手で購入した八階建てのコンドミニアムを緑溢れる公園が囲んでおり、日常的に野鳥や花木といった自然が語りかけては心を安らげてくれる安住の地には最も適した場所だ。
けれども瀟洒で上質な邸宅が点在する閑静な住宅街は、今日に限っては普段と異なり不穏な喧騒を極めていた。
何かが内側から暴発したかの如く散り散りになった外壁やら内装やらの破片の山。高熱で瞬間的に溶かされた窓硝子。百メートル先まで吹き飛び目先の公園の遊具を押し潰す屋根。跡形も無くなったシェアリング博士の邸前で俺は呆然と立ち尽くしていた。
外見的には何らかのガス爆発の類に見受けられるが、研ぎ澄まされた五感はその仮説を迂愚の沙汰だと全面的に否定していた。それもそのはず、単なる家電や瓦斯缶、配線器具の誤った使用方により引き起こされた単なる爆発ならば感知する筈もない得意な化学物質の臭いが到着早々俺の鼻腔を刺激していたのだ。
往路に作成しておいた国際刑事警察機構ICPOの偽造身分証を提示して規制線に踏み入ると、違和感は確信へと変わった。
嫌な憶測を裏付けるように、現場でせかせかと動き回る人達の防護服の背中にはシンガポール警察のみならず
この世界ではICPOは国際捜査官という司法警察権を保有しており、この身分証さえあれば大抵の現場には立ち入ることができる所謂捜査権の免罪符のようなものだ。余談だが銭形警部はここに所属している。
「初めまして。ICPO国際捜査課アメリカ支部から来ましたジルキンです。」
「ICPO…そういえばそうだったわね。本部から連絡は来てるわミスタージルキン。思ってたより若いから気付かなくてごめんなさい。私はSIDのサクサよ。」
「同じくトーマスだ、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
くすんだ金髪のサクサは思い出したように笑みを湛えると手を差し出した。続いて茶髪の男も快くトーマスと名乗ると、俺は派遣された新米捜査官として朗らかに彼等の手を握った。後二十分もして本物の捜査官と隣り合う事態になる前に必要な情報を収集して性急に撤退する必要があった。
「それで、捜査状況は」
本題を促せば直様引き締められたサクサの面付きがトーマスを急かした。ホチキスで留められた書類が颯と差し出される。一枚、二枚とグラフと数値がびっしりと連ねられた書類を披見して三枚目に移ったところで手が止まった。遺体らしき残痕から検出された全身被爆線量、十グレイ。
「ウラニウムか」
最も原子番号の大きい元素、ウラニウム。放射能汚染の使われたのが濃縮ウランであることは数値から一目瞭然だった。唸るように呟いた俺に点頭した二人は各々の見解を述べた。
「ああ、我々は化学兵器テロとみている。現在直近一ヶ月のうちに出入国したブラックリストを洗っているところだ。」
「妥当ですね。」
「それにしても不可解よね。」
「不可解?何が?」
サクサは腕を組み、恰も机に並べられた使用済みのウノのカードでも眺めるようにして瓦礫を睨んでいる。束の間こちらを忘れて懊悩の素振りを見せる彼女にトーマスが代わりに口を開いた。
「爆発点のBqは使用された物質がプルトニウムであることを示している。にもかかわらず、僅か四・五メートル離れた地点から四パーセントにまで濃縮されたウラン反応が、更にそれ以降は放射線状にウラン238と混同して広がっていた。」
「いた、というのはまた奇妙な言い回しですね。」
「そうだ、これを見て頂戴。」
我に返ってきたらしいサクサが俺の持っていた書類を掻っ攫って頁を開いた。見開き十四ページ。
「数時間前までは高濃度の放射能が検出されていたのに、今では人体に被害がない程度に収まっているの。」
「魔法みたいに現場から化学的痕跡が消えてしまったというわけだ。捜査の頼みの綱は細胞分裂した一体の仏と瓦礫のみ。」
「まるで出鱈目って感じ。」
聞きながら脳漿は急速に結論を脳漿を絞り出していた。犯人は謂うまでもなく、九分通りの筋書きを把握した俺が此処に居留まる理由は失われた。
「ありがとうございました。この書類は頂きますね。」
「え、何処へ行くの?」
「後は部下に任せます。精々頑張って。」
絶対に辿り着けやしないだろうけど。
二人の呼び止める声を無視して俺はその場を後にした。
*
焔が立ち去り五分も経たぬうちに新たな捜査官が現着した。黒一色のスーツを身に纏い、徹夜明けのようなそこはかとなく萎びた面相の彼はサクサとトーマスと軽い握手を交わした。
「遅れてすまない、交通渋滞にあってね。」
「貴方の上司なら先に帰ったわ。できれば次回からは正確な人数を連絡してちょうだい。」
しとどに額に滲む汗をハンカチで拭う男に、嫌気を包み隠さずもせずにサクサは素っ気無く返した。さも厄介を掛けられたといった眼差しだ。反して彼女の発言に男は器用に片眉を顰めた。後ろめたさにではない、到底身に覚えのない指摘に対する怪訝の表明だった。
「上司?いや、派遣された捜査官は私だけだが。」
途端捜査官二人の顔付きは変貌した。事態を逸早く察知し血相を変えたサクサは高跳び選手もかくやの跳躍で規制線を越えると、路上で待機中のSTARの元へと駆けて行った。
「ジルキンという人物に心当たりは?」
「…ジルキンは私だ。」
遅れて事の拙さを理会したトーマスが深刻な面持ちで尋ねると、背後でサイレンがけたたましく鳴り響き直ぐに何処かへと遠ざかっていった。愈々現状を悟ったICPO捜査官アントニー・ジルキンは硬い声で己の身分を明かした。