俺が消えた日   作:れいめい よる

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暗殺者 後

 

 

それから二日後、陽が昇る前にニッキーは目覚めた。シンタグマ広場を最後に記憶が更新されていいなかったからか最初こそ混乱しているようだったが、俺がジェイソンの書き置きと一緒に事情を話すと落ち着きを取り戻した。一度日本に赴くことに了承を貰えたので、予定通り今日のお昼頃にジェット機に乗って日本に飛んでもらう。 

 

「ジェイソンが心配?」

 

湯気の立つティーカップを呆然と眺めたまま杞憂な表情をするニッキーは、俺の言葉に瞼を伏せた。 

 

「ジェイソンに限って大丈夫だとは分かってるけど…」

 

自分の持ち込んだ情報がジェイソンを死へと導いているのではないかと、彼女も気が気でないのだろう。 

 

「なら俺がジェイソンを追うよ。」

「え?」

「イシードル…俺の相棒曰くジェイソンは今ロンドンにいるらしい。俺も丁度ロンドン在住の元CIA職員に用があるからついでにジェイソンの無事を確認して君に連絡する。…それなら安心だろ。」

 

恐らくジェイソンはCIAと再び対決するだろう。それが彼の宿命だから。どうであれ、この交差する世界線の二人目の主人公なので心配する必要は皆無だが、その程度の回り道くらいお安い御用だ。それならばと点頭するニッキーに俺は親指を立ててみせた。 

 

「そういえばジェイソンに渡そうと思っていたusb、念の為予備を取っておいたのだけれど使い道がなくなったわ。」

 

そう云って彼女が手渡したのは黒いusbメモリ。万が一ジェイソンが欲したら渡してくれと頼まれて。 

 

「今ここで見ても?」

「ええ。」 

 

借りたパソコンにusbを挿すとニュートンに貰った時のように『最高機密』の文字と共にCIAの機密情報が数十列の項目となり表示された。トレッドストーン、ブラックブライアー、EkSプロジェクトについても載っているようだった。だが最も興味を引くのはCIAが計画を進めているアイアンハンドというプロジェクトについて。

俺の記憶が正しければジェイソンはアイアンハンド絡みの事件に巻き込まれていくはず。アイアンハンドの文字をクリックすると、意外な文字が浮かび上がった。 

 

『アイアンハンド、EkS合併プロジェクト』

 

合併プロジェクト?原作にはそんなプロジェクトは存在しなかった筈。詳細を調べようとしたその時、画面に逆探知が警告された。 

隣で眺めていたニッキーが咄嗟に操作を代わるが、それよりも早く俺の見聞色擬きが猛スピードでこちらに向かってくる何かを捉えた。 

 

「ここにいて。」

 

アラーム音に反応して個室から出てきた医者とニッキーに言い残すとマンションを出る。

車…いや、バイクだろうか。ミサイルではなさそうだが、明らかにスポーツ車でも出せないであろう超高速でソレは移動している。  

 

 

俺は表に出ると正面玄関の前に立ち高速で向かってくる何かを待ち構えた。好都合なことに昨夜のデモのこともあり人通りが極端に少ない。付近に巡回する警官の姿も見当たらない。 

一瞬の静寂が訪れた。 

 

刹那、眼前に何かが現れた。 

爆音に近い音を出しながら突撃してきた等身大の何かを反射的に受け止めると、勢いを抑えきれずにマンションの奥の壁まで吹っ飛ばされる。ガラガラとロビーの壁が音を立てて崩れていった。 

直ちに起き上がり体勢を整えて、そして瞠目した。

 

ミサイルも顔負けの勢いで突進してきたのは物などではなく人だった。それも俺と同程度か、少し歳若い青男。 同じく体勢を整え直し拳を構える男は変わった緑の瞳でこちらを見据えている。俺と同じ能力者であると悟るには時間は要さなかった。

EkSプロジェクトの訓練所はロシアとアメリカにあり、殆どの訓練兵がロシアで訓練を行なっていた。…ピョートルの記憶にないということは、俺の後に訓練生として参加したかアメリカの訓練所で育成された作戦員の可能性がある。 

 

相手の超能力も出方も分からない以上下手に攻撃に転じるわけにはいかず、俺は防御の姿勢のまま備える。すると男は大きく一歩を踏み込んだ。来る攻撃に対応しようとして...

 

「ッガハ、」 

 

気が付けば俺は壁を突き抜けて向こう岸の道路まで吹っ飛ばされていた。口内が鉛の味で満たされる。

 

「超スピードか、блядь(クソ)!」 

 

口内に溜まった血を吐き出して、俺は体を起こす。パラパラと瓦礫が肩に降り掛かった。

頭を捻らせろ、超スピードに炎で対抗する術はない。そもそも攻撃が早すぎて見極められない。目で見てしまえば負ける。ならば……。 

 

土煙からラスボスにしては貧弱な風格で歩み寄ってくる作戦員を睨めつけて、両腕を眼前で構える。男は吹っ飛ばされた俺がまだ意識を保っていることに奇妙な面持ちになるが、すぐに無表情に戻った。若しかするとあのマッドサイエンティストに処置を施されているのかもしれない。けれど俺にはどうだって良いことだ。

瞼を閉じて神経を研ぎ澄ます。刹那、僅かに右耳に感じた音に右腕を振り上げた。 

 

ドゴッと大きな音が耳元で鳴る。目を開けると攻撃を止めた事に驚愕した青男が目を見開いていた。 

その隙を狙ってすかさず左フックを食らわす。全力の拳を男はゴキっと嫌な音を鳴らしながら吹っ飛んだ。

マンションまで逆戻りした青男を追いかけると、脳震盪からかよろめきながらも如何にか立ちあがろうとしている様が捉えられる。男の意識が完全に戻ってくる前に倒す必要があった。 

 

俺はゆっくりと息を吸い込んで、片足に重心をおく。吸う時と同じ容量で息を吐きつつ徐々に屈み...最後まで息を吐ききった時、思い切り足を斜め上に回し蹴る。 全体重を上乗せして相手を一撃で倒、ARBーー軍隊式近接格闘術ーー秘伝の技だ。 

流れるような動作で振るった片足は青男の鳩尾にのめり込み、男は天井を突き抜け二階まで吹っ飛んだ。 

 

「はぁッ……ハ…くそ、」 

 

超スピードで振りかぶられた拳を受け止めた右手がジンジンと痛む。多分亀裂が入っているだろう。更には体を二回も吹っ飛ばされたものだから顎が外れそうだ。 

痛む身体に鞭を打ち、パラパラと降り掛かってくる瓦礫を避けながら急いでエレベーターに乗る。

道路に投げ出された時に気づいたが、作戦員とは別にCIAらしき車が何台も走っているのが視た。ここに到着するまでにあと十数分といったところか。 

 

ニッキー達のいる部屋に戻ると声を張り上げる。

 

「奴等にバレた、今すぐここを出る。」

「了解、」 

 

既に身支度を整えていたニッキーは準備は済んでいると玄関に小走りに向かう。医者の爺さんにも目線を寄越せば、彼は我関せずとばかりに鬱陶しげな視線で返してきた。 

 

「ワシはここを離れんぞ、海でも空でもどこへでも行きやがれ。金は払えよ。」

「頑固ジジイ!」

「誰が頑固ジジイじゃ!」

「いいから早くっ…いや、いい。あんたは多分大丈夫だ。」 

 

このマンションにニッキーを運んだ際に俺とジェイソンは監視カメラの点検を済ませていた。俺達がこの医者の元に逃げ込んだとは連中もそうそう辿り着けないだろう。せいぜい今し方の戦闘で俺がロビー前に佇んでいた映像が記録されている程度だ。仮に露見したとしても治外法権でCIAが法的に干渉することはできない。 

 

「お金は倍にして払う、一週間以内に俺の相棒が送金する。世話になりました。」

「さっさと行け。」 

 

もう用はないとばかりに手を払う医者の爺さんに、何かあれば掛けるようにと電話番号の記された千切れ紙を強引に渡してを俺とニッキーはその場を後にしたーー。

 

 

 

空港に着くと予定通り用意されていたジェット機の元までニッキーを連れて行く。 

 

「ジェイソンの無事を確認したら俺の相棒を通して連絡を入れる。何かあればあいつに言うといい。」

「…ありがとう。」

「これくらいどうってことない。じゃあまた。」 

 

そうしてニッキーは飛行機に乗り込むと日本へと旅立った。 

機体が完全に見えなくなるまで見送ると、俺はロンドンへ向かうため一般空港の方へと歩き出す。

先程の作戦員…逆探知で場所がバレたならCIAが来るのは当然だが、態々能力者が出張った経緯が殆分からない。usbに載っていたアイアンハンドとEkSプロジェクトに関係しているのだろうか。一応ニッキーから預かったusbメモリの内容をイシードルに転送して解析してもらうよう頼んでおいたので明日には詳しい情報が得られるだろう。 

 

 

ロンドンに到着すると、空港に近いという理由で俺はマルコムの事務所に直行した。イシードルにCIAの情報網に入り込みジェイソンの行方を探ってもらっているので、その間にマルコムに会っておきたい。...と、思っていたのだが。

いざマルコムの働く事務所付近に身を運べば、如何いうわけかCIAらしき男達がビルの周辺を警戒していたのだ。待てよ、そういえば映画でも似たような場面があったような…遠く彼方に追いやられた記憶を呼び起こす。 

 

ギリシャでニッキーの荷物に入っていた手帳、そこに遺されていた暗号を読み解いたジェイソンはロンドンに向かう。目的は誰かに会うため。…そうだ、usbメモリを解読してもらうためにハッカーのクリスチャン・ディソルトに会いに行ってそれで…点と点を繋ぎ合わせていくうちに、俺はある名前を思い出した。 

 

在ロンドン保安管理顧問在 マルコム・スミス。

どうして最初に見たときに思い出せなかったんだ!マルコム・スミスはジェイソンがトレッドストーンに携わる前に彼を監視していた元CIA職員だ...。この世界ジェイソン・ボーンと名探偵コナンのクロスオーバー世界線

、ならばボーンを監視していたCIAの人間がEkSプロジェクトと関係していても何ら不思議ではなかった。俺は大至急イシードルに確認を取る。 

 

「イシードル!情報の解析は済んだか?今すぐアイアンハンドについて教えてくれ」

『何なんだ急に...ちょっと待て、』 

 

携帯越しにカタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。 

 

『これだな。…アイアンハンドはお前が所属していたEkSプロジェクトと合併させた新時代のプロジェクトだ。』 

 

アイアンハンドはCIA長官ロバート・ デューイが提議した全世界を対象にした完璧な監視システム。EkSプロジェクトアメリカ支部から超能力者を引き抜きアイアンハンドと提携して新たな超能力者暗殺部隊を作ろうとしているらしい。この監視システムについては今世界に十五億人ものユーザーを持つ大手SNSアプリ会社、ディーブドリーム社CEOのアーロン・カルーアが顧客には内密にCIAと極秘契約を交わしているという。

 

『だがお前とジェイソン・ボーンの度重なる最高機密の暴露大会のせいで頓挫したようだ。計画書としては残っているけどな。』  

 

そこまで聞くと脳裏に一つの疑問が掠める。計画はまだ議論の段階で開始の目処は立っていない。だったら何故、俺はギリシャで超能力者と対峙する羽目になったのか。EkSプロジェクトが表向きに解体され、内実一時中止となったのなら尚更不可解だ。CIA指導の元活動するアメリカ産の超能力工作員、それが示唆するところは一つしかない。   

 

「誰かが秘密裏にアイアンハンド計画を進めている…。」

『最悪の予想に至ったところ悪いがもう一つ.......ギリシャで何したか知らないがCIAがお前を血眼になって探してるぞ。何でも作戦員の変装鞄に内蔵されてたカメラにお前の顔がでかでかと映ったそうだ。』

 

今すぐジェイソンに会う必要がある。若し本当にアイアンハンド計画が議会の承認なしに極秘に進行しているなら、今後俺達の平穏に超能力者が立ち塞がる危険性がある。そうなれば流石のジェイソンも組織を相手に単独行動を貫くわけにはいかなくなる。 

 

「イシードル、今すぐクリスチャン・ディソルトの隠れ家の住所を送ってくれ。」

『了解。』 

 

通信を切ると直ぐにメールが送られた。内容を確認すると俺はジェイソンの元へと歩を早めた。

 

目的地が間近になるにつれて、CIAの奴等だと見て取れる黒光りの車両が何台も表通りを走行しているのを視認する。挙句の果てにはSWATの装甲車が三台もサイレンを鳴らさずに走っている。いくらジェイソン相手とはいえ流石に動員数が多すぎやしないだろうか。若しや俺が広場でジェイソンを助けたばかりに行動を共にしていると疑われている...?交戦すればさしものジェイソンも数負けするかもしれない。そうなる前に奴らより先に着かなければ。 

俺は背中に灼熱を集めて翼を造り出すと、高く空へと飛躍した。

 

 

始まりはギリシャのシンタグマ広場だった。

 

突然現れた元同僚に親父に関する情報を教えられて、その過程でCIAに捕捉され逃走中に偶さか救出に現れた青年。腹を撃たれて重症となったニッキーを街の闇医者の元まで連れて行き、全面的に協力してくれた彼は感慨深いまでに俺と境遇が似ていた。 

 

愛国者として国民のより良き未来を守ろうと組織に入り、その覚悟を利用され、踏み躙られた哀れな叛逆者(、、、)。ニュースで偶然耳にした時から気にかかってはいた。実際に会ってみると、想像以上のアンバランスさに気味が悪くなった。俺と話しているときは諜報員らしい喜怒哀楽に欠けた表情をしているが、ふとした瞬間に実際の年齢よりか遥かに幼い印象を与えてくる。大人になりきれなかった子供のような青年だった。 

 

ニッキーを任せてロンドンに来る道中、彼が語った波瀾万丈な人生を思い出した。それは表のニュースで報道された内容を超越した非現実的なものだった。何もないところから指先に炎を出す実演を見なければ俺は鼻で笑っていただろう。だがトレッドストーンという劣悪な計画もあったのだし、それを上回る凶悪なプロジェクトが水面下で轟いていても何ら不思議ではない。そう思えば案外すんなりと現実を受け止められた。 

それでも、正直俺は彼の能力を軽く見ていた。炎やマグマを扱うといっても、その実用性が想像もつかなかったのだ。...今に至るまで。

 

ロンドンに到着した俺はニッキーのロッカーに残されていたusbメモリを手に、彼女の手帳に暗号として記されていたディソルトというハッカーに会いに行った。癖の強い奴であることは分かっていたので銃をちらつかせてusbを渡して。情報をパソコンの画面上に開示させると、中身を確認してみる。 

 

『トレッドストーン 国防強化への提案 ーリチャード・ウェッブー』

 

ニッキーの言葉通り、親父はCIAの計画に深く関係していた。同時に瞼の裏に蘇るのは親父との最後。あの日、俺を突然カフェに呼び出した親父は奇妙な告白をした。

 

ーーデビット、俺はあることをした。それは代償を伴うことだ…理由はいつか分かる。私はワシントンに戻る、愛してるよ。

 

直後、親父は俺の目の前でテロに巻き込まれて死んだ。あのテロ事件がきっかけで、俺はトレッドストーンに参加することを決意した。思い返せば、黒いバンに乗っていた誰かが俺達を傍観していたような…

中々鮮明にならない記憶を呼び起こそうとして、突として頭に強い衝撃を受けた。

脳みそが揺れる感覚に視界がふらりとするのを堪え、受け身をとって転がりながら視線を走らせると、ディソルトがバーベルで再び殴りかかってきたのが見えた。反射で避け、反撃と防御を繰り返す。

洗練された身振りでないので動きが分かりやすく、苦戦することもなくあっという間に相手は地に倒れ伏した。  

 

パソコンを再び弄ってファイルを確認する。俺がプロジェクトに関わる前に監視に関係していたらしき人物マルコム・スミスを検索する。 

『保安管理顧問 在ロンドン』更に深く調べようとしたその時、パソコンが勝手にシャットダウンした。......CIAの仕業か。 

 

迫る影を察知して至急この場を去る必要があると身を起こす。先程の揉み合いで床に落ちた私物を拾って部屋を出ようとして、足が止まった。 

 

プルルル、プルル。聞き覚えのない着信音が耳朶に触れた。振り返ると、発信源はディソルトの携帯電話だった。それが俺宛てであることを理解すると、イヤホンを耳に挿して着信を受信する。すぐに若い女の声が聞こえてきた。 

 

『ボーン、私はリー。CIAには最近入りました。』

『古いファイルを見たのね、過去の記録を。』

『何を知りたいの?私に手伝わせて。』 

 

罠なのは一目瞭然。自ら火中の栗を掴むわけにはいかないと沈黙を貫く。すると今度は年老いた男が電話を代わった。

 

『デューイだ、覚えているか。』 

 

嗄れた声調に記憶を辿るが、該当する人物を思い出すことができない。 

 

『君の父親は愛国者だった。祖国に迫る危機を見て君と同様義務感に駆られ、祖国の為に尽くした。CIAに対する敵意は捨てるのだ。今すぐこの場で。』 

 

その男の音色に温もりなどなかった。よくもいけしゃあしゃあと上っ面な台詞を並べられるものだ。内心湧き上がる怒りを抑えていると、デューイは続いて意外な言葉を口にした。 

 

『ところでその場にピョートルもいるのだろう。是非話したいので代わってくれ。』 

 

思わず困惑が口から漏れ出なかったのは幸いだ。何故ここであの子の名前が出る?...まさか行動を共にしていると疑われているのか。いや、今はそんなことどうだっていい。

奴らが俺に接触してくる時は決まって後ろめたさがある時だ。普通に考えればトレッドストーンを含めた最高機密の情報を俺が握っていることを危惧しているのだろう。だが俺の勘はそれだけではないと告げていた。きっと俺が探ろうとしている情報に奴らが隠し通したい何かがあるに違いない。 

 

思考を巡らせていると、携帯にメールが届いた。 

『現地チームが2分でそこへ』送り主に対する懐疑よりも、悠長にしている場合ではないという切迫感が俺を急き立てた。俺は携帯を置いてすぐさま退散しようと踵を返して...

ガッシャアアン!激しい音を立てて窓ガラスが割れたと同時にアカが飛び込んできた。 

 

「...ピョートル!?」

 

真っ赤な翼を纏ってピョートルはこちらへ接近する。 

 

「時間がない!追手の数が多すぎる、早く退くぞ!」

 

体調でも崩しているのか、熱を灯した手で俺の腕を引っ張るピョートルにつられて俺も急足でその場から立ち去った。 

 

アパートを出ると俺達は直様近くに停車していた車に乗り込んで発進させた。幾つかの曲がり角を曲がると数台の車両とSWATの装甲車とすれ違った。警告のメールとピョートルの登場がなければまともに相手にするところだったと内心冷や汗をかいた。それから無事に敵の包囲網から離れてピョートルが急遽確保したホテルの一室へと身を移した。

部屋に着くと、追跡されていないことを確認してカーテンを閉める。ピョートルは既にテーブルに飲み物を置いて寛いでいた。俺が歩み寄れば彼が目配せをするので俺も一人がけの椅子に腰掛ける。 

 

「突然現れた時は何事かと思った。」

 

そう云うとピョートルは大袈裟に肩を竦めて苦笑いを浮かべた。 

 

「それに関しては事前に連絡ができなくて悪いと思ってる、けど緊急だったからな。」

「どうして彼処が?」

「俺の相棒が優秀なハッカーなんだ。CIAの電子の海に潜り込んで色々と調べてもらった。」

「そうか…。」

 

沈黙が落ちる。話したい話題が山々でどれから着手すれば良いのか。組織から離反して、恋人と死別して長らく他人との交流を絶ってきたことが仇になったか。一先ず一番引っかかった疑問を投げかけてみる。 

 

「何故ロンドンに?」

「ニッキーがジェイソンのことを心配してたから無事を確認しに。アンタに限って大丈夫だとは思っていたけどな。」

「そうか。」

 

以前、彼女に何故俺を助けるのか聞いたことがあった。俺を含めた諜報員たちの精神的なサポート役も担っていた彼女にとって、俺が記憶喪失になるほど追い詰められたことに気付けなかったことを悔いていると。離反してからは一度に限らず度々俺と関わることで危険な目に遭わせてしまった。恋人や家族ではないが、それなりに信頼を置くことのできる人物は俺にとって彼女しかいない。だからこそ、こうしてピョートルに頼んでまで心配を掛けてくれるのはむず痒い心地だった。そんな俺の心の内を知ってか知らずか、ピョートルは表情を和らげた。 

 

「まずはジェイソンの無事も確認できたことだし、ニッキーには後で連絡するとして…」

 

そこで一度区切り、ピョートルは姿勢を正した。 

 

「単刀直入に言うと、この件が片付くまで一緒に行動してほしい。理由は...ジェイソンも既に知っているだろうが、ニッキーがくれたusbに入っていた最高機密アイアンハンドだ。」

 

ピョートルは語る。彼の相棒の調査によるとアイアンハンドなる計画はまだ遂行されていない。ピョートルは俺が去った後にギリシャで超能力者に会ったという。つまり何者かが秘密裏に勝手にこの計画を進めていると云うことで...。黒幕が誰であれ、解体したはずのプロジェクトのエージェントがいつかの俺たちと同じように非公式で起用されんとしている

 

「………。」

「映画……俺の推測ではCIA長官のロバート・ デューイが怪しい。」

ーーこれも俺の相棒からの情報だが、デューイは先日、アーロン・カルーアを脅し強引にアイアンハンド計画に組み入れたそうだ。

 

そこまで話すと、ピョートルは既に冷めきった紅茶をごくりと一口飲んだ。 

 

「成程。もしデューイの目論みがバレればCIAは世間からの批判を浴び、デューイ失脚に止まらず上の首がすげ替えられる。奴らはそれを恐れているわけだ。」

 

ピョートルの推測に沿って敵の目的を導き出すと、彼は点頭した。 

 

「ああ。それと残念なことに、ニッキーを助けた時に作戦員のカメラに俺の姿が映ってしまったみたいだ。」

「道理で…。」

 

先程の追手の動員数は明らかに異様だった理由か判明すると腑に落ちた。ピョートルは続ける。 

 

「前に俺の生い立ちを少し話したよな?」

「ああ。」

「実は俺も、EkSプロジェクトに入る前から監視されていたみたいだ。それもジェイソンと同じ、マルコム・スミスに。」

「……。」

「判っただろ、俺達の目的は同じだ。この先超能力者が出張ってくる可能性も否めない。」

「言いたいことは分かった。……勿論だ。一匹狼同士、手を取り合おうか。」

 

手を差し出せば、ピョートルは不敵に笑って差し出された手を堅く握り返した。

それから俺達は互いの情報を共有した。 

 

「…さっきマルコムの事務所を様子見してきたけど、どうもCIAの作戦班の数がおかしい。…デューイは俺達が結託して陥れようとしていると考えたのかもしれない。」

「その可能性はあるな。あのアパートでデューイと話したが、あいつはお前に電話を代わるように言ってきた。」

 

何より俺達がCIAに対して敵対心を抱いていると確信している様子だった。そこでふと、メールの警告の件を思い出す。携帯を取り出して、彼女の名前を検索してみた。 

 

「ヘザー・リーっていう女を知ってるか?」

「...聞いたことがあるような。」

『これを見ろ。』 

 

CIAの公式から調べた彼女の紹介欄をピョートルに見せてみる。 

『CIAプレスリリース サイバー部新部長 ヘザー・リー

「私の力で今までと違うCIAを」』

 

「これはあくまで勘にすぎないが…」

 

俺はあのアパートでの彼女とのやり取りをピョートルに話してみる。するとピョートルは妙に確信めいた面持ちで深く頷いた。 

 

「ヘザー・リーか…。ああ、ジェイソンの推測は正しいと思う。」

「確信がないから今のところは推測の域を出ないがな。」

「彼女に関しては様子見にしよう。」

「ああ。まずはマルコムの元へ行くのが最優先だ。」

 

そうして俺達はマルコムに話を聞きに行くための作戦を練り始めた。

CIAとFSB屈指のエージェント二人が行く波乱の幕開けは、既に始まっていた。

 

 

 

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