俺が消えた日   作:れいめい よる

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改変

 

 

ワシントン.D.C、リンカーン記念堂。高さ十メートル、円柱三十六本の古代ギリシャの神殿型建築物。アメリカ合衆国第十六代大統領エイブラハム・リンカーンを記念して建てられ国家歴史登録財に登録されているボストン有数の観光名所である。記念堂の前には長細いリフレクティングプールがあり、それを囲むように緑の木々が生い茂っている。 

 

非常に広い敷地と共生する、静かで見目よい自然環境に身も心も癒されに訪れる観光客は多い。近辺の私立大学生からは最適な自習場所としても利用されており、今日もコーヒーカップと電子機器をお供に階段の隅で勉学に勤しんでいる光景も見られていた。 

観光客の賑やかな笑い声や、楽しそうに走り回る子供達の声。活気溢れる記念堂のプール沿いの道にヘザー・リーはいた。 

 

「ベガスでの一件はお詫び致します。あれはデューイ長官の失策でした。」

『失策?アイアンハンドと組織全体に注目の目が集まった。』

 

意を決したような面持ちで携帯と深く話し込むヘザーを気に留める者はいない。電話越しに聞こえてくるのは失望を含んだ国家情報長官の追及だった。 

 

「カルーアは沈黙を。…彼とならまだ話し合えます。」

『…聞こう。』

 

ヘザーの脳裏に浮かぶのはアイアンハンドの中枢といっても過言ではない、ディープドリーム社のCEO。スタンフォード大学出身でヘザーとは同窓であった。かつては共に先の豊かな未来を目指したカルーアは紛れもなく愛国者であり、まだ対話の余地はあるとヘザーは断言する。彼女の提案に興味を示した長官は見返りを問うた。 

 

「あなたは新長官に味方となるものを任命したいはず。あなたの意に沿う誰かを…」

「ボーンとノリリスクはどうする。呼び戻せるか?」

 

長官の問いかけにヘザーは長官と対面していないのを善いことに、所得顔をつくった。 

 

「私は彼等の信頼を得ています。呼び戻す自信があります。」

『失敗したら?』

「その時はそれ相応の対処を。」 

 

ヘザーは思案する。ノリリスクにボーン、二つのプロジェクトの頂点に君臨していた彼等が復帰すればCIAはかつてないほど強大な組織と昇華するだろう。彼女が求める不滅の組織へと。二人の元諜報員は腐敗した政府機関に愛想を尽かしただけであって、愛国の精神を無くしたわけではない。彼等の根幹を担う動機を与えればきっと復帰してくれるだろうと、確信していた。

 

『興味深い提案だ。』 

「しかし、私がもう必要なければご自由に。私の情報は他の期間で役立ちます。」

 

近く、己の直属の上司となるであろう男が関心を示したことにヘザーは内心で欣々然としていた。

通話が切れるとヘザーは達成感を胸に記念堂を後にした。 

 

 

並木に沿って歩いていれば、風に乗って草木がざわざわと揺れる。段々と肌に触れる空気が肌寒くなってくるのを感じると、秋の訪れを堪能せずにはいられない。久方ぶりの緑に癒されつつ、路上に停めた車の元へと戻ルべく来た道を戻っていると、前方に見知った面輪を見留めた。

ヘザーが立ち止まると、ボーンとピョートルは一歩を踏み出した。

 

目前まで歩を進めて、口を噤んだまま言葉を促す二人にヘザーは臆せず話しかけた。 

 

「渡したいものが、」 

 

ボーンに差し出したのは藍色の小さな箱。中には銀でできた星型のオブジェが入っていた。裏にはリチャード・ウェッブの名が刻まれている。 

 

「本部の壁に飾られた殉職者の星のレプリカよ。」

 

続け様にヘザーはピョートルを見遣った。 

 

「貴方のお父さんのも持って来たかったのだけれど、FSBの許可が降りなかったの。」

「構わない。」 

 

それだけではないことが分かっているのだろう二人は、ヘザーに続きを促す。 

 

「貴方達は不運だった。酷い扱いをした人々は去って最近のCIAはすっかり変わったわ。」

「…それで?」

「貴方達は愛国者、無辜の人々を守ろうと組織に入った。そして今も、世界の平和を願ってる。平穏を想ってる…だから一緒に守るの、もう一度戻ってきて頂戴。」

 

ヘザーの勧誘にジェイソンとピョートルは須臾の間沈黙した。

実に長い時間を溜めて、ピョートルが言葉を発した。

 

「考えてみる。」

「......どう連絡を?」 

 

横を過ぎ去り何処かへと去りゆく二人にヘザーは怪訝に顔で尋ねるが、返事はついぞ返っては来なかった。

 

 

自身の車に戻ったヘザーは、助手席に置いてある見覚えのないレコーダーカメラを発見した。前後左右を確認して、誰もいないのを確かめると電源をつけてみる。唯一の記録に再生ボタンを押した。

記録されていたのは、思いも寄らぬ映像だった。 

 

『ボーンとノリリスクはどうする。呼び戻せるか?』

『私は彼等の信頼を得ています。呼び戻す自信があります。』

『失敗したら?』

『その時はそれ相応の対処を。』 

 

そこで録音は途切れた。

 

一際大きな舌打ちとともにヘザーはハンドルを叩いて歯軋りする。

彼等と関わり敗北感に打ちのめされたのは二回目だ。ライバルというライバルを蹴落とし続けて身代を伸し上げてきた彼女には、人間を絡繰る才能を自負していた。だというのに、ジェイソンとピョートル、超人の域に達した元諜報員にとっては彼女もまた、青二才であると突きつけられたのだ。

されど苛立ちを募らせる以上に、負けず嫌いの性が疼いたのもまた事実である。

 

いつか彼等がCIAへと足を運びたくなるような改革を成功させてみせよう。そんな未来を夢想したヘザーの顔色は明るく、前途揚々の彩に満ちていた。

 

.............。

 

一方、ヘザーと別れたジェイソンとピョートルは空港へ身を移していた。 

 

「ジェイソンとの旅もこれで終わりか。」

 

名残惜しげに嘆いたピョートルにジェイソンは苦笑いを浮かべた。 

 

「一時の協力関係だったからな。俺としても尾を引く感じは否めないが。」 

 

トレッドストーンから数年を経て、心身を預けられる人物に出会うことになろうとはジェイソン自身想像だにしていなかった。国家機関の闇に幾度となく命を狙われ、最愛の者を亡くした二人だからこそ通ずるものがあった。境遇の合致に加え、年齢の面でも後輩と謂えるピョートルと一度限りの共闘となるのは実に未練が残るものだ。

 

「ま、仕方ないよな。」

 

それでも地面を一点に見つめ捨て切れぬ痛恨を独り言に呟き始めるピョートル。ふと、何かを閃いたとばかりに面を上げると、ジェイソンの肩を掴んだ。 

 

「一度日本に来いよ。ニッキーに顔出してから何処へでも行けば善いだろ。どうせ暇なんだから。」

 

殊更後半には反応を示して反論しようとしたジェイソンだったが、些か的を得ている為に口篭った。

 

「ピョートル、あのな」

「政府のリストを掻い潜れるよう身分証を作っておいた。」

「……。」

「今回協力してくれたうちのハッカーにも会わせたいし、直ぐに去っていいから。」

 

な?縋るような眼差しで見詰められると、到頭頷かざるを得なくなったジェイソンだった。

 

 

 

 

ギリシャから始まりイギリス、アメリカへと東奔西走したジェイソンと俺の旅路は二転三転を経て幕を閉じた。 

 

無事に帰国した俺達は早速セーフハウスへと向かおうとして、近所のケーキ屋さんに立ち寄ることにした。というのも、気苦労をかけた詫びにアメリカ土産の一つでも買って来いとイシードルが責っ付いたのだ。大体アメリカのお土産ってなんだよ。ミニチュアリンカーン像、ハンバーガー…駄目だ、思いつかない。既にギリシャのお土産をニッキーに持って返って貰ったというのに、弱ったものだ。せめてイギリスにしてくれよ。 

だが散々頷いておいてあっさりと土産を忘れた俺は今現在、『Closed』の看板がかけられたケーキ屋の前で立ち竦んでいるところだった。

 

「ま、空いてるわけないよな。」

「当然だろう。今が一体何時だと思ってる。」 

 

飛行機の到着時間は早朝四時。入国手続きその他諸々の手順を踏んでも一時間が経過した程度で今の時刻は五時半。漸く陽の光が差し込んできた時間帯だ。ジェイソンの言う通りケーキ屋はおろか、花屋もショッピングモールも空いていない。...ん?

 

「今なんて?」 

「だから、今が何時だと思ってる。」  

「ぇえええ!?」

 

流暢な日本語が、今度こそはっきりと紡がれると、人通りひとつない街中に俺の絶叫が響き渡った。

 

............。 

 

「いった」

「大袈裟だな。」

 

ジェイソンの日本語という衝撃の事実発覚から僅か数分、あまりの五月蠅さに額に放たれた一撃に俺は悶えていた。伊達さんの拳を受けたことはないが、おそらくジェイソンのチョップは伊達さんの本気の拳と同じくらいの威力があるだろう。

 

「軍人上がりのチョップがこんなに痛いとは思わなかったわ。俺のチョップだって強いんだからな、超能力者舐めんなよ。」

「何の張り合いだ。」 

「日本語話せるなら最初から言ってくれれば良かったのに。」

「そもそもピョートルが…ホムラが日本語を話したことなんてなかったろ。」

「そういえばそうだったわ。」 

 

よくよく考えればジェイソンのような限界まで極められたような諜報員がアジアの主流言語を話せないはずがなかった。無駄に気を遣って英語で接していた健気な俺がまるで馬鹿に思えてくる。 

 

それにしても、こうして二人で話をしているとジェイソンが兄のように思えてならない。前の世界では俺は一人っ子でずっと兄という安定感のある存在を望んでいた。兄弟の絆を羨望してきた俺にとって、焔と呼ばれるだけで何となく気恥ずかしくも胸が温まるものだ。そんなことを思っていると、迂闊にも口に出していたようだ。 

 

「奇遇だな、不思議なことに俺もお前を弟のように思う時がある。」

「え?」

「俺には兄弟なんていなかったが。」 

 

思わず見遣ると、柄にもなく視線を逸らして顳顬を掻いているものだから俺も何だか小っ恥ずかしくなって視線を逸らした。何とも微妙な空気が俺たちの間を流れている。

取り敢えず話頭を転じようと思考を巡らして、俺の異常なまでに過敏な聴力が聞き覚えのある声を拾った。 

 

「...どうしたホムラ、」

「しッ、ちょっと待って。」 

 

俺は耳を澄まして声を聞き分ける。 

ーアイツ? 

ーお前のようなヒョロッとした優男だったよ。今はどこで何をしてんだか… 

若い男二人が話す声は間違いようもない、伊達さんと渉さんのものだ。

 

「ホムラ、如何した。」

「あ、いや……ちょっと知り合いの刑事の声が聞こえて。こんな早朝に珍しいと思って。」 

 

また梯子でもしてたのだろうか。ワタルブラザーズがよく飲みに行くのは佐藤さんから聞いていた。だから別にこの時間に彷徨いていても何ら不思議でもないが…。何故だろうか、先程から胸騒ぎが治らない。 

 

「ちょっと行ってみてもいい?」

「ああ。」 

 

声のした方向は先の曲がり角、大通りへと繋がる一つ前の道路だ。早足でジェイソンと共に向かうと、前方に何かを落としてそれを拾おうとする伊達さんの姿が見えた。 

心臓が一際跳ね上がった。

咄嗟に背後を背後を振り返る。猛スピードで走る一台のトラックが後方からやって来ていた。運転手は気を失ったように眠っている。目線を戻す。伊達さんは警察手帳に手を伸ばして、迫り来るトラックに気付いていない。

 

...頭で考えるよりも先に体が動いていたーー

 

 

「航さんっ!」 

 

全力で路上に飛び出して、伊達さんに突進する。目睫の間でトラックは電柱へと突っ込んだ。

同時に僅かに接触した下半身が桁違いの衝撃を受け止めた。横に吹き飛ばされたと理会したのは横たわってる俺の視界に生暖かい何かが入り込んできてからだった。

僅かに舞い散る塵を吸い込んでしまい咳き込みながら顔を上げると、酷く窪んだガードレールが目に入る。足を見下ろすが外見上は折れておらず、恐々と力んでみるが激痛も感じなかった。

 

俺から数メートル離れた歩道に、伊達さんと高木さんはいた。

 

「航さん..無事っ?」 

 

慌てて立上がり、加減なく押し飛ばしてしまった伊達さんに駆け寄る。幸いにも、伊達さんは所々に擦り傷を作っているだけで、目立った外傷は見られなかった。呆然としていた伊達さんが俺を見て顔色を変えた。 

 

「...焔っ、その怪我!」

「焔君っ!」 

 

焦慮を滲ませて駆け寄ってくる二人に俺は首を傾げる。確かに頭部外傷は負っているが血相を変える程の重症でもないというのに。安心させようとして、突如全身を襲った鈍痛に顔を歪めた。思わず手を伸ばした先は左肩と右脇腹。吹っ飛ばされた衝撃で傷が開いたどころか悪化したのかもしれない。

一度痛みを自覚した所為で、アドレナリンのお陰で誤魔化していた痛みがじわじわと広がっていく。不幸中の幸いにも、下半身のみが未だに痛みを訴えていないのが余計に問題だった。 

 

視線をトラックへと寄越す。

窓ガラスはいっそ芸術的なまでに砕け散り、潰れたフロントガラスの内部からは煙が上っている。トラックが衝突して直ぐに動いてくれたのだろう、ジェイソンが運転手の容体を診ていた。 

 

「ジェ…ダニエル!」

「気絶してるだけだ」 

 

本名を呼びそうになって嗟に偽名を作り上げると、ジェイソンは目配せで答えてくれた。 

 

「待ってろよ、今救急車を呼んでやるからっ」 

 

切羽詰まった伊達さんの言葉に焦った俺はじりじりと後退しながら誤魔化す。 

 

「俺は大丈夫だか」

「大丈夫なわけあるか!」 

 

それは滅多に聞くことのない伊達さんの本気の怒鳴り声。けれど音色には衷心からの憤悶がありありと伝わって...俺は心弛を分かち合うように莞爾として微笑んだ。

 

「俺が誰か忘れたの?本当に大丈夫だから。」

「だが...」

「今外せない用があるんだ。また明日にでも会いにくるから、事情聴取は適当にお願い。伊達さんが無事で本当に良かった。」

 

そう云うと俺は伊達さんの制止の声を無視してジェイソンと共にその場から離れた。   

 

 

「本当に大丈夫なのか?痛いなら病院まで行ったほうが…」

「ジェイソンまで心配性だな。確かに傷口は開いちゃったけど、あの程度でへばってたら諜報員名乗れないのはジェイソンだってそうでしょ。」

「まあ...否定できないのが世知辛いな。」 

 

俺が伊達さん達の懸念を振り切って事情聴取を回避したのは他でもないジェイソンの為だった。幾らCIAが改革を果たしたからといって、俺達お尋ね者は警察を含めた政府機関に深く関わるべきじゃない。伊達さんと高木さんはジェイソンの顔を視認してしまっただろうけど、警視庁とはいえ一警部には知りようもないブラックリストだしさして心配はしていないが。何より、万が一があれば秘密を守ってくれると信じている。 

 

「だとしてもだ。いくらお前でももう少し別の方法で対処することができたんじゃないのか。」 

 

しかしそんな俺の計らいとトラックの無茶振りとは別の話だと、俺はジェイソンに肩を借りながら延々と説教を受けていた。余裕がなかったんだから仕方ないじゃないか、だなんて余計に長引かせそうな言い訳は飲み込んでおく。

尚も続くジェイソンの小言を右から左へと受け流しながら先程の出来事を振り返ってみる。 

 

トラック追突事故、伊達航の死亡。あれは間違いなく原作前の出来事だ。本来、伊達さんが亡くなるのは三年後の二月だった筈。だが松田さんを爆弾事件から救ってから約一ヶ月半も経っていない。それなのに事件は今日起こった。

何とも釈然としない不快感を詮ずれば、一つの推測が浮かび上がった。

時間軸のずれだ。若し俺が介入したことで原作の時間軸に齟齬が生じ始めているのだとすれば、これから先俺の思い描いた通りの未来が発生するとは限らない。一度で済むはずの救済イベントが、陣平さんの爆弾魔が脱獄したみたいに再度起こる可能性だってある。そんなイレギュラーが起こり続けて、その場に俺がいなかったら...。

 

「…よしっ!」 

 

起きてもないことに不安を抱えても詮無いだけだ。それにいつだって異常事態に臨機応変に対応してきたという経験上の自信がある。是迄に乗り越えてきた困難のように、きっと乗り越えられる。そう意気込んで力むと、傷口に触って悶えてしまった。ジェイソンが心底呆れたとばかりの視線を突き刺してくる。

 

「こんなに話を聞かないやつだとは思っても見なかった。」

「悪いママ」

「何か言ったか?」

「何も」 

 

あと少しで愛しのセーフハウスに帰れる。

 

「いっそのこと堂々と血だらけで帰ればお土産とケーキを買い忘れたこと許してくれるかな。」

「逆に聞くが、相棒とやらが血塗れで帰ってきたのに土産を気にするやつがいると思うか?」

「いないと思う。」 

 

如何やら合理的な思考回路は今し方の交通事故で吹き飛んでしまったらしい。ともあれ、歩きながら頭は止血を済ませて、ボロ雑巾のようになった服はジェイソンのジャケットを借りたので怪我人には見えないだろう。帰ったら傷を縫い直して、シャワーを浴びて深く眠ろう。  

もう肉眼で見える距離まで近づいている。ジェイソンに支えてもらいながら、少し痛む足を一歩また一歩と前へ進める。そんな時、小さな子供の叫び声が耳朶に届いた。 

 

「危ないっ!」 

 

何かが高速で飛来してくる気配にジェイソンから離れて、反射的に手を伸ばす。パシっと軽快な音を立てて掌にサッカーボールが収まった。 

 

「お兄さん、大丈夫!?」

「新一!.....ごめんなさいっ!」 

 

鈴が鳴るような明朗な音色に振り返る。

眩いほどの光で闇を断罪する正義の使者。高校生でありながら高いIQでどんな難事件も解決する天才。相思相愛の幼馴染。彼氏が子供の姿になってもただ帰りを待ち続ける純粋無垢なヒロイン。

 

前の世界からずっと焦がれていた主人公、工藤新一と毛利蘭が其処にはいた。まだ幼き姿で。彼等にこんな場所で図らずも邂逅できようとは思ってもみなかった。

興奮に熱くなった胸が目頭に熱を伝えそうになるのを抑えて、俺は人当たりの良い笑みを貼り付けた。 

 

「大丈夫だよ、元気でいいね。」 

 

当たり障りのない台詞しか出てこなかった。サッカーボールを投げてやると彼は器用に受け取り礼を言った。 

 

「お兄さん…本当に怪我はない?」

「何故?」

「だって投げる時にちょっと痛そうにしてたし…何もないなら何故なんて聞き返さないと思う。」 

 

探偵としての性か。徐々に目つきが鋭くなってゆく工藤新一に俺は瞠目した。隣でジェイソンも感嘆を漏らしていた。FBIやら公安やら、黒の組織の幹部やらに愛される道理が判った気がする。未来の高校生探偵の片鱗を見ることができると、益々昂揚した。 

 

「ははは!凄い推測力だけど、本当に怪我はないんだ。心配してくれてありがとう。」

「ならいいけど…」 

 

それでもこれ以上追求しないあたりはまだ可愛らしい子供だ。 

 

「じゃあお兄さん達、さようなら!」

「さようなら!」

「うん、またね。コナン君、蘭ちゃん。」 

「道路には飛び出さないように気をつけろよ。」 

 

サッカーボールを抱えた工藤新一は蘭ちゃんと手を振りながら走り去っていく。二人を見送って俺とジェイソンは帰路に着いた。 

トラックには轢かれかけたし、傷口は開いたけど、彼等に出会えたのは何とも尭孝だった。

 

そうして愛しの我が家に到着すると、俺とジェイソンは目を合わせた。不思議そうに首を傾げるジェイソンに、俺は少し茶目っ気のある顔をして見せて、静かに扉を開けると息を吸い込む。そして、心から笑顔を浮かべて帰宅を告げた。 

 

 

「ただいま!」

 

 

 




黎明夜です。
これにて第一部は完結となります。お付き合い下さり有難う御座いました。次回からは第二部が始まります。宜しくお願い致します。
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