異変は突然だった。
最初に破城槌に打撃を加えられたかの鈍痛が鳩尾を襲った。激痛がぐわんぐわんと鳴鐘するみたいに骨から筋肉、神経にまで拡がってカスカスに乾き切った口内が空気を求めて喘ぐ。立位姿勢が保てなくなり崩れ落ちるように蹲る。咄嗟に掴んだ収納庫の置物がけたたましく叩きつけられた。
くる。何かが胸から迫り上がってくる感覚に思わず口元を手で押さえた。
「グッ........ごぼッ....!」
刹那、 びちゃびちゃと白い床が夥しいアカに染まった。零れ落ちたのは生温かい血だった。
身体中の毛穴が熱した針で突き刺されているように痛い。鋭利な痛みは治るところを知らずに加速する。次第に呼吸が浅くなる。はッは、と不規則な速さで少ない空気を取り入れようとすればするほど視界は煙草の煙を浴びたかのように霞んでゆく。
朦朧とする意識の片隅でドアが開かれるのがわかった。
「ただいまー。」
快活な音頭が玄関を明るくする。イシードルの声だった。
如何にか返事をしようとして発声すら碌にままならず、外から差し込む自然光を背景に収納庫に縋り付いては片手で口を押さえるしかなかった。
内臓が溶けてると錯覚するほどの激痛に到頭耐えきれなくなって横たわる。視界が完全に闇へと引き摺り込まれる直前、酷く狼狽した輪郭が駆け寄ってくるのが見えた。
暗転。
............。
再び目を覚ましたときには、いつもと変わらない殺風景な天井が広がっていた。
筋肉痛というか、まだ鉛みたいに重苦しい身体を起こそうとして額から何かが落ちてくる。温くなった濡れタオルだ。自分の血で塗れた服も綺麗さっぱりと洗濯したてのシャツに変わっている。気付けばあの内臓を抉るような痛みは倦怠感だけを残して治っていた。
扉が開かれて替えのタオルを手にイシードルが入ってくる。
「起きたのか。体調は?」
「もう問題ない。看病ありがとう。」
「気にすんな。」
今日は十一月二十五日。萩原研二を救済してから数週間が経ち、待ち侘びたG20サミット開催まで早くも一週間と少しを切っていた。イシードルが俺のセーフハウスに居候してからも一週間弱が経っていた。
喫茶ウェールで予想だにしない指名手配通達をイシードルに受けた夕方のこと。一方的に連絡が途絶えた音沙汰のなくなった彼は知らぬ間に来日し、真夜中に姦しい通知音で厚かましくも出迎えを頼んできた。それからセーフハウスに連れて帰り説明を求めれば俺の安否を案じて居ても立ってもいられなくなったとのこと。にしても昨日の今日どころか当日中に出航は些か用意周到すぎないかと尋ねた俺に彼は答えぬばかりか図々しくも家主の意向はそっちのけで居候する気満々。俺としては一人であの北国で隠居するのが嫌だったんじゃないだろうかと踏んでいる。
とまれ、下手に抛り出して政府連中に捕捉され、芋蔓式で俺の居場所が露呈するのは避けたかったので結局同居を許すしかなかったのだった。
「お前の身体についてだが...」
冷えたタオルを差し出しつつ、彼の唇が紡いだ言葉に鼓動が嫌に脈打った。
「錠剤はちゃんと飲んでんの。」
「..........。」
返すべき言葉が見つからず緘黙すると、イシードルは針の穴を見通すように俺の眸が孕む不都合な影を見透かそうとしてくる。
毎朝摂取する赤と青の錠剤は、中身は依然として不明なものの日本に移り住んでからも毎日欠かさず摂取してきた。ところがイシードルが来日する三日目前のこと。打ち抜けに十八年間の思い出が詰まった元の世界が無性に恋しくなった俺はつい深酒をしてしまった。アパートの隣人がいないのを良いことに地団駄を踏み鳴らし、酔った弾みで錠剤を仕舞っておいた鞄にグラスの中身を盛大にぶち撒けてしまったのだ。酷い頭痛と一緒に迎えた朝、お陀仏になった中身が鞄にカプセルの着色料を滲ませていた。所詮は諜報員の体に魂が憑依したに過ぎない、本来ならばあるまじき失態に打ちのめされた日のことは今でも思い出したくない。
ともあれ、心疾しすぎる出来事を目尻を下げて打ち明けるほど自尊心は落ちぶれてなくどう言い逃れすべきかと思い巡らす。すると、「ピョートル。」と頭上からの圧が強まった。この母親じみた妙な威圧感の前で隠し通すだなんてとんでもない。愈々観念して白状すればイシードルは呆れを多分に含んだ長嘆息を吐き出した。
「お前に連絡した日、俺は飛行機の中で奴らの動向を探るためにハッキングを仕掛けたんだ。だがお前の逃亡を機にセキュリティ対策が強化されてしまって流石の俺でも逆探知を防ぐので精一杯だった。何とか抜き出せたのがーー年代訓練生に配布される錠剤についての記録だ。」
イシードルの口から語られた錠剤についての真実は驚嘆すべき内容だった。
EkSを開花させた候補生のみが服用を許可される安定剤、それが赤と青の錠剤。赤はEkSの開花に伴い変容した細胞を維持し、青はEkSによって情緒の起伏が危うい能力者の精神安定を図っているいう。殊に赤の錠剤は肝心要で、人体実験により手を加えられた染色体の補助栄養剤でもあったのだ。長期に渡り服用が途切れれば細胞レベルで激変した肉体を保てず徐々に内臓が溶け、見るも無惨な最期を迎えるというなんとも悍ましい話だった。
「つーことでお前の命のタイムリミットはあと一ヶ月だ。」
「そんな朗らかに言うなよ。」
錠剤を酒に溶かしたという恥ずべき失態を婉曲的に非難しているのなら効果は抜群だ。後悔しても取り返しがつかないのに今更になって自責の念に駆られていると、イシードルは誇らしげに人差し指を立てた。出先のフードコートで席を確保した父さんがこれ見よがしに送るハンドサインに似ている。
「だが安心しろ。半年前に組織は両カプセルの効果を半永久的に持続させる方法を生み出した。それこそがお前が訓練当初に注射されたEkS発現促進ウイルス、NOAH-150なんだよ。」
根源的なウイルスを許容値を超えて摂取することで錠剤の必要性を無くす一種の荒技だが、それが功を奏したようだ。朗報に付け加えてはNOAH-150を人体に注射する資格を有する人間が日本に、しかも新鮮で一点限りのウイルスを保管している施設が日本にあるという。まさしく曙光が差した心地に、思わず詰め寄ってみれば意外な回答が返ってきた。
「マルタ・シェアリング博士。」
「何て?」
「生物学の博士学取得後、組織の研究に参加してる。本人はプロジェクトについては一切知らない。サミットの裏会議に参加する誰か...定かじゃないがCIAのお偉いさんに強制的に身柄を確保されてるってとこだな。」
まさかとは訝しんでいたけれど...その名をイシードルの口から紡がれてはクロスオーバー世界線の可能性を否定できなくなってしまった。
マルタ・シェアリング、映画版ジェイソンボーンシリーズの裏側を描いた第四作目に登場する人物。先月に世間を騒がせたステリシン・モルランタ社での銃乱射事件の生き残りと同姓同名の女博士だ。某映画ではアーロンという別の諜報員と逃げ切ったが如何やら名探偵コナンが絡むここでは微妙に異なるらしい。
兎にも角にもアウトカム計画、延いてはEkSプロジェクトの秘密を少なからず知る者をこの世から抹消した組織はいずれ彼女を始末するだろう。まだ生かされている理由は判らないけれど、上手く交渉すれば切迫した現況を解決してくれるかもしれない。
「イシードル、博士の為に新しい身分証を作ってくれ。協力の見返りに彼女を国外に逃したい。」
「勿論。」
それ以降の身の振り方を改める為に、小憩も兼ねてリビングに移る。口の中が血生臭くて味を変えてくれる珈琲を一杯飲みたかった。
最近米花町で若者の間で細挽きの珈琲豆が大評判の店で買ってきた豆をタンピングしてホルダーをマシンに噛み合わせる。数日前までヴィンテージものの電化製品家を営んでいた為か家具に並々ならぬ拘りがあるイシードル任せた結果、いつの間にか台所に設置されていたエスプレッソマシンだ。ボタンを押せばとろみを帯びた茶色の液体が九十度九気圧で抽出され始める。段々と色の濃厚さが薄れ淡い茶色の珈琲の最後の一滴が落ちれば完成だ。
もう一客にも同様に淹れるとミルクチョコレートを添えてリビングへと戻る。図らずも三人暮らしに適した間取りのセーフハウスを買っておいて幸いした。イシードルには居候初めに散々内装の駄目だしを食らったのだから——普段は俺はアパートで寝泊まりすると主張したにも関わらず——もう一段階手狭なマンションだったなら今頃は窮屈な設計に耐えかねた彼に引越しの指図をされていただろう。
淹れたてのエスプレッソを差し出せばカタコトなのか流暢なのか分からない日本語で礼が返ってくる。
「日本語、喋れたんだな。」
「話せないとは言ってないけどな、語学には堪能なんだよ。ていうかそういうピョートルだって。」
「まあ、な。...それより人前では焔にしてくれ。俺も隼人って呼ぶから。」
「是」
「それは中国語な。」
エスプレッソを一口飲む。苦味と甘味と酸味のバランスが心なしか苦味に偏ってる気がした。チョコレートを含めばどっしりとした舌触りの上でミルクのまろやかな甘さが加わって薫りが変じた。
「まあまあだな。」
「うん、まあまあ。」
「ていうかこのチョコ甘過ぎ。苦味ぶち壊しじゃん。」
「ほんとに甘いの苦手なんだな。」
「お前が甘党なだけだから。」
SNSで掲載される開きたての店なんて大抵こういうものだと言い聞かせて飲めば案外自得できるものだ。味や質は迚も斯くてもイシードルのエスプレッソマシンの選択は間違いなく的確なのは明確となったのでその点においては収穫を得られた。何よりも二人でソファに隣り合わせに寛ぎ東都の見晴らしを俯瞰する...真昼時の長閑なひと時がコーヒーブレイクをコクの深い余韻で満たしてくれるものだ。
不思議な感覚だった。ピョートル・ノリリスクという謎めいた青年の体に移ってから俺は家族や友達なんて存在とは無縁で暮らしてきた。大学でのいつでも帰る実家のある一人暮らしと、身内がいるかも不透明な一人暮らし、似通った生活を送っていても気易い関係の人間の有無だけでこうも寂寥感を抱かせるものかと埋めようのない空白に苛まれる日々。だからこそ仮初の関係とはいえ信頼のおけるイシードルと同じ屋根の下で暮らして、他愛ない会話に花を咲かせられるこの瞬間が久方ぶりのありふれた幸せだと実感できた。
一週間後に開幕するG20サミット、その内幕で進行される秘密会議の下調べに篭りっきりの数日間。漸くつけた一息が温かいエスプレッソの湯気に溶け込んだ。イシードルが顰めっ面をつくるチョコレートを噛み砕いて身体を時ほ解していると、つと隣で寛ぐイシードルを盗み見る。アラン・隼人・クリスチャンセン、そういえばコイツ日本での身分如何なってるんだ。疑問符を浮かべているとそんな俺の視線に気づいた彼はカップをソーサーに置いた。
「親が離婚して以来隼人はアメリカ人の親父とアメリカに移住したが、ついこの間親父が死んで二十余年ぶりに日本に戻ってきた。焔とは母方の遠い従兄弟で同じく東都大学に通う歴史学部の二年生。この間感動の出会いを果たしてからは兄弟のようにずっと一緒にいる。」
「か、感動の再会?」
「おう、兄弟みたいな存在ってわけ。」
他にも血液型や保険証番号、日々の習慣や食の好みに至るまで綿密に練られた設定を詳説されるとさしもの俺も度肝を抜かした。態々こちらから世話を焼いてやる気必要はないくらいイシードルは頼もしかった。
「そうそう。保管されているウイルスなんだけど、日本の警察の嗅覚を鈍らせる為に東都に本部を据える犯罪組織の傘下会社に隠されてるらしい。何でもそこのボスがプロジェクトに研究員の提供をしているみたいで港では黒の組織なんて呼ばれてるっぽいな。」
「ごめんなんて?」
「だから、ウイルスが」
「違う違う、最後。」
「黒の組織。」
思わず顔面に甘ったるいエスプレッソを吹き出した俺にイシードルの罵倒が炸裂したのだった。
*
二日後、米花町の一画にて東都の名物強盗事件が発生。複数の覆面の男達が銀行に立て籠り居合わせた一般人を脅して現金を奪おうとしていた。...何故進行形かといえば、それは勿論街の新参者たる俺が東都の洗礼式に遭遇してしまったからである。
近頃は拍子抜けするほど穏やかな日常を送っていた為かすっかり己の立場を失念していた。まさか米花町が何たるかを身を以て知ることになるとは夢想だにしていなかったのだ。
全ては今朝、俺が一人暮らしするアパート宛てに身に覚えのない電化製品が届いたことから始まった。
伝票に記された購入者は俺なのに差出人がイシードルだったことから他人のカードで浪費癖のある同居人に問い詰めれば、すまし顔で生活必需品だと返ってくる始末。百歩譲って高価なパソコンその他家電一式が必需品だとして、他人の金で買う理由はあるだろうか...?否だ。そも引退したハッカーの作業部屋目的に契約したマンションではないし俺のアパートにまで家具を持ち込もうとする奔放さも骨の髄まで日本人な俺には共感できない。大学生の家をハッカーの仕事場にするつもりかと、堪忍袋の尾が切れて脅し半ばに凄んでみれば案の定自分のカードを無くしたと白状しやがった。午前中を説教に費やした後はいつまでも俺の金で大枚をはたかれるのは御免だと、面倒臭がるイシードルの代わりに専用の口座を開きに近場の銀行まで訪れた次第だった。
「はあ、なんで俺がこんな目に。」
「おいそこ!殺されたくねえなら静かにしてろ!」
転び出た慨嘆は目口元だけを晒け出した不細工面の強盗によって跳ね除けられてしまった。左隣の哀れな女性客が目隠しをしたせいで過敏になった聴覚を脅かした怒号に悲鳴をあげた。
この程度の一籌を輸する災難であればこそ余計に腹が立つものだ。よくよく考えれば尻さえ叩けばホワイトハウスの地下通路の設計図すら探し当てられる奴なんだから、何も俺が代理人にならずとも本人に赴かせれば良かったのだ。お節介は俺の方だったかと甚だしい後悔が歯軋りとして滲み出た。
一日の予定があろうことか三下の強盗に挫かれる事実が無念でならなくて、早く帰宅したい一心で目隠しの下から見聞色擬きで観察してみる。
強盗が七人、人質は二十一人、俺を含めた全員が目隠しと両手両足の拘束を強いられている。武装した強盗は見掛け倒しの隙だらけ、二、三人のアサルトライフルを除いては連携もままならない鉄砲玉の威力に依存してるだけの脅威の希薄な雑魚だ。
つい二分程前にマシンピストルに脅された気弱な銀行員が男を一人伴って奥の金庫室に向かったところ...とりもなおさず、好奇到来だ。監視カメラが他でもない強盗の手によって破壊された今、強盗が
現場には原作の武闘派キャラも況してや死神もいない。この場において人質を無傷で、且つ迅速に事件を解決できるのは俺しかいない。
そう結論づけるや否や、後ろ手に手首を固める縄を緩めた。
「すみません、お手洗いに行きたいんですけど。」
「ああ゛?んなモン我慢しろや。」
「風邪を引いてて吐き気が凄くて…本当に吐きそうなんです。何でもしますからお願いします。」
目隠しが外される。必死の青年の懇願と互いの目が交わると、男の懐疑的な眼差しはすぐに卑猥なものへと転じた。不憫な未成年の涙目に嗜虐心を唆られたソイツはカサついた口端を下卑た形にしならせる。
「着いて来い。少しでも怪しい動きをしたら撃ち殺してやるからな。」
「しません!ありがとうございます。」
「待て、俺も行くぜ。」
噛み煙草をガム代わりに咀嚼する黄色い歯が覗く男が俺の尻あたりを嫌らしい手付きで触ると、どうしようもなく悪寒が背筋を走った。品性の欠片もない猿以下の野蛮さに胸中で侮辱しながら、下品な二人に挟まれるようにして俺はロビーから連れ出された。
.........。
廊下を歩き続けて程なくして、すっかり人の影が薄まった狭隘な廊下に此れ幸いと笑み曲がるのはお互い様だった。
最初に立ち止まったのは男達だった。俺の目隠しを外した男がこれからハードコアポルノでも鑑賞するような我欲剥き出しの面相で手を伸ばしてくる。もう片方までもが腑抜けた顔つきで舌なめずりをしたのが合図だった。
タイミングを見計らって、解いた縄を外して先制を仕掛ける。
「グェ…!」
鳩尾目掛けて拳を放つと、男は蛙の鳴き声よりも酷く無様な呻きをあげて一発で地に伏した。寸時、目前で崩れ落ちていった仲間を
「この野郎っ」
「遅い」
男が振り上げた右拳とともに重心を左前脚に移行するよりも速く足払いを仕掛ける。狙いも定めず振り下ろそうとした活きの良い拳ごと、勢いで壁にめり込むと「ぐあ、」と情けない声を漏らしてソイツも撃沈した。
…通信機が反応を示した。つまみを回すと金庫に向かったお仲間の声が砂嵐のような雑音混じりに聞こえてくる。
『聞こえるか。金の回収が済んだから早く来い。…おい、聞いてるか。』
「ああ、五分で行くから待ってろ。」
『…了解。』
声帯を改造でもしない限り変声は厳しいようで、相手の声音からは微かに疑惑が感じ取れた。この調子ではいつまで経ってもやって来ない仲間を訝しんで奴等が足並み揃えて様子を伺いに現れるだろう。外では占拠された銀行に機動部隊が今にも突入しようとしている動きが視える。ざっと見積もって三分、猶予がないことを理解すると眠る一人のモーゼルC96を拝借して管制室へと進んだ——。
「初犯でこれはいただけないな。」
一階のお手洗いとは真反対の二階に位置する二部屋。頑丈な金庫室と東側に連結する管制室は頑丈な扉が強引にこじ開けられており、中は陰惨たる有様となっていた。脳漿が頭蓋ごと砕け散り、肉が抉れ、身体の彼方此方は鋭利な破片で粉々になり....調子に乗った乱射によって蜂の巣にされた職員らは部屋の隅に累々と積み重なっていた。
咽せるほどの不快な錆び臭さに眉根を寄せるも、悠長に亡骸を弔ってる暇はなかった。
俺は性急にブレーカーを立ち上げて全ての自動ドアと窓を開錠可能にする。これで建物内部は丸見えになり数分足らずで警察が場を鎮圧しに来るだろう。
突如、背中に冷たいものが走って反射的に屈む。
「っ!」
ドドド!重々しい響きが重なるようにして頭上数センチを掠めていった。拳銃らしからぬ空気の切り裂け方に素早く翻る。金庫へと繋がる扉を背にして覆面の男がQBZ-95を構えていた。中国製のブルパップ型突撃銃だ。
「このガキが、よくもッ!」
ガガガガと凄まじい発砲音が地響きに勝るとも劣らぬ厚みで畳音となって建物中に響き渡る。きっと外で待機している彼等にも漏れ届いただろう。
鼻息を荒げ激昂した男は銃を連射する。俺は即座にテーブルを引き倒して陰に身を潜ませ自動拳銃で小隙をみて応戦する。銃弾に弾かれて機関銃95式小銃がこちらまで飛んできた。
敵の弾倉は円形回転式の七十五発、対して俺のは箱型の三十発。おっつかっつだと鼻から嘲るような余裕の息を漏らして。
空になったC96を捨てる。敵の位置を影から確認してから、機関銃95式小銃を構えた。
三、二、一...
滑るように表に出た瞬間、先方がこちらに銃口の闇が互いを覗く。寸秒早くこちらが引き金を引いた。
六条右回りのライフリングから5.8x42mm弾が高初速で撃ち出される。弾丸は空気を引き裂き男の指をトリガーごと吹き飛ばした。
「っぐォオオ!」
悶絶する男の手からアサルトライフルが離れてゆく。
もう一発。一歩踏み込んで額に撃ち込めば、壊れた蛇口みたいに脳味噌が吹き飛んだ。
銃声が止んだ途端に室内に静寂が訪れる。管制室には唖の如く無限に沈黙する屍体だけが横たわっていた。死んだばかりの強盗の光の失われた双眸に映し出されているのは皮肉にも彼に蹂躙された行員達の無念の死に顔だった。
その後、管制室で斃した男を引き摺ってお手洗いに戻り、気絶しているだけの二人と纏めて縛っていると爆音と怒号が建物を振動させた。大方特殊急襲部隊の制圧作戦が始動したのだろう、こちらに数人が駆けてくる気配がした。お手洗いに戻る前に管制室から地下に通じるハッチには溶岩で枠を固定しておいたから今頃残りの一味が大わらわだろう。指紋も靴跡も消しておいたし、俺が使ったC96も95式も此処の二人の所持物として偽装した。
間も無くSWATの隊員達が短機関銃を携えて突入してきた。お決まりの文句で警告する彼等に従い降参を示す。
「あの、俺も人質なんですけど急に三人が殺し合いを始めて...隙をみて反撃してみたら倒せちゃったんですけど...」
縛り上げられた強盗という光景に分かり易く当惑をみせる彼等に、未成年による鎮圧という更なる混迷を齎していると見覚えのある人物が合間を縫って現れる。
「焔、怪我はなかったか!」
「伊達さん?」
彼は隊員達を押し退けて駆け寄ってくると俺の肩を力強く鷲掴みにした。
...伊達航。本来の世界の未来では轢死が待ち受けている捜査一課の刑事。彼との出会いは先週何気無く立ち寄った喫茶店での相席がきっかけだった。