俺が消えた日   作:れいめい よる

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ブラザーズ(後)

 

 

イシードルが来日した翌日のこと。俺は前々から密かに関心を寄せていた喫茶店ポアロに訪れていた。そう、次元を超えて名高い色黒ゴリラ系イケメンのバイト姿に惚ける若人たちで人垣ができるあのポアロだ。とはいいながら時間軸は原作前の段階なので梓や安室という苗字の店員は働いて居らず、治安の悪さも取るに足らない問題として至福の憩いを味わえる喫茶店だ。余談だが、降谷零や榎本梓をアルバイトとして雇うよりもずっと以前からポアロは住宅街に佇む定評がある喫茶店として地元では有名だそう。

 

残念ながら休日は無難な外出先として足を運ぶ客が多いようで、「満員です。」と申し訳なさそうに店員に告げられてしまった。待合席で待つのも悪くなかったけれども、好奇心程度に出向いただけだった。別の機会にでも改めて時差ボケで熟睡してるイシードルでも叩き起こして近所の食事処にでも行こうかと思案していると、俺が深刻に落胆していると勘違いした店長が現れて相席でも良いかと尋ねてくる。別に相席してまで座りたいわけじゃなかったけど、相手の態々の配慮を断るのも気が引けて案内してもらうことにしたのだ。

 

「こんにちは。態々相席してもらってすみませ…」

 

店長の後を追って辿り着いたテーブルの共有者が…

 

「君かぁ!よろしくね、俺は萩原研二!名前なんて言うの?」

「おい萩原、合コンじゃねえんだぞ。伊達もこの阿保に何とか言ってくれ。」

「ハハ、お前らは相変わらずだな。」

「笑い事じゃねえよ。」 

 

松田陣平と伊達航、つい先日水面下で救済したばかりの萩原研二だった。  彼等を目の当たりにした途端、死んだ魚の眼で「пожалуйста измените(チェンジで).」と言い放ったのは仕様のないことである。

 

..........。

 

「へえ、じゃあアメリカで飛び級して東都大に移ったんだ。え、焔君って天才?」

「焔でいいですよ。まあ、日本じゃ珍しいかもだけど向こうだとざらにあるんで。」

 

寧ろ天才なのは初対面の相手と親友のように打ち解けられる貴方の会話力では、なんて本音は届いた卵サンドの最初の一口とともに押し込んだ。ぷるっと柔らかい茹で卵の程良い噛み応えと、下味のついたマヨネーズとか完璧な味わいを作り上げている。ストレートに最適なキームンもサンドとの相性が抜群だ。

席について以来他二人を差し置いて喋繰る萩原さんと俺の会話に一杯の珈琲を嗜んでいた松田さんが割り込んでくる。

 

「日本には一人で来たって言ったな。親はアメリカに住んでんのか。」

「いえ、親は物心つく前に亡くなったのでアメリカの親戚に引き取られて向こうで育ったんです。」

 

何気ない俺の一言がやけに揺さぶったらしく、サングラスに透ける眸が居心地が悪そうに揺らめいた。そればかりか伊達さんや萩原さんまでもが痛切に訴えられたように唇を軽く噛み締めているものだから、俺は遅蒔きながら彼等が警察の道を志した繊細な正義感を犇と実感した。

 

「わりィ、嫌なこと聞いちまった。」

「気にしないでください。正直幼少期の記憶なんてないので…それにアメリカには俺を育ててくれた家族がいますから。」

「そうか、良い家族を持ったんだな。」

「はい!ところで皆さんはどんなお仕事をされてるんですか。」

 

湿っぽくなった空気を変えようと話頭を転じれば、ここぞとばかりに萩原さんが得意満面になった。「実はね、俺たち刑事なんだ!」と言い放った台詞には漫画的な効果音がついてきそうな快活さで...俺でなく只の一般人ならば愛想笑いを浮かべて退席するだろう内容を意気揚々と言ってのけた萩原さんは隣で引き気味の同僚に気付いてない。

 

「刑事さんって...じゃあ警察学校とか通われたんですか?凄いな。」

「そうそう、俺たち全員警察学校からの同期なんだ。」

「同期ってことはもしかして松田さんも?」

「なんだその顔は。俺だけ刑事に見えないってか?アア゛?」

「あはは、冗談っ、冗談だから!」

 

萩原さんが創り出した陽気な雰囲気に便乗してみれば、眉間を繋げんばかりに皺を刻ませる松田さん。堅気じゃないとまことしやかに噂される男の蟀谷揉みはそれなりに痛くて早々に俺は即座に前言撤回した。「松田の扱いを分かってる...」と変なところで感嘆する伊達さんと腹を抱えて大笑する萩原さんは心の底から朗らかで、同窓としての絆の強さが垣間伺える一面を目の当たりにできたのはファンとしては感無量だった。

 

「ついでに言っとくがドラマに出てくるような正真正銘の刑事は俺だけでこいつらは警備部という部署に所属してるんだ。」

「確か機動隊とかの警備部でしたっけ。あの災害対策や爆発物処理とかの。」

「おっ、よく知ってるな。そうだ、こいつらの所属は機動隊の爆発物処理班だ。」

「へえ、爆弾の解除なんて臨機応変な対応力と明晰な頭脳がなかったら出来ないってドキュメンタリーで観たことありますよ。本当尊敬します。」

 

萩原さんが俄然満悦を綻んだ口端に湛えた。

 

「そーそー、優秀なエースで引っ張りだこなんだ。」

「お前に関しちゃあ規則違反が目立つがな。そういや伊達、萩の奴また防護服着ずに出動したんだぜ。」

「げぇっ、松田ぁ!」

 

一転して面輪を悲壮に彩らせる萩原さんだったが、一息遅かった。松田さんの発言にガラリと纏う空気を豹変させる伊達さんは体躯も相俟ってヒグマさながらの様相だ。見ているこっちが粟立ちそうなほどに顰蹙して「松田、その話詳しく」と問い糺したのを合図に萩原さんへの説教は確約されたのであった。

 

..........。

 

それから十五分弱、伊達さんは赤の他人であり表面上は民間人である俺を憚って控えめにーー口調と佇まいは決して控えめなどではなかったーー戒めを垂れた、対して叱責を受けた萩原さんは見事テーブルに撃沈していた。それにしても俺が殺した筈の爆弾魔の生存を思いがけずして聞かされるとは思わなかった。彼等曰く、俺のインドリクで彼程激烈に吹っ飛ばしたにも関わらず命脈を繋いだ男の、はっきりいってゴキブリのような生命力には拍手喝采を浴びせずにはいられない。三人の傍らで仰天する内面を表に出さないだけでも精一杯だった。 

 

「ところで焔、その口調なんとかしようぜ。折角なんだから敬語は外してよ。」

 

しかし流石は理想の女性を求めて合コンに足繁く通う優男なだけあって気持ちの切り替えが早い。今さっきの消沈ぶりはどこへいったのか、萩原さんは席を移動して俺の真横に座ると肩を小突き合わせてきた。

 

「うーん、けど年下なんで」

「いいからいいから!」

「...分かった。」

「俺は萩ちゃんね。」

ーー誰が呼ぶか。

 

お星様が彼の目尻から弾き飛ばされるのを幻視して俺は内心呟いた。

原作に忠実といえば奇妙な言い方になるが、彼はどこまでも萩原研二だった。俺がさん付けをやめるまで彼と俺の押し問答は続き、瑣末な話題に平行線を辿っていると伊達さんと松田さんが助け舟を出してくれた。そのお陰で最終的に名前にさん付けで呼ぶことで妥協して貰えた。因みに個人的にはワタルブラザーズが混同してしまうので高木刑事のいない時だけ航さんと呼ぶことにした。

それからは米花町や奥穂町の絶品大衆食堂だったりと他愛無い話題を中心に俺たちは暫し時を忘れて盛り上がった。

 

そうして店を出る頃には時刻はすっかり夕方を示しており、斜陽がからだの半分を東都の大都市に沈めていく様が見られた。くっきりと切り絵のように浮かび上がる景色を背に逆光に輪郭を彩った萩原さんの姿が俺の前に立ち塞がる。

 

「いやー、今日は楽しかったよ。ね、連絡先交換しよ。」

「だから合コンかよ。」

 

もはや聞き慣れた研二さんと陣平さんの軽口の叩き合いを聞き流しながら、抵抗は早々に夕日と一緒に沈めてしまって、携帯を取り出す。警察の身分を明かされたうえでの連絡先交換なんて案件としか思えないのに、胸を弾ませる研二さんを見てると不思議と俺も能動的な心地にさせられた。

 

「初めての相席が皆とで良かったよ。兄弟がいないからなんだか新鮮な気分になれた。」

 

本音がぽろりと零れ落ちた。元の世界では兄弟のいる友人が多かったからか、常に兄のような存在を求めていた気がする。その所為もあってか、大学の授業や研究でペアを組むときは粗無意識だったにも関わらず決まって自分より年上を選んでいた。喩え一方的に認知していた存在だとしても、現実に繋がりあってはいけない立場だとしても、今日の思いも寄らない出会いは純粋に心地良くてこの先一生忘れることはないだろう。

不図、俺達を包む空気の流れが変わった感じがした。面を上げれてみれば心なしか面輪を強張らせた三人が佇立していて、流石に馴れ馴れしかったと自覚する。

 

「ごめん、今のなし...」

「何言ってんの?なるなる、焔のお兄ちゃんになります!俺が第一号ね。」

「...え?」

「待て萩原、年齢的に第一号は俺だろ。」

「んじゃ俺は真ん中か。」

「ふ、ふふ…あはははは!」

 

物語の主要人物に深く関わるつもりなんて毛頭ない。けど、それでもこんな緩やかな関係をつづら折りの人生で続けていけたならそれ以上の幸せなんてきっといらないだろう。小っ恥ずかしいような、欣幸に浮かれるような身軽な感覚に俺は莞爾として笑った。一瞬呆気に取られていた三人も、掻き集めた喜びを笑顔として弾けさせる俺を眼差すと、次第に愉快な声をあげて笑いだした。  

   

茜色に染まりゆく斜陽が生温い風に至福を乗せて俺たちを包んでいた。

 

 

——ポアロで偶さか警察学校組との初対面を果たしてから不日、俺達は頻繁に食事に行くほどの間柄になっていた。ひょんなことから不健康な食生活が露見して航さんの世話焼きが発動されたのだ。俺のアパートに乗り込み栄養管理士も同然の語り口で未成年の食育の何たるかを叩き込まれた夜は擬人化した野菜が襲いかかってくる悪夢を視たのだから、研二さん達が常々「班長、班長」と気遣う理由も理解できる。一度だけ、夕食の席で未来のワタルブラザーズこと高木さんにも会えたのは幸いだった。彼も原作通りの温厚篤実な人柄で萩原さんたちよりも年齢が近いからか出会い頭に友誼を深めた俺達は度々彼の勤務終わりに顔を見せに行くほどの仲だ。

 

閑話休題、銀行で勿怪の幸にも()()()()()()()()()()()()()()()を伸した俺は伊達さんの知人として大した疑惑の目を向けられることもなく解放された。新米警察官、佐藤美和子の事情聴取付きで。

 

「初めまして、貴方が焔君ね。伊達さん達から話は聞いているわ。」

「佐藤巡査ですよね、お噂はかねがね。よろしくお願いします。」

 

佐藤さん主導の事情聴取は順調に進んだ。二人とはいえ殺傷性の高い武器を携えた相手に反撃を試みたことを最初に咎められた。父親に似て信義を重んじる彼女の責任感と善意溢れる落ち着きを備えた言い回しは陽だまりみたいに温かかくて...つい心が和らいだのは俺自身の実感なのか、将又ピョートルという肉体に残った愛情への渇望の残滓だったのかは判らなかった。

 

「怪我もないようで本当に良かった。もし貴方の端正な顔に傷でもつけば彼等が黙ってないもの。」

「それなりに大丈夫っていう自信があったので。」

「そういう自信は堪えるのよ、無謀と勇気は違うんだから。」

「はい。」

 

至極正論に首を縦に振れば彼女は満足げに頷いて手帳とペンを仕舞った。

 

「じゃあ事情聴取はこれで終わり、協力ご苦労様。迎えが待ってるわよ。」

「迎え?」

 

聞き返そうとして、肩に重みがのしかかった。首を回せば警官らに指示を飛ばしていた航さんが背後に佇んでいた。

 

「終わったか?」

「はい、丁度今終わりました。」

「そうか、お疲れさん。佐藤、お前も良かったら来いよ。今日は俺の奢りだ。」

「そうしたいところですがまだ仕事が…」

「なら明日手伝う。折角焔と会ったんだ、友好も兼ねて一杯だけでも飲んでけ。」

「ありがとうございます。なら一杯だけ。」

 

二人のやり取りをいい加減に右から左へと聞き流していると、用が済んだとばかりに航さんが俺を見返る。

 

「行くぞ焔。」

「行くって、何処に?」

 

尋ねた俺に「松田が近場の美味い串カツ屋を見つけてな。」と答えると二人は路肩に停めた車に向かって歩き出す。心肝を寒からしめる一言を付け足して。

 

「お前の無茶についてもじっくりと聞かせてもらうぞ。」

 

 

大衆食堂秋、事件のあった銀行から車で十分の距離にあるこじんまりとした飯屋。大学を卒業したての女性一人で切り盛りしていて、窓際に置かれる小鉢やメイン料理を取りに行くセルフスタイルが魅力の気軽に立ち寄れる店だ。伊達さんの安心安全な運転で店に着いた頃には陣平さんに研二さん、それに高木さんがテーブル席を囲んでいた。

伊達さんが待たせたなと声を掛けると陣平さんと研二さんは待ち侘びたとばかりに手を振ってくれる。さりげなく高木さんの隣に佐藤さんが座るように計らって、俺も空いた席に座った。

 

「店員さん、酎ハイお願いします。」

「何ちゃっかり酒頼んでんだ、烏龍茶にしとけ。」

 

保護者らしく未成年飲酒を嗜めた松田さんに小さな舌打ちを溢せば、暴力団組員に紛れ込んでても見分けが付かない強面がすかさず鷹の如き眼光で睨め返してくる。思わず目線を泳がせば、佐藤さんがくすりと笑った。その蕾が弾けて開花するような軽やかな微笑と自身のジョッキとを尻が据わらぬ様子で交互に見詰める高木さんには気付いてないようだ。今は時期尚早でもいつか必ず報われる恋がすでに待ち遠しく感じられた。

 

厨房から注文の品々が完成したと店主さんの弾力のある声が届いて皆で箸を乗せたトレーを持って取りに行く。今晩の献立は雑穀米と豚汁、小鉢二品とメインの白身魚のタルタルフライだ。

黄金色に揚げられたタラを一口頬張ってみる。サクッとした衣と鱈の一噛みで溶けてしまいそうなほどの柔らかい食感、惜しげもなくふんだんに乗せられたマヨネーズベースのタルタルと葱の風味が合わさって舌も喉も蕩けてしまいそうだった。次々と熱々の豚汁を味わっていると、ふいと視線を感じる。横目に流せば鯖の味噌煮を頬に含んで研二さんが俺を凝視していた。

 

「研二さん、どうしたの?」

 

小首を傾げる俺には答えずに、彼は航さんに目線を移す。

 

「班長ー、今日焔無茶したって?」

「うぇ」

 

漠然と抱き始めていた嫌な予感が的中して嘔吐きたくなった。研二さんの言葉を受けて航さんは思い出したとばかりにお猪口を置いて、俺の制止を振り切って銀行での一幕を語り始めた。 

 

 

「...それで、こいつが二人を倒して部隊の仕事がちっとばかし減ったってわけだ。」

「ええっ!大手柄だね、焔くん!」

「誉めんな高木。」

 

驚嘆を見目形に表して拍手を送ってくれた高木さんの天然っぷりを陣平さんが嗜めた。一杯も飲み終えてないというのに高木さんの頬がほんのりと多幸色に染めている。珍しく終始口を噤んで耳を傾けていた研二さんが口を開いた。

 

「素人とはいえ武装した相手をよく気絶させられたね。班長と娘さんの話じゃ全員綺麗に失神してたんでしょ。」

「後遺症もないそうだ。」 

 

それに狼狽えたのは俺の方だった。着眼点の鋭い研二さんに冷や汗を掻き箸を進めて現実逃避していれば、「吐け。」と警察らしからぬ乱暴な物言いで、静観していた陣平さんが鋭利な眼差しを突き刺してくる。到頭言い逃れできなくなって、観念した俺は自身の強みである美貌を不憫な作り話に織り交ぜることにした。

 

「アメリカにいた時にペドフィリアに誘拐されかけたことが何度もあって…偶々退役軍人だった近所のおじさんに格闘技を師事して貰ってたんだ。」

 

宴会の席かと思うほどの大喝采が一人の酔っ払いから発せられた。

 

「凄いよ焔君!ちなみに何を習ってたんだい?」

「システマっていう本格的な武術なんだけど、筋が良いって全米大会出場を勧められるくらいには腕に自信があったよ。その人達に後遺症がなかったのは師範の特訓の賜物だろうね。」

 

少なくとも陣平さんには勝てるかも。なんて皮肉な顔で附言すれば松田さんが唇をひん曲げた。

 

「そうかそうか、んじゃあ今度手合わせ願おうか。」

「はは冗談だよ、松田さんが本気出したら俺首の骨折れちゃう。」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ。」

 

イシードルと同じ屋根の下で暮らし始めてから毎朝、俺達は小手調べをしていた。本来のピョートルがどういった格闘術を習得していて、どの程度まで戦えるのかを感覚的に把握しておきたかったのだ。イシードル曰く、ロシアの伝統格闘技全般は習得しているが主にARBが得意な傾向にあり、システマの呼吸法や癖が目立つとの感想を貰った。

Armeyskiy Rukopashniy Boy(ARB)っていうのは軍隊式近接格闘術を意味する言葉である。世界中の武術や格闘技の技が融合されていてソ連軍のスポーツとして愛用されていた、いうなればロシア版総合格闘技だ。そしてシステマは必要最低限の労力で最大の力を発揮して敏速に相手を無力化するのが特徴的な武術。特徴的な呼吸法を極めれば接近戦での痛みもほとんど感じず、息を乱すこともなく次の動作に移ることができるという究極の護身術でもある。

 

嘘と真実を織り交ぜて包括的に噛み砕いて説明すると彼等は腑に落ちたように肯いた。

 

「だとしてもだ。まだお前は未成年、大人に守られるべき存在なんだからあまり無茶してくれるな。」

「分かってるよ。今度からは気をつける。」

「…本当に分かってんのか?約束だぞ。」 

 

血の繋がりはなくたって、こうして俺の身を按じて心配して本気で叱ってくれる...暫く会っていない両親の顔が浮かんで、これって本当の家族と同然なんじゃないかって思った。気遣わしげに約束と云った伊達さんの優しさは炎やマグマでは得られない温もりを与えてくれる。勿論、研二や陣平さん、高木さんに佐藤さんも。だからこそ俺はこの人達に生きてほしいと願ったのだ。  

約束なんて不確定な誓いはできない。けれどせめて彼等が安心できるように綻んだ。

 

「皆が心配するような無茶はしないよ、絶対に。」

 

それからはいつも通り食事を堪能して談笑し合った。大食い選手並みに追加の串カツを頬張る航さんたちに度々佐藤さんと高木さんと共に引き気味に顔を見合わせたり、距離を縮める二人の傍らで一気飲みで盛り上がる研二さんを成人もして情けないと嗜める陣平さん。あっという間に愉しい一時は流れていった。ところでお前は痩せすぎだと航さんに口に肉を詰め込まれた時は吐くかと思った。

 

会計を済ませて店を出る頃には夜の闇が街を包んでいた。

 

「焔って綺麗だよね。なんていうか中性的な美しさ?米花町でも変な暴漢に襲われないかお兄ちゃん心配。」

「ちょっと研二さん、飲み過ぎじゃないですか。」

 

俺の肩に凭れかかる研二さんは完全に出来上がっていた。泥酔一歩手前のくせに腕力だけは逞しく、このまま腕を離さなかったら介抱して自宅に送らなければと考え倦ねていると陣平さんが頭を小突いて助け舟に入ってくれる。

 

「良い加減にしろ萩。...まあコイツ言ってることは事実だな。さっきは無茶するなと言ったが、もし変なのに絡まれたら全力で撃退しろよ。」

「例えば研二さんとか?」

「ふはっ!」

「酷ーい。」

 

すっかり酩酊している研二さんは夢見心地に陣平さんに引き継がれた。そろそろ帰ろうかと思っていると、車道から馴染みのある明朗な声調が呼び掛けてくる。

 

「おーい焔、迎えに来たぞ。」

 

目を凝らせば、数百メートル先からイシードルが見覚えのありすぎるバイクに跨って走って向かってきていた。排気音を響かせて彼は俺達の前で停車する。暗闇の中で街頭により徐々に浮き彫りになる金髪の優男に近くを歩いていた女子高生二人がどよめいた。

 

「焔君の知り合い?」

「俺の母方の遠い従兄弟です。訳あって今は一緒に住んでて。」

 

佐藤さんが興味津々にイシードルを見つめた。

 

「へぇ、焔君に似て男前ね。」

「初めまして、アラン・隼人・クリスチャンセンだ。気軽に隼人って呼んでくれ。」

「そういや前話してたね。外人なのに東都大学なんて、俺自信失くすよ。」

 

入学はそれなりに大変だと溢す言外の意を察してしまうと乾いた笑いを漏らすしかなかった。苦労して仕上げた偽造書類を満面に掲げるイシードルの光景が過ぎった。

 

「ま、お陰で焔と再開できたし...有終完美ってな。」

「それなんか違う。」

 

またもや佐藤さんが微笑ましげに眺めてくるものだから、俺とイシードルも何だか可笑しくなって哄笑し合った。

チリンと冴えたベルの音が夜道に溶け込んだ。一歩横にずれれば一台の自転車が颯爽と過ぎ去って行った。さよならを告げるには丁度良い頃合いだ。俺はイシードルの後ろに跨ると航さん達に笑いかけた。

 

「伊達さん今日もご馳走様。僕たちはもう帰るね。」

「おう、気をつけて帰るんだぞ。」

「次は隼人君もおいで。」

「是非是非!」 

 

 

「…Исидорイシードル、それは俺のインドリクじゃないのか。見間違いか?」

「格好良いだろ!乗り心地が良いからツーリングしてたんだ。」

「…俺がお前の為に態々銀行まで出向いてやったの忘れた訳じゃないよな?」

「いだだ!今運転中!運転中だから!」

 

 

 

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