黄金の波紋疾走 作:逃ィげるんだよ~~~~!!
紳士の身嗜みは足元から。汚れる事が避けられない靴だからこそ、余裕を持った正装が相応しい。
東人民共和国首都、バーリントの駅前に年の頃は十歳程の少年が居た。
裾に補修痕のある灰色のブルゾンを羽織って、紺色のニュースボーイキャップを被った彼は、指先を黒く汚しながら、せっせと手を動かしていた。
「ボウヤは腕がいいな。君の場所で磨いてもらった靴は、まるで新品の様だよ」
「ありがとうございます……今日はこれから、お食事ですか?」
「ああ。久しぶりに時間が取れてね。妻と子供に会えるのが、これから楽しみさ」
「それでは、僕も張り切って磨きますね」
四十代半ば程の髭の印象的な男性の靴を磨く少年は、世間話をしながらその手に一切の淀みはない。
瞬く間に、草臥れた革靴は美しい艶のある黒を蘇らせて、宛ら新品に買い戻したかのようだ。だがその一方で履きなれた感覚もあり、これこそがこの少年にリピーターが多い理由の一端でもあった。
程なくして靴は磨き終わり、代金が空き缶の集金箱へと収められる。
「またよろしく頼むよ」
「はい。今後とも、御贔屓に」
にこやかに男性を見送り、少年は一つ伸びをする。時計を見れば、そろそろ店仕舞いの時間がやってきていた。
試しに、集金箱代わりの空き缶を持ち上げてみればまあまあな重さ。一区切りにするのは良い時分なのではなかろうか。
そう決めて、少年は手際よく道具の類を纏めて椅子代わりとしてたトランクの中へと放り込んでいった。
こちらのトランクもまた、彼の羽織ったブルゾンと同じように年季の入った代物だ。所々に補修痕もあり、蓋の開け閉めだけでもキシキシと金具が軋んでいる。
ただ、残念ながら少年の稼ぎは
纏め終わった彼はトランクを片手に向かうのは、大通りより一つ道を跨いだアーケード。
入り口部分から、一つ、二つ、そして三つ目の店。老舗のテーラーであり、上流階級にも多くの顧客を抱えた知る人ぞ知る名店。
少なくとも、道端の浮浪児のような少年が足を踏み入れる事の無いような場所だが、彼は一切躊躇う事無くそのガラス戸を押し開けていた。
「オーナー。売り上げを収めに来ました」
「ん?やあ、ヨセフよく来たね」
入り口正面の木製のカウンター。その向こう側で何やら作業をしていた黒ぶち眼鏡の壮年の男性は、少年に気付くと柔らかな笑みを浮かべた。
カウンターの前まで向かった少年は、自身の肩程の高さがあるその天板の上に右手に提げていたトランクをそっと乗せた。
留め具を外して開き、取り出したのは集金箱となった空き缶。
少年の取り出した空き缶を男性は受け取ると、中身の凡そ三割を取りそして彼へと空き缶を押し戻した。
「君の仕事ぶりは、評判が良いからね」
「ありがとうございます。オーナーが僕に丁寧な仕事のやり方を教えてくれたお陰ですよ」
「ふふっ、そうかい?……おっと、年を取ると話が長くなって良くないな。ヨセフ、君も予定があるだろう?」
「一応、このまま孤児院に帰るだけですよ。帰り道に何かあれば少し買って帰るかもしれませんけど」
「気をつけて帰るんだよ。この辺りも、最近じゃ物騒だからね」
「はい。ありがとうございました」
オーナーに見送られ、ヨセフはカウンターに乗せていたトランクに空き缶を仕舞って店を後にするのだった。
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靴磨きの少年、ヨセフは孤児である。それも両親の顔も知らず、物心ついた時には酒浸りの男が経営する孤児院に居た。
年の頃は、十歳ほど。孤児院に居る子供の中では年上の方だ。後数年もすれば追い出される事だろう。
「ただいまー……うん?」
壊れた表門を跨いで施設へと帰ってきたヨセフは、首を傾げる。
彼が帰って来ると一番最初に酒代をせびってくる飲んだくれがやって来ないのだ。そこで、年齢の割に回りの良い彼の頭はとある答えを弾き出す。
(お客さん、かな……良い人だと良いな)
つまり、来客。もっと言うなら、子供たちの引き取り手が現れたという事。
ヨセフ自身は、里親が見つかる事を期待していない。というか、彼自身二度ほど里親の下へと引き取られた事があったのだが、一度目は養父の不正が発覚し一家離散。二度目は、泥沼の遺産相続戦争が起きてそもそもお家が消滅した。
そんな経緯もあって、ヨセフとしては引き取り手に期待していない。寧ろ、このまま年齢が過ぎて孤児院を追い出された方がマシであるとさえ考えていた。
だが、客人が気になるというのもある。
寄ってきた子供たちの頭を撫でて、仕事道具であるトランクを入り口近くの棚に置いてから、ヨセフは施設の奥へと足を進めた。
すると、小さな話し声が聞こえてくる。
声の聞こえた部屋へと近付き、そっと中を覗けば、
「あに!」
「っと……ただいま、アーニャ」
桃色の髪をした少女が飛びついてきて、ヨセフは受け止める。
少女の名は、アーニャ。何故だか、ヨセフによく懐いており靴磨きの仕事にも付いて来ようとした事もあった。
抱き着いてくるアーニャの頭を撫でながら、ヨセフは改めて部屋へと目を向けた。
部屋の中に居たのは、飲んだくれと、それから身なりの良いスーツ姿の男性だ。
「何だ、ヨセフ。帰ってたのか」
「はい、さっき帰ってきました。お金はいつもの場所です」
「……この子は?」
「そいつは、ヨセフ。アーニャが懐いてる。頭のいい奴さ」
「ほう……」(年の頃は、十歳前後か?条件には合わない……やはり、こっちか)
「!アーニャ、あにといっしょがいい!」
「ッ、アーニャ?」
突然の言葉に、ヨセフはアーニャを見下ろした。
元々、変わった子である事は少年も良く知っていた。何やら周りを遠巻きにしているのが放っておけなくて世話をしてきたのだが、急にこんな事を言われるとは思ってもみなかった。
顔を上げれば、男性の方が驚いた顔をしている。
「あ、えっと……ごめんなさい。アーニャ、無理を言っちゃダメだよ。その人も困ってるから」
とりあえず抱き着いてくるアーニャを引き剥がして目線を合わせながら、ヨセフは言い聞かせに掛かる。
しかし少女も引き下がる気は無いらしい。
「いっしょ!」
「あのね、アーニャ。僕らを引き取ってくれる人にも事情があるんだよ?」
「いっしょがいい!」
「だから――――」
駄々をこねる少女をどうにかこうにか宥めようとする少年。
その様子を眺め、“黄昏”もといロイド・フォージャーは思考を回していた。
(この少女はもとより、この少年は随分と大人びているな。その上、この配慮の仕方……)
この男の職業はスパイである。日夜、冷戦状態にある東西両国の火蓋が切られぬように駆けずり回っている。
そんな彼が今回のこの施設を訪れたのは任務に際して、家族の設定が必要になったから。
だがしかし、問題があった。
この男は
ぶっちゃけ、子供の扱いなど知る由もない。当人も子供は苦手だと考えている。
その点、この少年はどうだろうか。
「ヨセフ君、だったね」
「ッ、は、はい!……何ですか?」
出来るだけ温和な笑みと共に、少年の側へと膝をつく。
「君、年は?」
「じゅ、十歳です……」
「そうか。その年で、そこまで大人に対する配慮が出来るのは素晴らしい事だと私は思うんだ」
「あ、ありがとうございます……」
「そこでだ、ヨセフ君。君も、どうだろうか?」
ロイドの提案に、ヨセフの眉が上がる。同時に、アーニャのキラキラとした目があにと呼ぶ少年にも突き刺さった。
因みに、
(あに、すごい。ぐるぐるーってして、ビリビリできる!すごいすぱいにもなる!?)
少女はこんな事を考えていたりする。
アーニャは、超能力者。所謂ところの、読心能力を持っていた。
そして、彼女はロイドの目的も職業も知っている。というか、如何に凄腕スパイといえども流石に読心能力にまで対応はできない。アーニャ自身もそれを言う事はない。
何より、
ロイドの提案を受け、ヨセフは考える。その最中に自身の前に居る少女を見た。
「あに?」
「……本当に、良いんですか?」
「ああ、勿論だとも」
再度頷いた
彼が靴磨きのバイトをしていたのは、偏に孤児院を出てからもくいっぱぐれる事が無い様に。因みに他の仕事の候補は、新聞関係だ。
「…………よろしく、お願いします」
「ああ」
小さな手が差し出され、その手を大きな手が握った。
それは同時に、