黄金の波紋疾走 作:逃ィげるんだよ~~~~!!
「今日からおまえ達はウチの子になる訳だが、アーニャは元々オレの子として、ヨセフは養子という事にする。分かったか?」
「はい、お父さん」
「うぃ、ちち!」
「よし。行くとしようか」
先を行く大人の背中を追いつつ、ヨセフはアーニャの手を引いて石段を登っていく。
養子縁組の手続きなどもろくに無く、この辺りはロイドが裏から手を回す事になった。
「アーニャは兎も角、ヨセフ」
「何ですか?」
「荷物は、それで全部だったか?」
世間話ついでの情報収集のために、ロイドが問うのはヨセフのアーニャと繋いだ手とは反対の手に提げられた古ぼけたトランクだ。
靴磨きの仕事でも使っているそれが、少年にとっての全財産でもあった。因みに、アーニャは着の身着のまま。碌な荷物を持っていなかったりする。
「はい。僕は基本的に必要なものは自分で買ってましたから。その中から持っていた分のお金とその他施設の子が使えるもの以外を持ってきました」
「あに、おかしかってくれる」
「あんまり高いものは買えなかったけどね」
「そうか……お前は、優しいんだな」(善人だな。あの劣悪な環境で、よくもまあここまで性根が真っ当に育ったもんだ)
ロイドは頭の中で、少年に対する情報を記載していく。
割と本気で、この物分かりの良い少年が六歳であったのなら、と彼は考えてしまっていたりする。
一方で、ヨセフもまたロイドには完全な信を置けている訳ではない。
(何だろう、この違和感)
良い人なのだろう、とヨセフも思っている。だがその一方で、小さな違和感。それこそ気にしなければ気付かないような奇妙な感覚を覚えて、彼は今一歩を踏み出せずにいた。
不意に、右手が引かれそちらを見れば好奇心旺盛な瞳が見つめてくる。
「あに?」
「……何でもないよ」(少なくとも、アーニャは守らなくちゃ)
そう改めて決意する少年。因みに、その内心は少女にも筒抜けであったりする。
*
(――――全く、分からん)
眠ったアーニャを抱えながら、ロイド・フォージャーは死んだ目で帰路についていた。
彼の隣では、買い物袋を抱え上げたヨセフが付いてくる。
とりあえず直近で必要なものを買い揃えるために出かけたロイドだったが、その出掛けるタイミングでアーニャに飛びつかれ、ヨセフにとりなして貰おうにも聞く耳を少女は持ち合わせていなかった。
結果連れてきたのだが、如何せん小さい子供の扱いというものの経験が無かった。
その点、ヨセフは実に頑張った。
具体的には、逸れそうになるアーニャの手を引き。あちこちに分散する好奇心にどうにかこうにか指向性を持たせ、そして今は養父となったロイドにアーニャを任せて代わりに彼の荷物を預かっている。
「重くはないか?」
「はい、大丈夫です。僕、これでも力持ちですよ?」
「そうか」(確かに、十歳にしては随分と身体が出来上がっている……いや、そもそも――――)
視線を前に戻しつつ、ロイドが抱えるとある疑問。
(この少年の
腕利きのスパイとして、ロイドの五感は常人よりも遥かに優れている。同時に多くの知識と技術も持ち合わせていた。
そんな彼が聞き咎めた、少年の呼吸の仕方。
(この奇妙な呼吸を、こいつは無意識にやっている?)
体を鍛えているロイドが試しに真似してみれば、
「ッ!ゲホッ!エホッ!」
「!お、お父さん…?」
「うぇほっ!!……んんっ!いや、何でもない」
唐突に咽たロイドを心配そうに見上げるヨセフへと適当に返しながら、改めて養子となった少年の異常さを垣間見る事になる。
(一回の呼吸が深すぎる上に、長すぎる……!常時深呼吸でもしてるのか!?……はっ!)
そこでロイドに、電流走る。
(確か東洋の医学書にそんな記述が無かっただろうか。人体はより多くの酸素を取り込む事で、活性化する、とか。眉唾物だが、仮にヨセフがその呼吸法を体得し、その上で確りと効力を発揮しているのなら、歳不相応の膂力も説明が付く、か……?)
スパイの聡明な頭脳が回りに回る。
だがしかし、実のところ彼の疑問の問いを当人であるヨセフには答える術が無かったりする。
少年には生まれついての異能が
問題は、その二つの異能に関してヨセフはふんわりとしか理解していない。ぶっちゃけ、劣悪な環境を生きるためのツールでしかなかった。
雑踏の中、一家に下りる沈黙の帳。
その足が止まったのは、とある建物の前だった。
「ヨセフ。少し図書館に寄らせてくれ」
「はい」
知識は力。未知に対する備えを得るために、ロイドは行動を開始する。
結果的に荷物が増えたが、書籍関連はロイドが持つ為問題ない。
因みに、借りた本の内訳は育児関連が七割。それから、東洋の神秘に関するものが三割である。
*
(ロイドさんは大丈夫かな……)
手際よく靴を磨きあげながら、ヨセフが考えるのは家の事。
靴磨きのアルバイトを続けるかどうかは、今後養父となったロイドと話し合って決める事になったのだが流石に一報も入れずにスパッと辞めて雲隠れしてしまうのは不義理というもの。
ついでに、ヨセフがお世話になっている店の事を聞いたロイドが今後の仕事に活用できる可能性を考慮して直ぐに辞めるかどうかは保留となっていた。
最後に拭き上げて、靴下カバーを外す。
「お疲れ様でした。如何でしょう?」
「ん?……うん、素晴らしい出来だよ。いやー、実は同僚に君の話を聞いたんだがね?何でも、駅前に腕利きの靴磨き職人が居る、と。来てよかったよ」
「そう言っていただけたのなら何よりです」
そこから二、三言葉を交わして男性はその場を離れていった。
ヨセフは、この仕事が好きだ。客との会話もそうだが、ソレと同時に綺麗になっていく靴を見るのが好きだった。
凝り固まった肩を伸ばすようにして背伸びをして、時計を見ればいい時間。
「甘いパンでも買っていこうかな」
アーニャとロイドへのお土産を考えつつ、荷物をまとめたヨセフは帰路に就く。
幸いと言うべきか、目的のパン屋は帰路の道すがら。テーラーでの支払いを済ませてから、パンを買い込んだ。
そして、
「……ん?」
異変に気付いたのは自宅のあるアパートメントの一室の前に辿り着いてから。
朝には無かった大きな箱が玄関わきに置かれており、その床には擦れた様な跡が付いている。
「……」
覚えた違和感。邪魔にならない位置にトランクを置き、その上にパンの袋を置いてヨセフは玄関へと近づいていく。
ノブに触れ、そして一つ息を吐き出した。
「ただいま戻りましたー」
なるべくいつも通りの声色を意識して、扉を押し開く。
そこに居たのは、
「何だ、このガキ」
「まさか、“黄昏”か?」
「いや、大人じゃねぇのか?どう見てもガキだろ」
「とにかく連れてくぞ」
怪しげな男たちと、それから
「~~~~ッ!」(あに~~~~!)
口にテープを張られ、涙を浮かべたアーニャの姿だった。
瞬間、ヨセフの視界が真っ赤に染まる。
「……」
無言で、手を伸ばしたのはズボンのポケット。その中に在る指先に触れた冷たい感触。
しかし男たちは気にした様子もなく近づいてくる。
当然だろう。成人男性と十歳の子供。その間には、どうしようもない筋力並びに体格の差というものが横たわっているのだから。
少し話は逸れるが、ヨセフは生まれつき二つの異能を持っている。
一つは、ロイドも直ぐにはマネできない奇妙で独特な呼吸法。
そして、これから披露するのはもう一つの異能。
「鉄球?」
アーニャの側に居た男が、呟く。
少年のポケットから取り出される、彼の掌に収まる程度の大きさの鉄球。
如何に子供の膂力でも投げつけられれば相応の手傷を負う事になるだろう。だがしかし、男たちには拳銃があった。狙いをつけて引き金を引けば、それだけで相手を死傷させられる武器があった。
仮に投げつけられても鉄パイプで打ち返せる程度だろう。そんな風に考えた。
その鉄球が
ヨセフの目は、黄金長方形を視認する。そして彼の体の各部位は、揃えると黄金長方形である16:9の比率に収まった。
少年は手を使わずに、掌の鉄球を回転させる。そしてこの回転は、通常の物理法則には則らない。
「おい!余計な動きはすんじゃねぇぞ!手を挙げろ!!」
「……ああ」
拳銃を持つ男の言葉に従い、ヨセフは手を挙げる。
その手を持ち上げる動作の中で、鉄球が手より放たれていた。ただ、回転しているとはいえ、その勢いは宛ら鼻をかんだティッシュペーパーをゴミ箱へと下投げで放り投げる様なもの。勢いも威力も大した事はない。
「かっ飛ばしてやるよ!!」
血の気の多い鉄パイプを持つ男が振り被り、飛んでくる鉄球へと狙いを定める。
フルスイ――――
「おおっ!?」
飛んでいた鉄球へとジャストミートした鉄パイプは、しかしまるで巨岩にでも叩きつけたかのようにそれ以上前には進まない。
それどころか、ギュンギュンと止まる事のない回転に押される様にして徐々に徐々に押し込まれていく。
意味の分からない状況に男たちに動揺が走った。そして自然と四つの視線が押し込まれる鉄パイプと押し込んでいく鉄球へと向けられる。
そこで、ヨセフは動く。
もう一つの生まれついての異能である呼吸を用いた肉体の活性化。
独特の呼吸音から始まる、血流より発生する奇跡。
「あ、おい!前!」
気付いた時にはもう遅い。
一番手近な男の前にまで駆けこんだヨセフは、その無防備な腹部へと拳を叩きつける。
まるで電流がショートしたような音と、火花のようなモノが散り、同時に拳を叩き込まれた男は泡を吹いて白目を剥いた。
この一撃は子供のソレではない。大の大人が鉄バットで強打してくるような、そんな内部へと響く重さがあった。
続いて、ヨセフが狙ったのはナイフを持った男。
彼へと向けてポケットに入れていたもう一つの鉄球を投げつける。
咄嗟の事、それに加えて体勢十分の投擲を前に男は呆けていた事もあり動けなかった。
「ぎへぇええええあああああああ!?」
回転する鉄球が男の右肩に当たると服を巻き込む様に回転しながらめり込んでくるではないか。それも、外的要因は投擲の際の勢いだけだというのにまるで押さえつけられているかのように鉄球がめり込んでいく。
そしてこの間に、鉄パイプを持つ男の側頭部へとヨセフの廻し蹴りが叩き込まれていた。
この間、二分と掛かっていない。
(この身のこなし……!やっぱりこいつが、“黄昏”か!!)
銃口を向けながら男は内心独り言ちる。
引き金を引く、前に鉄パイプに張り付いていた鉄球が回転のバネを利用してヨセフの手の中へと戻っており、再び投げつけられていた。
先二つの事象から、この鉄球に触れたら不味い。その有様をまざまざと見せつけられた男は咄嗟に回避を選択していた。
そして、敗因は通り過ぎていく鉄球をその目で追ってしまった事。
「終わりだ……!」
「しまっ、ぐげぇ……!?」
脇腹へと突き刺さる小さな拳。まるで内臓をそのまま叩かれたかのような衝撃に男は白目を剥く。
崩れ落ちていく様を尻目に、ヨセフはアーニャへと駆け寄る。
「アーニャ!」
「むぐぐ!」
「ごめん、直ぐに外す――――」
(あに!うしろーーーッ!!)
隙を晒したのが良くなかった。そして、相手の執念を甘く見た。
アーニャが内心で叫ぶ中、しかしその声はヨセフには届かず、
彼の背後からの一撃が、強かにそのキャップを被った頭部を襲う。