黄金の波紋疾走   作:逃ィげるんだよ~~~~!!

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「はいよ。こいつが願書と受験票。それから、入試問題だ」

「ああ、確かに」

 

 もじゃもじゃ頭の眼鏡をかけた店員が経営するタバコ屋。

 ここがロイド・フォージャー(黄昏)の今日の目的地であった。

 腕利きのスパイである彼だが、だからといって敵地に単身乗り込んで孤軍奮闘八面六臂の活躍をする訳ではない。

 どれだけ警備が厳しくとも、穴はあり。そして息のかかった者も入り込んでいるもの。

 このタバコ屋のフランキーもその一人。彼は東の出身である物の名うての情報屋として裏社会に生きる住人の一人だった。

 

「苦労したんだぜ?ちゃちゃっと入り込めないもんかね?」

「フランキー、お前も知ってるだろ?あの名門校は並大抵じゃない」

「分かってるって……っと、そうだったそうだった。引き取った二人の関する情報もな」

 

 フランキーが取り出す紙。それを受け取って、ロイドは中身へと目を走らせる。

 

「嬢ちゃんの方は、ほぼほぼ不明だ。両親、出身地含めて色々とな。ただ、分かってるこの一年チョイの間に四回も里親に出されては戻ってを繰り返している。施設も二回変わってるな。名前の変遷は、そっちに書いてる」

「……」

「それで、だ。もう一人の坊主の方。そっちはまあまあ追えた。里親に出された回数は二回。で、だ。その二回がちょっとな」

「コレは……」

「気付いたか?どっちもお前が関連した件だったろ?なあ、黄昏」

 

 ロイドが目を通した資料。そこに在るのは、ヨセフの顔写真とそれから彼に関する調査報告書だ。

 

「リート家と、それからアンテイカー家。どっちも、お前の所が暴いた家だったろ?」

 

 フランキーの指摘。

 事実、この両家はどちらも東側で不穏な動きを見せており、結果どちらも組織によって潰されていた。

 ロイドはそちらに関してはノータッチであったために、気付くのに遅れた。

 

「この坊主自体は評判良いんだぜ?ただ、結構デカい家が立て続けにこいつを預かってから潰れたもんで引き取り手が途切れたみたいだな」

「出身地や両親に関しては、分からなかったのか?」

「さっぱり。嬢ちゃんと似てるな。ただ、もう一つ情報がある」

「なんだ」

「この坊主が駅近くで靴磨きのバイトをしてるんだけどな?その評判が、頗る良い。口コミで金持ち連中にも広がってるみたいなんだが、普段は車の癖に態々靴を磨いてもらうために歩いてくる奴も居るみたいだ」

「そこまでか。いや、ヨセフとはそこまで話せてはいなかったが……アイツは、“キングス”の所属だろう?ソレもあるか」

「まあな。あの堅物オーナーが分かり難いながらも社章を掲げさせる辺り……マジっぽいんだよな」

 

 老舗テーラー“キングス”。王の名を冠したこの店は、多くの名高い顧客を有している。

 支店は無く、ここバーリントにのみ存在し政治家からセレブなどの著名人が足繫く通う店。

 そんな店にバイトとはいえ、籍を置いている。ただそれだけで、ヨセフという少年の価値はロイド(黄昏)にとっても高くなる。

 

「働き始めた経緯はどうだ?」

「まだだな。元々、“キングス”自体が情報がほぼほぼ出てこない店だ。寧ろ、この坊主から直接聞いた方が良いんじゃないか?」

「恐らく、大した情報は得られないだろうがな」

 

 ロイドは目を細めて帽子をかぶり直す。その背にフランキーが声を掛ける。

 

「要らん情を抱くもんじゃないぜ?任務に必要だから引き取ったんだろ?」

「言われなくても、それ位分かってる」

 

 情報への報酬を払い、色々と今日の分の買い物を行ったロイドは帰路につく。

 

(一先ず、アーニャに勉強をさせるか。幾らアホの子でも、答えを丸暗記させれば良いだろう。別段満点を取る必要はない。合格さえすればいい。そこからどうとでもなる。問題は、ヨセフか)

 

 道行く通行人をさりげなく躱しながら、考えるのは子供たちの事。

 アパートメントに辿り着き、自宅のある階に足を踏み入れた所でロイドは違和感に気が付いた。

 

「これは……」

 

 見覚えのあるトランクとその上に置かれたパン屋の紙袋。

 

(ヨセフのトランク、か。何故ここに在る)

 

 人の往来の邪魔にならないように避けてあるとはいえ、この場にトランクがある事は不自然でしかない。ましてや、その上に乗っているのは彼がバイトの際に通っている道沿いに在るパン屋の袋。

 袋の上から触れてみれば、仄かに暖かいがそれでも焼き立てとは比べ物にならない程に冷めてしまっている。

 ロイドは、トランクをそのままに自宅の玄関へと視線を走らせた。

 

(バリケードがそのまま……いや、僅かに動かされた形跡があるな。ヨセフが動かせずに断念したか?だが、そのままにしておく意味はない。適当な理由でもでっち上げて周りに助力を頼む事も出来ただろう。焼き立てのパンを買ったのなら猶の事だ)

 

 特A級のスパイとして鍛え上げられた頭脳がうなりを上げる。

 

(誘拐されたか?だが、それに何の得がある。キングスの従業員とはいえ、ヨセフはバイトだ。それも店から離れた路上の靴磨き。店内状況すらろくに知らないだろう。なら、オレの子として攫ったか?ソレも、否だ。表の顔は精神科医で通しているが、この部屋に越してきたのは何日も経っていない。では、“黄昏”としてはどうだろうか。この可能性も低い。ヨセフを攫うメリットもない)

 

 バリケードを退けつつ、この短時間で様々な可能性を挙げては同時に理由によって却下していく。

 

(なら、アーニャを攫うか?何の為に?フランキーの情報網でも殆ど情報が上がらない子供をピンポイントで攫う理由があるのかどうか。そもそも、今攫う必要はない。孤児院時代に攫えたはずだろう。あそこはアングラではある物のだからといって秘密組織が運営している訳でもない孤児院だ。寧ろ、里親に拾われてから攫う方がリスクが大きすぎる)

 

 扉を押し開いて、ロイドは間口へと立った。

 一歩踏み込み、

 

「ッ――――!!」

 

 瞬間その姿は掻き消え、間髪入れずにフルスイングされた鉄パイプがドアの枠組みへと叩きつけられていた。

 致死の一撃を前に、しかし一流スパイは揺らがない。

 

「かぺっ!?」

 

 顎下から突き上げるような掌底が突き刺さる。

 直ぐに室内奥に潜んでいたもう一人の男が、消音拳銃で射撃を見舞う。だが、こちらも当たらず、代わりにロイドの抱えていた買い物袋に幾つかの穴をあけるだけ。

 直後、拳銃を討つ男の顔面へと缶詰が叩きつけられた。

 中身の入った缶詰は、それだけで凶器だ。密閉性を高めるための強度があり、鉄製。

 男が口元を抑えて悶絶した所を、ロイドは渾身の力で椅子を叩きつけ床に伏せさせた。

 

「襲撃か」

 

 消音拳銃を確認し、ロイドは部屋の奥へと駆け込んだ。

 勢いよく開かれる扉。だが、そこに人の気配はない。

 

「アーニャ!ヨセフ!」(やはり、攫われたか……!)

 

 再度、ロイドは室内へと視線を走らせた。

 

(争った形跡はある。アーニャ、ではなくヨセフか。だが、いくら抵抗しても十歳の子供が大の大人には敵わないだろう……うん?)

 

 見渡した壁に不自然なものを見つけ、ロイドは歩を進めた。

 彼が見つけたのは、壁に()()()()()鉄球。

 その周りは不自然に渦を巻いており、まるで凄まじい力でねじ込まれたかのよう。

 

(室内で砲弾でも使ったのか?いや、そんな物を使えばこの部屋自体の損壊もこの程度では済まない筈。そもそもサイレンサーを付けた拳銃を扱う奴らが、派手な大砲など使う筈もない、か。とにかく、今は二人を――――いや、冷静になるべきか)

 

 眉間を揉み、ロイドは逸る気持ちを落ち着かせていく。

 

(この襲撃がオレを狙ってのモノならば、直ぐにでも身を隠す必要がある。子供に関しても、まだ期日はある。今回の様に態々二人も抱える必要はないだろう。そうだ、アーニャもヨセフも……子供は、幾らでもいる)

 

 立ち上がる彼の表情には影が差して窺えない。

 その背後に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で?このガキが、“黄昏”だと?」

 

 厳めしい顔を更に顰めて、エドガー・アンダードッグは部下へと声を掛ける。

 閉店したスーパーマーケットにて、彼と彼の部下たちは集まっていた。

 彼らが囲うのは、カートに乗せられ猿轡代わりに口にテープを張られ、グルグル巻きにされたアーニャと、それからその隣に置かれた椅子に縛り付けられ頭から血を流した跡のあるヨセフ。

 四人を倒したヨセフだったが、最初に視界に入った人数を倒した結果気が抜けてしまい、そのせいで仲間たちが戻って来るのが遅いせいで確認に来た残りの仲間に殴り倒されてしまったのだ。

 

「馬鹿どもが、黄昏は成人だ。ガキじゃ、どれだけ変装の名手だろうが体格が足りんだろうが」

「で、ですが、ボス。こいつは仲間を四人もヤッてるんですよ?おかしな技術を使ったって話ですし……」

「だとしても……いや、まあ良い。そっちのガキ含めて黄昏の関係者なら撒き餌になるだろう」

 

 襲撃者たちの会話を聞きながら、ヨセフは目を細めていた。

 

(黄昏……?いや、それよりもどうやって逃げようか)

 

 頭を殴られたが、現状ヨセフは何ともない。いや、昏倒し頭から血も流れたが、それでも後遺症の類は今の所確認できていなかった。

 という訳で、逃げる方法を模索する。とはいえ、その為にはポケットに残っている三つ目の鉄球を使わなければならないのだが。

 基本的に、ヨセフは鉄球を三つ用意している。これは、両手で一つずつの鉄球を利用して敢えて二つを投げつけ消費する事で相手の油断を誘う為。

 ただ、今は縛られている。その上、アーニャも捕まってしまっている状況だ。

 

(とりあえず、目の前の男の人がボスか。なら、この人を制圧すれば良いかな)

(あに、ぶっそう)

 

 義妹に読心されているなど知る由もないヨセフは、今後の動きを考えていた。

 残った鉄球で一人は確実に押さえきれるだろう。だが、その後の動きがどうしようもない。

 特にアーニャを抱えてこの人数。装備が一部欠けているヨセフでは突破はほぼ困難。

 

「あ、あの、ボス」

「なんだ?」

「どうして、そこまでヅラにこだわるんです?執拗というか、何と言う――――」

 

 瞬間、男の眉間に弾丸がめり込む。

 サイレンサーを装着した拳銃の銃口から硝煙をたなびかせ、エドガーは鼻を鳴らす。

 

「ふんっ、政治ってのは透明性が必須だ。それがヅラだろうが何だろうが、隠すってのが宜しくないのさ。それに、議員は西とこそこそ密談をやらかしてる。売国奴は減った方が良いだろう?」

(ほんもののわるいひと……!!)

(プロの人だ……!!)

「さて、と」

 

 未だに硝煙の揺らぐ銃口が、ヨセフへと向けられた。

 

「こうして待つのも暇だからな。おじさんとお話をしようか、ボウヤ」

「ッ……」

「何であの部屋に居た?」

「……家には帰るものじゃないですか」

「なら、お前は黄昏の息子か?」

「誰ですか……ッ!」

 

 ヨセフが答えた直後、彼の左頬を弾丸が掠める。

 

「西の組織が使っている周波数の通信をあの部屋から受信した。黄昏参上、とな」

「だから――――」

「お前はあの部屋を家と言ったな?西の周波数でその上、黄昏の名を挙げるのならそこの小娘同様、西の関係者と考える方が自然だろう?」

「……」(考えを止めるな……!弾丸は、銃口から真っ直ぐにしか飛ばない。指をよく見ろ……!)

 

 引き金に掛けられた指に力が入る。

 そして、

 

「ッ!!」

「なんだとっ!?」

 

 一瞬だけ膨らんだ少年の身体に縄が大きく広がって、次の瞬間には彼の身体は椅子から零れ落ちていた。

 同時に、弾丸は空を切って床を穿つ。

 床にうつ伏せの様になったヨセフは、そのまま思いっきり上へと左足を突き出すようにして蹴り上げる。狙うのはアーニャの近くに居た男たちの片割れ。正確には、その金的。

 

「はぐぅッ!?」

「このガキがっ!!」

 

 銃口がヨセフに向けられる。だが、その前に向けられた銃口へとポケットの中に入っていた最後の鉄球を投げつけていた。

 回転するソレは銃を突きつける男の脇腹へと当たり、服を巻き込みながらめり込んでいく。

 この隙に、ヨセフはカートに駆け込み、その荷台部分に乗せられたアーニャを抱え込んだ。

 

「コォォォォ…………!!」

 

 今までやった事が無いほどに、深く、そして長い呼吸。

 

「くそっ!逃がすんじゃねぇぞお前ら!!足撃て、足!!」

 

 エドガーの指示の下、幾つもの銃口が向けられ、吐き出される鉛弾達。

 

「ッ!」(最悪、アーニャだけでも逃がさないと……!)

 

 腕に抱え必死に逃げるヨセフ。幸いと言うべきか、この廃業したスーパーマーケットには空いている陳列棚が未だに残されている。これらが上手い目晦ましと、それから防弾の壁となってくれていた。

 だが、状況は悪い。このまま逃げ切る事は不可能だろう。

 

(どうしたら良い、どうすれば……!)

 

 大きな柱の陰に隠れながら、ヨセフは必死に頭を働かせる。

 体力的にはまだまだ大丈夫だが、その一方で走力的には完敗。このまま状況が進めば捕まり、殺される事になるだろう。

 だからだろうか。極限の緊張感は、彼の視野を狭くしていた。

 突然に触れられる肩。反射的に振り返りながら拳を振るえば、その拳は大きな掌に止められていた。

 

「ッ!」(見つかった……!)

「待て、落ち着け」(咄嗟でここまで重い拳を放てるのか……!?)

(ちち……!)

 

 三者三様。

 髭面の男へと変装したロイドは、受け止めた拳の威力に驚き。

 敵方の仲間に見つかったと思ったヨセフは、アーニャだけでも逃がそうと決死の覚悟を固め。

 二人の心を読み取ったアーニャは動く。

 

「あに!まって!」

「ッ、アーニャだけでも……!」

「もう一度言うが、落ち着け。オレは君達を助けに来たんだ」

「助け……?貴方も、あの男の仲間じゃないのか……!?」

「混乱するのも分かる。だが、話を聞いてくれ。このスーパーマーケットを出ると通りに出られる。その通りを右にまっすぐ進んで、突き当りを右に曲がると警察署がある。そこで――――」

 

 ロイドが取り出したのは、一枚の折りたたんだ紙。

 

「これを、そこに届けてほしいんだ。そうすれば君達は助かる」

「ッ、そんな事信じられる訳「あいっ!」……アーニャ!?」

 

 何で受け取るんだ!?と驚愕の目を向ける義兄に対して、アーニャは素直に差し出された紙を受け取ってしまう。

 こうなると、ヨセフの採れる手段は限られる。

 本当に味方であるかなど分からない。だが、ここは大人しく従う他ない。

 

「ッ……!」

 

 アーニャを背負って、ヨセフは柱の影からスーパーマーケットの入口へと駆け出した。

 その背を見送り、ロイドは自身の娘と息子を追う男たちへと視線を向ける。

 

(とうとう、オレも焼きが回ったか?……いや、違うな。これは、オレ自身の失態が招いた事だ)

 

 思い出すのは、頬に傷を作ったヨセフと、泣いた跡が残ったアーニャの姿。

 

(どんな理由が有れ、巻き込んだのはオレだ。そして、その上で見捨てようとした。泣いている子供(自分)を。あの日の様に)

 

 幾つもの任務を重ねる中で希薄になった、一番最初の思い。それを、ロイドは思い出していた。

 

(誰も手を差し伸べてはくれなかった、あの頃の自分のような子供をもう出さないために)

 

 

――――オレは、スパイになったんだ

 

 

 世界最高峰のスパイが、牙を剥く。

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