黄金の波紋疾走   作:逃ィげるんだよ~~~~!!

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 ブラシを走らせ汚れを落とし、ローションで拭ってよりしっかりと汚れを落とす。

 クレムを全体に塗り、更にブラシで磨き上げ、馴染んだ所で乾拭きする。

 最後に、ワックス、水、ワックス、水、といった具合に交互に磨いていく事で完成するのは鏡面の如く磨き上げられた革靴だ。

 

「見事なもんだな」

「そうですか?」

 

 履きなれた革靴が見違えた様な輝きを発している。

 スパイという仕事の関係上あまり宜しくは無いのだが、それはそれ。これは自身の息子であるヨセフがどの程度の腕前なのかを正確に把握する為に必要な事だったのだ。

 それはそれとして、惚れ惚れする仕上がりであるのは確か。

 

(そこらのテーラーに預けるよりも遥かに腕前が良いだろ。しかもそれが、路上の靴磨き。いや、だからこそ、か。駅前なら人通りも多い上に、周囲の人間の目に留まる。すると、自然と話が広がり多くの客が舞い込む、という事か)

「あに!アーニャのくつもみがいて!」

「ああ、良いよ」

 

 玄関脇に小さな椅子を置いて手際よく小さな靴を磨いていくヨセフと、そんな兄の手元を覗き込みながら目をキラキラと輝かせるアーニャ。

 瞬く間に綺麗になった靴を履き直して、アーニャはロイドの下へ。

 

「ちちーっ!くつきれいになったー!」

「ちゃんとお礼言ったか?」

「あに、ありがと!」

「どういたしまして」

 

 興奮冷めやらぬ様子のアーニャに返事を返しつつ、トランクへと仕事道具を収めたヨセフは玄関脇にトランクを置いて自身は手を洗いに台所へ。

 手を洗いながら、そう言えば、と彼は父に声を掛ける。

 

「お父さん。御友達はいついらっしゃるんですか?」

「うん?……ああ、もうじき来るはずだ」(友達、ではないがな)

「何か用意します?お茶請けは、ビスケット位しかありませんけど」

「いや、大丈夫だろう。とりあえず、コーヒーでも淹れてくれ」

「分かりました」

 

 手を洗って汚れを落としきったヨセフは、鼻歌を歌いながら用意してある踏み台を利用して戸棚の上に置かれたコーヒー関連の道具を準備し始める。

 というのも、あの誘拐事件の一件からヨセフは少ないながらも自己の欲求をちゃんと伝えるようになっていた。

 その一つが、料理。図書館で料理本を借りては、色々と試作するようになった。

 コーヒーや紅茶などもその一環。

 手際よく豆から挽いていくヨセフ。そこに、アーニャが駆け込んできた。

 

「アーニャ、ココアのみたい」

「ん?ココア?ミルクと砂糖は?」

「ありありで!」

「甘すぎないのか、ソレ」

 

 バンザーイと両手を突き上げるアーニャに、ロイドの若干引いたツッコミが入る。因みに、純ココアは甘くない。寧ろ苦い。

 そうして、部屋に香ばしい香りが漂い始めた頃、玄関のベルが鳴る。

 さりげなく外を確認して、ロイドが玄関を開ければやって来たのは、もじゃもじゃ頭に眼鏡をかけたタバコ屋店主(情報屋)のフランキーだ。

 

「よー、色々と持ってきたぜ」

「ああ、入ってくれ」

 

 ロイドが招き入れたフランキーは、書類の山を持ち込んでいた。

 その全てが、現在急募しているアーニャの母役、つまりはロイドの妻の候補者たち。

 テーブルにまで持っていき、腰掛けたフランキーとロイド。そんな二人の邪魔にならない様に、ヨセフがソーサーとのカップを置いた。

 

「初めまして、フランキーさん。ヨセフ・フォージャーです。コーヒーはブラックで作りました、お好みでミルクと砂糖を入れてくださいね」

 

 手際よく準備をしてそれだけ言うと、ヨセフはアーニャを連れてテレビの前へと座り込む。どうやら、大人たちの会話に気を利かせたらしい。

 その背を片方の眉を上げて見ていたフランキーは、勧められたカップを手に取り口をつける。

 

「……え、うまっ」

「……」

「え、マジでアイツって十歳なのか?出来過ぎじゃね?マジでお前の子じゃねぇの?」

「その点は、お前も調査しただろうが。それよりも、資料を見ても良いか」

「選り取り見取り、とはいかねぇぞ。四十八時間以内に籍入れるのに加えて、子持ち、バツイチ、オマケに名門校にふさわしい気品までとか。とりあえず、独身女の資料は集めてきたけどな」

 

 受け取った資料へと目を通していくロイド。

 その傍らで、フランキーはコーヒーに舌鼓を打ちつつ、そえられたビスケットを浸して食べていた。

 

「にしても、お前の所の職員は使えないのか?」

「少し前に大分やられて、適任が居ない」

「あー、あの密告ブームな。てっきりオレが女装でもさせられるかと思った」

「ソレも考えたんだが、保護者二人が必要な状況で毎度お前を女装させるのも手間だ。何より、ギョン子にしかならん」

「何だそれ…………まあ、良いや。さっさと済ませようぜ。狙い目は、“訳あり”だな。利害の一致があれば、相手への要求も通しやすいだろ」

「それなんだが、出来ればこれ以上のリスクを負いたくは無いな」

「おいおい、今更何言ってやがる。既に、アレがハイリスクだろ」

 

 フランキーが親指で示すのは、今まさに大興奮でテレビへと駆け出しそうだったアーニャを抑えるヨセフの姿。

 

「ボンドマーン!」

「アーニャダメだってば。ココアが零れる……!」

 

 微笑ましい光景ではあるが、ヨセフは兎も角アーニャは良家の淑女には到底見えない。

 仕事の為にも、微笑ましさは必要が無い。ロイドはため息を吐くと、リストを置いてから眉間を揉んだ。

 

「はぁ………とりあえず、外側を整えるとしようか」

 

 内面の矯正は今後の課題。その為に、まずは衣類によるゴールの把握から始める事にする。

 ついでに、

 

(ヨセフの帽子を新調しよう)

 

 少し前の一件で血でダメになってしまったヨセフの帽子。

 紺色のニュースボーイキャップは、ヨセフも気に入っていたらしく洗っても血の跡が落ちず捨ててしまった時には彼も落ち込んだものだ。

 ロイドは頭を回す。

 

(ヨセフに提案すれば、間違いなく遠慮するか自分で買おうとするだろう。巻き込んでしまった手前、ここはこちらの誠意を見せる場面だ)

 

 うん、と頷くロイド。

 ついでに、娘にも電流走る。

 

「!」(あにのぼうし!)

「?どうかした?」

 

 勢いよく見上げてくるアーニャの手からココアの残ったカップを回収しつつ、ヨセフは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身なりを整えるべく、フォージャー一家が向かったのは婦人服を専門に扱う服飾店。

 

「娘の服を繕ってもらいたい。デザインは、そちらに一任させていただいても?」

「畏まりました。お嬢様、こちらで採寸いたしましょう」

「アーニャうりとばされる?」

「良い子にしてたら、売り飛ばさない。あ、あと子供用の帽子を一つ良いでしょうか。息子の分なんですけど」

「ええ、勿論。こちらにお帽子の形式がありますのでお選びください」

 

 金持ちを相手にする店だからか、接客も丁寧だ。

 アーニャが採寸を受けるのを眺めながら、ロイドはカウンターの一角に背を預ける。

 

「全く、一体どこからああいう言葉を覚えてくるのか………ん?ヨセフも見てきて良いんだぞ?代金なら、気にしなくて良い」

「えっと、良いんですか?」

「勿論だ。前と同じニュースボーイキャップでも、ハットでも。好きな物を選ぶと良い」

 

 キョロキョロとロイドと幾つか種類のある帽子の置かれた棚を見比べるヨセフ。

 遠慮しているそんな息子の背を押して、ロイドは送り出す。

 ついでに、服を縫う針子や店主の女主人を見やって現状の打破に使える人材なのかを頭の中で精査していく。

 

(中々、上手く行かないもんだな)

 

 まだしばらくの猶予があるとはいえ、段取りというものがある。

 何より、土壇場で選んだ相手が地雷であったのなら、その後目も当てられない。

 

(焦りは禁物か。アーニャやヨセフとの相性もある。慎重に――――)

「すみませーん」

「!」

 

 考えに耽りながらも、警戒を怠ったつもりはなかった。

 にもかかわらず、一切気取られる事無く背後から聞こえた女性の声にロイドの肩が跳ねる。

 動揺を悟られないように細心の注意を払いつつ、横目に声の主を確認すればそこにいたのは黒髪の一人の女性だった。

 

「あらぁ、ヨルちゃん!お久しぶりねぇ」

「こんにちは。今日は、ドレスの修繕を御願いしたくて。急ぎでも大丈夫ですか?」

 

 聞き耳を立てながら、ロイドは頭の中の情報を掘り返していた。

 

(ヨル……ヨル………リストにあったな、ヨル・ブライア。年齢二十七歳。結婚・離婚歴共になし。両親は早くに他界し弟が一人。どちらも公務員で、不審な点はない、か)

 

 気の緩み。そう結論付け――――

 

「あの、先程から何でしょうか?ジロジロと……私の顔に何か?」

(っ!なん、だと………背後をとられただけでなく、オレの視線にまで気付くだと……!?)「あ、いえ………綺麗な方でしたので、ついつい見蕩れてしまいました。すみません、不躾に」

 

 内心で驚愕しつつ、口では当たり障りのない事でお茶を濁す。

 ロイドの持つ情報では、ヨルは一般的な公務員でしかないのだ。咄嗟の事で焦りこそ見せないものの、一流のスパイは警戒心を強めていた。

 一方で、ヨルの方もまたロイドの興味を示す。

 彼女は彼女で、とある理由から彼氏役を求めていたのだ。

 

 二人が急接近する中で、採寸を終えたアーニャは帽子を一つ一つとって吟味している兄の下へ。

 

「あに!ぼうし、きまった?」

「ん?うーん………前と同じ形で良いかなぁって思うんだけど」

「ご子息様は、どのような帽子をお求めでしょうか?」

「え、あー………キャップを」

 

 アーニャに付き添っていた女主人に問われ、ヨセフは頬を掻いた。

 帽子はあった方が良い。彼の仕事の関係上、外にずっと居るためだ。日差しを遮ったり、視界を確保する意味でもツバが前に大きいキャップがベターだ。

 因みに、べっとりと血が付いてしまうまで被っていた紺色のニュースボーイキャップは、彼が靴磨きの仕事を始めて最初の給料で買ったものだったりする。

 いまいちピンとくるものが無く悩んでいると、アーニャが帽子の一つを手に取って寄ってきた。

 

「あに、これは?!」

 

 アーニャが持ってきた帽子。

 ニュースボーイキャップの黒い色であり、縁取りに金色の山形の刺繡が施されたもの。

 受け取ったヨセフは、何となくその色合いに既視感を覚えた。

 帽子と、それからワクワクと目を輝かせるアーニャを何度か見やり、そして気付く。

 

「………あ、コレアーニャの髪飾りと似てるのか」

「そう!おそろい!」

「それじゃあ、これにしようかな」

「ふふふっ、仲の良い兄妹ね」

 

 元々こだわりもなく、欲しい帽子があった訳でもなかたヨセフはアッサリと決める。

 嬉々としてロイドの下へと報告に走っていくアーニャ。

 その後を付いていきながら、ふとヨセフは自身の手の中にある帽子を見やった。

 

(そういえば、こうして誰かに物を買ってもらうのは初めてかな)

 

 今のヨセフの稼ぎならば、この帽子を買う事も可能だろう。

 それとは別に、誰かに自分の私物を買ってもらう事は初めての経験だった。

 無意識のうちに口角が上がっていた事に、少年は気が付かない。

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