魔法少女のお助けヒーローをやめたくて 作:うてなにお兄ちゃんって呼ばれたい
・19歳男性
・在宅ワーク
・女子中学生の義妹がいる
・シスコン
この街にも魔法少女がいる。
突然何を言っているのか。現実を見ろよ。
そう思うかもしれない。
だが実際に空を見上げれば。
「マゼンダスピアー!」
ピンク色の光が輝いた。
全体的にピンクや白色のコスチュームを着た少女は、先端がハート形のたぶん槍を手に生み出してから、怪物へ突撃した。魔法の力で彼女たちは空を飛んで、同じく翼が生えているだけで飛んでいる怪物と戦っている。
今日も女の子たちが『魔法少女トレスマジアがんばれー』って元気よく応援していて、なりたい職業1位ということも頷けるな。
大人たちも『サルファちゃんー!』ってまるでアイドルに向けるような声援を送っていて、お爺さんお婆さんも『最近の子はすごいわねぇ』とほんわかとしていて。
新聞に載せるべくカメラマンは今日も駆けつける。
「ふへへ……遠くてよく見えないのが残念……」
義理の妹もまだ魔法少女に憧れるお年頃か。
憧れだけならいいんだが。
「トイレ行ってくるから、荷物を見張っててくれ」
「うん……わかったぁ……」
可愛い八重歯を見せて、にへらって表情で夢中のようだが、俺が買い物袋を置いたことには気づいたのかどうか。まあ、取られていたならその時だ。
共通の認識阻害によって魔法少女の正体は分からないが、おそらくその多くは中学生だろう。
まあ彼女たちの服がダメージを受けているが、あの下っ端相手に苦戦することはない。
悪の組織エノルミータだかなんだか知らないが、世界征服が目的かどうかなんてどうでもいい。
ただ俺の願いは、たった1つなのに。
「くっ、なかなかやるわね」
「あなどれまへんな」
「大丈夫だよ。私たちが力を合わせれば絶対勝てる!」
「そうだ。どんな不利な時でも絶対に諦めないことだ!」
『あなたは!?』っと魔法少女の3人は喜ぶ。
全身黒ずくめのタキシードに、赤い裏地のマント、さらにシルクハット、そして何よりもその瞳を隠す仮面の男だ。俺は腕を組んで傷ついた魔法少女たちを守るように登場する。
「私は仮面タキシード! 夕飯時を狙うとは、新鮮な草原野菜や、とろけるようなしゃぶしゃぶ肉が怒っているぞ!」
『キャアアア!』と主婦たちが歓喜の声を出す。
言った本人でも意味が分からないぞ。
「仮面タキシード、来てくれたんですね!」
「フッ、私はいつでもキミたちのために駆けつけるさ」
魔法少女がピンチの時にその男は現われる。魔法少女と悪の組織の戦いにおいて、何度も駆けつけては敵の討伐に力を貸してくれた。彼も認識阻害の魔法があるため、その正体は不明だが、さぞ仮面の下はイケメンであることだろう。仮面タキシードフィギュア、好評発売中だ。
そんなのどうでもよくて。
怪物の腹にキックを当てて空へ浮かす。
まるでサッカーボールを空に上げた程度のことで。
「チャンスを逃すな! 魔法少女トレスマジア!」
「はいっ!」
「ええっ!」
「うん」
ピンクと青と黄色の光が合わさって、怪物はこの世から消滅した。
「やったねっ!」
ピンクの子がムードメーカーらしく、青と黄色の子と一緒に喜んでいる。
にしても何から作っているか知らないが、戦力の確認程度に作られたものだったか。もし敵が本気を出せば彼女たちはもっと苦戦するだろうが、どうせ友情パワーでなんとかする。もし1回負けても、4人目の魔法少女が登場してどうにかなる。魔法少女がいる限り、この世に悪は栄えない。
やっぱり俺の出番はないはずなのだが。
魔法少女がピンチの時は駆けつける強制力がある。
「フッ、また会おう!」
『あっ……』と引き留めるような声をガン無視して、仮面タキシードとしての俺はその場から瞬間移動する。
観戦をしていた人々も散り散りになっていって再び平和は戻る。そもそもまるでヒーローショーでも見ている気分で、戦闘の余波なんて気にしていないようだ。この街の悪の組織はあまり凶悪ではなさそうだが、もっと危機管理してほしいものだ。
いつでも身内くらいは守れるように。
「ふぅ……」
「待たせたな。終わったか?」
俺はネギがはみ出した買い物袋を持ってから、義妹に声をかける。なぜかベンチに座って猫背になっていたが、学校帰りで疲れでもしていたか。
義妹は女子中の制服のロングスカートを少し握りながらベンチから立った。
「えっ、あっ、うん。仮面タキシードが来てから一瞬だった……」
義妹がちょっと残念そうなのは、やっぱりああいうキザな男は、魔法少女ものには水を差す存在なんだろうな。とある街にて男の娘の魔法少女は人気があったから、可愛いは正義ということか。
あまり仮面タキシードが好きじゃないらしいのはちょっと残念だな。
「魔法少女と仲良さそうで……
あ、いや、必殺技は見れたから満足」
「ん、そうか」
身長差もあって義妹の表情は見えないが、推しの活躍が見れて嬉しいのだろう。お小遣いでよくグッズを買っているくらいには彼女もあの魔法少女たちのファンだ。
にしても、街を守るヒロインたちのグッズを販売するなんて、商売根性が凄まじいな。
「最近、コスチュームまで発売したんだったか」
「は? …あ、えっと、お兄ちゃんもグッズ欲しいの?」
何を思ってそんな低い声が出たのか知らないが、あのなりきりセットを精算所に持っていく勇気は俺にはないぞ。どうにも魔法少女についての趣味は義妹だけで楽しんでいるから、俺はあまり踏み込めないが。
「うてなが着たら可愛いと思ってな」
「でも… どうせ似合わないし…」
柊うてなという我が義妹はどうにもネガティブ思考だ。俺よりずっと綺麗な瞳だから、少し長めの前髪を整えればさぞ美少女に見えることだろう。痩せすぎとはいえ、それはそれでスタイルが良いとも捉えられるし。
「うてなは世界一可愛い義妹だぞ~ ヨシヨシ」
「わ、恥ずかしいから、お兄ちゃん…」
ぼさぼさの髪を撫でると、目がおっとりとして頬が赤くなる。よく添い寝だってお願いしてくる可愛い義妹だから、続きは家でやることにしよう。
「家なら誰にも見られないだろ?
ピンクか青色か黄色か、着てみればいい」
「うっ… もう少し暗い色がいいけど… 考えておく…」
ギリギリの出席日数で高校卒業できた不良で目が腐っていて、そんな俺を中学生になっても慕ってくれる義妹は本当に心優しい子だと思う。世間の兄妹の仲って上手くいかない場合が多いと聞くから、もし義妹に反抗期が来たら俺は寝込む自信がある。
「最近学校はどうだ?」
「私よりずっと可愛い女子がいっぱいです…」
両親と俺が結託して女子中に入ってもらったが、まだ友達はできていないらしい。成績も良いとは言えないようだが、俺としても元気ならそれでいい。
「あー、お花の水やりはどうだ?」
「ピンクと白の花が咲いた… 何の花か知らないけど…」
またネガティブ思考なので。
『毎日早起きえらいな~』って褒める。
「あれだろ、桜と百合みたいなやつだろ?」
「さすがに違うと思う… お兄ちゃんったら…」
何気ないコミュニケーションを大事にしないとな。
俺自身がいつヒーローとして本能的に動くか分からないから、今でも在宅の仕事しかできない。それだけならいいが学校を無断で抜け出すわ、夜でも勝手に家からいなくなってるわ、家族には心配をかけていることだろう。
やっぱり戦いは、ヒーローであっても魔法少女であっても、実生活と両立するボランティアとしては全く割に合わないものだ。どれだけSNSで拡散されようと、どれだけグッズ化されようと、その収益が入ってくることはない。それでいて、戦いのダメージは現実的に残る。
「うてな、いつも言っているが。怪しいやつの勧誘、怖そうなやつの告白には気をつけろよ」
「お兄ちゃんは心配しすぎ… わ、私だって中学生なんだから… ようやく」
たとえキザな反動があっても。
あの仮面を被って戦い続けるのは。
この可愛い義妹にいつ『僕と契約して、魔法少女になってよ!』なんて勧誘が来るかが心配だからだ。たぶん依存体質もあるから、彼氏だって厳選してやらなければならない。
さて。
見られていた気がするが、気のせいだといいが。
「…お兄ちゃん?」
「いや、黒猫がいた気がしてな」
俺の正体がバレたら、うてなに危険が及ぶ。
しかしいざというときに力は必要なわけで。
さっさと平和な世界でヒーローを引退したい。