「えへへ……ワカモぉ……♡」
どうして、こうなったのでしょうか。
わたくしは、ただ
好きなように暴れ、
好きなように奪い、
好きなように脱走しただけの筈なのに。
「ずっと、ずーっと、一緒だからね……♡」
なぜ、名を知らぬ好みの女性に、わたくしは言い寄られているのでしょう。
事の始まりは数日前に遡ります。
ヴァルキューレの監獄で暇していると、突然脱出し放題になったため脱走し、憂さ晴らしに連邦生徒会のものであろう建物を破壊していると、その連邦生徒会の差し金であろう者達が遮ってきたため、完全に邪魔される前に少しでも嫌がらせしてやろうとその建物に入り、中のよく分からないものを見つけて悩んでいるその時。
ガタン、と背後から物音が聞こえ、銃を構えながら振り向くと、そこには
彼女がいました。
「……ふ、うふふふ……」
壁に寄りかかり、虚ろな目をしてわたくしを見つめる大人の女性。
「また、会えたね……♡」
「は……?」
また会えた?
会った記憶なんてない。
綺麗な人ですね。
何かの罠?
いろんな考えが浮かぶも、処理が追い付きません。
そうして動けなくなっていたわたくしに、ゆらゆらと彼女は近づき――
「もう、離さないから」
――その体からは思いつかないほど、力強い腕で抱きしめられていました。
もう何が何だか分からない。そう思いながらも、わたくしには問うことしか出来ませんでした。
……力づくで、距離を取ったりせずに。
「あっ、あの!……どこかで、お会いしたでしょうか?申し訳ないのですが、わたくしには記憶が……」
「……あ、ごめんごめん、そうだったね。ワカモには記憶ないよね。大丈夫。知らないのも無理ないよ。私が一方的に知ってるだけだから!」
「???」
あ、間違いなくヤバい人だ、と確信してしまいました。
自分も、というより、常識的に見れば、わたくしはトップレベルでおかしいのは理解しています。矯正局に入れられるのだから当たり前です。
悪いことだと理解しても、好む行動なのだからしょうがない、とも思っています。
しかし目の前の女性は、更におかしいように感じました。
いや、まだ一方的に知っててずっと追いかけている、というのはキヴォトスでも聞かないことは……ないこともない。
「何度繰り返しても、いつもワカモは傍にいてくれて、守ってくれて……あ、○○のケーキ、好きだったよね、いつも食べてたもん。一緒に行こっか!」
だからまだおかしいの範疇だという考えは吹っ飛ばされてしまいました。
一方的に知っているだけの筈なのに、なぜわたくしとの交流の話が出てくるのか。わたくしの好物を知っているのか。
自分で言うのもなんですが、今まであらゆる者に恐怖を与えていたわたくしが、恐怖を与えられるのは、初めての事でした。
そんな時でした。遠くから、複数の足音が近づいてくる音が聞こえてきました。
誰かは知らない、が間違いなくわたくしの敵となる存在達でしょう。なら、急いで離れなければ。そう思いながら目の前の、何故かあるわたくしとの記憶を語っている女性に、意を決して声をかけました。
「あ……あの、少し、よ、よろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「このままこの場所にいると、少し不都合でして……その、放していただけると……」
「あっ、そうだったね、ごめん!」
少し不安だったが、彼女はパッと手を放してくれました。
「それじゃあ、少し離れちゃうけど……またね」
「……は、はい。また、後ほど……」
怖い目をした彼女にそう別れを告げ、足早にその場を離れたのでした。
当分は、会うこともないでしょう。そう思いながら。
あの後、いろいろ調べてみると、興味深いことが分かりました。
曰く彼女は、失踪した連邦生徒会長によって呼び込まれた先生であり、その連邦生徒会長が立ち上げた部活、シャーレの所属でもあると。
指揮能力が高く、彼女がいれば少数でも数多くの相手と渡り合えると。
「……思いのほか、能力が高いのですね」
「ホント?そう言ってくれると嬉しいな♡」
調べたも何も、ほとんどは本人から聞いたのですが。
いろんな場所に逃げて情報をかく乱しようとあらゆる場所に逃げたのですが……
『とりあえず、遠いトリニティならばそうそう見つからないでしょう……』
『ワカモ♡』
『は?』
『はあ……はあ……驚いてゲヘナまで逃げてしまいましたが、まあ、いいでしょう』
『もう、急に走り出したら危ないでしょ!ワカモが怪我したらどうするの!』
『???』
『……もう一度逃げ出してミレニアムに来てしまいましたが……』
『……ね、ねえ?私といるの、嫌……?』
『ひぇっ』
……どこへ逃げても、路地裏にいようと、ビルの上にいようと、すぐに見つかり、傍にいました。
五回ほど続け、もうどうしても逃げるのは無理だと悟り、諦めて傍にいても気にしない事にしました。
そうしてわたくし達二人は、百鬼夜行のとある高い屋根に座っていました。
わたくしの左腕に、だらしない顔で抱きつく先生。
「えへへ……♡わかもぉ……♡」
「……なんでしょうか」
「好きだよぉ……♡」
「そうですか……」
わたくしが、訳の分からないことに悩むことになるとは、一切思っていませんでした。
本当に、どこで出会ったのでしょうか。
なぜ、わたくしの事をここまで愛すると言っているのか。
なぜ、わたくしはこの方を……放っておけなかったのでしょうか。
いつも、どんな時でも、支えてくれた。
全ての子の味方であろうとした時も。
全ての子の敵になろうとした時も。
いつも、どんな時でも、私より先に逝ってしまった。
嫌になるほど、同じことを繰り返した。
大人であることを諦めても、全てを諦めても。
何度も繰り返された。
何度も、貴女を失っていた。
だから、今回こそは。