クラス転移に巻き込まれた用務員だけど、生徒たちがみんないい子 作:匿名
ミュールさんに話を持ちかけると少し驚いたようだった。
帳簿を用意してほしいと言った時点で、相当量の財宝の準備をしていたようだったけれど、僕が必要とする金額との差があまりにも大きかったからだ。ミュールさんとしてはあればあるほど良いと考えていたようだけれど実際には必要とするだけで良い。多すぎると目的から離れてしまう。
「それにしても、報酬まで生徒のみなさまのためなのですか。そうではないかとは思っていましたが」
「ミュールさんは僕がこうすると考えていたのですか?」
「いいえ。でも、ヨウムイン様が生徒のみなさまのためにこそ動くからこそ信頼されているのだとわかっていましたから」
「誰かのために働くという考え方は私にも理解できます」とミュールさんは微笑む。魔王対策の為に一緒に頑張っているからなのだろうか。同じタイミングでお互いの微笑みが崩れて笑いだしてしまう。
「ヨウムイン様の意図を、生徒のみなさまは理解されるでしょうか?」
「……わからなくても、それでいいんです」
首をかしげるミュールさんの疑問に答えず、僕はミュールさんと一緒に談話室にいる就寝前の生徒たちに近づく。事前に何人かの生徒にお願いして、話があるからみんなを集めてほしいと言っておいたからか、全員が集まっていてくれた。
「何かあったの?」
「用務員さんが集まってってー」
みんなの前で小さく咳払いをする。それだけで小声で話してたのが静かになる。この子たちは本当にいい子たちだ。明るい子も物静かな子も元気な子も賢い子もいて、それぞれが協力して過ごすことができる。そのことが本当に難しいことを僕は知っている。辛いことも苦しいこともあって、仲が悪くなったり疑り合ったり誤解し合ったりするのが当たり前にあって、自然と警戒や距離を取ることを覚えていく。3ーA組の生徒は、みんなで苦難を乗り越えて、それでもお互いを信じると決めたのかもしれない。それとも、奇跡的に全員が仲良くすれ違いを起こすことなく心から信じあえる仲になったのかもしれない。そのどちらであっても、祝福となるおまじない。
「みんながアレイシアに協力するとなって少し気になることがあったんだ。そのことについて話そうと思っていて」
「気になること?」
「うん。アレイシア側から報酬がもらえるって話があったと思うけど、何をもらうのかって話があんまり出てないよね」
相づちを打ってくれた子も、そっかという顔をする。みんなも話題には出ていたけれど、それより優先すべきことが多かったからか詳しくは話し合っていなかったようだ。まず自分たちでなんとかできるかどうかを調べるところはこの子たちらしい。
「僕はもう相談したんだ。結果として、アルバイト代として日本円に換金できるものを頂くことにした」
「……バイト代?」
「なんかこう金銀財宝より心が踊る響きだよね」
「もちろん日本円へと換金するための手順を踏む。ちゃんとした形で換金するから目減りするけど、そこそこの金額にはなると思う。みんなで打ち上げする分にはなるんじゃないかな。その時は僕のオゴリで1人1万円まで」
僕がそう言うと、みんなが少しずつ話し出す。
「これ終わったら何食べよっか……」
「まずはカラオケ行って、ドリンクバー混ぜるか!」
「なんで混ぜるんだよ。普通に飲めよ」
「まずはゲーセンで遊びまくるだろ」
「ファミレスで肉だろ肉」
「ファミレスの肉高いよな。食べたことねえ」
「たこ焼き山ほど食べたいー」
「1万円なら3段アイスとかもできそう」
「デパコスとかもなんとかなるかな」
「ギリギリなんとかなりそうかも」
「スケジュール組んで遊園地とかもあり」
「そう考えると俄然楽しみになるな! 打ち上げ!」
徐々に声が大きくなっていく。ちょっとした高揚感が漂う中、僕は声を大きくして語りかける。
「みんなも帰ったら何をするか考えておいてほしい。ぼんやりしていたら、あっという間に帰ることになりそうだからね」
僕が声を張り上げてもみんなの話は途切れなかった。それを見るとバイト代作戦は上手くいったなと思う。具体的な日本円を連想させることで、これから帰ってからのことを考えてもらう。将来のことや、クラス転移から帰ってからのことを。それは、日本から離れている不安を少しだけ緩和させてくれるだろう。
そして、もうひとつの意図もわかってもらえたようで、何人かの生徒が納得いかなそうな顔で僕をじっと見ていた。僕はその子たちを安心させるように微笑む。今は、こうすることが正しいと信じて。
出席番号14番
小林光莉 吹奏楽部
「楽器を壊してしまって困っているときに用務員さんに相談したの。迷惑をかけた人への謝り方や、お金を出すにしてもどうすべきなのかとか。結果的におこづかいでなんとかなったんだけど、ちゃんと向き合って話してくれたことが本当に嬉しかったんだよ」