クラス転移に巻き込まれた用務員だけど、生徒たちがみんないい子 作:匿名
ろうそくの明かりがゆらめく。
色んな情報をいきなり浴びせられたこともあってか、生徒たちはすんなりと眠ることができたようだった。ストレスで眠れない子が出てもおかしくないと思っていたから、すこし安心できた。ちゃんと寝てちゃんとご飯を食べられることが一番大事なことだ。
頼りない明かりを見つめながら、扉に目を向けると黙って入ってくる人がいる。普通なら警戒するのだけれど、僕は来るだろうなと思っていたので彼女から話しかけられるのを待つ。きっと彼女は明日までに接触してくると思っていたから。
「こんばんは。ヨウムイン様」
「こんばんは。ミュール・ドライアドール・アレイシア様」
アレイシア様とお呼びしても? と声をかけると、こちらもヨウムインさんと呼ぶのでどうかミュールとお呼びくださいと返ってきた。わずかな明かりだからか、彼女は僕の隣に座る。しばらく沈黙の時間が続き、しびれを切らしたかのように彼女が話しかけてくる。
「何もお聞きにならないのですか? どうして私が訪れたのか、とか」
「ミュールさんと二人きりで話すことはそんなにないですね。ああ、ひとつだけあります」
「なんでしょう? なんでも聞いてくださいね」
わずかに微笑んで、こちらに目を合わせてくる。
「ええと。その、談話室までの移動中に騎士の方々が僕について話していたのは、ミュールさんの指示ですか?」
「どんな話をしていたのでしょう? 私はその場にいなかったのでわかりかねますが」
彼女の微笑みは変わらない。よくわからない問いかけをされた戸惑いが彼女にはなかった。何も知らないということは無さそうだった。
ミュールさんが僕たちに対してどう思っているのかはわからないけれど、たぶんこれは懐柔策なんだと思う。生徒たちが僕を守ってくれたからこそ、僕に対して好意的な印象を抱かせるための策。周りは僕に否定的な発言をして、ミュールさんは僕の傍に近づいて仲良くなろうとする。そして、彼女は僕がそれに気づいたことに気づいている。
「……最初のイメージを変えてもらうため、ですね。儀式の不具合もあって焦っていましたから。迷い込んだヨウムインさんと異世界勇者様の仲が良いとは考えていなかったためです。知り合いだとすら思っていませんでした」
「いや、あの子たちが全員優しい子たちなだけで」
「あなたがどう思っているかではなく『異世界勇者様』があなたをどう思っているのか、です。二度目ですよ。認識のズレは良くないことです」
ミュールさんが軽く叱るように僕に顔を寄せる。美人だなとは思うけれど、少しだけ怖い人だなとも思う。こんなに距離感を詰めてこられると、なんというか良くない。僕に好意的なのではないかと勘違いしてしまいそうになる。そして、本当に優しいひとはこういうやり方をしないこともわかっている。
高校でも先生たちは僕にちゃんと話しかけてくれたし気にかけてくれたけれど、ちゃんと節度を保ってくれていた。いきなり飲み会に誘って酔わせるみたいな人はいなくて、仕事の話からちょっとした失敗談まで織り交ぜて話せるトークがあった。全員に共通していたのは、これから一緒に頑張って行こうという強い意思があったことだ。
それに対して今のミュールさんから感じられるのは、僕に対しての理由のない好意だった。それが、少し怖い。
「僕は本当に普通の用務員ですよ。大人として出来ることをしようとしていますが、生徒のみんながしっかりしてるからこその話です。ここに来たときにも守ってもらってばかりでしたし、ここに来る前も支えてもらったのは僕の方でした。みんながどう思っていたとしても、みんなが全員優しい子たちで。迷い込んだのが僕じゃなくて、見知らぬ誰かだったとしても守っているでしょう」
本当にいい子たちですよと伝えると、ミュールさんは初めて困ったように黙り込んだ。
「(やっば。寝たふりしてたけど恥ずかしくなってきた)」
「(用務員さんに信用してもらえるからこそ、ちゃんとしようと思うんだけどねー)」
「(照れくさいよね。何人か顔を赤くして撃沈してるし)」
「(それより、ミュールさんはやっぱりヒロイン枠? 深夜に二人で語り合ってるしそういうポジション?)」
「(どうなんだろ。暗視で見てるけど、用務員さんの反応が微妙)」
「(精霊さんによると、ミュールさんの方は打算とか責任感とか共感が混じってて、用務員さんは警戒気味だって)」
「(感情を感じ取れる精霊魔法はチートすぎない?)」
「(引き続き、ベッドの上から覗きを続けるよ!)」
出席番号5番
江藤康太郎 美術部
「描いてるときに静かにしてくれる。うるさいと集中できないから、たすかる。先生も同級生もみんなうるさいけど、用務員さんは静か。そこがいい。すごくいいんだ」