火山。灼熱の溶岩が所構わず流れ出し、触れる物近寄る物全てを焼き尽くす。常に噴き出すマグマは希少な鉱石を運び、地表に無数の恵みをもたらしていた。
しかし不毛の土地と言う訳でも無い。溶岩に浸かろうとも平気な樹木が僅かに生えている事もあれば、当然のように地面を闊歩する虫もいる。常識など置き去りにした光景だが、この世界ではとても身近な物だ。
だがそれも喋る猫の前に全て霞んでしまっているのだが。あれこそ正にモンスターだろう。
さて、そんな火山に丸っこい影が一つ。赤々とした甲殻とひょろりと長い細面。まるで巨大なアルマジロのようなそれは、俗にラングラトラと呼ばれていた。
「そっち行ったよー」
「ヘイヘイピッチャービビってるぅ!」
「やめぃ。気が散る」
「ボールはラングロトラですねわかります」
「かっ飛ばせー」
北極熊以上の体格に、強健かつ強固な甲殻。溶岩の熱であろうと遮断してしまう耐熱性と、自家用車程度ならば履き潰してしまう程の頑強さ。だが、それらをもってしても人間には敵わない。
甲殻に衝撃が伝わらないのならば脚を、全ての生物の急所である頭部を、内部に衝撃を伝え内臓を傷付ける技術を。ありとあらゆる手段を持って打ち倒しにかかる。
今もそうだ。転がるラングロトラの頭部を、狙い澄ましたかのようにハンマーが穿つ。堪らずバランスを崩したラングロトラは、無様に地面を転がる羽目になった。
「ラッキー。転倒したよ」
「竜撃砲いくぞ」
「ぶっかませー」
ガンランス、と呼ばれる武器がある。時に突き刺し、時に火薬による爆発によってモンスターに攻撃する武器だ。装填方法や使用する火薬はガンランス毎に違うが、その大元となる仕組みは変わらない。
先ずは通常砲撃。ガンランス内に装填された火薬を、トリガーによって発火させ攻撃する。その爆発は主に火属性を帯び、爆風によって強固な甲殻を砕く。ランスには出来なかった、部位破壊が可能だ。
そして竜撃砲。こちらは通常砲撃に使用する火薬よりも強力な爆薬を使う。しかしその爆薬は、ほんの少量ではあるがリオレウスの火炎袋の粉を混ぜ込み作られている。熱を一時的に吸収し、その後解放すると言う特性を持ったこの爆薬は、発火から爆発までの間が非常に長い。
おまけにその爆発は竜撃砲周囲の機構部にダメージを入れてしまう為、間を空けて発射しなければならない。だがその労力に見合うだけの威力はある。
轟音。その凄まじい威力を物語るかのように、ハンターは大きく背後に後退する。
部位破壊には至らなかったものの、大きなダメージを与える事には成功した様だ。堪らず悲鳴を上げるラングロトラだが、無論慈悲は無い。今度は重たそうに振り上げられたハンマーが、小さく狙い難い頭部を確実に打ち抜いた。
ドゴンっと鈍い音と共に、頭部を地面に減り込ませるラングロトラ。
しかしラングロトラも馬鹿では無い。頭部への打撃はこれで2度目。ハンマーが来る事を予知していたのか、はたまた野性の本能なのか。ラングロトラは当たる寸前に身体を揺すり、ハンマーの打撃を若干晒した。
その勢いのまま身体を起こし、ハンター達に背を向けて転がりだす。驚異的な回復力を持つモンスター達にとって、撤退もまた有効な手段だ。このままハンターを振り切れば、一先ず生き延びる事は可能だろう。
しかし、それを許さないからこそハンターなのだが。
「ペイント辿るぞー」
「りょーかい」
ペイントボール。特殊な匂いと色を出し続けるこのアイテムは、逃げ出したモンスターに対してとても有効だ。例え空を飛ぼうとも、龍識船による観測でその存在を逃さない。プロとなればそれさえ無くともモンスターを追う事が出来る。
瀕死には程遠いものの、順調にラングロトラを追い詰めるハンター。しかし、得てして自然とは人間の思い通りには行かない。それはモンスターでさえも同じ事なのだが。
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エリア6と呼ばれる場所がある。広大な狩場といえど、障害物や地形によって活動出来る範囲は絞られる。エリア6とは、そんな絞られた範囲の一つだ。モンスターもその有用性を理解している為、必然的にハンターとモンスターは同じ空間で戦う事になる。
大きく三日月を描いたようなエリアに、赤い玉が砂煙を上げて乱入した。言うまでも無くラングロトラである。その後ろから四人のハンター。エリアの出口を塞ぐようにして陣形を広げる。
「…ん?なんぞアレ」
「…岩?」
「報告にあった見たことも無い岩ってやつじゃない?」
「じゃーあれブラキディオス?…ちっちゃくね?」
「なんかトゲトゲしてるねー」
不遜にも、道を塞ぐようにして眠る一匹のモンスター。グースカと高いびきをかいていて、おおよそ野生とは程遠い姿である。
そこに迫るラングロトラ。前が見えているのかいないのか。もしくは唯の岩だと判断して、そのまま突っ込む気でいるのか。
どうやら後者だったようだ。
鋼鉄にプラスチックがぶち当たった様な、なんとも言えない鈍い音。予想外の硬さと重さに跳ね返され、ゴロゴロと後ろ向きに回転するラングロトラ。
その衝撃で、流石のブラキディオスも目が覚めたのか、気怠そうに起き上がる。完全に居眠りを邪魔されて逆ギレする学生のソレだ。なんともタチが悪い。普通のモンスターは、そんな所で眠る訳ないのだが、いかせんコイツには常識と言うものが無い。
「…グルル」
戦闘をする気が全く無いのか、目を回すラングロトラに一瞥をやった後、豪快に大欠伸。此処まで来れば逆に大物に見えるから不思議だ。本人にそんなつもりは毛頭無く、ウラガンキンの下位互換がやって来た程度にしか認識していない様である。
そんな様に怒り狂う者が約一名…いや、一匹。
ラングロトラである。彼にとって、此処は自身の縄張りに他ならない。言うなれば、自分の住処に我が物顔で昼寝している赤の他人を発見したようなものだ。
更にそいつは明らかに格下で、何処をどう取っても弱そうなのに怯える様子すらない。そんなもの、怒って当然だ。
体躯は自身より大きいものの、然程変わり無く。爪はおろか武器らしいものも持たず。毒持ち特有の異臭すら無く、発達した筋肉も見られない。
故にラングロトラの取った手段は嬲り殺す事。この不遜にも自身の縄張りに住み着いた邪魔者を、痛め付けた後でハンターに押し付けてやろうという魂胆である。
ググッと腹を収縮させ、喉に麻痺毒を含んだ体液を溜め込む。一瞬の方向修正の後に吐き出された麻痺液は、避ける様子すら見せないブラキディオスに命中した。
「グガッ!?」
命中した麻痺液は、瞬時にブラキディオスの全身を硬直させる。麻痺毒……口や目等の粘膜から身体に入り込み、神経に異常信号を与えて対象を麻痺させる毒。恐ろしい事に、この世界ではたとえ甲殻の上からでも効果がある。つまり防御はほぼ意味を成さないのだ。
「…え、今の避けないの…?」
「いやほら、多分子供なんだよ。だから戦闘の経験が無いとか。普通モンスターは麻痺毒くらっても一回じゃ麻痺らないし」
「単純に弱いって可能性は?」
「あー…それあるかも。確かブラキディオスって、粘菌の爆発で甲殻が溶けるんでしょ?その爆発でどんどん甲殻が強化されるとかなんとか…」
「要するに粘菌ないから雑魚って事ですねわかります」
事実その通りである。まともな戦闘経験など皆無に等しく、ウラガンキンを一撃の元に沈めた為に毒への対処など出来るはずも無い。成長したとはいえ、まだまだひよっこ。この理不尽かつ強大な世界では、パワーだけではどうにもならない事等多々あるのだ。
麻痺にかかった事を認識したラングロトラは、身体をボールのように丸めて体当たり。そこから左右の爪を用いて乱雑に引っ掻き回す。
身動きの取れないブラキディオスに向けて、まさにやりたい放題のラングロトラ。初心者ハンターに苦もなく狩られてしまう存在とはいえ、決して侮れない能力を持ったモンスターなのである。
存分に引っ掻き回し、体当たりをかまし、相手は瀕死だと判断したラングロトラ。わざと後ろに転がり、全身のバネを使って上空に跳ね上がった。
硬い甲殻に凝縮された筋肉。飛び上がって押し潰すという単純な戦法でありながら、その威力は確かだ。地面を陥没させる事は勿論、四周のハンターの足元を掬う程の振動さえ起こしてみせるのだから。
いよいよトドメ。ハンター達は体力を消耗したラングロトラを狩る準備を始め、ラングロトラは殺しきらぬように手加減を入れる。こうして残酷な大自然の中、一匹のモンスターがその命を刈り取られたのだった。
果たして、本当にそうだろうか?
麻痺毒。即効性が高く、大概のモンスターを一時的に止める事の出来るそれは、その即効性に反比例するように持続性が低い。もって1分。下手すれば十数秒と経たずに麻痺は解けてしまう。
ブラキディオス。『あの』ウラガンキンでさえ、一撃で沈めたこのブラキディオスが、麻痺毒程度に1分も足止め出来るのだろうか。
ウラガンキンの体当たりにさえ耐え切ったこの甲殻が、今更ラングロトラの引っ掻き程度に傷がつくだろうか。体当たり程度にダメージを負うのだろうか。
答えは言うまでも無い。
そして何よりも、真に怒り狂っているのは果たして何方だろうか。この火山という土地に、始めからいたのはブラキディオスの方である。そこにズカズカと乗り込み、餌場を荒らしたのはラングロトラの方だ。
その程度ならば我慢出来ていた。イラっとするものの、考え方が人間に近い事もあってかこのブラキディオスの縄張りは非常に小さい。その影響でラングロトラは争いを避けられていた。
しかしこれはどういう事だろうか。わざわざ狭い自身の領域に入り込み、寝起きの己にゲボ(麻痺毒)をぶっかけ、問答無用で殴られる。
そんな事されたらどんなに温厚な奴でもキレる。確実にブチギレる。
ブチィッッツ!!
そんな感じの、切ってはいけない何かをぶった切った音がした。
「「「「ん?(え?)(お?)(は?)」」」」
ハンター四人分の声が重なる。跳ね上がったラングロトラが、唐突に消えたからだ。
正確には、跳ね上がったラングロトラを、ブラキディオスが後ろに下がる事により避けた所までは見えていた。そこからが謎だ。なんの前触れもなくラングロトラが消えた。その事実に、一斉に疑問の声を上げた瞬間…。
ハンター達の真上を、何かが通り過ぎた。
鍛えられたハンター達の動体視力をもってしても、僅かに赤い影が見えただけ。それが一体なんなのかを判断する前に、ハンター達は揃って吹っ飛ばされた。
何がなんだかわからない。何が起きたかさえ判断できない。しかしその頃になって、ようやく『音』が伴い始める。
物体同士が衝突したような音では無い。ありったけの爆薬を破裂させたかのような轟音。空気の層を強引に引き裂いたかのような破裂音。衝撃波が空気を切り裂く、尾を引く笛のような音。そして何かが岩に減り込むような音……。
ハンター達は後ろを見る。真っ直ぐに抉れた地面の先に、モウモウと立ち込める砂煙が見えた。
前を見る。赤い双眸にありったけの怒気をのせて、口から静かに蒸気を吐き出すブラキディオスが見えた。
もう一度後ろを見る。砂煙が捌けたその先には、硬い筈の甲殻に巨大な穴ぼこを作ったラングロトラが、岩壁にクレーターを作って減り込んでいた。あまりの衝撃故なのか、減り込んだ周囲が波打っている。
もう一度前を見る。ゆらりと態勢を立て直したブラキディオスの右拳からは、摩擦の影響なのか煙が立ち上っており、その周囲にはこれでもかと赤い破片が散らばっている。それはラングロトラの甲殻を『割った』のではなく『破裂』させた証。
それはつまり、ブラキディオスの拳の威力が、粘菌無しに爆薬並の威力を持つ事に他ならない。
粘菌が無い?爆発による攻撃ができない?…なら、筋力上げて爆発を上回れ。爆発だって極論を言ってしまえば物理なんだし、行ける行ける。
そんな笑ってしまえるような光景を前に、思わず二度見したハンター達は、揃って声を詰まらせる。
…彼等に明日はあるのだろうか…。
月陰る。陽は沈む。光は霞に煙り、いつか遠くの果てさえ見通せぬ。
手は触れず。音も無く。されどそこに居て、しかし陰も無く。
怪しく妖しい温い風。過ぎた時には何もない。
それは何。それは何?それは誰。それは己。
現し身た水面の如く消えて行き。いつしか己一人残りたまう。
賢しき人よ、探し出せ。それは確かにそこにいる。
叡智を語る者共よ、それは未知なる怪奇なり。
探せ、探せ、見つけ出せ。見出す窓は己の心。
目で見えぬ物。手で触れぬ物。されど心と魂に触れたまう。
己の心を賢く使え。妖しき霞を見定めて。いざ視よ霞の古なる龍。
それは奇く怪しく妖しい見えぬ龍。霞に消える、見えぬ龍。
ーーーとある部族の古い歌よりーーー