どれくらい歩いたのだろうか。
今は森を抜け、乾燥した大地を歩いていた。
本来なら水も食料もなく、こんな草木も生えていないところを歩くのは自殺行為なのだが、俺の体はもともとが死体。
のども乾かなければ、空腹もない。便利な体である。
「(で、これからどうしましょうかね?)」
【伝:一度引き返すことを推奨します】
このやり取りもこれで三回目。
伝言者が何を伝えたいのか、俺にはさっぱりなため、戻ろうと思うことができず、結局進むしかない。
で、そのまま後戻りのできない場所まで歩き続けていると、
「ん?お前は……"牙狼族"か?珍しい、本来ならばジュラの大森林で群れで活動していると聞いたが……、
目の前にペストマスクをつけた男が立っていた。
その傍らには豚が二足歩行に特化したものと思われる生き物が。
「ゲルミュッド様、こいつはどうしますか」
「ふぅむ、魔素量はそれなりにあるようだ。本当はお前だけに名をやる予定だったが、気が変わった」
豚男とペストマスクが何か話しているが、内容が聞き取れない。
が、なんとなく嫌な予感がして、気づかれないようにその場を立ち去ろうとする。
「おい、待て」
しかし、それより早くに俺を待ったをかけるペストマスク。
俺は仕方なしにその場で立ち止まり、二人のほうへ向く。
「お前に名をやろう」
「(……名前?)」
【伝:魔物は基本的に名を持たず、名づけという行為を他者から行われた場合のみ、その名が魂に刻まれます】
「(なるほどなぁ)」
俺は伝言者の言葉を話半分に聞き流しながら、目の前にいるペストマスクを眺める。
「(なんか怪しい感じなんだよなぁ。かといって戦って勝てる相手じゃないし。もし戦ったとして死にはしないけど、それはそれで捕まって永久に労働させられちゃう気がするしなぁ。……よし、受け取れるものは受け取っておくか)」
いろいろ考えた結果、名前を受け取ることにした俺は、ゲルミュッドを見やり、首を縦に振る。
「では、お前の名はデアート。今、この日からデアートと名乗るがいい」
ということで俺の名前がデアートに決定した。
■■■■■■■■■■
名前をもらった俺たちは今、《オーガの里》と呼ばれる場所の近くにいた。
その理由は、ゲルドの強化……らしい。
俺も詳しくは知らないが、ゲルミュッドが道化の仮面をかぶった奴らにそんなことを言っていたような気がする。
「飢えを、満たさなくては……」
隣にいるゲルドは、会った当初の面影が少しずつだが消えていってる気がする。
最初会ったときは、真面目そうだが苦労人っぽい感じがするなぁって感じだったけど、今じゃ目の前のものすら見えていないといった感じだ。
ちなみに俺はゲルドの付き添いだ。
さすがに見過ごすのは違う気がしたし、それにもし"オーク"の死体でてきたら新しい体にするのも悪くない。
ってことで今は夜になるまで、オーガの里を偵察するってことにしたのだが……。
周りのオークたちは、もう我慢できないって感じで唸っている。
俺は、これは早々に仕掛けないと、勝手に行動するオークが出るんじゃないかと思い、ゲルドに進言する。
「(なぁゲルド、これ夜までもちそうにないと思うんだけど)」
「……仕方ない。今日の夜、日をまたいだ瞬間にオーガの里を襲うぞ」
「(おっけー、ほかのオークたちにも伝えてくるわ)」
「……すまない」
何に対しての謝罪なのか。
俺はゲルドに対して、言葉のない疑問をぶつけながら、ほかのオークのもとへ向かう。
そして、夜。
「女と子供を優先的に逃がすんだ!」
「ダメだ!囲まれてて逃げ道がない!」
「おがあざぁん!!どこぉ!!?」
オーガの里は、昼とは違い、怒号や悲鳴が飛び交っている。
本来、オークと"オーガ"には途方もないぐらいの差がある。
しかし、今はオークがオーガを蹂躙している。
――下剋上だ。
「「蹂躙せよ……蹂躙せよ……」」
建物が燃え、オーガたちは倒れ、オークたちは自分たちの飢えを満たすようにオーガの死肉を喰らう。
という俺はオーガたちに視認されないように立ち回って、あるものを探していた。
そう、死体だ。
それもオークたちのものではない。
より強靭で、より人間に近い肉体を持つ魔物――オーガの死体だ。
好都合だった。
今の肉体でもいいのだが、もうそろそろ変えたいなと思っていたところに、ゲルドたちと出会った。
こんなにたくさんいるんだ、一体ぐらいいなくなったところで誰も気づかない。
そう思っていた矢先に、さらにいい死体が目の間にゴロゴロと転がっているんだ、食いつかないはずがない。
だが、いざ里を見て回ると、すでにオークたちが食い荒らしたものしか見当たらない。
いや、そのままでもいけないことはないのだが、どうやら俺のスキルである『死奪』は死体に乗り移るときに、死体の修復も同時にするようなのだ。
その際に必要分、魔素を消費するのだが、あまりに損傷が激しいと7、8割ほどの魔素を消費してしまうのだ。
そうするとどうなるのか。
実は本来の体は肉体を持っていない、いわゆる
で、その精神体を支えているのが魔素。
それが少なくなると、俺はしばらく動けなくなってしまうのだ。
なので、俺は今、なるべく損傷の少ない死体を探している、というわけなのだ。
だが、これがなかなか見つからない。
探しても探しても食い荒らされた、見るも無残な死体しか残っていない。
少しぐらい俺の分残しとけよバカ!
と、心の中で愚痴っていると、ふと、一つの燃え盛る建物が目に入った。
俺は何かに惹かれるように、その建物の中に入っていく。
中は、轟々と炎が燃え盛り、まともに歩く場所すら見当たらない。
普通の人ならば、このまま引き返すのだろうが、あいにく俺は痛みを感じない死体そのもの。
足裏を炎で焼きながら、俺はさらに奥へ入っていく。
もうどこを歩いているのかわからないぐらい、崩壊した道。
だが俺は、この先に何かがあると、確信めいた何かを感じて前に進む。
そして、見つけた。
身長は180ぐらいだろうか。
かなり筋肉質で、髪は白。
顔も整っており、そしてなにより、傷がない。
そんなオーガの男が、おそらく部屋だと思われる場所に横たわっていた。
俺はそれに不用意に近づく。
「……う」
俺は足を止める。
白髪のオーガが呻き声をもらしたからだ。
つまり、まだこのオーガは死んでいない。
失敗した。
俺はそう感じた。
こんなに煙が充満して、倒れているんだ。
一酸化炭素中毒ですでに事切れていると勝手に判断して近づいた、俺のミス。
奴は薄く身を開いて、俺のことを見る。
「……はっ、俺を、食い殺しに来やがった……のか?犬っころが……」
男はフラフラと立ち上がり、腰につけていた太刀を抜き、切っ先を俺に向ける。
俺は警戒して少し後ずさるが、なかなか攻撃が来ない。
何故来ないのか。
俺は不思議に思っていると、男は太刀を床に落とす。
「……ダメだな。力が、入らねぇ……。犬一匹、斬り伏せることも……できねぇ」
男はそのまま、後ろ向きに倒れ、大の字になった。
「さっさと殺せよ」
男が俺を睨みつけながら、呟く。
だが俺は動かない。
こいつに対して訂正しなければいけないことがあるからだ。
「(違う)」
「あ……?」
「(俺は犬じゃないし、食い殺しもしない。俺はただ、お前の死体が欲しいだけだ)」
俺はそう言いながら、今の肉体を捨てる。
「……は?お、お前、牙狼族じゃ、ねぇのかよ……」
「(違う。俺は、"死の細胞"。死体を乗っ取り、操り、生き永らえる……不死の魔物だ)」
「く、くはは……。なるほど、不死か……。ずいぶんと、大それたことだ……な」
何が可笑しいのか、奴はくつくつと笑みを浮かべ、俺と向き合う。
「なぁ、……お前さん。俺の体が、欲しいのか……?」
「(あぁ)」
「そうか……。じゃあ、くれてやるよ、俺の体」
家の柱が次々と焼け落ちていく。
この建物の命ももう残り僅かだ。
そしてこの男の命も……。
「でもな、一つ条件が、ある」
「(?)」
「俺のダチに、赤い髪をした……長身のイケメンオーガがいんだけどよ……。そいつに会ったらこう伝えてくれ。『こんな俺と仲良くしてくれて、ありがとう』ってな」
「(……心得た。…………最後に)」
「あん?」
「(名を聞かせろ)」
ふとした拍子に口をついて出た言葉。
名前、それは前世では当たり前にあるものだ。
でもこの世界では、特別だ。
それなのに俺は、こいつに名を聞いた。
なんでこいつの名を聞こうと思ったのか、俺にすら、わからない。
男は一瞬ボケっとした後に、盛大に笑う。
今この瞬間、己の命があと少しで消えるというのに、だ。
「おもしろい、奴だな。今から死にそうな俺の名が、知りたいのか……」
「(……)」
「……
「(コハク……。覚えた。お前の遺言も、必ず伝えよう。お前の肉体も、大切に使わせてもらう)」
「くはは……あぁ、そうして、くれ……や……」
その言葉を最期に、奴は二度と口を開くことはなくなり、物言わぬ死体へと成り果てる。
「(コハク、ありがとう)」
何に対して言ったのか、俺本人でさえわからない。
でも、なんだか、言わなくちゃいけない気がした。
そして俺は、力無き精神体をコハクの遺体に押し当て、固有スキル『死奪』を使った。
リアルの都合がどんどん押し寄せてきて、執筆する暇もなく、今ようやく時間ができたので、こうして更新することができています。
これからもかなりゆっくりな感じで更新していきますが、これからもよろしくお願いします。