チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり   作:julas

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1、平民特待生

「しまった! 折角の主人公様の出会いイベントその1、見逃がしちまったか! ってバキィ? 平手打ちとは思えない物騒な音だったような……って、えぇっ!?」

 

 黒髪中背の少年、リオンは驚きの声を上げ目の前の光景に目を丸くする。

 彼曰くこの世界は前世プレイした乙女ゲーで自分は転生者。

 そしてオープニングイベントとして尊大な態度で接してきた攻略キャラの筆頭である王子を、平民特待生の主人公が平手打ちを見舞うシーンを拝む予定だった。

 

 そしてゲーム通り――いやゲームとは違い王子はその頬に平手ではなく拳打を受け尻餅をつき頬を押さえてる。

 しかも打ったのは主人公のオリヴィアではなく――

 

「悪役令嬢アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ!? 何で彼女が!? いや、ユリウス王子の婚約者の公爵令嬢だから居てもおかしくはない? でも主人公イベントが起きる筈のタイミングで!?」

 

 目の前の状況に混乱するリオンに、宙を浮く中央に赤いレンズを備えたソフトボール大の鈍色の機械の球体――彼の相棒の人工知能ルクシオンが話しかける。

 

『マスターその情報は正確ではありません。彼女の名前は確かにアンジェリカですが、今年度、特待生として招かれた平民です』

「アンジェリカが平民!? まさか同名の他人の空似!?」

 

 言ってリオンは拳を振りぬいたポーズでユリウス王子を見下ろすアンジェリカに視線を向ける。

 女性としてはやや高い上背、美しく整った顔立ち、輝く金色の髪、意志の強さを秘めた深紅の瞳、豊かで立派な胸、均整の取れたプロポーション――ゲームで見たアンジェリカそのものである。

 ただその髪型はゲームではとても丹念に編み込まれアップに纏めた所謂シニヨンと呼ばれる髪型なのに対し、快活な印象を与えるポニーテ-ルだったが、ほぼ同一人物と確定して間違いなさそうだ。

 

「アンジェリカ本人に間違いないか……? ってちょっと待て平民の特待生は主人公のオリヴィアの筈だぞ!?」

『平民の特待生はアンジェリカ一人だけです。オリヴィアという名前は――見つけました。オリヴィア・ラファ・レッドグレイブ公爵令嬢。マスターやアンジェリカ同様今年度の新入生ですね』

「はぁっ!? 特待生が悪役令嬢かと思ったら、今度は主人公が悪役令嬢であるはずのレッドグレイブ公爵令嬢だと!? って痛ぇっ!?」

 

 リオンが悲鳴を上げたのは手を噛まれたため。

 噛んだのはリオンが拘束するように抱え口元を手で押さえてた小柄な女生徒。その口元を押さえてた手を隙をついて噛みついたのだった。

 

「よくも邪魔してくれたわね! ってそれより! 何で悪役令嬢が主人公の出会いイベント消化してるのよ!?」

 

 小柄な女生徒もまたリオン同様混乱の声を上げた。

 

 

 

 ――話はほんの少し前にさかのぼる。

 折角だから出会いイベントの一発目、攻略対象その1ことユリウス王子が無様に平手打ちを食らう場面を拝んでやるかとリオンは待ち構えていた。

 此処で隠れて待ち構えていれば間も無くショートボブの亜麻色の髪と愛らしい顔立ちに、その背は同年代では平均的ながらバストの豊かさは突出した少女――主人公であるオリヴィアがやってくるはず。

 

 だが目の前でイレギュラーが起きようとしていた。

 明らかに主人公とは異なる女生徒、ボリュームある金色の長髪、同年代の女生徒より頭一つ分は低い身長、小さいどころか絶壁と言える胸元。

 一目で主人公オリヴィアとは別人と分かる女生徒があろうことかユリウス王子に近づいて行く。

 しかもぶつぶつ言ってる独り言に聞き耳を立ててみれば「大丈夫、これに成功すればこの私――マリエがこのゲームの主人公に……」などと。

 間違いない、こいつも転生者で、しかも主人公になり替わろうとしてると気付いたリオンはとっさにその女生徒――マリエの口をふさぎ引きずる様にその場を連れ去ろうとする。

 そうしてほんの少しユリウス王子から目を離したすきに先ほどの"出会いイベント(?)"が発生してたのである。

 

 

 

「フフッ。まさかこの俺に手を上げる女生徒が居るとはな……」

 

 未だ混乱するリオンとマリエはその耳に飛び込んできた声に我に返る。

 声の主は尻餅をつき頬に手を当ててるユリウス王子。

 そしてその瞳は熱に浮かされたようで口元には笑みを浮かべていた。

 

「ああっ! やられた! もう完全にフラグ立てられちゃったじゃないの! アンタのせいよ!」

 

 完全に恋に落ちた言動を発するユリウスに絶望の声を上げるマリエ。

 

「煩えっ! 関係ない奴が出しゃばって搔き乱すんじゃねぇ! ってマジ何なんだこの状況!?」

 

 リオンは自分のゲーム知識との乖離に混乱していた。

 

「って、そうよ! アンタに邪魔されたのも腹立つけど悪役令嬢が主人公ポジに居るのも大問題よ! どうなっているのよ!?」

「そうだ。確かにそこは大問題だ! ルクシオン調べられるか?」

『少々お時間をいただければ。それよりもこの際だからお二人で情報のすり合わせでもされてはどうですか? 見たところマスターだけではなくそちらの貴女も"テンセイシャ"の様ですし』

 

 ルクシオンの言葉に二人は互いの顔を見詰める。いや睨み合うと言った方がより適切であろうか。

 リオンからすれば目の前の女生徒――マリエはこの世界を搔き乱そうとした厄介な存在。

 マリエにしてみればリオンは自分が主人公になろうとしたのを邪魔してくれた存在。

 どちらにとっても印象はかなり悪い。

 だがリオンにしてみれば不安要素強すぎで放置できないし、マリエにとってもリオン、と言うより彼の従えてる人工知能の球体が調べると言った情報などに関心があり。

 互いに渋々と言った感じではあるが、情報共有の為の話し合いに同意を見せるのだった。

 

 

 

 学園の外の大衆食堂。

 そこでリオンとマリエはルクシオンが情報収集終わるまで待つのも兼ねて互いの自己紹介や情報のすり合わせなど行っていた。

 そしてマリエの身の上にリオンはドン引きしていた。それは自分より不幸な人間、少なくとも貴族階級にあってはそうそう居ないと思ってたそれを上回っていたため。

 彼は所謂妾腹で、故に父の本妻とその子供である異母姉兄からは酷く虐げられていた。

 反面血の繋がった母と兄弟に愛され、また父も妾であるリオンの母とその子たちの方を本妻より大切にしてくれてた。

 だがマリエの家族は父母兄姉全て血縁者であったのに末娘であるマリエを奴隷の様に虐げ、家族内に誰一人味方のいない孤立無縁

 それに比べてしまえば確かにリオンは家族の中に虐げる者もいたが、愛してく入れる者も居た為、マリエに比べれば恵まれてたのを認めざるを得なかった。

 そうしたマリエの家庭事情も衝撃的だったが、更に衝撃的だったのはあの乙女ゲーをクリアしていなかったという事。

 故にリオンはマリエは主人公になり替わろうなどと言う暴挙に及んだのも合点がいく。

 それがどれだけ危険なことか語ろうとした時、ルクシオンがやってきて声を発する。

 

 

『調査が完了しました。公には隠されてますが公爵令嬢が生まれて間もないころ誘拐事件があったようです。当然公爵家の威信にかけて奪回作戦は決行されました。

賊はすべて捕縛しましたが、問い詰めようにも賊は逃走不可と見るや全員自害しました。そして後に残されたのは同様に誘拐された子供たち。

その中に公爵家の令嬢は居ませんでした。早い段階で他に移されたのでしょうか。実行犯は全員自害してしまったためそこからの捜索は出来なかったようです。

代わりに極めて魔力適性の高い赤子がおり、その子を公爵令嬢の代替として育てたようです』

「それがオリヴィア? 本来主人公だった筈のオリヴィアが公爵令嬢に収まってたわけ、か? でも冷たくねぇか? 自分の子供が攫われて行方不明だってのに」

 

 ルクシオンの報にリオンは不快感を滲ませた声を上げた。

 

『当時公爵家に女児生誕の暁には王子との婚約が決まっていたので代替が必要でした』

「でも瞳の色も髪色も違うだろう」

 

 アンジェリカは金髪に深紅の瞳、オリヴィアは亜麻色の髪に碧眼。

 

『母方の血筋に同じ色があったので何とか誤魔化せたようですね。また上位貴族の特徴として高い魔力適性が挙げられるので、むしろ髪や瞳の色以上にその魔力の方がより重要だったようです。彼女の人並外れた魔力は公爵家令嬢を名乗るのに遜色無いものでした』

「流石主人公様のハイスペックって訳ね。それにしたってそこまでするとはね」

 

 ルクシオンの報告にマリエも声を上げた。

 

『今も尚続く公爵家と侯爵家の派閥争い。あの時公爵令嬢が不在となればすかさず侯爵家が自家の娘を新たな婚約者としてねじ込む算段だったようです。

なので奪還救出が叶わなかった以上どうしても代替が必要だったようです。尤も以上の事から推察すると証拠こそありませんが誘拐事件の黒幕が侯爵家の可能性も高いでしょう。

そうして誘拐されて行方不明になった公爵令嬢の代替として育てられたのがオリヴィア・ラファ・レッドグレイブです』

「それで主人公であるはずのオリヴィアが公爵令嬢になってるわけか。で、アンジェリカが平民になってるのはどういう訳だ?」

『身寄りのない孤児院育ちとのことです。誘拐後どのような経緯で至ったかまでは探れませんでした。気性の激しさと腕っぷしで常にリーダーや同じ院の孤児たちの纏め役として頭角を現してたようです。

人をまとめ人を引き付けるカリスマ性を備えていたようです。公爵家の血のなせる力でしょうか。また今から数年前火炎魔法の力を発現させ、先に述べたカリスマ性などと合わせて有望株と注目され特待生として招待されたようです』

「結果、見事に其々平民と公爵令嬢に入れ替わっちまった訳か。だからユリウス王子の婚約者である公爵令嬢にはそのままオリヴィアが。

ゲーム的には主人公と攻略対象が労せずして結ばれるの確定なら安心の筈なんだが……」

 

 思い出されるのはアンジェリカが主人公ポジションとしてしっかりイベント消化してフラグを立ててしまったこと。

 これでは本来の主人公オリヴィアとユリウス王子との恋愛成就も非常に雲行き怪しい。

 

「ルクシオン。それぞれ婚約に対する考え方ってどうなってる?」

『オリヴィアの方は至極真面目に未来の王妃となることに対し覚悟が決まってるようです。ですがユリウス王子の方は決められた婚約と言うものに対し否定的で"真実の愛や運命の恋"というものに関心が高く夢見てるようです。

その状況から察すると、先程のアンジェリカとの出逢いに、その運命を見出そうとしてる可能性が伺えます』

「舐めとんのかあの世間知らずのクソボンボン王子が! あの野郎ゲームでも同じこと言ってアンジェリカ捨ててオリヴィア選んだだろうが! それで今度は最初からオリヴィアが結婚相手に決まってるのに、それでも今度も決められた婚約相手だから嫌だと別の女が良いだと!? 結局決められた婚約者ならアンジェリカだろうとオリヴィアだろうと拒むって、舐めんのも大概にせぇや!」

 

 ルクシオンの報告にリオンが切れる。ユリウスの考え方が、親が決めた相手は嫌だ、と言うだけの理由で婚約者を捨てようという浅はかな考えに他ならなかったからだ。

 相手をよく知ろうともせず、自分だけ無理やり愛の無い婚約を押し付けられた悲劇の主人公のつもりで酔ってるかの様。

 いかにも世間知らずな貴族のボンボンそのものの軽率で愚かしく度し難い考え。

 

「何よ! だったらやっぱりあの場で邪魔されなければ私にだってフラグ立てられたかもしれないんじゃない!」

 

 だがマリエはリオンと違いユリウスの軽率さもむしろ付け込める隙と捉えて、その事に対し諦めの悪い言葉を吐いた。

 

「お前まだそんな世迷いごとを……って話の途中で未だ言ってなかったな。いいか――」

 

 ルクシオンの報告で会話が中断してたのを思いだしたリオンは、未クリアのマリエが知らない話を話そうとするが、そんなのお構いなしとばかりにマリエが声を上げる。

 

「それより! もう早速一人目のユリウスが落とされちゃったから、うかうかしてらんないわ! 急がないと残り四人も――」

『いえ、もう手遅れの様です』

 

 焦りの声を上げたマリエの言葉を遮り声を上げたルクシオン。

 

「は? 手遅れって一体――」

『聞いて頂く方が早いでしょう。あの後アンジェリカの様子を探るべくドローンで監視を続けてたのですがその時の様子を音声再生します』

 

 言うとルクシオンは音声再生を始める。

 それは残り四人の攻略対象、ジルク、ブラッド、クリス、グレッグの声だった。

 

《これが殿下の心を射止めた拳……。どうやら私のハートも彼女に射止められてしまったようですね》

《親にもぶたれたことのない僕の美しい顔を……これはぜひ責任を取って貰わないと。僕の人生の伴侶として……》

《まさか私が女性の拳も避けられないとは……いや、彼女の拳が凄かったという事か? 彼女となら何処までも己の剣を高められるのだろうか……》

《ハッ! やるじゃねぇかこの俺に一発入れるとは……。面白れー女だな、気に入ったぜ!》

 

 音声再生が終わるとマリエとリオンは揃って驚愕の声を上げる。

 

「噓でしょぉぉぉ!? ユリウス落としてから未だ幾らも時間経ってないのに早すぎでしょぉぉぉ!?」

「アイツラ、ぶん殴られて恋に落ちるとかポンコツすぎじゃねぇぇぇっ!?」

 

 あまりにも短時間に全員フラグが立ってしまったことに二人とも驚きを禁じ得なかった。

 

「でもこれで五人全員とフラグ立ったんなら、アンジェリカがユリウス以外と結ばれてくれれば、オリヴィアとユリウス王子が無事くっ付いてくれる?」

「どうかしらね。コレって逆ハールートにも見えるんだけど……」

 

 件の乙女ゲーには攻略対象全員と結ばれる逆ハーレムルート、略して逆ハーもあった。

 ゲームの主人公オリヴィアに出来て、この世界で主人公の座に収まってる様に見えるアンジェリカに出来ないとは断言できない。

 

「あ~~ッ、クソッ! だったらもう王子たち攻略キャラはいいわよ! その代わり聖女の地位だけは手に入れてやる!」

 

 五人全て落とされたことにマリエは落胆しつつも前向きに気持ちを切り替えるように声を上げた。

 

「お前なぁ、聖女なんて簡単になれるもんじゃねぇぞ? そもそも聖女になるには――」

「見せてあげるわよ私の力」

 

 言ってマリエは自分の手をリオンの手に伸ばすとその手に巻かれたハンカチを解く。

 そこには未だくっきりとマリエの歯形が残っており若干切れて出血した痕もある。

 ユリウスに近づこうとしたマリエを止めようとリオンがマリエの口に手を当て、それを振り解こうと嚙みついた時の噛み痕。

 マリエの手が淡い光を放ちリオンの傷を照らすと徐々に噛み傷は消えていきやがて綺麗さっぱりなくなる。

 

「お前、コレ回復魔法か?」

「そうよ。主人公オリヴィアが聖女に選ばれる条件は稀少な回復魔法の使い手だからでしょ? だったら同じように回復魔法が使える私だってなれない道理は無いわよね?」

 

 言ってマリエは自信満々笑みを浮かべる。

 リオンは一瞬驚きで目を見張る。だが直後渋い顔をして首を振る。

 

「お前が回復魔法を習得してるのに関しては素直に認めてやる。だが、それだけで聖女になってラスボスに勝てるなんて思ってるようじゃ駄目だな」

「なんでそんなこと言えるのよ!」

「それはお前がゲームをクリアしていなくて、俺がクリアしてるからだ。つまりお前が知らない情報、オリヴィアがどうやってラスボスを倒したのか、知ってるからだ」

 

 リオンは有無を言わせぬ強い意志を湛えた瞳で真っすぐ見据える。

 

「え? それって聖女パワーとかそういう――」

「違う。聖女じゃなく"オリヴィアの力"だ。だから例え彼女以外が聖女に成れたとしても、聖女の力しか使えないソイツにはラスボスは倒せない。"絶対"にだ」

 

 リオンの言う"絶対"。そこに込められた強い意志にマリエは気圧される。

 

「じゃ、じゃぁ私にはもう成り上がる道は残されていないって言うの? そんな……今日この日主人公になり替わってやるんだって頑張りは全部無駄だった、って言うの……?」

 

 言いながらマリエは俯き泣き出してしまった。

 どんなに努力しよう他人の人生を奪おうという考えはリオンは共感できなかった。だがそれでも先に聞いたマリエの不遇な境遇に同情しないわけでもない。

 

「とりあえず、もうこれ以上この世界に干渉するつもりはない、と受け止めても良いんだな?」

 

 リオンの問いかけにマリエは不承不承ながら頷く。

 そんなマリエの返事にリオンはひとまず安堵する。

 

「まぁなんだ、自棄食いぐらい付き合ってやる。俺が奢るから好きなもの頼め」

 

 言ってリオンはマリエの目の前にメニュー表を差し出す。

 そうしてマリエはメニュー表の端から端まで片っ端から注文をした。

 そんなに沢山食いきれるわけないだろうと思いつつもマリエの言う通り注文をし、食い残した分をどうしようかと思案に暮れる。

 だがそんな心配など無用だったようにマリエは出された料理を残らず全て平らげ、更には追加注文をしそれらも残らず胃袋に収めてしまったのだった。




お読みいただきありがとうございます。
このお話のメインヒロインは勿論平民アンジェ……ですが第一話は顔見せだけになってしまいました。
次回以降は沢山喋って動いてくれますので引き続きお読みいただけると嬉しいです。

カーラIF共々よろしくお願いします
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