チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「リオン!」
アンジェは最も信頼し頼りとする大切な人の声にその名を口に、喜びと希望一杯の表情で振り向いた。
だが次の瞬間固まる。
それはリオンの浮かべてた表情が今までに見たことの無いものだったから。
無表情に近く、だが滲みだす怒気と不機嫌さは周りの空気まで凍てつかせるような寒気を感じさせるほどのもの。
そうしてアンジェは自分が感情に任せとんでもないことをしでかしたと震える。
アンジェは今までも自分がやらかしたりやらかしかけてきた自覚はあり、だがその度にリオンは笑って許してくれていた。
しかし今回ばかりは規模が違う。
そのやらかしに若しリオンに愛想つかされたら、そう思うと途端に恐ろしくなる。
リオンに呆れられ愛想をつかされ見放されたら――それはアンジェにとって世界が終わるほどの絶望に思え、思わず涙が滲みそうになる。
そんなアンジェの様子に気付いてかリオンは纏う空気と表情を和らげ何時もの微笑みを向け「アンジェ」と優しく語り掛ける。
その微笑みに優しい声にアンジェの不安は吹き飛び、駆け出していた。
「リオン!」
そしてリオンに飛びつき抱き着く。それは今までにない程の情熱的行動。
一瞬とは言え胸によぎった見放されたらという恐れ。五人の男子たちに自分の運命を握られかけた屈辱感と無力感。
気丈に振舞っていたが限界に近かったアンジェにリオンの微笑みは正に希望の光で救いで、心のままに飛びつき抱き着いた。
リオンも今までにないアンジェの情熱的行動に若干の戸惑いを感じつつも、それ以上にアンジェが限界なのを察し安心させてあげたいと優しく受け止め抱き返す。
固く抱き合う二人はまるで世界に二人だけしかいないようにお互いの温もりを確かめ合うように。
「貴様ァッ! アンジェリカから離れろ!」
だがそんな二人の世界を壊すかのように怒声が上がる。声の主はユリウスだった。
「弁えろ! 成り上がりの田舎の下級貴族の分際で! しかもさっき何と申した!? ア、アンジェだと!? 馴れ馴れしく愛称で呼びおって! 一体誰の許可を得――」
「私だ!」
ユリウスの言葉を遮るように負けじとアンジェも叫んだ。
「私がリオンに許可――じゃなくて頼んだのだ! 親愛の証として"アンジェ"と呼んでくれと!」
「し、親愛……? ア、アンジェリカ……お前は王太子たる俺よりもそんな男を――」
「貴様にリオンの何が分かる! リオンは私の大切な……」
言ってアンジェは言葉に詰まる。
今までなら親友と言ってただろう。だが最早アンジェに取ってリオンは親友と言う言葉では収まらないほど大切で愛おしく大きな存在であった。
そしてそれを自覚しつつも、それでも口にするのに今一歩踏み出せずにいた。
そんなアンジェの肩にリオンの優しい手が置かれた。アンジェがリオンの顔を見ればそこには何時もの優しい笑顔が。
その笑顔にアンジェは背中を押される思いで頷くと口を開く。
「リオンは私の大切な思い人だ!」
アンジェの言い放った言葉にユリウスは思わず後ずさる。
「な、何……だと……?」
そして受けた衝撃の大きさを表す様にかすれた声が漏れた。
「アンジェ、それもちょっと違うかな」
リオンがそう言ってアンジェに語り掛けるとアンジェの顔が不安に曇る。若しかして自分の一方的な片思いだったのだろうかと。
「思い人ってのは片思いの場合に使う言葉だろ? アンジェが俺を想ってくれてるだけじゃなく俺だってアンジェの事が好きなんだから。だったら……」
リオンの口から出た"好き"という言葉にアンジェの頬が朱に染まり心臓が跳ねる。
「ま、待てリオンもう一度言ってくれ! い、今……」
アンジェの言葉にリオンは微笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「好きだ。愛してるアンジェ」
その言葉にアンジェの表情がみるみる晴れていく。そして頬は更に上気し瞳に強い輝きが宿る。
「わ、私も好きだ! 大好きだ! 愛してるリオン!」
アンジェもまたリオンの想いに応え思いの丈をリオンにぶつける。
そしてリオンの顔を見て大きく頷くと、再びユリウスたちの方に向き直り大きく息を吸い込み口を開き高らかに宣言する。
「リオンは私の大切な恋人だ! 世界で一番愛する最愛の人だ!」
そうして思いの丈を言い放ったアンジェはとても晴れやかな顔をしていた。
逆にユリウスは顔面蒼白になりよろめく。
「で、殿下お気を確かに!」
そんなユリウスをジルクが支える。
ショックのあまり失神しそうなユリウスだったがジルクの支え、語り掛けに気を取り直す。
「み、認めん……。認めんぞ! そんなの認めてたまるか!」
言うとユリウスは背後のブラッドが持ってたアンジェが叩きつけたグローブをふんだくりリオンに向けて叩きつけた。
「貴様! アンジェリカを賭けてこの俺と決闘しろ!」
グローブを叩きつけられたリオンは黙って拾いそれがアンジェのものだと知ってるのでそのまま本人に手渡す。
「ホラ、大事な物だろ。ちゃんとしまっとき」
「ああ、そうだな。ありがとうリオン」
受け取りリオンに笑顔を向けるアンジェ。それは晴れやかな笑顔でその瞳にはリオンしか映っていないかの様。
「コッチを向かんかァ! 人を虚仮にするのも大概にしろ!」
二人の世界を作るリオンとアンジェに苛立ちをぶつける様にユリウスは怒声を発した。
「虚仮に……だと?」
ユリウスの言葉を反芻するようにリオンが呟く。
瞬間その表情にアンジェの表情が強張る。
リオンは思わず怒りを顔に出してしまったことに気付き直ぐ笑顔を浮かべアンジェの頭を安心させるように優しく撫でる。
そしてユリウス達の方に向き直るとその顔に怒りの表情を浮かべる。
「そっちこそ、さっきからふざけたこと言いたい放題ですね……。アンジェを賭けて決闘だと? アンジェの意思を無視した勝手な事ばかり言いやがって……アンジェはモノやトロフィーじゃねぇんだぞ!」
リオンは怒りの感情のまま言い放った。
「そもそもコイツは殿下とジルクがオリヴィア様とクラリス先輩に突き付けた婚約破棄の撤回を申し出てのモノの筈だろ!? 勝手にすり替えないでいただけますかね!」
リオンの言葉にユリウスと、そしてジルクは悔しそうな顔を浮かべる。
特にジルクは有耶無耶に出来そうだったのを蒸し返されて、より悔しそうに。
「話を整理し直すぞ、アンジェ。殿下とジルクがオリヴィア様とクラリス先輩に婚約破棄を突き付けた。それを撤回させるべく決闘を申し込んだ。それで合ってるな?」
リオンはユリウス達からアンジェの方に向き直り話しかけた。
「あ、ああ、その通りだリオン」
「そしてあの二人は決闘を承諾した。それは鎧を用いた形式。そうだな?」
リオンの言葉にアンジェは頷く。
「だけど鎧を持っていないアンジェでは決闘が不成立になるかもしれない」
リオンの言葉にアンジェは悔しそうに頷く。
「あらためて聞くぞ。アンジェ、お前はどうしたい?」
「わ、私は……アイツ等に勝ちたい! 勝ってクラリス先輩とオリヴィア様に突き付けた婚約破棄を撤回させ、言い放った侮辱の言葉を取り消させ謝罪させたい! だけどアイツ等には鎧が……」
「鎧なら俺も持ってる。アイツ等のなんか目じゃねぇくらいスゲェのをな」
「リオン!?」
その言葉にアンジェは驚きと希望の混ざった顔を見せる。
「アンジェ。お前の為なら俺はお前を傷つける者から護る盾にも、お前の前に立ち塞がる敵を打ち払う剣にもなろう」
そう言ってリオンはアンジェの前に片膝を着く。
「お前が望むなら俺がお前の騎士になってやる。お前の為にならどんな強敵だろうと叩き潰してやる! だから言え! お前の望みを!」
そう言ってリオンが手を差し出すとアンジェもその手に自分の手を重ねる。
二人のその姿はまるで姫と、姫に忠誠を誓う騎士の様。
「リオン! リオン・フォウ・バルトファルト! 私が最も心を許し信頼する、私の最愛の騎士よ! 私の敬愛する女性達の誇りと尊厳を護り取り戻す為に力を貸してくれ!」
アンジェの思いを込めた言葉に、リオンは差し出された手にそっと口づけし応える。
「イエス、マイレディ。約束しようアンジェ、お前に勝利を捧げると。お前の騎士として、身命を賭してその願いに必ず応えてみせると!」
リオンとアンジェの互いに交わした誓。それはまるで姫と騎士の様な一幕に周囲はざわめく。
だが残念ながら学園での王子達の人気を反映してか王子を蹴ってあんなモブ無いわという声が圧倒的に多い。
一方で恋人のいる女性を無理やり手籠めにしようとしてるかの様なユリウスに眉を顰める声、王子達と相対しても引かぬ男気に感心する声も僅かながらいた。
それでも元々の人気の高さからかユリウス達を推す声の方がやはり多そうに聞こえる様であった。
そういう意味で言えばユリウス達がホームで、リオン達がアウェイともいえるが互いの表情から見て取れる様相はまるで逆。
余裕を感じさせるリオンと悔しそうに睨み付けるユリウス。
「そういう訳ですからアンジェと殿下達の決闘成立って事で良いですね? 勿論アンジェの代わりに闘うのはアンジェの代理人にして騎士にして恋人のこの俺、リオン・フォウ・バルトファルトですがね」
リオンの発した「恋人」という単語にアンジェは夢見るように瞳を潤ませ頬を染め、対照的にユリウスは悔し気に、ジルクは忌々し気に顔を歪める。
「おのれ成り上がり風情が図に乗りおって……!」
「で、殿下、落ち着いて。ここは私が……」
怒りのあまり我を失いかけてるユリウスをジルクが慌てて宥める。
「良いでしょう。アンジェリカさん達が勝てば私と殿下は其々の破棄した婚約を元に戻し彼女たちに謝罪しましょう。それがあなた達が決闘の勝利に望む条件と言うのなら、代わりに私達も望む条件があります。それは私たちが勝った場合にはあなた達二人には別れていただくことです!」
「望むところだ! 私のリオンは無敵だ! 私の盾となり剣となり騎士として勝利を捧げると誓ってくれたんだ! 貴様らの様な青びょうたんになど負けるものか!
貴様ら二人、その首洗って待ってろ!」
「二人? 人数を数え間違えてますよ?」
言いながらジルクは後ろに視線を回す。ジルクが目配せする様に視線を送ったのはグレッグ、クリス、ブラッドの三人。
その仕草はユリウスとジルクだけでなく、その三人も当事者に巻き込むと言ってるよう。
「なっ!? この決闘はクラリス先輩とオリヴィア様への婚約破棄撤回を賭けたものだ! その三人は関係ないだろ!?」
アンジェはジルクの言葉と仕草に抗議の声を上げた。
「果たしてそうでしょうか? ねぇ皆さん?」
含みを持たせたジルクの言葉にグレッグとクリスそしてブラッドも応える。
「ケッ! 相変わらず陰険な野郎だな。お前に乗せられるのは癪だが俺もアンジェリカを諦めるつもりは毛頭ねぇ。となると殿下達に負けて貰っちゃ困るわけだな。いいぜ乗ってやるよその口車に」
「相変わらずだなジルク。だが私もダンジョン踏破者の実力、興味無いわけでもない。良い機会だ私の剣とどちらが上か見せて貰おうか」
「僕もそれでいいですよ。最終的には僕が勝たせて貰うつもりだけど、どうやらその為にはここで殿下達には勝って貰わねばならないようだからね」
三人の返答にジルクの表情に余裕が戻る。
「と、いう訳で私達"五人"でお相手いたしましょう。その代わり、そちらも私たち同じ人数、五人迄決闘代理人を認めましょう。尤も、殿下をはじめとした私達に挑もうなどと言う生徒が――」
「問題ない」
ジルクの自信たっぷりに自分たちの数の利を謳うその言葉を遮るように放たれたリオンの言葉。
リオンのその言葉にジルクは不機嫌さを滲ませる。
「はい? 今、何と……?」
「二人だろうと五人だろうと十人だろうとコッチは一向に構わん。俺一人で全員叩き潰せば済むだけのことですからね」
自信満々に言い放つリオンにジルクだけでなく他の四人もその顔に不機嫌さを表す。
そんな五人をものともしないと言わんばかりにリオンはアンジェに語り掛ける。
「アンジェは俺があんな貴族のボンボンどもに負けると思うか?」
「思わん!」
アンジェは即座に答え更に続ける。
「さっきも言ったがリオンこそ私が愛し信頼する最強最愛の騎士だ! そのリオンが勝つと言い切ったんだ! 微塵も疑う余地などない!」
そうしてアンジェもまた自信満々に言い切った。
リオンとアンジェ、二人揃って自信に満ち溢れた顔にジルクは悔しげに歯ぎしりする。
「フ、フン! 良いでしょう戦いが始まればハッキリすること。精々今のうちに別れの言葉でも済ませておきなさい。行きましょう殿下」
「そっちこそ今の内からオリヴィア様とクラリス先輩への謝罪文考えといた方がいいですよ」
ジルクの捨て台詞にリオンが返すとジルクはその顔を益々悔し気に歪めながら立ち去るのだった。
リオンが格好良すぎかな? いや彼も惚れた女の前でならやるときはやる男です!
次回「姉貴分と妹分」