チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「さて……話は済んだし、ここも大分騒がしいからとりあえず俺の部屋に引き上げるぞ」
リオンはアンジェの耳元に顔を寄せ囁きかける。
ユリウスとジルクのそれぞれの婚約者に対する婚約破棄とそれに対し撤回を求めた決闘、更には図らずも繰り広げられたリオンとアンジェの告白劇。
周囲が騒がしいのもむしろ当然。
「ああ、そうだな!」
リオンの言葉にアンジェは元気一杯に応えると二人は連れ立ってその場を後にしたのだった。
アンジェの心の内も、そしてその表情もその溢れだす思いを留めずにいられなかった。
リオンからハッキリと聞かされた"好き"という"愛してる"という言葉にこの世の春とばかりに浮かれ浮足立っていた。
それこそ自分の"しでかし"を忘れるほどに。
リオンの部屋。
アンジェがリオンの部屋を訪れるのは、それこそ初めて出会った時から幾度となく。
これまでは男女を意識せず、ただ仲の良い親友として。
だが互いの想いを確認しあった今、アンジェはそれまでとは違った思いを抱かずにいられない。
扉をくぐると見慣れたはずの部屋も違って見えてくるよう。
アンジェがそんなことを考えてるとリオンが振り返り此方を向く。
その顔は何時にも増して真剣そのもの。
正面から向き合ったリオンはアンジェの顔に向かい両手を伸ばしてくる。
リオンの真剣な眼差しと親友から恋人へ昇華した新たな関係。
アンジェは、これはリオンが自分にキスしようとしてるのではと思う。
(恋人になっていきなり!? いや、でも拒む理由なんかないしむしろ望むところだし……! でもまだ心の準備も……!)
アンジェがそんなこと考えてる間にリオンの両手が自身の体に触れる。それは自分の頭の両側面をがっしりと掴み。
その感触にアンジェは違和感疑問を抱く。
普通キスなら顎に指を添えるとか両頬を包むとか頭を掴むにしてももう少し柔らかく包み込むようにとか――
そんなことを考えてたアンジェの額に強い衝撃が走り目の前に星が瞬いた。
「鎧相手に生身で決闘とか何考えてんだ! いくら何でも無茶し過ぎだぞ!」
端的に言えば、リオンはアンジェの頭をがっしり掴み頭突きを見舞ったのだった。
アンジェは頭突きの衝撃に目を回してる。
そんなアンジェの肩を掴みリオンは口を開く。
「アンジェ! お前がオリヴィア様とクラリス先輩の為にあの二人に怒ったことに関しては咎めん! いやむしろよくやったと言いたいくらいだ! 流石俺の親友……いや恋人だと!
だがな! 鎧相手に生身で決闘挑むのはやりすぎだ! 怖いもの知らずも程々にしないか!」
リオンの説教にアンジェが「で、でも……」と口を開こうとすると、リオンの「アンジェ!」との声に黙る。
「鎧同士の決闘でさえ命を落とす場合だってあるんだぞ!? 自分がどれだけ危なっかしい事しようとしたか解っているのか!?」
言ったリオンの目には涙がうっすら滲み、その表情は怒りと言うより本気の心配だった。
リオンの本気の心配にアンジェの胸は申し訳なさで一杯になる。
「ごめん……なさい」
そして謝罪の言葉を告げる。
リオンがどれだけ心配して自分の身を案じてくれていたのか、そのことに気付いたアンジェは胸を締め付けられる思いだった。
「……反省した?」
リオンの言葉にアンジェが頷く。
「私が軽率だった……。危ない真似して、すまなかった……。反省してる……」
アンジェの声色に本気の反省を感じたリオンは、アンジェの頭を自分の胸に押し付けるように抱きしめその頭を優しく撫でる。
「リオン……ありがとう。私を心配し本気で叱ってくれて……」
リオンに抱かれながらアンジェは、自分を親代わりとなって育ててくれた院長を思い出していた。
普段温厚で優しくとも自分が無茶やったりやらかした時は本気で叱ってくれた。
実の親を知らない自分が真っ直ぐ育ってこれたのも院長先生のお陰だった。
リオンの優しさと厳しさが恩人に重なる。そして改めて思う。リオンに出会えて、リオンと知り合えて、リオンの恋人になれて良かったと。
「よし。じゃぁ俺からの説教はこれで終わり」
リオンの言葉にアンジェの表情に安堵の色が灯る。
いくらそこに愛情があると分っていてもお説教貰うのは疲れるもの。
だが直後「俺からの?」とリオンの言葉の一部、気になる文言にオウム返しに問いかける。
「そうだ。俺からの説教は、だ。クラリス先輩も大分心配してたみたいだから覚悟しておいた方が良いかもしれんぞ」
「クラリス先輩が?」
「ああ、俺があそこに駆け付けたのも先輩が自分の取り巻きさん達にアンジェを止める様、俺に伝えてくれって頼んでくれてな。
その時の取り巻きさんから聞いた様子からすると先輩、アンジェの事メチャクチャ心配してたみたいだったぞ」
そのときリオンの部屋をノックする音が響く。
「若しかしたら噂をすれば、ってやつかな?」
言いながらリオンはアンジェを見詰めると、アンジェは覚悟を決めたように頷く。
「分かった。先輩の取り巻き達なら、若しそうでなくても先輩の所には向かおう。どのみちこの件の当事者の一人だから話さねばなるまい」
「よし。なら俺もついて行くよ。当事者と言うのなら俺だってそうだからな」
言ってリオンが手を差し出すとアンジェはその手を握り答える。
「ありがとう。では一緒について来てくれ」
そして二人はドアに向かって歩を進めた。
「決闘申し込むとか何考えてるのよおぉぉぉ!?」
涙を振りまきながら詰め寄るクラリスにアンジェは押され面食らっていた。
あの後ドアの外には予想通りクラリスの取り巻き達が居て、クラリスに会ってくれと丁寧に頭を下げ頼んできた。そしてそれに応じ彼女の部屋に案内されたのだった。
「お、お嬢様。アンジェリカ嬢をあまり責めないであげて下さい」
「アナタ達も! 止めてってお願いしたのに何でこんな大ごとになっちゃってるのよぉ!?」
「お、お怒りはごもっともで、自分たちの不甲斐無さには申し開きの言葉もありません。ですが、アンジェリカ嬢の意に関してはどうか汲んであげてください!」
アンジェの事を心配するあまり取り乱すほど泣いてるクラリスを宥めようと取り巻き達は必死である。
そしてもう一つ。取り巻き達のアンジェに対する態度も激変してた。
実のところ取り巻き達はクラリスが長年仕えてきた自分たちを差し置いて最近アンジェをあまりに気を掛けるので少々妬いていた。
なので正面切って言ってたわけではないがアンジェに対する呼び方も、礼儀知らずとか平民風情とか小娘と言ったものだったのだった。
加えて言うなら今回の婚約破棄もアンジェにジルクが目移りしなければ起こらなかったと逆恨みに近い感情まで抱いていた。
その認識を変えたのは、アンジェがジルクとユリウスに怒りをぶつけた一幕。
取り巻き達は家の立場などを気にしてジルクに正面切って言いたい文句も言えなかったのを、アンジェは我が事のように怒って言いたいことを言ってくれた。
そのアンジェの本気の想いに、言いたくても言えなかったことを代弁してくれたことに取り巻き達は認識を大きく塗り替える程感激してた。
結果、取り巻き達のアンジェに対する評価は反転急上昇し、呼び方もそれに伴ってアンジェリカ"嬢"。
リオンの部屋に迎えに来、クラリスの部屋に通されるまでもとても丁重な態度であった。
「わ、分かったから! 心配かけて悪かったから。だからもう泣き止んでくれ先輩」
何時も強気なアンジェであるが今回ばかりはタジタジであった。
「わ、私に出来ることがあるのなら何でもするから! だから――」
「何でも?」
アンジェの言った"何でも"という言葉にクラリスが反応する。
その反応にアンジェは早まったかと思ったが、もう遅い。
「い、いや私が出来る範囲でだぞ先輩?」
「……呼び方」
「え?」
「あの時私の事"姉貴分"って言ってくれたわよね!? だったら"先輩"じゃなくてもっとそれらしい呼び方して頂戴!」
クラリスからの予想もしてなかった"お願い"にアンジェは戸惑い周囲に視線を巡らせる。
リオンを見れば苦笑を浮かべながらその表情は言う通りにしてやれと言わんばかりで、クラリスの取り巻きを見ても困ったように"頼む"と言いたげに頭を下げている。
「え、えぇっと……それじゃ……クラリスの姉御……?」
言われた直後クラリスは目を見開き、そして顎先に指を当て反芻する様に考え込むと顔を上げアンジェの手を両手で包み込む。
「姉御! いいじゃない! 決まり! 今後は私の事をそう呼ぶように!」
「ええっ!? で、でも……」
アンジェは自分で言った言葉ではあるが貴族に対しその呼び方で本当にいいのかと戸惑いを表す。
「何でも、って言ったでしょ!?」
アンジェは再び周囲に視線を巡らすと相変わらずリオンは苦笑を浮かべ、取り巻き達も申し訳なさそうに頭を下げてくる。
その反応にアンジェは観念して口を開く。
「……分かったよクラリスの姉御」
アンジェの返事にクラリスは涙で目を腫らしながらも笑顔を浮かべ「よろしい!」と言った。
「それじゃぁ私もこれからは"アンジェ"って呼ばせてもらうわ! 私が姉御で姉貴分なら貴女は妹分なんだからいいでしょ!?」
その言葉にアンジェはやれやれと溜息をつきつつも観念して口を開く。
「……好きに呼んでくれ」
「アンジェ~~!」
言ってクラリスはアンジェに抱き着き抱きしめるのだった。
抱き着かれたアンジェは困惑顔ながらも、その一方で満更でもない、そんな顔を浮かべるのだった。
「頼れる姉貴分が出来て良かったなアンジェ」
クラリスに抱きしめられるアンジェを微笑まし気に見詰めるリオン。
リオンの暢気な声にクラリスは視線を移すとキツ目な眼差しを向ける。
「バルトファルト男爵! 貴方も何を他人事みたいに笑ってるのよ! 学園最強とも言われる五人相手に鎧で決闘だなんて死にたいの!?
ジルクの肩持つみたいなこと言いたくはないけど強いのよアイツ! ああ見えてジルクは――」
「射撃の名手、でしょ?」
クラリスの言葉を遮り発したリオンの言葉に彼女は瞠目する。
「……そうよ。それ加え――」
「エアバイクや鎧の操縦に秀で、奸知に長け頭も切れる」
クラリスが言おうとしてることは既に知ってると言わんばかりにリオンは語ってみせ、そして続ける。
「他の四人も並じゃない。
クリス・フィア・アークライト。剣聖を父に持ち自身も既に剣豪の称号を賜りこの国でも五指、いや三指に入るほどの剣の腕前。
グレッグ・フォウ・セバーグ。ルール有の試合ならクリスに及ばないが、何でもありの喧嘩や野試合なら互角とも言われる実戦派。
ブラッド・フォウ・フィールド。剣や白兵戦では他の四人に及ばないが魔術の扱いにかけちゃ学園トップクラスの使い手。
そしてユリウス・ラファ・ホルファート。王太子の名は伊達じゃない。コイツの鎧はこの国の粋を尽くして作られた最高傑作」
言い切ったリオンの言葉にクラリスは驚きで言葉を返せずにいた。
最初リオンがあの五人の決闘を受け入れたと聞きその実力を知らず軽率に受け入れたと思っていた。
だがその実は実力を知らない処ではない。十二分に把握している。
「そ、そこまで把握してるならどうして……!」
であれば尚のこと理解できないとクラリスは声を発したが、リオンの顔を見ればその顔に浮かぶは悠然とした自信。
「確かにあいつらはこの学園じゃ最強でしょう。でも俺に言わせれば命がけの修羅場も経験したことも無い嘴の黄色いひよっこですよ。そんな奴らに負けるつもりはないですね。
ま、こちとら俺の恋人の大切な願いがかかった戦いなら誰が相手だろうと退くなんて選択肢はありませんがね。それこそ例え相手が黒騎士だろうと」
リオンの返答にクラリスは驚きと少しの呆れを含んだ表情を見せる。
「黒騎士とはまた随分大きく出たわね……」
「黒騎士?」
リオンとクラリスの会話にアンジェが疑問の声を上げた。
「私たちが生まれる前の戦争で戦った敵国、公国最強の騎士よ。彼には我が国最強と言われる剣聖アークライト伯爵でさえ敵わなかったと言われ、当時を知る人たちは未だその名を聞けば震えあがると言われてるわ」
アンジェの疑問に答え補足する様にクラリスは語った。
王国を恐怖に叩き込んだ最強の敵黒騎士。そんな恐ろしい敵が相手でも護ってみせるというリオンの言葉にアンジェは夢見る様に瞳を輝かせる。
「成程! リオンはそんな強い騎士が相手でも負けないぐらい強いんだな!? だったら色ボケ王子や陰険クソ緑のようなボンボンどもが束になって掛かって来ても恐るるに足らずだな!」
リオンに全幅の信頼を寄せ恐れの欠片も見せないアンジェにクラリスは一瞬呆れの顔を見せ、直後覚悟を決めた表情を見せる。
「分かったわ。男爵がそこまで自信を持って言い切り、アンジェもそれに全幅の信頼を寄せ信じるのなら私も信じましょう」
言ってクラリスはアンジェの頭を撫でる。そして居住まいを正し真剣な面持ちでアンジェの顔を見詰める。
「アンジェ。ごめんね私とジルクの婚約破棄騒動に貴女とバルトファルト男爵を巻き込んでしまって」
「いや、頭を上げてくれ先輩……じゃなくて姉御。私こそ騒ぎを大きくしてしまって済まない」
アンジェが頭を下げようとするとクラリスは押しとどめ、アンジェの頭を優しく抱きしめる。
「あと……ありがとう。私の為にあんなにも真剣に怒ってくれて。本当にありがとう……」
「姉御……」
クラリスの感謝を込めた抱擁にアンジェも応えるように抱き返す。
そしてクラリスはリオンに向き直る。
「バルトファルト男爵。私の婚約破棄撤回の為とは言いません。アンジェの為に勝って……いえ、勝てずとも無茶はせず必ず生きて戻ってきてください。貴方の恋人の、私の妹分の為に。アンジェを悲しませない為に」
「お気遣いありがとうございますクラリス先輩。ですが俺は勝ちますよアンジェの為に。そしてアンジェの大切な姉貴分である貴女の為にも」
そうして二人に向かい微笑みかけるのだった。
と言う訳で義理の姉妹の絆を結ぶような形になってしまいました。
最初クラリス登場させた時、ここ迄仲良しな深い仲になるとは思ってませんでした(笑
次回はオリヴィア様の元へ向かいます