チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「お嬢様はどなたにもお会いしたくないと仰ってます」
クラリスと会った後、リオンとアンジェはオリヴィアの元を訪れていたが、彼女の取り巻きの女生徒の一人に門前払いを受けていた。
「そこを何とか頼む! どうしても会って話がしたいんだ!」
アンジェは取り巻きの冷たい返しにも怯むことなく会わせてくれと食い下がる。
引き下がろうとしないアンジェに取り巻きが冷たい視線を送る。
「決闘の話は聞き及んでます」
取り巻きの言葉にアンジェは言葉に詰まる。あれだけ大声で騒いでたのだし、何より言い争ってた相手は学園の有名人であるあの五人。伝わってるのも当然。
「そ、そうか。当然伝わってるよな。だったら話は早い。尚のこと会って話さなければいけないの分かるだろう!? 頼むからそこを通してくれ!」
言ってアンジェは強引に押し通りドアハンドルに手をかけるも当然鍵がかかっている。だがアンジェは鍵などお構いなしとばかりにドアハンドルをガチャガチャ鳴らしながらドアをノックし続ける。
「オリヴィア様! オリヴィア様! 私だ! アンジェリカだ! 頼むから開けてくれ! 会って話を聞いてくれ!」
「お止めなさい! お嬢様にも周りの部屋にも迷惑です! お帰り下さ――」
その時〈バキィ!〉と何か壊れるような音が。見ればアンジェの手に握られたドアハンドルが扉からもげていた。そしてアンジェの手の平とドアハンドルの間には深紅のオーラが。
どうやら無意識に魔力を行使してしまったらしい。
目の前の光景にリオンは、やっちまったなと言わんばかりに顔の上半分を片手で覆い、取り巻きは驚きで目を丸くし、アンジェ自身もやってしまったと顔に焦りの色を浮かべる。
だがやってしまったのは仕方ない。後で謝り弁償するにしても結果的に鍵という障害が無くなったのは事実。
気持ちを切り替えドアを開け中に入ろうとするアンジェ。
ドアハンドル破壊という想定外のことに呆然としかけた取り巻きであったが我に返りアンジェを止めようとする。
「ですから! お嬢様は誰にもお会いにならないと――」
だがその時取り巻きを遮る人物が。
「まぁまぁ、ここは私の顔に免じて」
「何ですか次は! ってアトリー伯爵令嬢!?」
「クラリスの姉御!?」
取り巻きの女生徒を制しアンジェに助け舟を出したのはクラリスだった。
「心配だったから来ちゃった」
言ってクラリスは悪戯っぽく舌先を出しながらウィンクしてみせる。
そして取り巻きの肩に手を回す。親しげな仕草であるが実際には牽制的行動。
「アンジェ、ここは私に任せて貴女は貴女のやりたい様にやりなさい」
「ありがとう姉御! 恩に着る!」
そうしてアンジェはクラリスに背中を押されるようにオリヴィアの部屋の扉をくぐるのだった。そしてリオンもクラリスに会釈し感謝の意を表しながらアンジェを追いかけ部屋に入ったのだった。
「オリヴィア様!」
アンジェは部屋の主であるオリヴィアに声をかける。
ベッドに突っ伏していたオリヴィアがその声に反応したかのようにゆっくりと体を起こし首をもたげアンジェの方に視線を向ける。
「……どなたにも入らないよう申し渡しておいたはずですが?」
オリヴィアの顔は憔悴しきっており声にも生気がなかった。
「ああ、扉の前で取り巻きの人にも言われた。それを押しのけ強引に入ってしまったのには謝る。すまない。だがどうしても気になって会いに来ずにはいられなかった!
あのバ……じゃなくて殿下に婚約破棄を突き付けられて傷ついてるんじゃないかと思うと気が気じゃなくて……」
心配の気持ちを露に語り掛けるアンジェ。だがオリヴィアのその顔は表情が読めない無表情に近いもの。
「優しいんですね……アンジェリカさん。私なんかを気にかけて下さるなんて……」
「そんなの決まっている! オリヴィア様! 私は貴女の事を尊敬している。公爵令嬢として全ての貴族の女生徒たちの手本たらんと頑張ってる姿に。そんな貴女が傷ついてるかもしれないと思ったら会いに来ずには――」
「尊敬? 私は尊敬されるような女ではありませんよ」
アンジェの言葉を遮り紡がれたオリヴィアの声色は低かった。
「そんな事は無い! いつだって毅然とした態度で臨みながらも周囲への気配りを欠かさない貴女は間違いなく尊敬に値する――」
「貴女に何が分かるというのです! 高々数度話したことがある程度の仲で!」
アンジェの気遣いの言葉に対しオリヴィアの返した言葉は、それはアンジェの知る優しい彼女のそれとは思えない冷たさと拒絶を感じさせるものだった。
「もう一度言います。私は尊敬されるような女ではありません。だって私の本当の心は醜く歪んでて……聞きたいですか? 聞いたら幻滅しますよ? それでも聞きたいのなら聞かせてあげますよ。殿下に婚約破棄を言い渡された時私が何を思ったと思います? どうしてこうなる前にアンジェリカさん、貴女を殿下から遠ざけなかったのかと。貴女を退学させてでもこの学園から追い出さなかったのかと後悔したんですよ」
言いながらオリヴィアは暗く冷たい視線を向ける。そして続ける。
「最低でしょ? 貴女に何の非もないと、貴女が殿下を想うどころか迷惑がっているのを知っていながら……。いえ、若しかしたら貴女の言葉を信じていなかったのかもしれませんね。
口ではあんな風に信じると言っておきながら。最低の酷い女でしょ? 愕然としましたよ私の心の内にこんな醜い部分があったなんて……。この醜い心が私の本性だと知って……」
「違う! そんな風に自分を責めないでくれ! 人間誰しも心が弱ってる時は心にもないことを考えてしまうことぐらいあって当たり前だ!」
アンジェはオリヴィアの元に駆け寄り真っ直ぐな視線を向ける。
そんなアンジェの瞳にオリヴィアは暗くよどんだ視線を返す。
「綺麗な瞳ですねアンジェリカさん。この学園で平民と蔑まれたり嫌な目にも沢山遭ってるでしょうに、そんな目に遭わされて尚汚されることも無く輝きを失わない曇りなき綺麗な瞳……。
ねぇ、アンジェリカさん? 今の私はどんな眼をしてますか? 鏡を見ずとも分かりますよ。きっと澱み濁り切った醜い眼をしてるのでしょうね……貴女とは大違いの……」
言いながらオリヴィアは自嘲気味に笑う。それはとても歪で冷たい笑み。
「殿下が私を見限り貴女を選ぶわけですよ……こんな醜い女捨てられて当然。アンジェリカさん、貴女のその眼が羨ましい。そして……妬ましい。それこそ貴女のその眼をえぐり出して取り換えてしまいたいぐらい……」
言いながらオリヴィアはアンジェの頬に手を添わせると、その親指はアンジェの眼の直ぐ傍に――
「オリヴィア様!」
その様子にリオンは思わず声を上げ一歩踏み出すと、その声に気付いたのかオリヴィアの首がゆっくりリオンの方に向く。リオンに向けられたその顔は人形のように無表情で、瞳はガラス玉の様に生気が無く虚ろ。
オリヴィアのその顔にリオンは背筋に悪寒が走る。アンジェの身に対する危険をも感じこのまま強引にでもアンジェを連れて部屋を後にするべきかもと思う。
そんなリオンに向かいアンジェは手の平を指先を上に向け指を大きく開き突き出す。視線はオリヴィアを真っすぐ見詰めたまま。
「オリヴィア様。それが今貴女を苦しめてるモノのなんだな。ならばやはり貴女は立派なお方だ」
「何ですかそれは? 皮肉ですか?」
「違う! 先ほどからの話はすべて自分を責めるものばかり! 身勝手で酷い婚約破棄を突き付けられたのに、あのバカ王子に対し恨み言の一つも言っていないではないか!」
「そんなもの……私の心の内に抱えた闇の醜さにを思えば殿下を非難する資格なんて……」
投げやり気味な声を発するオリヴィアに対し、アンジェは強い口調で声を上げる。
「心の闇!? 負の感情!? それがどうした! そんなもの人間なら持ってて当たり前だ! この世に心に一片の闇も負も抱かぬ人間などいてたまるか!」
「そうですか……? アンジェリカさん、私には貴女こそ汚れない清廉潔白な人間に見えますが……?」
「それこそ買いかぶりだ。私にだって心に抱えた闇ぐらいある当たり前だ! 先ほど私が平民と蔑まれたり嫌な目にも沢山遭ってると仰られたな。その通りだ。だがそれに対し私の心が曇ってないと? そんな訳無いだろ! アイツ等に酷い言葉を投げかけられるたびに私の中にはアイツ等に対する怒りと憎しみでどす黒い炎が渦巻き燃え上がっていたさ! それこそこの学園ごと灰にしてやろうかと思ったことも一度や二度じゃ効かないほど!」
言ったアンジェの顔には思い出す過去に対する怒りが滲み出た険しいものだった。薄くではあるが深紅のオーラも溢れ出ている。
怒りを露にしたアンジェだったが、瞼を閉じ深呼吸し気持ちを静め、溢れ出てた深紅のオーラも収める。そしてその眼を開くと真っすぐな瞳でオリヴィアを見詰める。
「もう一度言う。心に闇も負の感情も抱えていない人間などいてたまるか! もし自分がそうだなどと名乗る人間がいればソイツは詐欺師かペテン師、若しくはソイツこそ自分の心の歪みにも気付かぬ愚か者だ!」
言いながらアンジェの脳裏に浮かんでたのはジルクとユリウス。クラリスとオリヴィアを口汚く罵りながら、それがどんな酷い行いか微塵も疑問も持たず自分に一点の非も無いかの如く振舞っていたその姿は腹立たしくおぞましくすらあった。
「だがな! 清廉潔白な人間などいなくとも清廉潔白たらんとする人間はいる! オリヴィア様! 貴女は自分の心の闇に気付きそれを恥じた! 恥じる気持ちがあるからこそ苦しんでる! それこそが清廉潔白たらんとする心意気だろ!?
それは己を律し、厳しくあろうとする心持で、そんな貴女の気高さを私は尊敬している! だから……一度や二度心を闇に捕らわれたからと言って、ことさらに自分を卑下しないでくれ!」
オリヴィアを真っすぐ見詰めるアンジェの眼には涙が滲んでいた。
アンジェの真っすぐな眼差しにオリヴィアの心の闇が晴れていくように、その瞳からもよどみが消えて行く。
「何で……何でそんなにも優しいんですか……!」
言ったオリヴィアの眼にも涙が滲み出していた。
「オリヴィア様……自慢じゃないが私にはこの学園に心を許せる人は数えられるほどしかいない。でも数は少なくとも、いや、少ないからこそみんな私の大切な人や尊敬する人たちだ。
オリヴィア様、貴女もそんな数少ない私の大切な尊敬する人のひとりなんだ。傷ついてるのを見て放っておけるわけ無いだろ?」
そしてオリヴィアを優しく抱きしめる。
アンジェの優しさに温もりに触れオリヴィアの眼から涙が溢れる。そして堰を切ったように泣き出す。
アンジェの胸に抱かれ声を上げて泣くオリヴィア。そんな彼女をアンジェは優しく抱きしめてあげるのだった。
「ありがとう……アンジェリカさん」
ひとしきり泣いた後オリヴィアはアンジェに向かい礼を述べた。そして頭を下げる。
「あと……冷たい酷い態度を取ってしまってごめんなさい」
「いや、私こそ謝らなければいけないのかもしれない。オリヴィア様の事心配でここに来たと言ったが、その一方で貴女なら強いから大丈夫だろうとも思っていた。
でも実際の貴女は思ってた以上に繊細で傷つきやすくて……当然だ私と同い年なんだから。それなのにその事に気付かなくって。正直貴女の涙を見るまでその事に思い至れなくって……」
「大泣きしてみっともない所見せてしまいましたね……」
言いながらオリヴィアは恥ずかしそうに微笑む。
「みっともなくなんてない! 私も貴女もまだ十代の少女じゃないか! 辛ければ苦しければ泣いたっていいんだ! 泣くのが当たり前だ!」
「……本当に優しいのねアンジェリカさん。そんな貴女に酷いこともたくさん言ってしまって申し訳ありません……」
「大丈夫だ私なら全然気にしていない。私も貴女も未だ学生の身なんだ。もっと肩の力抜いていいと思うぞ」
「肩の力を……ですか。今まで私は未来の王妃候補として、他の貴族女子達の手本たらんと肩肘張りすぎてたのかもしれませんね。でも……これからはもう少し肩の力を抜いても、抜いた方が良いのかもしれませんね」
オリヴィアはそっと目を閉じ軽く深呼吸し、目を開くとアンジェを見つめ徐に口を開く。
「アンジェリカさん。お願いがあります。私と友達になってくれませんか? そして"リビア"と、呼んでくれませんか?」
オリヴィアの願いにアンジェは頷こうとするも固まってしまう。
公爵家。それは貴族の頂点であり、更に言えば辿れば王家の分家筋で末席とは言え王位継承権迄ある。平民であるアンジェから見れば、それどころか並の貴族から見ても雲の上の存在。
また、今まで尊称で"様"付けで呼んでたのも無意識化に壁を隔たりを刻んでしまってたのだろうか。
気にするなと言うのが無理な話なほどの身分差。
返答に困るアンジェにオリヴィアは残念そうに寂しそうな笑みを浮かべ、場はどことなく気まずい空気に。
「呼んであげなさいよアンジェ」
「姉御!?」
場の沈黙を破ったのは何時の間にか部屋に入って来ていたクラリスだった。
「上級貴族の令嬢って結構寂しいものなのよ。私も公爵家ほどじゃないけどそれなりに高い地位の伯爵家の令嬢だからね。地位とかが邪魔して本音で腹を割って話せる友人って殆ど居ないのよ。
だからね、アンジェ。貴女の身分差を恐れない真っすぐな気質をね、私は大好きだし評価してるのよ。それが貴女の魅力で、そんな貴女の真っすぐさに私も救われてるのよ。だからね……」
クラリスはアンジェの両肩に手を置きオリヴィアの方に向き直らせる。
クラリスに背中を押されアンジェは思いを巡らせる。
そして自分に言い聞かせる。
先ほど自分で言ったではないか。自分と同じ未だ十代の学生なんだと。雲の上の人なんかじゃない、自分と同い年の傷つき苦しんでた少女なんだと。
その事に思い至らせてくれたクラリスにも感謝の意を感じながら、意を決し口を開く。
「此方こそお願いしたい。オリヴィア様……いや、リビア。私と友達になってくれ! そして私のこともアンジェと呼んでくれ!」
アンジェの真っすぐな瞳にオリヴィアは目に涙を浮かべながら満面の笑みで応える。
「ありがとう。これからもよろしくお願いしますね、アンジェ」
本編リビアも闇の片鱗覗かせる危うい描写ありましたし……
次回「決戦の場へ」