チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり   作:julas

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2、邂逅

「さて、どうしたものかね」

 

 寮の自室でリオンはひとり呟き状況を整理する。

 リオンがこの全寮制の王都の学園に入学した目的、それはこの世界の主人公オリヴィアが無事恋人を見つけ愛を育み、来るべきラスボスとの戦いに勝つのを見届ける事。

 また、場合によっては陰ながらサポートするつもりでもいた。

 現在オリヴィアはゲームのシナリオから外れ平民の特待生ではなく、悪役令嬢ポジションであるはずのレッドグレイブ公爵令嬢に収まっている。

 だがこれは決して悪い事ではない。ゲームでの彼女は回復魔法の才を買われ特待生として入学し、延いてはその才で聖女になった。

 公爵令嬢になった彼女もまた優れた回復魔法の才を開花させ将来は聖女との期待の声も上がっている。

 さらに婚約者はゲームでの攻略対象筆頭でもあるユリウス王子。

 こうして見てみると状況は決して悪くないように見えるのだが――

 

「悪役令嬢であるはずが平民特待生になったアンジェリカ、か……」

 

 オリヴィアとユリウスの婚約の先行きを曇らせる存在、それが代わりに主人公ポジションに収まったアンジェリカ。

 このアンジェリカに、こともあろうにユリウスが惚れてしまってるらしい。

 折角本来の主人公でラスボスを倒す力を持ったオリヴィアと攻略対象のユリウスが婚約してるのに、若しこのままユリウスが平民のアンジェリカとくっ付けばオリヴィアとの婚約はどうなる。

 ゲームでは平民主人公が、悪役令嬢の婚約者を奪い恋を実らせるのはゲームクリアの為に必要なことだったが、状況がひっくり返った今それをされると逆に詰む。だから――

 

「あの二人だけは、アンジェリカとユリウスだけは絶対にくっつけるわけにはいかねぇな」

『それが当面の目標ですかな』

 

 ルクシオンが問いかけるとリオンは頷く。

 

『では――アンジェリカを消しますか?』

「なっ!? お前何馬鹿なこと言ってるんだ!?」

 

 ルクシオンのとんでも無い提案にリオンは驚きと抗議の入り混じった声を上げる。

 

『消すといっても何も物理的抹消ではありません。退学に追い込むなどの方法での排除も可能です。マスターの望みはオリヴィアとユリウスが無事その婚約を成婚させることですよね? その婚約が破談にならない為、その障害になりうるアンジェリカを排除する。何か問題でも?』

「大ありだバカヤロウ! 何でも物騒な方法で解決しようとするんじゃねえ! 却下だ却下! そういう事じゃなくてもっと穏便な方法で解決するって言ってんだ! 要はあの二人が付き合わなければいいだけだろ!」

 

 ルクシオンの物騒すぎる提案を却下したリオンは大きく溜息をつく。

 

「ユリウスがアンジェリカに懸想してても、アンジェリカにその気がなければ破談にならない可能性だってあるだろ。

そういやユリウスたち五人はアンジェリカに思いを寄せてるみたいだがアンジェリカの方はあの五人のことどう思ってるんだ?」

『先ほどの接触の様子を見る限り、脈があるとは言い難い様子です』

「五人全員とも?」

『五人全員ともです』

「ユリウスに関心ねぇのは有り難いが、他の四人まで脈無しは微妙だな~」

 

 現状望ましいのはオリヴィアとユリウスの無事の成婚。懸念事項はユリウスがアンジェリカを選び婚約破棄に動く可能性。

 それを防ぐための解決法の一つとしてアンジェリカがユリウス以外の男子と恋人関係になる事。

 アンジェリカに恋人が出来てしまえばユリウスもアンジェリカを諦め大人しくオリヴィアと結ばれてくれるだろうと。

 そうしてリオンは方針を定めた。アンジェリカがユリウスを選ばす別の男子と添い遂げるのを望み、場合によってはそうなる様にサポートなど行うことを。

 

 

 

 方針を定めてアンジェリカを見守ること数日。

 その間、ユリウス達は飽きもせずアンジェリカをことあるごとに口説きまくっている。それはもう熱心に。

 ゲームでアンジェリカを手酷く振って主人公を選んだお前がどの面下げて口説いてんだ、とリオンは思いつつも口には出さない。

 最初の頃はしつこく口説いてくるユリウスに怒鳴りたてて拒絶の意を表していたが、最近では貴族と平民の身分差を考慮し大声を立てることも無くなり。

 だがその分ストレスは堪っているようでいつ爆発してもおかしくなさそうな状態に。

 いっそ爆発してそれを理由に退学になれば懸念事項は無くなるかもしれないが、そういった展開にはリオンは持っていきたくなかった。

 またアンジェリカに絡んでくるのは王子たち攻略キャラ達だけではない。王子たちに憧れる女生徒たちが嫉妬の感情剥き出しに絡んでくることもしばしばで、あわや大喧嘩になりそうなことも。

 こんなことが続けば何時か本当に爆発するのでは。そんな懸念が現実になりそうなある昼下がり。

 

 廊下でアンジェリカが女子グループに囲まれ詰め寄られている。

 アンジェリカに目を向ければ額に青筋を浮かべ今にも爆発寸前と言った顔。頭の上にカウントダウンの数字が浮かんでてもおかしくないその激怒顔にリオンは慌てて駆け寄る。

 

「アンジェリカさん! どうしたの約束の時間になっても来ないから探しちゃったよ!?」

「なんだお前は!? 私はお前と約束など――」

 

 アンジェリカの怒声にリオンは小声で囁きかける。

 

「話を合わせて。こんなとこで喧嘩なんかしたら今度こそ退学になっちゃうよ? そしたら故郷の人たちに顔向けできないでしょ?」

 

 言われてアンジェリカは押し黙る。その隙にリオンはその肩を抱き強引に連れ出すのだった。

 後ろから女子たちの罵声が聞こえるが無視して立ち去る。

 

 

 

「スマンな。助かった礼を言う。どうも私は頭に血が上りやすくて。イカンな、直さなければと思っているのだがどうしても……」

 

 絡んできた女子グループから逃れリオンと二人きりになったところで冷静さを取り戻したアンジェリカは感謝と謝罪の言葉を述べた。

 

「別に気にしないで。単なるおせっかいだから。それじゃ」

 

 言ってリオンは立ち去ろうとするとアンジェリカは呼び止める。

 

「待ってくれ。私たちは初対面の筈だろ? 何故私の名前を知ってる?」

「有名人だからね。特待生で凄い美人の子が入って来たって」

 

 有名人なのは事実だが、それは美人としてより王子たちに言い寄られてる、そこから曲解して誑かしてるとか、喧嘩っ早い等の不名誉な噂なのでそんなこと勿論言わない。

 そしてアンジェリカも自分が周りにそのように言われてるのを知っており、だがそのことに触れないでくれた気遣いを嬉しく思った。

 

「君は優しいのだな。改めて自己紹介しようアンジェリカだ。平民なので姓は無い。君の名前も教えてくれないか?」

「リオン・フォウ・バルトファルトです。一応これでも男爵位を賜ってます。お見知りおきを」

「バルトファルト……男爵? 聞いたことあるぞ今年の新入生で入学前にダンジョン踏破した猛者が居ると! その名前がバルトファルト男爵! 君がそうか!?」

 

 驚きと興奮を滲ませアンジェリカが声を上げる。

 

「御存じでしたか」

「御存じも何も会いたいと思っていたんだ! そうかそうか、君がそうか!」

 

 言いながらアンジェリカは親愛の情を込めてリオンの肩をバンバン叩く。

 それは女性と思えないほど力強くまるで男友達に叩かれてるよう。

 

「実は会えたら冒険の話など聞かせてほしいと思ってたんだ! 良かったら聞かせてくれないか!?」

 

 そう言ってアンジェリカは満面の笑みで詰め寄る。瞳など子供の様にキラキラさせて。

 

「じゃ、じゃぁ立ち話もなんだから俺の部屋でお茶でも飲みながら……」

 

 一気にハイテンションなアンジェリカに気圧されながらリオンは応じる。

 

「うむ! お邪魔させてもらう!」

「アンジェリカさん冒険の話とか好きなの?」

「大好きだ! 子供の頃からその手の本にも目が無くてな! だからこうして本物の冒険の話を生で聞けると思うと興奮が抑えられん! さぁ早く連れて行って聞かせてくれ!」

 

 そうしてアンジェリカに急かされリオンは部屋へ向かうのだった。

 

 

 

「それでそれで! それからどうなったのだ!?」

 

 アンジェリカは出された菓子を頬張りながらリオンの話に前のめりに聞き入っていた。

 リオンは茶を嗜みながら自身が冒険に出た話を聞かせていたのだった。

 話に聞き入るアンジェリカの姿はゲームで見知った姿とはまるで別人。平民として育ったという環境がここまで人を変えるのだろうか。

 だがリオン達が暮らすホルファート王国は冒険者を貴ぶ国風。

 ゲームでもアンジェリカ、更に言えば彼女の家レッドグレイブ公爵家も冒険者に理解を示していたなと思い出していた。

 そう考えればこの冒険譚に興奮する姿もゲーム通りなのだろうか。

 

 そうして話し込んでる内に気づけば大分日も傾いてきた。

 流石に話し疲れたリオンが時間を理由にお開きを申し出る。

 

「む、確かに気付けばもう大分遅いな。もっともっと聞きたかったのだが……」

 

 アンジェリカは心底名残惜しそうな顔を浮かべる。それだけリオンの話が楽しかったのだろう。

 

「続きならまた明日話してあげるよ」

「本当だな!? ちゃんと続き話してくれるんだな!?」

 

 食い気味に迫るアンジェリカにリオンは若干引きつつも頷く。

 

「本当に冒険譚が好きなんだねアンジェリカさん」

「うむ! 子供の頃から大好きでこの年になっても聞けば胸躍る! 今日ほどこの学園に入学して良かったと思えた日は無かったぞ! ありがとうバルトファルト男爵! 面白い話聞かせてくれて! 君の様な友達が出来て嬉しいぞ!」

「友達?」

「違うのか? 今日一日とても楽しかったし。それともお貴族様に対し気安かったかな……?」

 

 言いながらアンジェリカの声は尻すぼみに小さくなっていく。

 

「いや、合ってる。俺たちはもう友達だ。改めてよろしくアンジェリカさん」

 

 リオンの言葉にアンジェリカは笑顔を輝かせる。

 

「ありがとうバルトファルト男爵! あ、それなら今後はアンジェと呼んでくれないか? 地元で親しい人たちはみんなそう呼んでくれた」

「そうか。じゃぁ俺もバルトファルト男爵なんて堅苦しい呼び方じゃなくてリオンでいいよ」

「分かった。今後も仲良くしてくれリオン!」

「よろしくなアンジェ」

 

 そうして互いに手を差し出すと固く握手を交わすのだった。

 

 

 

「疲れた……」

 

 名残惜しそうにしつつも笑顔で帰っていったアンジェを見送った後、ベッドに身を投げ出したリオンは呟いた。

 

『その割には幸せそうに緩みまくった顔してますね』

 

 ルクシオンの言葉にリオンは思わず両頬に手を当てる。

 

『マスター。この軌道修正案はとても良いと思いますよ』

「何の話だルクシオン?」

『マスターがアンジェリカと恋仲になればユリウスも諦めるでしょう。そうすればオリヴィアは無事ユリウスと成婚を果たしマスターの望み通りの結果に至るのでは?』

「バカッ! 俺とアンジェはそんな仲じゃねぇよ! 言ったろ友達だって!」

『現状アンジェリカの好感度が一番高いのは間違いなくマスターです。逆に今突き放すようなことをすれば、それこそ失恋のショックでその隙をユリウスが突いてきて、ユリウスとオリヴィアの婚約は破談になるでしょう』

「し、失恋って友達だって言ってんだろ……」

『今は友情でも後々恋愛感情に発展する可能性は極めて大きいと見受けます。いえ振ったりしたらそれを切っ掛けに気づく可能性も』

 

 言われてリオンは押し黙る。

 

 

『それともアンジェリカはマスターの好みに沿いませんか?』

「……ぶっちゃけメチャクチャ好みです」

『でしょうね。特にアンジェリカの胸元に視線を送る回数は群を抜いておりました』

「なっ!? そ、そんなわけないだろ!?」

『視線が泳いでますし声が上ずってます。典型的なウソを言ってる時の反応ですね。大丈夫です誰にも言いませんよ。マスターの好感度を下げるようなことは致しませんから御安心を』

 

 リオンは両手で顔を覆い黙り込んでしまう。

 

『とりあえず理解しておいてください。現状一番有効な手はマスターがアンジェリカと添い遂げることだということを』

「大体、恋人とか気軽に言ってくれるが、ここでの恋人づくりってそのまま婚姻問題だぞ? 身分問題どうすんだよ。俺は貴族でアンジェは平民だぞ?」

『貴族と養子縁組したうえで結べば何の問題もありません。マスターの御学友のダニエルかレイモンドあたりの実家に協力してもらえば可能でしょう』

「まぁ確かにそれなら……って違う! アイツの本当の身分は公爵令嬢だろ!? って公爵家は気付いてないのか? 火炎魔法は公爵家のお家芸で、それを使えるアンジェが昔攫われた子供かもしれない、って。それに髪と瞳の色、顔立ちだって公爵家の家族に似てきてるんじゃねぇのか?」

『気になっていますし、その可能性を探り調査もしてるようです。ただ現状は静観の様です』

「なんでだよ。折角大事な娘が見つかったかもっていうのに」

『既にオリヴィアが居るからです』

「あ……」

『確かに単なる代替令嬢であればそれを廃しアンジェリカを迎え入れたかもしれません。いえ、それでも例え血筋が正しくともこれまで一市民として暮らし王妃教育どころか貴族のしきたりも常識も知らない娘を迎えるには問題が多すぎます。幼ければ教育のやり直しも利いたかもしれませんがこの齢ではそれも難しいでしょう。

対してオリヴィアはこれまで十数年間王妃教育を徹底的に叩き込まれてきて、どこに出しても恥ずかしくない立派な未来の王妃候補。加えて聖女も狙える魔力。手放すには惜しすぎます。

それこそ実の娘と秤にかけて尚。更に言えば下手にアンジェリカを迎え入れれば公爵内が二つに割れかねません。

今となってはアンジェリカは探し求めた愛娘と言うより厄介ごとの火種でしかありません』

「なんだよそれ……。折角血の繋がった家族が見つかったっていうのに……」

 

 リオンの上げた声は怒り憐れみ悲しみが入り混じったものだった。

 

『ですがマスターにとってもその方が都合が良いのでは? 若しアンジェリカが公爵令嬢と判明し、そしてユリウスが婚姻を望みオリヴィアとの婚約破棄を申し出れば公爵家はその方向で進めてしまうかもしれません。

確かにオリヴィアの優秀さに対し貴族のしきたり慣習も知らず王妃教育も受けていない令嬢など本来なら話になりませんが、王家と公爵家の姻戚関係を結ぶ重要性と秤にかけた場合はその可能性も否定できません。

それはマスターが忌避したい事案ですよね?』

 

 リオンからの答えは無い。目元を前腕で覆い覗く下半分の口元は忌々し気に或いは悔し気に歯を食いしばっていた。

 その気になればアンジェに血の繋がった肉親に会わせてあげられるのに、周囲はそれを望まない声の方が多い。

 そのことが哀れに思えて仕方なく、そしてそこに自分の思惑も絡んでることが申し訳なくて罪悪感に胸を締め付けられるのだった。




リオンとアンジェ、本格的に交流が始まりました
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