チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「最終試合、勝者、リオン・フォウ・バルトファルト! よって、アンジェリカを決闘の勝者とする! 両者の健闘を湛え拍手を!」
審判が宣言すると空かさずアンジェが声を上げる。
「やったぞリオン! 見事な五人抜きの完全勝利だ! よくぞ私達のために戦い勝ってくれた! ありがとうリオン! おめでとうリオン! 私の最愛最強の騎士よ! お前の恋人であることを心から誇りに思うぞ!」
勝利の喜びを欠片も隠そうとせず称える声を上げるアンジェ。だが周囲全て敵同然の中流石に多少は自重すべきと思ったかクラリスがアンジェの肩に手を伸ばそうとすると周囲から歓声が起こった。
その歓声にアンジェもクラリスも思わず目を丸くする。
リオンを応援する生徒観客は、アンジェ達とほんの一握りだけであったのにこの歓声。
飛び交う歓声に耳を傾ければ、殿下に対するエール。告白、失恋、そしてそれを受け入れて乗り越え前に進む潔さ。
その声は、失恋なんかにくじけるなよ!とか、立派になって見返してくれよ!などといった励ますもの。
そんなユリウスを正面から受け止め堂々と勝って見せたリオンに対しても1対5で良く戦ったと言うエールも。
アンジェに対しても王子を断ってまで貫く愛に感動したという声も。
一連の流れ、特にアンジェが上げた声からユリウスの告白の流れに感化されてか、多くの観客たちは当初ユリウスたちを応援しリオンの敗けを望んでいたことも忘れ両者を称え拍手を歓声を送った。
リオンはアロガンツを、ユリウス機を介助する様に支える。ボロボロになった鎧は立つことも覚束ない。
アロガンツ支えられながらユリウス機はゆっくり腰を落としハッチを開くとアロガンツは地面との間に手の平を差し入れる。ユリウスは礼を言いその手を足掛かりにゆっくり地面に降り立つ。
怪我等は負ってないが精神的疲労などは相当なものだろう。
闘技場のスタッフは担架を勧めるがユリウスは固辞した。怪我を負った訳でも気絶したわけでもないのだから最後まで二本の足で立って去るのだと。
立ち去る前にユリウスはアンジェの方を――いや彼女の隣に座るオリヴィアに視線を向けると周囲の観客は空気を読んだように静かになる。
静まり返った中ユリウスは深く頭を下げた。そして「後で話そう」と声をかけるとオリヴィアもそれに「はい。殿下」と頷くのだった。
「アンジェ、アトリー嬢……」
「分かってる。私たちのことは気にせず殿下の傍に向かってくれ」
気遣い気味に伺ってくるオリヴィアに対しアンジェは笑顔を向け、クラリスも頷いて見せる。
オリヴィアは丁寧に頭を下げると観客席を後にするのだった。
「大丈夫かな、リビア……」
「大丈夫でしょう。殿下も目が覚めて状況が見えてるみたいだし」
「そうだな、殿下も最後には男を見せてくれたし……って姉御の方は大丈夫なのか? 殿下と違ってアッチのクソ緑は……」
クラリスはアンジェの肩に手をやり抱き寄せ答える。
「大丈夫よ。男爵が体を張って頑張ってくれてアンジェもずっと気遣ってくれたしね」
笑顔で応えてくれたクラリスにこれ以上の気遣いは却って野暮だろうとアンジェも笑顔で頷いて見せる。
「しかしここの生徒達も捨てたものじゃないな。試合が終われば双方湛えて拍手を送る。見直したぞ。試合が始まる前、始まってからもブーイングとか罵声とか酷かったものだがな。あと賭け事とかふざけた真似と思っていたが――」
満足気な笑みで語るアンジェをクラリスもまた微笑ましく見詰めてたが、話の途中慌ててアンジェの口に手を当てる。
何事かとクラリスに視線を送ると、目が黙ってなさいと言ってたので大人しく従い手を引かれ、一緒に取り巻き達に囲まれながら観客席を後にする。
そして後にした観客席から耳に飛び込んでくる阿鼻叫喚の声。
アンジェの言った"賭け事"の声に生徒たちはユリウス達の敗北に、大枚叩いてた自分たちが大損なのを思い出してしまったのだった。
「わ、私はやらかしてしまったのだろうか?」
「無駄口叩いてないでサッサと立ち去るわよ!」
苦笑いを浮かべるアンジェと、呆れ顔ながらもどこか笑いを隠しきれないクラリスは取り巻き達に囲まれながら足早にその場を立ち去るのだった。
学院の医務室。
その中でも上位貴族の為の特別個室のベッドにユリウスは横たわっていた。
怪我こそなかったものの決闘によるストレスと確認のための精密検査を経て大事を取って安静にしていた。
深い眠りから浅い眠りに移行していく中、夢を見ていた。幼い頃の記憶。
夢の中、幼いユリウスの手を幼いオリヴィアは握り涙を流していた。
やがて夢から覚め現実へと意識が覚醒していく。
目を覚ましたユリウスの手を包み込む柔らかで優しい感触。
視線を巡らせれば手を握り心配そうな視線を送るオリヴィアの姿が。
まどろみの中、夢の中の幼いオリヴィアと目の前のオリヴィアの姿が重なり声を発する。
「……リビア?」
ユリウスの声にオリヴィアは驚きと、何よりそれ以上に嬉しさを含んだ表情を見せる。
その表情に嬉しさが垣間見えたのは無事に安堵したのは勿論だったが、ここ数年呼んでくれなかった愛称を幼い頃のように呼んでくれたから。
「御無事で良かったですユリウス!」
ユリウスの言葉に引きずられてかオリヴィアも"殿下"ではなく名前で呼んでた。幼い頃の様に。目に涙を滲ませながら。
「……夢を、見ていた。四つの頃だったか? 俺が樹に上ってそこから落ちて、それでベッドに横たわる俺の傍であの時も俺の手を握っていてくれたな……」
ユリウスの言葉にオリヴィアは目を見開く。
「……覚えていてくださったんですか?」
オリヴィアにとっても忘れようもない記憶。そして回復魔法に覚醒した時でもあった。
怪我を負ったユリウスを案じる気持ちが回復魔法の力を覚醒させた。
そしてそれは周囲の対応も大きく変えた。
齢幼くして覚醒した回復魔法に未来の聖女と期待が高まる。それは評価の反転にも。
王太子と公爵令嬢から、未来の聖女と王太子へと。
思えばユリウスはその時からオリヴィアに対し心の壁を作ってしまったのだろう。ともすれば王太子以上の注目と期待を受けるようになったオリヴィアに。
そしてその壁が心に歪みをも作ってしまう。
オリヴィアが王妃候補に加え未来の聖女との二重の期待により教育に時間を割かれ出会う時間が減ってしまったこともあったのだろう。
あの日以降壁を作ってオリヴィアに冷たい態度を示してしまったことに気付いたユリウスの胸に罪悪感による痛みが疾る。幼い頃の自分はなんと愚かだったんだろうと。
いや、幼い頃だけではない。今現在のユリウスもアンジェに懸想し婚約者であるオリヴィアに酷い態度を取ってしまったのを。
「オリヴィア……すまなかった。酷い言葉を吐き婚約破棄などと言う愚かな行為に走った。本当に申し訳なかった」
ユリウスはベッドから身を起こし、そしてオリヴィアの方を向き頭を深く下げる。
ユリウスの真摯な謝罪にオリヴィアは目に涙を滲ませる。
「あの日、俺の為に回復魔法を使ってくれて俺の手を握ってくれて……なのにちゃんと礼を言ってなかったな」
あの日、周囲のオリヴィアの覚醒から未来の聖女への期待に沸き立つ騒ぎに礼を言う機会を逸してしてしまってた。
いやそれでも後日礼をいう事も出来たはずなのに王太子より未来の聖女を推し持ち上げるような周囲の声への嫉妬に捉われ告げられなかった。
「いや、あの日だけじゃない。今日の試合の時も……」
試合中のオリヴィアは、その手は祈る様に指を絡ませ組まれ、その表情はユリウスの鎧が殴られる度にまるで自分が殴られたかのように辛そうに歪めつつも、終ぞ視線を逸らすことは無かった。
試合中、ユリウスは視線の片隅にその様子を捕らえながらもまるで気に留めてなかったが、今思い返せば共に戦い挑む気持ちで臨んでくれたのを理解できた。
そして湧き上がる申し訳なさと感謝の気持ち。
「思えばいつも俺の為を想ってくれてたんだな。気付いてやれなくてすまなかった。そして、ありがとう」
ユリウスの言葉にオリヴィアの目に溜まった涙が溢れ頬を伝う。
それはオリヴィアが何よりも聞きたかった言葉。
決して回復魔法に対し礼の言葉が、感謝が欲しかったわけではない。
それでも、ユリウスを案じ真っ直ぐに想い、その気持ちが回復魔法を覚醒させた。
その気持ちを認めて貰いたかった。
いや、その時のオリヴィアの回復魔法を称賛を贈る声は数え切れぬ程であった。
父、兄、公爵家の派閥や寄子、王家の直臣たち、皆が褒め称えた。
それでも幼きオリヴィアが何より望んだのはユリウスからの言葉だった。
何人もの大人たちからの称賛よりただ一人ユリウスからの言葉が欲しかった。
思えばあの日からずっと待ち望んでいたのかもしれない。ユリウスからのその言葉を。
今、待ち望んだその言葉を耳にして漸くあの日止まった時が動き出したのかもしれない。
オリヴィアが感激の涙を流しながら感極まった表情を浮かべる。
そして気にしないでくれと言いうように頭を振り、涙が溢れる瞳で熱い想いを込め見詰める。
「オリヴィア……いや、リビア。俺は王になるぞ。父上に、周囲の大人に決められたからじゃない。俺自身の意思で王になる。アンジェリカにも彼女の夫になるバルトファルトにも恥じない、彼らが誇りに思える王に」
ユリウスが先の決闘で味わった敗北、そして失恋。
だがそれはユリウスにとって苦いだけのものではなかった。
リオンに突き付けられた言葉、アンジェに突き付けられた言葉。何れも胸に深く刺さった。
初めての敗北、初めての失恋。
王太子と言う立場上誰も正面切ってぶつかってくれなかった自分を正面から叩き伏せてくれた。
思い返せばユリウスはそんな相手をずっと望んでいたのかもしれない。
中でもアンジェに言われた言葉は特に響いた。
――あの王様に告白されたこともあるんだと胸を張って言える立派な王になってみせろ!
今更リオンからアンジェを奪おうなどと言う気持ちは無い。
だが認めて欲しいと思った。認められるに足る男になりたいと思った。
それが物事がまるで見えていなかった自分の目を覚ましてくれた二人に報いることだと思えた。
だから決意した。
王になろうと。
それは王太子妃に、未来の王妃になるために研鑽を積み続けてきたオリヴィアにも報いることだと。
そしてオリヴィアがユリウスを支える王太子妃となる為の研鑽を積んできたことを訴え、気付かせてくれたのもまたリオンとアンジェであったことも。
ユリウスの言葉にオリヴィアはこの上ない程の喜びの笑顔を見せる。
だが直後その笑顔が曇る。
オリヴィアの表情の変化にユリウスが首を傾げるとおずおずと二通の封書を渡される。
其々の封書に押された封蝋は王家の印と公爵家の印。
開封して読むと王家からの封書にしたためられてたのは王位継承権の序列の降格。公爵家からの封書には改めての婚約破棄。
「そうか……あれだけのことを仕出かしてしまったんだ。父上に愛想をつかされ公爵家の怒りも買うのも当然だな……。皮肉なものだな。王になる覚悟を決めた途端に王太子でなくなるとはな……」
ぽつりと零したユリウスの声には反省と後悔が滲みだしていた。
「申し訳ありません……殿下」
涙声を発したのはオリヴィア。
そんなオリヴィアの目元にユリウスは指を伸ばしそっと涙を拭い宥める様に頭を撫でる。
「お前が謝る事じゃない。すべては俺の不徳故だ。リビア……いや、もうそう呼べないな。オリヴィア、お前には今後俺なんかより相応しい相手に――」
「イヤです! 私は殿下以外の殿方になど嫁ぎたくありません!」
声を上げ涙を流すオリヴィア。
その様子にユリウスは驚きの表情を浮かべ、ややあって覚悟を決めたように表情を引き締める。
「頼みがある。公爵に会いたい。可能なら今直ぐにでも。取り次いでくれるか?」
言いながらユリウスはベッドを降りる。
「殿下! 未だ起き上がるには早いです。今暫く安静に――」
「頼む」
ユリウスの身を案じるオリヴィアだったが、ユリウスの瞳に宿った強い意志に頷くのだった。
「よくこの場に顔を出せたものだな」
あからさまに不機嫌な顔不機嫌の声を滲ませるのは、貴族然とした威厳を放ちながら、同時に冒険者や軍人の如き鍛えられた体躯と威圧感を放ち、灰色の長髪をオールバックにし口髭を蓄えた中年男性。オリヴィアの父親にしてレッドグレイブ家の当主――ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵であった。
傍らにはオリヴィアの兄、レッドグレイブ家の長子にして跡取りのギルバート・ラファ・レッドグレイブも控えている。
ここはオリヴィアの実家――レッドグレイブ公爵邸の執務室。
公爵と向き合うのはオリヴィアの取り成しにより面会を取りつけてもらったユリウスだった。傍らには見守る様にオリヴィアも立っている。
「この度は私の不徳により公爵令嬢と公爵家に多大な迷惑をかけてしまい弁明のしようもありません。誠に申し訳ありませんでした」
真摯に真っ直ぐ頭を下げるが畏縮してる様子はない。学生どころか成人男性でも呑まれそうな凄まじい威圧感に晒されながらも、縮こまることなく受け答えできるのは流石は王族と言ったところであろうか。
「我が家名と娘に泥を塗る真似をした其方を私が許すとでも? 公爵家と王家との破談は決定事項だ。覆る事は無い。その上で聞こう。最早王太子でもなく継承順位も下げ、只の王族の末席になり下がった其方が何しに参った」
「この場には謝罪と、そして誓いを立てに参りました」
「誓いだと?」
「卒業までに王太子に返り咲いてみせます。それを成し遂げた暁には再びオリヴィアと……リビアとの婚約を結ぶ事を認めていただきたい」
ユリウスの言葉にヴィンスは瞠目する。そしてユリウスを見詰める。いや睨みつけると言った方が良いほど厳しい視線を向ける。
そしてユリウスはそんな厳しい視線を怯むことなく受け止める。
ふと、ヴィンスはユリウスの隣に立つオリヴィアにも視線を向ける。
オリヴィアはヴィンスの視線に気づき真っすぐに視線を返しながら、ユリウスへ更に距離を詰め寄り添いその手に自身の手を添わせると、気付いたユリウスは優しく握り返す。
その視線に、動きにヴィンスはオリヴィアの気持ちを察する。
ユリウスと、そしてオリヴィアに向ける視線が一瞬和らぐ。だが直ぐに元の厳しい視線に――いやその視線は先ほどまでに比べれば幾分か穏やかさの色も垣間見えた。
暫しの間、執務室を静寂が場を支配する。
「……二年だ。二年だけ待とう。二年で私が納得出来るだけの結果を出して見せろ」
「お父様!」
オリヴィアは父ヴィンスが突き返した条件がより厳しいことに抗議を上げるように声を発した。
だがユリウスはその声を押しとどめオリヴィアに微笑みを向ける。
「本来なら問答無用で話も聞いて貰えなくてもおかしくなかったのを思えば十分有り難い」
ユリウスはオリヴィアからヴィンスに向き直る。
「分かりました。二年で返り咲いてみせます。そして今度こそリビアに相応しい男になってみせます」
「王太子でも婚約者でもなくなった身で娘のことを愛称で呼ぶなど……まぁいい。あとは行動と結果で見せてみろ」
「感謝します」
ユリウスはヴィンスに向かい一礼するとオリヴィアに向かい微笑みかけ執務室を後にする。
オリヴィアもヴィンスに向かい一礼するとユリウスの後を追い執務室を後にしたのだった。
二人を見送った後執務室には残されるヴィンスとギルバート。
「良くお許しになられましたね父上。私はてっきり突っぱねられるものと思ってましたが」
「リビアにあのような目で見詰められては認めぬわけにもいくまい。何より……クックック……、ハァーッハッハッ!」
「父上!?」
突然笑い声を上げたヴィンスにギルバートは驚きの声を上げた。
「あの小僧、言うではないか。当初この騒ぎの始まりの頃にはアレは娘に相応しくないと思ったものだ。だが中々どうして、あれは化けるやもしれぬぞ!? いや既に化けつつあるのかもしれんな!」
「父上はユリウス殿下が本当に王太子に返り咲くと?」
「二年は与えすぎたかもしれんな。しかし面白いものだな。逆にこのような騒動も何事もなく王位を継いだなら愚昧な王になってたかもしれん。そして興味深いな。あの小僧を――いや、殿下を袖にしたという娘と叩きのめしたと言う生徒」
「特待生のアンジェリカとバルトファルト男爵ですね。男爵の方は面会を希望されてきてますが、お会いになられるので?」
ギルバートの問いにヴィンスは期待が込もった笑みを浮かべ頷く。
「うむ。どれほどの男か是非この目で確かめてみたい――と、待て、男爵だけか? 特待生の娘の方は?」
「希望されてるのは男爵だけですね。気になりますか? 彼女の事」
「そうだな……。ギル、お前はどう思う?」
ヴィンスは引き出しから一冊のファイルを取り出し机の上に置く。それはアンジェに対する調査報告書。
「深紅の瞳は父上に、金色の髪色も亡き母上に似てるようにも見えます」
言いながらギルバートは自分の髪を撫でる。母譲りの金髪を。
「気性の激しさも伝え聞く父上の若かりし頃を思い起こさせるとも取れますし、火炎魔法の並々ならぬ才を持つという話も興味深いです。彼女も招きますか?」
「そうしたいのはやまやまだが、本人が希望してもいないのに招いて無用な不信を買うのも良くないだろう。だが、そうだな一つ仕掛けをしてみるか」
ヴィンスは意味深な笑みを浮かべるのだった。
本編では割と謎だった公爵夫人でアンジェの実母はこの世界線では故人設定としました。
誘拐騒動の心労などがたたったのかも知れませんね。
次回はリオンが公爵と面会です。