チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり   作:julas

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22、肖像画

 後日、今度はリオンがレッドグレイブ公爵邸の執務室を訪れていた。

 ドアの向こうから入室を許可する声がすると「失礼します」と答え扉をくぐる。

 入室直後壁に飾られた絵が目に留まり思わず声を出しそうになるも言葉を飲み込む。

 

(アンジェ!? いや、似てるが違う……!?)

 

 描かれていたのは美しい女性。その顔立ちも輝くような金色の髪も見た瞬間アンジェに似てると思った。

 たがその瞳は碧、上等なドレスに身を包み年の頃は二十の半ば頃だろうか。その事から恐らくはアンジェの実母、それもアンジェを出産した頃か懐妊前の頃と言ったところであろうかと推測が立つ。

 

 しかし何故彼女の肖像画が?

 以前ルクシオンに調べさせた時、彼女の写真や肖像画の類は確認できなかったと聞く。

 それはおそらく幼いころアンジェと入れ替わったオリヴィアの為。

 血の繋がりの無い実の母子でないことを周囲に悟らせない為の配慮、そして口に出さぬようにという無言の圧を掛ける措置の一つであろうか。

 そんな肖像画が何故?

 

「どうかしたか男爵よ? その肖像画が誰か知り合いにでも似ていたか?」

 

 レッドグレイブ公爵――ヴィンスの声にリオンは意識を引き戻されそして察する。

 

(……やってくれる、この狸親父)

 

 だがリオンは気持ちを隠し面には出さず静かに口を開く。

 

「……いえ、お美しい方だな、と思いまして。どなたかお聞きしても?」

「君は察しがついてるのではないのかね?」

「申し訳ありません。成り上がりの田舎貴族の私には皆目見当もつきません」

 

 そう言ってリオンは微笑みを浮かべとぼけて見せると、ヴィンスはフンと鼻を鳴らし口角を上げるのもその眼は笑っておらず鋭い視線を向けてくる。

 

 

(探りを入れてきてるのか? やっぱ気付いてるのかアンジェが公爵家の娘だって事に? それに加え、まさかこっちが気付いてる事まで……!?)

 

 リオンは顔に笑顔を浮かべつつも警戒心が上がっていくのを抑えきれないでいた。

 若しアンジェの正体に気付きそして実の娘として迎えるつもりだったとしたら?

 本来なら血の繋がった家族同士の再会と言うのは喜ぶべきことの筈だが、そこは権謀術数渦巻く貴族の世界。

 で、あれば政治のコマとしての有用性を見込んで迎え入れようと?

 そう思った途端リオンの心の内が波立つ。

 本心を隠す笑顔の仮面が思わず崩れそうに――

 

 

「フフッ……。そう固くなるでない。もう少し楽にしたまえ」

 

 ヴィンスは破顔して笑って見せる。それはリオンの心の内を察して機先を制する様に。

 

(流石は現公爵……俺如きで相手になる、敵う相手じゃねぇかもな。それでも退くつもりはないが)

 

「失礼いたしました。田舎貴族の不調法とお許しください」

 

 リオンは依然警戒心は抱えたまま、それでも表に出さぬよう努め面会に臨むのであった。

 そして挨拶をし、面会を取り付けて貰ったことの礼を述べ、本題でもある面会の理由を伝えるのだった。

 

 

 

 

 

「……なるほど。言ってしまえば君の尻拭いをしろと言う事かね?」

「ハイ。今回の件、周囲の目にはやり過ぎと、王族に盾突く行為と映っていることは理解してます。生憎と自分には王宮に何の伝手もありません。資金の方は白金貨を用意いたしました」

 

 今回の決闘、経緯はどうあれ王族である王子に恥をかかせた事実は拭えない。王子の意思はどうあれ周囲や王家から何らかの報復を警戒するのも当然。

 その為の白金貨の山。それは今回の決闘でリオンが自分自身に賭けたことにより獲得した金銭の一部。

 宮廷工作には莫大な金がかかるので。

 

 

「ふむ……。だが聞くところによると良い勝負だったと聞くぞ? 殿下も素直に負けを認めたとも。コレに関しては王国の直臣として君に礼を述べるべきかもしれぬな」

「と、仰られますと?」

 

 そもそもリオンの最初の方針が本来のこの世界の主人公たるオリヴィアの恋愛成就を見守るというものだった。

 そしてそのオリヴィアの婚約者であるユリウス王子は攻略キャラの筆頭。

 なのでオリヴィアとユリウスとは無事添い遂げるのを望んでいた。

 それを踏まえ公爵から礼と言う事は、よりを戻してくれたのだろうか?

 

 

「詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「そうだな。当事者である君は知っておくべきだろう。順を追って話そう。先ず、殿下は継承順位を大きく下げ王太子ではなくなり、それに伴い改めて娘との婚姻は破談になった」

「え!?」

 

 リオンは思わず驚きの声を上げ、直後「失礼しました」と頭を下げる。

 ヴィンスは気にしなくてよいと言うように頷くと続ける。

 

「その上で殿下は私に言ったのだ。必ず王太子に返り咲きリビアに相応しい男になって迎えに来ると」

 

 そう話したヴィンスの顔は何処か嬉しそうに見えた。

 リオンに、アンジェの為ユリウス達に牙をむいたことに後悔はない。

 その一方でオリヴィアの恋愛フラグを折ってしまったのではと焦りを感じてたのもまた事実。

 だがヴィンスからの話を聞く限りは未だオリヴィアとユリウスの縁に望みは持てると言う事だろうか。

 

 

「公爵様からご覧になってユリウス殿下はどのように見えましたか?」

「良い顔になっておった。一皮剥けて以前よりはるかに良い顔にな。二年の猶予を与えたが、あれなら二年と経たず宣言通り返り咲いてくれるかもしれん。コレも君が体を張って殿下を諫めてくれたお陰かも知れんな」

「勿体なきお言葉。身に余る光栄です」

 

 ヴィンスの言葉にリオンは安堵する。

 

 

「話を戻そうか。その上で問おう。やはり尻拭いは必要と思うかね?」

「そうですね……」

 

 そう言ったリオンの表情には未だ警戒心が残るものだった。

 

「なんだ? 殿下の事を信用してないのかね?」

「信頼はしてます。お話を聞く限り立ち直って下さることにも期待もしてます。ですが信用となると話は異なります。殿下の周囲の人間がどう動くかまでは予想出来かねますので」

「成程な。今回の決闘の発端は殿下がリビアに突き付けた婚約破棄の撤回の為に特待生の娘が異を唱えてくれたことによると聞く。その決闘で代理人を引き受けてくれた他ならぬ君の頼みだ面倒を見よう。だがあれもこれもと頼まれても困る」

「分かってます。自分の助命、そして家族に責任が及ばないようにしていただきたいのです。そして爵位と騎士の称号は返上します」

「莫大な資金に続き地位も捨てると。ところで、自身と家族の安全と申したな。そこに例の娘は含まれないのかね?」

「アンジェの、俺の恋人の事でしょうか? 彼女のことはクラリス先輩――アトリー伯爵令嬢と伯爵家が面倒見を買って出てくれましたので其方にお任せしています」

 

 アンジェの事をクラリスの実家アトリー家に頼ってるのとは別に、本来は公爵家にも頼むつもりだった。だが、アンジェの正体が知られてる可能性を考えると頼るのは得策とは思えない。

 下手にアンジェの事を頼んだ結果、彼女の命運を握られかねないとの判断から。

 

「そうかね? 娘の為に一肌脱いでくれたのだろう?」

「御厚意は有り難いですが、平民である彼女にまで気を回していただくのは心苦しいので」

「平民、か。聞けば孤児院育ちだそうだなその娘。そうだな、我が公爵家が気に掛けるまでもないな。そのような素性のしれない娘。男爵もよくそんな娘を娶る気になったものだな」

 

 ヴィンスの放った素性のしれないと言う、更に続く言葉に嘲りのような色を感じリオンの顔に険しさが出かけるも、直ぐ気持ちを静める。ペースを搔き乱されてたまるものかと言わんばかりに。

 

「何だ? 癇に障ったかね? 素性の知れぬ、そこにどんな下賤の血が流れてるかもしれん娘を娶るなど気が知れんと言ったまでだが? 或いは逆もあり得るかもしれんな」

「逆……ですか?」

「王侯貴族が戯れに平民に手を出し産ませたと言う可能性などもあり得るな。また貴族間の派閥争いで貴族の子供が誘拐に巻き込まれる事もある。素性の知れぬ孤児とはそういう事ぞ。その場合逆により深刻かもしれぬな?」

 

 若しアンジェの身元が分かりそれが貴族であった場合引き取りに奪いに来るかもしれない。いや真相を知ってるリオンにとってすれば若しなどという話ではない。

 公爵家が本気になればアンジェを奪うことなど造作もないと言われたかのように感じた。

 

 

「若しそうであった場合如何に致す?」

「アンジェの出自には私は興味はありません。アンジェはアンジェです。彼女の出自が何であれ生涯添い遂げる意思に変わりはありません。若し彼女を私から奪おうというものが居るのなら……その時はアンジェと共に逃げます。何処までも」

「ほう? 逃げ延びられるとでも?」

「ええ、逃げ延びてみせます。それこそこの世の果てまでも。それでも逃げ切れぬとなった時には戦います。彼女を、アンジェを護るために」

 

 言い放ったリオンの目に力が込もる。それこそ睨むと言った方が良い程。それはリオンの決意の表れであるかの様に。

 だが爵位が下位の者が上の、それも公爵に向かってその様な視線を向けるなどあってはならぬこと。そう思い傍らに控えてたギルバートが窘めようとするとヴィンスが手で制し微笑みを浮かべる。

 その笑みを見た瞬間リオンは察する。自分が試されたことを。

 

 

「少々言葉が過ぎた様だ。許されよ」

「いえ、此方こそ御無礼致しました」

 

 リオンは胸に手を当てこうべを垂れる。

 

「……余程大切なのだな、その娘のことが」

「ハイ。私の宝です。何ものに変えても護りたい大切な人です」

「そうか」

 

 リオンの返答に返すヴィンスの浮かべた笑みはとても優しいものだった。

 

 

「分かった。君と君の家族には危害が及ばぬよう面倒を見よう。勿論君の恋人にもだ。安心したまえ。我が娘の為に一肌脱いでくれたのだ。恩を仇で返す様な真似はしないと誓おう」

 

 ヴィンスの浮かべたまるで娘を案じる父親の様な微笑みにリオンの警戒心が解けていく。

 ここで迂闊に信用すべきではないと思いつつも、その一方でその親心を信じたいとも思う。

 

「ありがとうございます」

 

 リオンは胸に手を当て深々と頭を下げる。

 

「では、話も済んだ。もう下がって良いぞ」

「失礼いたします。本日はお時間取っていただきありがとうございました」

 

 リオンは改めて頭を下げ執務室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「……父上、あまり彼を煽らないでください。見ていて肝が冷えました」

「中々気骨ある良い若者じゃないか」

 

 リオンが去った後の執務室で満足そうな笑みを浮かべるヴィンスとは対照的にギルバートは疲れた顔を見せる。

 

「まぁ確かに肝が据わって見えましたね。それこそ未だ学生とは思えない程で、むしろ私の同輩と比べても見劣りしない程でしたよ。何者なんでしょう?」

「さてな。だが見所はある。そんな有望な若者があの子の傍にいてくれるのは喜ばしい事なのかもしれんな」

「あの子、ですか。やはり彼女はそうなのでしょうか?」

 

 ヴィンスは答えず微笑んで見せるが、その笑みが何より雄弁に語っているようでもあった。

 

「しかし今年の新入生は面白い面子が揃ったものだ。最初は殿下達のお手並みを拝見しようにも失望したりもしたが、まさかあのような見所ある者が入ってくるとはな」

「彼自身は責任を取って立ち去るつもりの様ですが?」

「あれほどの力を持った者をみすみす送り出すのは勿体無いと、そう思わんか?」

「父上?」

「娘"達"の為に骨を折ってくれたのだ。そんな彼に報いるために此方も手を尽くそうではないか。差し当たって先ずは尻拭いからだな。宮廷に行く。その間領地はお前に任せるぞ」

 

 席から立ち上がるヴィンス。顔に浮かんだ笑みは柔和と言うより何処か含みを感じさせるもの。

 その笑みにギルバートは父の本気を感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

「寿命が縮んだぜ~~」

 

 執務室を出て廊下を大分進んだところでリオンは壁に手をつき大きく溜息を吐き出す。

 

『締まりませんね。折角公爵相手にも一歩も引かず見事な立ち回りでしたのに』

「どこが見事なもんかよ。結局終始主導権握られっぱなしみてぇな物だったじゃねぇか。ま、でもこんな風に貴族のお偉いさんと顔合わせるのもこれっきりだろうな」

『と、仰られますと?』

「言ったろ爵位返上するって。そしたら貴族じゃなくなるし多分俺退学になるからさ」

『アンジェリカとのことはどうなさるので?』

「勿論結婚するさ。アンジェが卒業した後でな」

『一緒に学園を去らないので?』

 

 ルクシオンの問いにリオンは遠い目をして微笑みを浮かべる。

 

「今のアンジェはもう初めて出会った頃の、俺しか傍に居なかったアイツじゃない。頼もしい姉貴分も心許せる頼れる親友もいる。それに退学させちまったらそういった人たちとも会えなくなる。そんなの勿体ないし可哀想だろ」

『でもアンジェリカはマスターと会えなくなるの寂しがると思いますよ』

「毎週末には会いに行くさ。パルトナー使えばひとっ飛びだろ」

 

 パルトナーはリオンが所有する巨大飛行船。

 当初はルクシオン本体の航空戦艦をこの世界に合わせて外装を偽装して自前の船として運用してた。

 だが外面を幾ら変えても中身までは変えるのは困難で結局新たに建造した船、それがパルトナーであった。

 ルクシオン本体に及ばぬまでもこの世界のどの船にも負けない十分高性能な船であった。

 

 

『マスター御自身は学園に未練は無いのですか?』

「無いと言えば嘘になるな。特に師匠には世話になったし、もっと師事して沢山教わりたかったしな。でもそういうものだと割り切るさ。他にもダニエルとレイモンドとか。あと、アイツもか……」

 

 言いながら脳裏に浮かぶ人物。

 それは――




リオンと公爵との面会。表向きお互いアンジェの真相知らぬふりして、でもバレバレでの対面でした。

次回は久しぶりにマリエです(ぼかさないんかい
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