チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「テオぉ……! 私だってお前を殴りたくないに決まってるだろ……! お前だって大事な家族なんだ……! 私は……お前とずっと姉弟でいたいだけなのにぃ……」
アンジェはテオが走り去った方向を見詰めながらボロボロと涙を流していた。
そんなアンジェをリオンは背後から優しく抱きしめる。
「アンジェ……その気持ち、テオ君に伝えてやってくれ」
「でも……」
「アンジェ、スマン。大見得切ったのに結局何も出来なくて……」
「そんな事ない! リオンはテオの為に体を張ってくれたじゃないか!」
言いながらアンジェは体ごとリオンに真っすぐに向き直る。
「だけど、結局テオ君に届かなかった。思いを晴らしてあげられなかった。だから頼む……」
リオンはアンジェの髪に手を伸ばし優しく撫でながら言葉を続ける。
「ここで向き合わないとアンジェの心にもずっとしこりとして残り続けると思うんだ。それはアンジェにとって、とても辛いと思う。だから……」
「ありがとうリオン。私たち姉弟の事を真剣に思ってくれて……。分かった向き合ってくる。そして、話を済ませ戻ってくる……」
アンジェはリオンを真っすぐに見詰めその頭に両手を伸ばし優しく包み込む様にそっと手を添える。
そして、唇を重ねる。
「大好きだよリオン。いつ迄も、これから先も、ずっとずっと……」
突然の口付けに目を丸くしてるリオンに、アンジェは少し照れた様に微笑み一瞥するとテオを追いかけ走り出したのだった。
リオンはアンジェの走り去った方向を放心したように見つめ続けていた。唇に残る感触を反芻し思い返しながら。
アンジェが走り去り姿が見えなくなった頃合いを見計らったかのようにルクシオンが姿を現す。
『何時迄呆けた顔をされてるのですか』
「ル、ルクシオン!? ッッ!? 痛ってぇ~~ッッ! 急に話しかけるな! 慌てて答えたから傷に響いちまったじゃねぇか……」
『無茶をなさるからです。反撃もせず一方的に殴らせるなど』
そう言った直後、空から一抱えほどもある箱――医療キットと、球体に手が生え足が無い代わりに浮遊能力を備えたロボットが下りてくる。
『今の内に応急処置でもしておきましょう』
ルクシオンの声に従うようにロボットが箱から塗り薬や塗布するための脱脂綿を取り出す。
「ああ、サンキュー、っと。にしても流石アンジェの弟分だ。良いパンチしてたな~~」
言いながらリオンはその場で大の字に寝転がる。
アンジェの故郷のこの場所は畑と草原ばかりの田舎で、ここも草原。なので誰の目憚ることも無く寝転がったのだった。石畳と道路だらけの王都の様な場所ではこうもいかないと言わんばかりに。
『でしたら他にやりようを選ぶべきだったのでは?』
「そんな事ないさ。テオ君にもアンジェにも言ったが、アンジェの弟を殴るなんて出来るかよ。他の有象無象なら殴って解決でもいいけどよ」
『弟、ですか。マスター御自身の弟君に重ねられましたか?』
「関係ねぇよ……とは言い切れないかもな」
リオンは自身の姉妹とはあまり仲が良くない反面、兄弟とは親密で良好で特に弟相手には溺愛してると言っても良い程であった。
それ故、自身以外の弟にも、弟と言う立場の人間と対すると何かしら思わずにいられなかったのだろうか。
『お人好しが過ぎるのでは? アンジェリカの弟とは言っても実質は血の繋がりもない弟分。実の弟でもないのに』
「そんな事ねぇよ。アイツにとっては実の弟も同然の大切な家族さ。そういう家族も含めて縁を繋ぐのが結婚ってもんなんだよ」
『そういうものですか』
「そういうものだよ。さて、と。じゃぁアンジェが戻ってくるまで一寝入りするわ。戻ってきたら起こしてくれ」
そう言ってリオンはロボットの治療を受けながら瞼を閉じるのだった。
「待て! 待ってくれテオ! 話を聞いてくれ!」
テオに追いついたアンジェは背後からしがみつくように抱き着く。
「放せ! 俺は! もうアンジェに話すことなんかない!」
「イヤだ! 話を聞いてくれる迄放さん!」
「放って置いてくれって言ってんだよ!」
「大事な弟を放って置けるわけ無いだろ!」
「さっきから弟、弟って! 俺はアンジェの弟じゃねぇって言ってんだろ!」
テオの言葉がアンジェの胸に突き刺さる。アンジェはその痛みに耐えるかのようにテオを抱きしめる腕に力を込める。
「違う! テオは私の大事な弟だ! 誰が何と言おうと! それがお前の言葉だろうと! それでもお前は私の大事な弟で私は姉だ!」
「何度も言わせるな! 俺にとってアンジェは姉なんかじゃ――」
「私を姉じゃないなんて言わないでくれ! 私から大事な弟を奪わないでくれ! だから、また姉と呼んでくれ……」
アンジェが振り絞って言い放った言葉は涙声でかすれていた。その顔を見れば涙と洟でくしゃくしゃだった。
「頼む……頼むからテオ……これから先も今迄みたいに姉弟でいてくれ……」
言いながらアンジェはテオにしがみつき抱き付き嗚咽を漏らすのだった。
「ずるいよ……アンジェ……。アンジェ……姉。大好きな女にそんな風に泣かれて……断れるわけ無いだろ……」
言いながらテオは力なく膝を着く。膝を着き高さが下がった頭をアンジェはその胸に抱きしめる。
アンジェに抱きしめられテオは声を上げて泣いた。そしてテオを抱きしめるアンジェもまた涙を溢れさせ続けるのだった。
二人して泣いて泣いて、大分落ち着いた頃にはテオはアンジェに膝枕をしてもらってる形に。
「なぁ……テオ。その、いつから私のこと好きだったんだ?」
「……覚えてるか? 昔この院で育って巣立って行った兄貴分と姉貴分同士で結婚して、その結婚式にみんなで行ったじゃん?」
「ああ、覚えているぞ。花嫁姿の姉さん、とっても綺麗だったな」
「じゃぁ、あの時俺とした会話覚えてる?」
言われてアンジェは暫し考え込む。そして気付き思い出したような表情を浮かべる。
「思い出したみてぇだな?」
アンジェのそっと目を逸らす仕草は肯定を物語ってるようだった。
「あの時、俺が将来嫁に貰ってやるって言ったら……」
「私より大きくなったら考えてやる――そう答えたんだったなあの時の私は……」
「やっと思い出したかよ……」
アンジェがバツが悪そうに答えると、テオが呆れたように溜息をつく。
「あれからいくら毎年俺の背が伸びても、いつもアンジェ姉の方が少しだけど確実に俺より背が高くってさ。正直かなり悔しかったんだぞ?」
若干恨みがましさが込もったような声にアンジェの視線が泳ぐ。
「それでやっと背ぇ追い抜いたらちゃっかり王都で恋人作って来てよ……」
テオが視線を向けるとアンジェは尚も気まずそうに視線を逸らしたまま。
「いいよ。言わなかった俺も悪いからよ。追い抜くまで告らないなんて格好つけず、背ぇ低くても告って、背が追いつき追い抜いたら付き合ってくれぐらい言っときゃ良かったよ」
「……どうかな。それでも私は姉弟を理由に結局断るかはぐらかしてた気がする。正直リオンに逢うまで自分は恋愛というものに無縁な人間だと思ってたぐらいだからな」
そう呟いたアンジェの瞳は熱を帯び正に恋する乙女のそれで、そんなアンジェの顔にテオは見とれつつもその瞳に宿った想いが自分には向くことが無いことに胸が痛む。
「姉さんの花嫁姿あんな眩しげに見詰めてたくせに?」
「あれは……そうだな、恋に恋してたというか憧れみたいなものだったんだろな今にして思えば」
「じゃぁ……あのリオンっていうお貴族様がアンジェ姉の初恋?」
テオの言葉にアンジェは思わず目を大きく見開く。
「そう……か。リオンは私にとって初恋の相手でもあったのか……」
気付いたように呟いたアンジェにテオは呆れたように溜息を吐く。
「それも気付いてなかったのかよ。鈍感……」
「うぅ……、言わんでくれ」
「そりゃ、俺の気持ちにも気付かないわけだよ……」
「返す言葉もない……」
アンジェが申し訳なさそうに零すとテオは呆れを含んだ笑みを浮かべる。
「なぁ、アンジェ姉。あのお貴族様の事そんなに好きなのか?」
「ああ」
「俺よりも?」
「それは比べるものじゃないだろ。リオンは恋人でお前は家族で弟で――」
「そういう逃げ口上はもういい。ハッキリ言ってくれ。覚悟は出来ている」
テオの言葉にアンジェは息を飲み黙り込み、ややあって決意したように口を開く。
「そうだ……。私はリオンが誰よりも好きだ。テオ……お前よりも……。リオンが私が一番愛する男……なんだ……」
アンジェの言葉の最後の方は声がかすれていた。リオンが最愛であることに迷いはない。
だがテオもまた愛する弟であるのも紛れもない本心。出来ればこのように突き放すような言葉告げたくはなかった。
「そうか……。コレで、本当に完全に……振られちまったな」
言いながらテオは涙が滲みだす目元に自身の前腕を当てる。
「スマン、テオ……」
「だから、謝んなって。それより、あのお貴族様のこと教えてくれよ」
「リオンのことを?」
「ああ。アンジェ姉がそこまで惚れ込んだ男なんだ。俺を袖にして迄選んだ男がどれほどのものか知っときたいんだよ」
「まぁ、話せというのならやぶさかではないが。何せ私が惚れた男だ幾らでも語れるし、長くなるぞ?」
「そこは程々に要約してくれ。ってか振ったばかりの男に惚気る気か?」
「いや、まぁ、その……じゃぁ多少かいつまんで。詳しい話とかは他の弟妹達も聞きたがるだろうからその時にでも……」
そうしてアンジェはリオンのことを語り始める。初めて出会った日の事や自分が困ってる時助けてくれた事など。
話してる時のアンジェの表情は楽しげで誇らしげで、そして瞳は熱を帯び、どれだけ惚れ込んでるのかうかがい知るには十分すぎるほどだった。
「凄い人なんだな、あのお貴族様――アンジェ姉の恋人は」
「ああ。強くて優しくて気配りも出来て、自慢の恋人だよ。それに優しいけど決して甘いわけじゃない。叱るべきところはしっかり叱れるそう言う厳しさも備えててな」
「叱る、って。あのお貴族様に叱られたことあるのか?」
「ああ、その……」
返すアンジェの返答は歯切れが悪い。
「言いにくそうだな?」
「うん、まぁ……」
「だったら余計聞きたいな」
「お前……意趣返しのつもりか?」
「振られた腹いせだ。少しぐらいいいだろ?」
テオが悪戯っぽく、そして少々の意地悪さを含んだ笑みを向けるとアンジェは観念する。
「鎧、って分かるか?」
「王国の騎士たちが乗って戦うアレだろ? 勿論知ってる。男だったら一度は乗ってみたいと憧れるものさ」
「うん。それでな、その……鎧持ってる生徒相手に決闘吹っ掛けて叱られた……」
「ハァッ!? 鎧相手に決闘!? って、そりゃ叱るわ無茶しすぎだろ。アンジェ姉、昔っから喧嘩っ早かったけど……マジかよ」
テオが呆れた表情を見せるとアンジェは気まずさと恥ずかしさに顔を背ける。そしてその気まずさをごまかすように口を開く。
「そ、それでその決闘は代わりにリオンが鎧に乗って戦ってくれたんだ! 凄かったんだぞ! 相手の鎧達も学園でも屈指の強者だったらしいんだが、リオンはそれを一蹴してしまってな!」
「そんなに強かったんだ」
「ああ! 鎧は勿論だが鎧に乗らなくてもリオンは凄く強いんだ! まぁお前相手には殴らせっぱなしだったから想像しにくいかもしれんが――」
「いや、分かるよ」
言いながらテオは拳を掲げて見せた。殴られたリオンの顔が腫れてたのは見ての通りだったが、殴ったテオの拳もまた腫れてた。
「あんだけ拳叩き込んだのに全然倒れないどころか、あれ以上続けてたらコッチの拳がいかれてたよ。本気でやり合ってたらコッチがコテンパンにのされてたの分かるよ……」
そしてテオは一息ついて続ける。
「認めてやるよ。あの、お貴族様は――リオンさんはアンジェ姉の恋人に相応しい奴だって」
「テオ……」
テオの言葉にアンジェは安堵の色を見せる。
「そんだけ好きって事は、やっぱ考えてるんだろ? 結婚」
「ああ。私もリオンもそのつもりだ」
「じゃあ婚約者様って訳だ」
「まぁ……そうなるな」
「そう……か」
テオは呟くと膝枕してもらってた姿勢から体を起こしアンジェに向き直る。そして意を決したように言葉を紡ぐ。
「アンジェ姉、婚約おめでとう」
「テオ……!」
「完全に吹っ切るまではもう少し時間かかるかもしれねぇが、まぁ一つのけじめって奴さ」
言ってテオは微笑んで見せる。それは決意と寂しさ悲しさ、そう言った様々な想いが混在した笑顔。
「そう言う訳だからもうあのお貴族様の恋人の所に戻ってやんな」
「ああ、そうだな。スマンな、そうさせて貰う」
答えてアンジェは立ち上がる。そしてリオンの所に戻るべく歩き始めるが数歩進んだところで立ち止まり振り返る。
「テオ。お前が弟でいてくれて、お前の姉でいる事が出来て、お前と姉弟で良かったよ。ありがとうな、テオ」
そう告げるとリオンの元へと駆けていくのであった。
今回思い出話に出てきた姉さんと、8話のダンジョンの話に出てきた姉御は別人です。
物心つく前から育ってきた孤児院ですので、その間巣立って行った兄貴分姉貴分もそれなりに居る訳で。
次回も引き続き夏季休暇編です