チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
アンジェもテオも部屋を去り院長と二人きりになるとリオンが口を開く。
「お気遣いありがとうございます」
「お気になさらず。何かお聞きになりたいことがるのでしょう?」
「はい。アンジェについてです。彼女がこの孤児院に引き取られてきたときの話など差し支えなければお聞きしても良いでしょうか? 彼女と添い遂げることに迷いはありません。この先何があろうと彼女を護り切る覚悟です。その為にも彼女については可能な限り知っておきたいのです」
言い放ったリオンの目は真剣そのもので、そこには何があってもアンジェを護り切るという覚悟が感じ取れた。
「本当にアンジェのことを真剣に想ってくださってるんですね。あの子の親代わりとしてお礼申し上げます。ですが申し訳ありません。生憎私はその問いに対する答えを持ち合わせておりません」
「それは……一体どういう事でしょうか?」
「確かに私はあの子が物心つかぬうちから親代わりとなって面倒見て来ました。ですがあの子がここに来る前からこの院に居たわけではないのです。先代の院長様が御高齢でお勤めが困難になり代わりに私が呼ばれました。私がここに来た時、既にあの子はここにいたのです。未だ物心もつかぬ赤子ではありましたが」
「そうでしたか……」
リオンはアンジェの出自自体は前世ゲーム知識に加えルクシオンの調査でもある程度知っていた。
ここで院長に尋ねたのは答え合わせの様なもので明確な答えが得られなくてもそれほど差支えは無かったので特に落胆することも無く。
「申し訳ありません御望みの答えをお返しできなくて」
だが院長の方は申し訳なさそうに沈んだ表情。
「いえ、お気になさらないでください。アンジェがここであなたの元、健やかに育ったのが知れただけで十分ですから」
「健やかに、ですか。……時折思う事があるのです。先代の院長様はとても立派な方でした。果たして私はあの方の様にあの子たちの親代わりが務まっているのだろうかと」
そう言った院長の顔は憂いを帯びた表情に。子供たちの前では立派に振舞っていたように見えた彼であったが色々思う事があるのだろうか。
「私はその先代様のことは存じません。ですが、院長先生。貴方のことはアンジェを通して分かるつもりです。アイツは情け深く優しくて思いやりがあって、曲がったことが大嫌いで真っ直ぐな性分で、そんな彼女が貴方のことをとても尊敬し慕っているんです。
アンジェだけじゃありません。この院の他の子たちだってみんな幸せそうな顔してました。アンジェやあの子たちの顔を見れば貴方がどんな方かは十分解るつもりです胸を張ってください」
リオンの言葉に院長は目を細める。
「ありがとうございます。リオンさん。貴方がアンジェのよき人になってくれて、この出会いに感謝します」
その後、二人はアンジェを共通の話題に暫し歓談が続く。
院長は幼い頃のアンジェの話を、リオンは学園で共に過ごした日々を互いに語る。
そうして時を忘れ語らい合ったのだった。
「院長先生、リオン」
ドアをノックする音と共にアンジェの声が響くと、院長が「どうぞ」と答える。
「未だ話続きそう? 子供たちの方はうとうとしかけてるし、そろそろ寝かしつける時間なんだが」
「もうそんな時間ですか。分かりましたお願いします」
院長が答えるとアンジェの後ろから幼い弟妹たちが瞼をこすり、アンジェの服を引きながら話しかける。
「アンジェねぇ~。いっしょにねよ~?」
その様子に院長は目を細める。
「みんなアンジェに久しぶりに会えたのがよっぽど嬉しいんですね。寝室はほぼ以前のままですからそのまま一緒に寝てあげなさい」
「分かりました」
因みにこの院の規則では十歳を超えると寝室は男女別々になる。なので十歳より上の弟たち以外の子たち皆と一緒に床に就くのだろう。
「ところでリオンは勿論泊まっていくんだろ?」
言いながらアンジェは視線をリオンに向け、次いで再び院長に移す。
「院長先生、客間って空いてたよね?」
「そうですね。リオンさんさえよろしければ。貴族の方がおやすみになるにはあまり寝心地の良いベッドではないかもしれませんが」
「いえ、全然大丈夫です。寝床を提供していただけて感謝です。私も今でこそ一山当てましたが元は貧乏貴族ですからお気遣いは――」
言いかけたリオンの言葉がアンジェの言葉に遮られる。
「あっ! おい、こんなところで寝るな! ベッドまで我慢しろ! ああっ、もう。客間のリオンが寝る部屋のベッドメイクもしなきゃいけないのに……」
見ればアンジェにしがみついてた子が寝りに落ちそうになってたので、アンジェが慌てて抱きかかえる。
「いいよ、アンジェ姉はチビたち寝かしつけてやんな。リオンさんの寝る部屋のベッドメイクは俺がやっとくから」
困惑の声を上げたアンジェに助け舟を出したのはテオだった。
「そうですね。では客間のベッドメイクはテオに任せましょう」
院長が言うとアンジェも「じゃあ頼んだぞテオ」と頷く。そしてリオンに向かい口を開く。
「そういう訳だから私は弟妹たちを寝かしつけたらそのまま一緒に眠りにつくから」
「ああ、おやすみアンジェ」
「おやすみリオン。おやすみなさい院長先生」
「ハイ、おやすみなさい」
その後、ベッドメイクを済ませたテオが呼びに来るとリオンは礼を言い、院長にも就寝の挨拶をする。
そしてその日の夜を終えるのだった。
それからリオンとアンジェの滞在期間は一週間ほどに及んだ。
その間、院の子供たち――アンジェの弟妹たちはすっかりリオンに懐いたのだった。
特にリオンの冒険譚には興味津々で、アンジェと血は繋がっていないのに、流石はアンジェの弟妹たちだと納得してしまえる程。
「すっかり仲良しだな。あと、リオンも小さい子たちの相手するの中々上手じゃないか」
「まぁな。俺にも弟と妹居るからよ」
今は昼下がり。お腹一杯になった子供たちの内幼い子たちは昼寝をしており、リオンとアンジェはそんな寝顔を眺めながら会話を交わしていた。
「しっかしアンジェの弟妹たち、みんなかっわいいよなぁ~。特に妹があんなに可愛いもんだなんて思わなかったよ」
そう言ってリオンは緩み切った笑顔で子供たちの寝顔を眺める。
「随分と気に入ってくれたみたいだな。まぁあの子たちの姉としては嬉しい限りだ。だが、そんなに可愛がってばかりだとリオンの実家に居る実の妹が拗ねないか?」
アンジェがそう言った瞬間リオンの表情が消える。
「……違う。俺んちのアレは、単に親が同じなだけで俺より後に生まれた女であるだけの存在で……」
「イヤだからそれを世間一般では妹と呼ぶの――」
「否! 断じて否! アレは妹じゃない! この子たちこそが妹で俺が探し求めた天使だ!」
「ちょっ……! 声が大きい……! 子供たちが目を覚ましてしまうぞ」
アンジェが慌ててリオンの口に手を当てるとリオンも我に返るが少し遅かったようだ。
「う~~ん? もうおひるねおわり~?」
子供たちの中の一人が目を覚ましかけるとリオンが慌てて語り掛ける。
「ゴメンゴメン、起こしちゃったね? まだ寝てて大丈夫だよ?」
「うん、わかった~。あのね、起きたらまたお話聞かせて?」
「いいよ~。いくらでもお話してあげるよ~」
「ありがと~。リオンおにいちゃんだいすき~」
その言葉にリオンはこれ以上ない程緩み切った笑顔になり、そんな顔を眺めるアンジェは呆れを含んだ苦笑いを浮かべる。
「本当に打ち解け切ってるな。しかしあんまりデレデレしすぎるといい加減私も妬くぞ?」
「大丈夫、妹と恋人は別口だから」
「まったく……。それよりそんなに気に入ったんなら、いっそ本当に妹として養子縁組にでも迎えるか? 良き縁があればそれを繋ぐのもこの院の役目だからな」
「正直そうしたいぐらいだが、俺の実家はおふくろ以外の女衆が壊滅的に酷すぎるからな~。そんなとこに連れてったらこの天使たちが汚されちまう。特に親父の本妻の婆には絶対会わせらんねぇ」
「そう言えば以前も話してたな……。そんなにひどいのか……?」
「アンジェ、最近じゃクラリス先輩のお陰とかもあって居なくなったけど入学したての頃結構嫌がらせとか受けてたろ? あれが可愛く見えるレベルだよ。」
リオンの話を聞いた瞬間アンジェの顔が引きつる。
「そんなに……か? まぁそれだとどの道院長先生の審査で引っかかってしまったろうな」
「審査? まぁそりゃそうだよな」
「ああ。何せ子供たちの将来にかかわる事だから結構厳しいぞ。たとえ裕福な家でも人格や家庭に問題ありなら縁組は許可しないし、逆に貧しくとも信頼が置ける家庭の場合は色んな伝手を使って経済面の問題解消したうえで縁組組んだりと、とても親身になってくれてな。縁組成立後もちょくちょく確認しに会いに行ったり」
「本当に立派な方なんだな」
「ああ。養子縁組の形で巣立った兄弟分姉妹分は皆その後も幸せそうに……いや一人上手く行かなかった兄貴分が居てな」
言いながらアンジェの顔が曇る。
「ある日、養子として巣立った兄貴分を院長先生が連れ返って来てな。衰弱しきってた兄貴分もそうだが、院長先生も酷く落ち込んだ顔しててな。兄貴分が持ち直すまで付きっ切りで世話してて」
「その兄貴分は……?」
「その後持ち直して元気になって、新たに別の家庭と縁組して今度こそ本当に幸せになってくれたよ。去年の秋なんか婚約の報告しに遊びに来てくれたし」
「それは良かったな」
「ああ、本当に幸せそうな顔してて。なにより兄貴分の幸せそうな顔に院長先生も嬉しそうな顔しててな。やっと本当の意味で肩の荷が下りたんだろうな」
聞きながらリオンが思い出していたのは先日院長と二人っきりで話していた時の事。自分は果たして十分親代わりを務められてるのだろうかと言ってたのを。
「なぁアンジェ。世の中失敗しない、失敗したことない人間なんて居ないと思うんだ。大事なのは失敗した時その後どうするかなんだって。だから改めて思うよ。アンジェの育ての親の院長先生は間違いなく尊敬に値する立派な方なんだって」
「ありがとうリオン。リオンにそう言ってもらえるのが何より嬉しいよ。私が誇りに思う私の最高の親父様だよ」
リオンの言葉にアンジェは嬉しそうに笑顔を輝かせる。
「親父様、か。アンジェは院長先生の事そう呼んであげないのか?」
「前に呼ぼうとしたことあるんだよ。でも固辞されてしまってな。そういう呼び方は今後若し実の親が見つかった時か、伴侶となる人が見つかった時その親御さんを呼ぶときに取っておきなさい、って」
「そうか……。何とも真面目と言うか堅物と言うか。でも院長先生らしいな。真面目で立派な院長先生に可愛い子供達。改めて良いところだよなココって。もうずっとここに居たいかも……ってか学園退学になったらここで雇ってもらおっかな」
リオンの口から出た退学と言う言葉にアンジェの顔が僅かに曇る。
「前にも聞いたけど本当なのか? 退学って……。私は寂しいし嫌だぞ。リオンのいない学園生活なんて……」
「本決まりじゃないけど十中八九そうだろうな。こればっかしは仕方ねぇよ。アンジェに寂しい思いさせるのは心苦しいけど。まぁでも入学直後の頃と違ってクラリス先輩もオリヴィア様も居るしアンジェもそこまで寂しくないだろ?」
「まぁそれは確かにそうだが……」
「毎週末には会いに行ってやるからさ。それよりマジでここで雇ってもらうかな。いや雇って貰うって言うより共同経営? 金だけは未だ潤沢にあるから建物増改築してさ。あ、何か想像してたら退学も悪くないかもって思えてきたかも」
「リオン、お前なぁ……。こっちは真剣に……ってまぁいいか」
退学になるかもという話なのに心配どころか前向き過ぎるリオンにアンジェはため息混じりの苦笑を浮かべる。
「それなら尚更一度実家に帰ってキチンと話すべきだろ? あと、やっぱり私もついて行くよ」
「いいのか? 繰り返しになるが、おふくろ以外のウチの女衆はマジでひどいから無理して会わなくてもいいんだぞ?」
「結婚相手の家族との衝突や揉め事もこなさなければいけない通過儀礼と言ったのはお前だぞリオン。実際リオンはその通り有言実行してみせてくれたじゃないか。後日テオのケジメにも付き合ってくれて」
アンジェの言うテオのケジメ。その言葉を聞いてリオンは思い出していた。
――それはリオンの顔の腫れも引いた日の事。
テオからの申し出があった。
「リオンさん。俺の事思いっきりぶん殴ってください。リオンさんの気が済むまで何発でも――」
「ちょっ、ちょっと待ってくれテオ君! この件は既に解決済みだか――」
「いえ、男としてケジメ付けさせてください。それに、アンジェ姉の選んだ男が相応しい男だってことをこの身に刻んでおきたいんです。だから、お願いします!」
言ってテオは勢い良く頭を下げる。
「ま、待ってくれ。気持ちは分からんでもないがやっぱりアンジェの弟を殴るなんて――」
「応えてやれ、リオン」
「アンジェ……?」
渋るリオンに声をかけたのはアンジェだった。
「リオン、お前の優しさを私は恋人としてとても誇りに思ってる。だがな、時に過ぎた優しさは却って残酷で侮辱にもなりうることもある。テオが男を見せようとしてるんだ。その心意気を汲んでやってくれ」
その言葉にリオンは頭を搔きながら「分かったよ」と、答える。
「全く、俺の恋人は性根が男前すぎるよ」
リオンの言葉にアンジェは呆れ交じりに口を開く。
「それは誉め言葉のつもりなのか?」
「勿論だよ。そういう所も含めて惚れてるんだからな」
言ってリオンは微笑む。直後顔を引き締める。
「さて、と事に当たって条件を幾つか示させてもらう。先ず、アンジェはこの場を外してくれ。情けない話だがやっぱ見てる前じゃ殴りづらいからな。あと、殴るのは一発だけだ」
「リオンさ――」
「テオ!」
情けを掛けられてると思ったのか抗議のように声を上げたテオをアンジェが遮り、続ける。
「あまり、リオンを見くびるなよ」
そうしてアンジェは視線をテオからリオンに移し目配せするとリオンは頷く。互いの思いを確認し合うとアンジェはその場を立ち去るのだった。
アンジェが去り行く中、リオンは自分の右肩辺りに目をやる。それは姿を消したルクシオンが居る辺り。
数秒後空から医療キットの入ったボックスが下りてくる。その箱を開けながらリオンは続ける。
「一発入れた後は直ぐに手当てを受けてもらう。治療と言っても湿布貼る程度だろうけど。これらを受け入れてくれるならこちらも応じよう」
リオンの言葉にテオは暫し考え込むが覚悟を決めたように頷く。
「元々こっちがとやかく言える立場じゃないですもんね。分かりました。それでお願いします」
言いながらテオは自分の拳を左頬に当てて見せる。ここに打ってくれと、覚悟は決まってると言わんばかりに。
その言葉に応じる様にリオンは拳を構える。
「じゃぁ、思いっきり行くから。そうじゃないとそっちも納得しないだろうし。しっかり歯を食いしばってくれよ」
リオンの言葉にテオは歯を食いしばり口元を引き結び真っ直ぐな視線を向ける。
そしてリオンは振りかぶった拳を撃ち抜く。
鈍い打撃音が響き渡り、リオンの拳を受けテオはたたらを踏む。
震える脚で倒れまいと踏ん張るも片膝を着いてしまう。
「テオ君!」
思わず心配して駆け寄ろうとするリオンに、テオは押しとどめる様に手の平をかざす。
「……流石本物の冒険者、そしてアンジェ姉が認めた人だ。芯まで響くいい拳でした」
テオは痛みに堪えながらも笑顔を作ってみせてた。
「納得してくれたみたいだね。うん。じゃぁ約束通り手当てを受けて貰うよ」
そうしてリオンは先に言った通り、用意しといた医療キットを用い手ずから手当てしてあげるのだった。
「リオンさん……。アンジェ姉のこと、俺の大切な姉貴のこと……よろしくお願いします」
「分かった。男と男の約束だ。責任もって幸せにしてみせると誓うよ」
そんなテオとのケジメの一件を思い返していたリオンにアンジェが語り掛ける。
「最後までテオの奴が面倒かけてしまったな」
「アンジェを迎える以上やるべきことをやったまでさ」
「ありがとうな。だったら私も逃げるわけにはいかん。次は私が向き合う番だ。そうだろ?」
伴侶とする相手の家族と向き合うという意味では確かに同じかも知れない。
だがテオがアンジェと深い絆を持った相手だったのに対し、リオンが懸念を抱く家族は訳が違う。
直接血の繋がった両親や兄弟とはアンジェと相性悪くなさそうな印象だし仮に衝突しても乗り越えてくれる期待を持てる。
懸念はもう一つの家族――いやリオンは家族とは思っておらず向こうも家族とは思ってないであろう父の本妻とその子供達。
出来れば顔を合わせさせたくないが逃げ続けるわけには行かず何れ向かい合わねばならぬ相手とリオンも覚悟を決めるのであった。
アンジェ帰郷の話はこれでラストです。
次回はリオンの実家へ。こっちは長くならない予定です。