チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「カーラ! よく来てくれた。先ずはもてなさせてくれ。直ぐに茶と菓子を用意するから」
アンジェはカーラの来店を笑顔で出迎え、テーブルに案内し座らせる。
「あ、ありがとうアンジェリカさん。あの、今日は……」
「分かってる、リオンに話があるんだろ? でも折角の喫茶店なんだから茶と菓子を楽しんでくれ。茶はリオンが淹れてくれるが少し時間が掛かるから先ずは菓子を楽しんでくれ。直ぐ持って来るから」
言いながらアンジェはバックヤードに駆け込み、戻って来た時、手にしたケーキスタンドには随分な量の菓子が盛られていた。
「私の奢りだから遠慮なく食べてくれ」
「そんな、申し訳ないわ。昨日だってサンドイッチ――」
「いいからいいから。チラシ配りだって手伝ってくれたからそのお礼も含めてだから。今日来たお客さんにもカーラからチラシ貰ったって生徒も結構いてな。本当ありがとう」
「そ、そう? なら遠慮なく……いただきます」
カーラは促されるままスタンドに盛られた菓子に手を伸ばし口に運ぶと顔を綻ばせる。
「美味しい……」
その言葉にアンジェも嬉しそうに笑顔に。
「だろ!? なんてったってクラリスの姉御のお墨付きのお店の菓子だからな!」
「姉御……。話には聞いてるけどアトリー伯爵令嬢様とは本当に仲良しなのね」
「ああ、私の自慢の姉貴分だ。何時も可愛がってもらって世話になっていてな。今日もお店の手伝いまでしてくれて本当に助かったんだ」
「そう……なんだ」
菓子を堪能しながらカーラは昨日クラリスと出会った時の事を思い出す。そして今アンジェが笑顔な様子から願いを聞き届け応じてくれたことを察し感謝の念を胸に抱く。
「お、どうやら茶が入ったみたいだ。リオンの茶も結構評判良いんだ。待っててくれ。今持って来るから」
そうこうしてる内に茶が入ったようでリオンの呼ぶ声にアンジェはバックヤードに向かうのだった。
「御馳走様でした。お菓子もお茶も、とっても美味しかったです」
出された茶と菓子を食べ終えたカーラが礼を述べるとアンジェは満面の笑みで、リオンも穏やかな微笑みで応えるのだった。
今三人は一つのテーブルを囲って座っている。
「喜んでもらえたのなら何よりだよ。それで、俺に話があるんだっけ?」
「ハイ。実はバルトファルト男爵に折り入ってお願いしたいことがございまして」
言いながらカーラは椅子から立ち上がり、片膝を着き胸に手を当てこうべを垂れる。
そして彼女の口から告げられたのは自分の実家――ウェイン領に出没する空賊の被害。そしてその被害から救いを求めるものだった。
空賊――それは浮島で人々が生活を営むこの世界ならではの賊。浮島を往来する飛行船を襲撃し略奪行為を生業とする悪漢。
そんな空賊の討伐依頼であった。
リオンはその依頼を聞きながら思い出していた。これも前世でプレイしていたゲームに有ったイベントだな、と。
ならばこのまま流れに身を任せイベントを消化するか、と。
そして依頼要件を言い終えたカーラに依頼受領の返事をしようと思った時だった。
「ですが、この依頼、お断りくださって結構です。いえ、お断りしてください」
「……どういう、つもりだ?」
予想外の答えにリオンは疑問の声を上げる。
「男爵の武勇は聞き及んでいます。それでも、未だ学生の身で空賊討伐はあまりにも危険で荷が勝ちすぎます。私が軽率過ぎました」
そう言い放ったカーラの顔は片膝を着き頭も下げてるためその表情は伺えない。
「本日はお会いになって頂きありがとうございました。そして貴重はお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。失礼させていただきます」
言って、カーラは下を向いたまま立ち上がる。
俯き表情の見えない顔をさらに深く下げ一礼するとカーラは立ち去るべくその背を向ける。
そしてドアに向かい歩を進めようとする。
「いや、受けるよ。その依頼」
だが立ち去ろうとするカーラの背中に向けリオンは言葉を投げかけた。
その言葉に振り向いたカーラは驚きで目を見開く。
「なっ!? 待ってください! 申し上げましたよね! この依頼は危険すぎるのでお断りになってくださいと!」
「確かにな。だが、此方も依頼されて空賊が怖いから断りますじゃ沽券に係わるんだよ」
「そっ、それは……!」
「断ってくれなんて言うくらいなら、はなっから依頼自体胸にしまい込んで口にせず黙って茶と菓子だけ頂いて帰れば良かったんだ。違うかい?」
リオンの言葉にカーラは俯き視線を逸らしている。
「そもそも、この依頼、アンタの一存じゃないだろ? 」
瞬間カーラの顔が強張り青くなる。また、何かに怯える様に小刻みに体も振るわせている。
「カーラ!? 大丈夫か!? リオン! 一体どういうことだ!?」
その様子に驚き心配したアンジェが寄り添い、そしてリオンの顔とを交互に見る。
「アンジェ。その子が誰の取り巻きか知ってるだろ?」
リオンの言葉にアンジェは驚き気付いたような表情になりカーラを見る。
「この依頼、罠だろ? そしてその黒幕はアンタの主のオフリーんとこの性悪女。そうだな?」
リオンの問いかけにカーラからの返事はない。黙りこくるカーラに向けリオンは尚も言葉を投げかける。
「ま、大体察しは着くけどな。ダンジョンでの一件か、それとも決闘で王子達に賭けて大損しての逆恨みか、それとも俺のロストアイテムの船と鎧目当てか、或いはその全てか……」
カーラからの返事はない。だがその表情からそれが肯定なのは十分察することが出来た。
「大体依頼断られましたって報告に戻って、あの性悪が黙ってハイそうですか、で済ませてくれると思うか? アンタもアンタの家にも」
リオンの言葉にカーラは益々その顔を青くし震えながら言葉を紡ぐ。
「そ、それでも依頼要請自体は命令遂行したので、じ、実家にまでは手を出したりは……」
「確かにそうかもな。依頼を断られたって事で俺のメンツを多少なりとも疵をつける事が出来るわけだ。でもその程度であの性悪が満足するか? 確かにアンタの実家には手を出さないかもしれないが、でもアンタ自身への見せしめの制裁迄見逃してくれるほど甘い女か? あの性悪は」
カーラからの返事は無く尚も俯き震えている。
「それでも命令に従い遂行した訳か。大した忠誠心だな」
そんなカーラに向かってリオンから更に投げかけられた言葉に、カーラが声を上げる。
「……取り消して、下さい」
カーラの放ったその声の低さと、声に込もる負の感情にリオンの口から思わず「え?」との声が漏れる。
「取り消してください! あんな性悪に忠誠!? そんなわけ無いでしょ! あんな女! 恨みと憎しみと軽蔑こそあれ毛筋ほどの忠誠だってあるものですか!」
感情を爆発させ叫んだカーラは直後「失礼しました」と頭を下げる。
思わず言葉を荒げてしまったカーラは気まずさと申し訳なさで押し黙る。
リオンにとっては情報を引き出すため軽い挑発のつもりだったのだが、想像以上に地雷だった事に申し訳なさの気持ちからか押し黙ってる。
押し黙る二人に場には重い沈黙が降りる。
「リオン……。リオンなら空賊相手でも勝てるか?」
「アンジェリカさん!?」
沈黙を破って紡がれたアンジェの声にカーラが驚きの声を上げる。
アンジェはカーラの声に構わずリオンに問いかけ続ける。
「答えてくれリオン! このままカーラを帰せばあの性悪に酷い目に遭わされるのは目に見えてるんだろ!? でもリオンに空賊を討ち取れる力があればカーラも私たちも誰も傷つかないで済む! そうだろ!?」
リオンはアンジェの声に笑顔を返す。
「答えるまでもない。空賊如き、俺の敵じゃねぇよ」
自信に満ち溢れたその答えにアンジェも笑顔になる。
「聞いたろカーラ! 私のリオンは無敵だ! 例え空賊――」
「空賊を甘く見ないで!」
「あ、甘くなんか見ていない! 確かに本物の空賊を私は見た事ない! だけどリオンが自信を持って勝てると言ったんだ! カーラだって知ってるんじゃないのか!? 殿下たち五人を相手取りたった一人で勝ったリオンの強さを!」
「ええ、知ってるわ。この学園であの決闘を知らない生徒なんて居ないでしょうね……!」
「だったら――」
「確かに強かったわよ! そして負けた殿下達だって弱くないのも分かるわよ! でもね! それでも所詮学生同士の決闘! そんなものとは比べ物にならない危険な存在なのよ空賊は! 時に人の命を奪う事も躊躇わない、そんな連中なのよ!」
命を奪う事も躊躇わないとの言葉に思わずアンジェも気圧される。
「そ、それでもリオンならきっと何とかしてくれる! リオンならたとえ敵の数が多くったって、それこそ十倍の相手だろうと蹴散らしてくれる!」
「十倍? そうね、バルトファルト男爵の強さならそれも不可能じゃないかもしれないわね」
「かも、じゃない! リオンならきっとやれる! やってくれる!」
「じゃあその倍なら……? 更にその倍……いえ、もうそんな次元の話じゃないのよ」
カーラの返す言葉にアンジェは押し黙る。その押し黙った顔にカーラは悲し気な笑みを浮かべる。
「ただの空賊じゃないのよ……! 百を超える鎧、十にも上る飛行船を有し、オフリー伯爵家とも密約を交わした空賊! 王国最凶最悪の空賊団、ウイングシャークなのよ!」
明かされた空賊団の規模にアンジェは言葉を失う。カーラから聞かされたそれはもう小国の軍にも比肩しうるのではと思わせる規模。
「分かったでしょ? 男爵がいくら強くても一個人でどうにかなる相手じゃないのよ……。黒騎士、って御存じよね? 王国の悪夢にして公国の英雄。彼個人の戦績に限れば無敗と言われてるわ。そんな彼を有しながらも公国は王国に敗れた……王国軍の数の前に。どんなに個の武が優れていても数の暴力の前には敵わないのよ。そういう、事なのよ……」
振り絞るように言ったカーラの言葉にアンジェは言葉を返せなかった。
カーラはアンジェに向かい微笑みを返す。それはとても悲壮で哀し気で、消えてしまいそうな儚げな微笑み。
「確かに足りねぇな……」
そんな二人に向かいリオンが口を開いた。その言葉にアンジェの顔が益々曇る。だが直後、補足する様に更にリオンは紡ぐ。
「違ぇよ。俺が足りねぇつったのは空賊の方だよ」
リオンの言葉に二人は驚きの顔を見せる。
「百の鎧? 十の飛行船? 俺のアロガンツとパルトナーを相手にしようってんなら、その更に十倍は集まんねぇとな」
あり溢れる自信を顔にリオンが言い放つとアンジェもその顔を輝かせる。
だがカーラは一瞬驚きの表情を見せるも直後、呆れとも怒りともつかぬ顔で叫ぶ。
「ハッタリは止めてください!」
「ハッタリじゃねぇよ。最初の方にも言ったが空賊如き目じゃねぇよ。例え千の鎧、百の飛行船が相手だろうと――」
「虚勢も大概にしてくださいって言ってるんですよ!」
リオンの言葉を遮る様にカーラは叫び、そして続ける。
「アンジェリカさんの! 恋人の前だからって そうやって見栄を張って! アンジェリカさんを本当に大事に想ってるのならもっと御自身をも大事にして危険なことに首突っ込まないでください! 男爵に何かあったら残されたアンジェリカさんがどれだけ傷つき悲しむか! それが分からないわけないでしょ!?」
カーラの叫びにリオンは思わず大きく目を見開く。
「カーラさん……アンタ、アンジェのこと気にして心配してくれてるのか?」
返事はない。だが逸らすことなく真っ直ぐ返される視線が何よりも雄弁に語ってる様だった。
「ひとつ、聞かせてくれないか? どうして、そこまでアンジェのこと気に掛けてくれるんだ? アンタとアンジェは今日を含めても出会ったのはたった三回だけだろ? 高々その程度の深くもない仲の筈――」
「たった!? 高々!? ええ、そうですね……! でも、それが私にとってどれだけ嬉しかったか……! アンジェリカさんの優しさが! 初めてだったんです、あんな風に優しくしてもらったの……。ダンジョンの時も、昨日再会した時も……。誰も助けてくれないこの学園で……孤独よりなお辛いあの性悪に虐げられる日々で私に差し伸べてくれたあの手の温もりにどれだけ嬉しくて救われたか……。本当に……嬉しかった……。そんなアンジェリカさんが、あの性悪の毒牙に掛かるなんて見過ごせない……! 絶対に阻止したいの……! 例え私のこの身がどうなろうと……!」
言葉を紡ぐカーラの瞳からは涙が溢れ零れ落ちてた。
「その為に、犠牲になろうってのか……?」
リオンの言葉にカーラからの返事はない。その顔には尚も悲しい微笑みをたたえ瞳からは涙を溢れさせていた。
「これしか……コレが一番いいやり方なんですよ……。私一人が我慢すれば……」
「そんなわけ無いだろ! カーラ一人に泥を被せて! それで私達に知らんぷりしろと言うのか!? そんなこと受け入れられるか!」
アンジェが眼に涙を滲ませながら叫ぶと、カーラは尚も悲しい顔で静かに首を振る。
「アンジェリカさん……お願い……分かって……分かってよ。生まれも、環境も選べないなら……せめて散り方ぐらい選びたいのよ……」
声を詰まらせるカーラ。そんなカーラをアンジェは全身で抱きしめる。
「イヤだ! 私は諦めない! カーラ! 君を絶対救ってみせる!」
「やめて! 私なんかの為に危険なことに首を突っ込まないで!」
「なんか、なんて言うな! 君は私の友達になって欲しいと……いや違う。君は、カーラは友達だ! 友達が苦しんでるのに放って置けるわけ無いだろ!」
「友達……。私に……私なんかにアンジェリカさんの友達になる資格なんか……」
「友達になるのに資格なんかあるか! 私が友達になりたいと思ったんだ! それで十分だろ!」
アンジェの力強い言葉に対し逆にカーラは悲し気に首を振る。
「違うの! 今回だってアンジェリカさんだったから、私に優しくしてくれた人だったから命令に抗おうって思えたの。でも、若し話したことも無い見ず知らずの相手だったら命令に屈して従ってた……。そんな女、危険を冒してまで手を差し伸べる価値なんて無いのよ……。だから私にアンジェリカさんの友達になる資格なんか――」
「若しもの話なんかするな! 今私が話してるのは小さな恩義も心に大切に刻み、その身を犠牲にしてでも報いようとしてくれる義理堅く高潔な心を持った目の前の君の、カーラ・フォウ・ウェインの話をしているんだ! それに! 若し仮に命令に抗えなかったとしても、君を非難する資格なんか私には無い! リオンやクラリスの姉御に護られてる私に、孤立無援の中耐えてきた君を非難する資格なんかないんだ! だからこの手を振り払わないでくれ! リオンには力があるんだ! だからリオンを信じてくれ! リオンを信じる私を信じてくれ!」
アンジェはカーラの両肩を掴み正面から真っ直ぐその瞳を見据え訴える。
「……ありがとう……ゴメンナサイ」
涙を溢れさせながら紡がれるカーラの言葉にアンジェは自分たちの差し伸べた手を取ってくれたものと解釈し表情が緩む。だが次に紡がれた言葉は――
「違うの……この期に及んでも未だバルトファルト男爵の力を信じきれないの……。もし失敗して私だけじゃなく私に手を差し伸べてくれた人まで不幸にしてしまったらと思うと耐えられないの」
その言葉にアンジェもリオンも慄く。それはカーラに絡みついたオフリーの令嬢の呪縛。心の奥底まで突き刺さり支配してる恐怖の根深さに。
カーラは自分の肩を掴むアンジェの手に手を伸ばしそっと外す。そしてアンジェの胸に手を当て軽く押す。ほとんど力を込めず相手を気遣うように優しくそっと。
だがそれは明確な拒絶の意思の表れ。
「アンジェリカさん……私のこと友達と言ってくれてありがとう」
「ま、待て、カーラ……!」
だが手を伸ばすも一歩踏み出せずその手が届かない。それはカーラの浮かべた悲壮な微笑みに、まるで目の前に深い溝があるかのように感じ。
「嫌なことだらけの学園だったけど、アンジェリカさんに出会えて良かった……。ありがとう、貴女の優しさ温もり、この先何があっても忘れないから……」
そして背中を向けるカーラ。
去りゆくその背中にアンジェは手を伸ばす。だが届かない。足が床に張り付いたように動かない。視界が涙で滲む。
助けたいと強く望みながらもその心に巣くった呪縛を解きほどけず、手を届かせる事が出来ない自分の無力さがもどかしく苦しく辛かった。
それでも願う。カーラを助けてあげたい。
そんな願いを聞き届けるかのようにドアが静かに開け放たれ美しく良く澄んだ朗々たる声が響き渡る。
「その空賊討伐。私も、我がレッドグレイブ家も合力いたしましょう」
語りたいことは全て本文に込めました、そんな回でした。
そしてオリヴィア様登場。こういう所で出て来れるのは流石の主人公力。