チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり   作:julas

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扱いがデリケートなキャラなので読者様に怒られないかちょっと不安……。
最後までお読みいただければ嬉しいです。


4、伯爵令嬢

 怪我の功名とでも言うべきだろうか。

 あの日、アンジェの魔力暴走以来、周囲の彼女に対する反応も変わった。

 確かに攻略キャラ五人は相変わらず口説いてくるが、難癖付けてくる女子の数は圧倒的に減った。

 その時直接絡んでいた女生徒たちは勿論その状況を遠巻きから眺めていた者たちからは完全に危険人物扱い。

 妬み嫉み程度の動機で絡むにはあまりにも危険すぎる相手と。

 そしてそれらの人間を通じてその場に居なかった者達にも噂は尾ひれも付いて広まる。

 曰く歩く火薬庫、曰く狂犬、曰く赤い魔女。アンジェ本人にとっては何れも極めて不名誉な噂。

 だがアンジェ本人はどこ吹く風。

 むしろ直接絡まれる煩わしさに比べれば陰口程度可愛いものと清々してる様子すらある。

 丸一日誰にも絡まれることなく平穏に一日が終わる日も多くなった。

 だが完全に居なくなったわけではなく、その日もそうした女子に遭遇し絡まれてしまった。

 

 そしてその日絡んできた女生徒は今までの女生徒たちとは違った。

 今までの女生徒たちは女生徒同士で連み群れて絡んできたのに対し、その女生徒は何人もの体格の良い男子生徒達を取り巻きとして引き連れていた。

 オレンジ色のボリュームのある髪と人目を惹く美貌、立ち姿も振る舞いも品格を感じさせ、それまでの女生徒達より格上の存在感を放っておりいかにも上級貴族のお嬢様といった感じの女生徒。

 

「ちょっとよろしいかしら?」

「……なんの用だ?」

 

 不快感を滲ませながらアンジェは答えた。

 

「私の顔と名前、知ってるわよね?」

 

 女生徒はアンジェが知ってるのを当然と言わんばかりに語り掛けた。

 アンジェは女生徒の顔を数秒眺めるが分からないとばかりに首を傾げる。

 その仕草に女生徒は苛立ちを見せる。

 

「流石何人もの男子を誑かした卑しい平民の娘いい度胸ね。誑かした男の婚約者なんか興味ないってわけかしら。だったら教えてあげるからこの機会に覚えておきなさい。

クラリス・フィア・アトリー。伯爵令嬢よ」

 

 女生徒――クラリスの皮肉の込もった言葉にアンジェも苛立ちを見せる。その言動から自分に言い寄ってくる五人の誰かの婚約者だろうと当たりが着く。

 だが可能性は低いが若しかしたらリオンの可能性もあるかもと思う。

 そしてリオンの婚約者だとしたら――リオンに婚約者が居たら、そう思ったら胸が苦しくなった。

 何故こんなにも胸が苦しいのかアンジェは不思議に思いもやもやした気持ちになる。

 

「ちょっと、黙り込んでないで何か言いなさいよ」

 

 クラリスの声にアンジェは我に返る。

 そして目の前のこの女生徒――クラリスがリオンの婚約者だったりするのだろうか。そうだとしたら嫌だなどと思いながらそれを確認するためにも尋ねることにする。

 

「言ってくれないと分らん。誰なんだそのお前の婚約者とやらは?」

 

 アンジェの物言いにクラリスの取り巻きの一人が怒声を上げる。

 

「平民の! しかも下級生の癖になんだその言い草は!」

 

 そんな取り巻きをクラリスは手を挙げ制すると、取り巻きは後ろに下がり「申し訳ありませんお嬢様」とクラリスに頭を下げる。

 

「知らないのなら教えてあげるわ。ジルク・フィア・マーモリア。それがあなたが誑かしてくれてる私の婚約者よ」

 

 クラリスの口から出た名前がリオンでなかったことにアンジェは心底ホッとする。そして告げられた名前に思いを巡らせるがやはり思い出せない。

 アンジェのその仕草にクラリスはまたも苛立ちを見せる。

 

「あなた、馬鹿にしてるの?」

「そんなつもりはない。本当に思い出せないだけだ。ああそうだ色で言ってくれれば思い出せるかもしれん」

 

 アンジェは言い寄ってくる男子たちが其々異なった髪色をしてたなと朧気ながら思い出しながら言った。

 その言葉にクラリスは渋々と言った感じで口を開く。

 

「……若草色の綺麗な長い髪よ」

「若草……要するに緑か。そう言えば居たな、いつもニヤニヤしてて腹の底が見えない薄気味悪い腹黒そうなあの陰険緑か」

 

 クラリスの取り巻き男子の一人がアンジェの言う"陰険緑"という言葉に思わず吹き出す。直後、主であるクラリスに睨まれ「失礼しました」と頭を下げる。

 

「人の婚約者に向かって随分な言い草ね。さすが男を何人も誑かした卑しい平民ね」

「……さっきから聞いてれば言いたい放題だな。だったら此方も言わせてもらう。お前の言う陰険緑も含め、あの五人に此方から声をかけたことなど一度もない。

それどころか付きまとわれて此方は迷惑してる! お前も婚約者だというのなら手綱ぐらいしっかり握っていろ!」

 

 アンジェの言葉にクラリスは顔を真っ赤にして言い返す。

 

「なんですって!? 貴方こそよくもそんなウソぬけぬけと……! 学園中で噂になってるわよ! 身の程知らずの平民が王子たちを誑かしている、って!」

 

 そんなクラリスの言葉をアンジェは鼻で笑う。

 

「噂? ハッ、噂か。そんな噂に振り回される程度とは、伯爵令嬢とやらもたかが知れてるな」

「なんですって!?」

「己の目と耳で見聞きしたわけでもなく! 低俗な噂に振り回される! そんな底の浅さだから、たかが知れてると言ったまでだ!」

 

 アンジェは威勢良く啖呵を切る。その剣幕にクラリスは、そして周りの取り巻き達も思わず気圧される。

 高々平民風情に何故これほどの威圧感を放つのかと戸惑いすら感じる。

 それは血の成せるものなのかもしれない。この場に彼女が実は公爵家の血を引く令嬢だと知る者は当の本人であるアンジェも含め一人もいない。

 だが無意識下でそれを感じ慄いてしまったのだろうか。

 クラリスとその取り巻きがたじろぎ言葉を失っているとアンジェは溜息を一つ付く。

 

「話は終わりか? ならもう失礼させてもらう」

 

 アンジェは踵を返すと立ち去ろうとする。その姿にクラリスは我に返る。

 

「ま、待ちなさい! 誰が行っていいと言いました!」

 

 クラリスの言葉に、取り巻きの一人がその意を汲む様にアンジェの前に立ち塞がる。

 アンジェは目の前のクラリスの取り巻きに向かい冷ややかな視線を向け冷たく言い放つ。

 

「退け」

 

 取り巻きはその言葉にたじろぎつつも平民なぞに舐められて堪るかと言わんばかりに拳を振りかぶる。

 だが冷静さを欠いた大ぶりの拳など躱すのは造作もない。

 アンジェが半身で避けると取り巻きの拳は空振りバランスを崩し前のめりに転ぶ。

 アンジェは取り巻きに指一本触れていない。

 だが無様に倒れる取り巻きとその傍で悠然と立ち見下ろすアンジェの姿に他の取り巻き達も舐められてたまるかとばかりに動き出しアンジェを取り囲んだ。

 大の男たちにぐるりと囲まれるもアンジェは身じろぎ一つせず、むしろ迎え撃つ気も露に拳を構えようとする。だが直後リオンの顔が思い浮かぶ。

 常に自分の身を案じ心配してくれる大切な親友。若しここで感情のまま喧嘩などして最悪退学になればリオンと会えなくなるし、それにリオンを悲しませたくなかった。

 そう思いアンジェは拳を下ろし瞼を閉じる。

 

「やるならやれ。抵抗はせん。好きにしろ」

 

 観念してみせるアンジェに取り巻きの一人が「いい覚悟だ」と呟く。先ほど拳を空振りし無様に倒れた取り巻きの男だ。

 男は拳を大きく振りかぶるとアンジェは瞼を閉じ歯を食いしばる。

 次の瞬間拳が肉に当たる鈍い打撃音が響き渡る。だがアンジェの身に予測してた痛みは無い。

 一体どういうことかとアンジェがその目を開くと、そこにはリオンがアンジェの身を庇いその頬に拳を受けた姿が。

 

「リオン! どうして!?」

 

 アンジェが声を上げるとリオンは頬を腫らし口の端から血を流し、その痛みに堪えながらも微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「大丈夫だったか? アンジェ」

 

 身を挺して自分を護ってくれた傷ついたその姿にアンジェの瞳に涙が滲む。そして大切な親友を傷つけられたことに対し怒りの炎が燃え上がる。

 

「貴様ら……! よくも私のリオンを傷つけてくれたな!」

 

 アンジェが怒声を発すると魔力が深紅のオーラとなって迸る。

 その威圧に先ほど殴ってきた男は尻餅を着き、他の取り巻き達も気圧されたじろぎ後ずさる。

 アンジェは男に向かい拳を振りかぶるが――

 

「アンジェ!」

 

 リオンがその手を掴みアンジェに語り掛けた。

 

「リオン! だってコイツはリオンに手を!」

「俺なら大丈夫だ! それより――」

 

 リオンは周囲に視線を巡らしこの集団の主であるクラリスを見つけると勢い良く頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした!」

「なっ!? 何でリオンが謝る必要がある!?」

 

 涙を浮かべながら困惑の声を上げるアンジェにリオンは肩を抱き耳元に顔を近づけ囁く。

 

「……分かってる。アンジェに非がないの分かるし信じてる。でもな、この場はこうでもして納めなきゃいけないんだ」

「でも……! だからって悪くもないリオンが頭を下げるなんて……!」

「……構わないさ。大切な親友を思えばこんな頭一つで済むのなら安いものさ」

 

 自分を思い泥を被ってくれるリオンの姿にアンジェは徐々に冷静さを取り戻していく。

 

「分かった。だがリオンだけに泥を被らせたりはしない。謝るなら私も一緒だ……」

 

 そしてアンジェはクラリスに向き直る。

 アンジェの気性からして謂われない罪で頭を下げるなど本来なら絶対したくなかった。だが大切な親友の為ならそんなプライドなど捨てられる。

 そう思い頭を下げようとした時、それを遮る様にクラリスが手の平を突き出す。

 そして「謝罪は結構よ」と言い放つ。

 周囲の取り巻きが「お嬢様!」と声を上げるが、クラリスが睨み付けるように視線を向けると黙り込む。

 クラリスはアンジェの元に歩を進めると耳元に顔を近づける。

 

「……リオン君っていうの? 彼の事が好きなのね?」

「なっ何を!?」

 

 クラリスの囁きに瞬間アンジェの頬が朱に染まる。

 アンジェの反応にクラリスは満足そうに頷くと引き続き囁きかける。

 

「そんな貴女がジルクに手を出すなんてありえないわよね。悪かったわね」

 

 そしてクラリスは周りの取り巻きにぐるりと視線を巡らすと声を上げる。

 

「あなた達。この件はこれで手打ちにするわ。わかったら囲みを解きなさい」

 

 言われて取り巻き達は囲いを解きクラリスの元に戻る。

 取り巻きが皆自分の元に戻るとクラリスはリオンに向き直る。

 

「そこの君も殴っちゃって悪かったわね」

「いえ、寛大なお心遣い感謝します」

「ところであなた、あらためてお名前教えて貰えるかしら?」

「リオン・フォウ・バルトファルトです」

「そう、あなたが。噂は色々聞いてるわ。お詫びって訳でもないけれど、今後も私の方からそのコにはちょっかい掛けさせ続けてもらうわ」

 

 その言葉にアンジェが疑問と不快感が混じった声を上げる

 

「ハァ? 何故それが詫びになる?」

 

 クラリスはアンジェの声を無視しリオンに語り掛ける。

 

「あなたならこの意味わかるわよね?」

「お気遣い痛み入ります」

 

 リオンが会釈するとアンジェは益々訳が分からないと言った表情を見せる。

 

「じゃあもう行っていいわよ。医務室にも寄ってほっぺた診てもらいなさい」

 

 クラリスの言葉にリオンは会釈してアンジェの手を引きその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

「さっきのはどういう意味だったんだ?」

 

 医務室で頬の手当を済ませたリオンに向かいアンジェが疑問を投げかけた。

 

「アンジェの子供の頃って相当腕白でお転婆だったって言ってたよな?」

「まぁな。今でもそう大して変わらんつもりだがな」

「じゃぁ同じ村の中や隣村の悪ガキたちとグループ同士で喧嘩したりなんかも」

「ああ、しょっちゅうだ」

「そういう時、ガキ大将とかグループのリーダーとかが"アイツは俺の獲物だから手を出すな"なんて言ったりする事なかった?」

 

 言われてアンジェは得心が行った顔を見せる。

 

「そういう事なのか!?」

 

 アンジェの声にリオンは笑顔で頷く。

 

「クラリス先輩がアンジェに睨みを利かせてる、って体を取ってくれれば今後他の女生徒たちは手を出してこなくなるよ。しかもあの人は伯爵令嬢だからね。

そんな人の獲物、怖くて手を出せる生徒なんて殆ど居ないだろうからさ」

「何というか……お貴族様もやってることは平民とそう変わらないのだな~」

「ま、そんなもんさ。貴族も平民も所詮同じ人だからな」

 

 アンジェが呆れを含んだ声を上げるとリオンも笑いながら答える。

 

「そう言えば何故あの先輩の名前を知ってた?」

「上級貴族の令息令嬢の顔と名前ぐらいは一通り頭に入ってるさ。それこそ伯爵令嬢ともなれば。暗黙の了解みたいなものでこの学園の生徒達なら知ってる奴の方が多いくらいさ」

「そうなのか……」

 

 アンジェはクラリスが自分の名前を知ってて当然みたいな顔で話してたのに腹を立ててたが、だがそういう事情ならさもありなんと多少納得いかないながらも合点がいく。

 

「それより――」

 

 言ってリオンはアンジェの頭に手を伸ばす。

 

「よく我慢したな。偉かったぞ」

 

 そうしてアンジェの頭を優しく撫でる。

 

「喧嘩して退学になんかなったりしたらリオンと会えなくなってしまうからな。リオンは私の大切な……」

 

 言いながらアンジェは言葉に詰まってしまう。そして思い出されるのは先ほどのクラリスとのやり取り。

 結果的には勘違いだったがクラリスがリオンの婚約者だったりしないで欲しいと思ったこと。そして違うと分ったときの安堵。

 クラリスに"彼の事が好きなのね?"と言われて思わず赤くなってしまったこと。

 そうしたことが頭の中をグルグル渦巻き言葉に詰まってしまって。

 

「アンジェ?」

 

 黙り込んでしまったアンジェを心配するようにリオンがその顔を覗き込んでくる。

 

「あ、ああ……その、リオンは大切な親友だからな! うん! 親友と離れ離れなんかにならない為にも退学になどなるわけにはいかないからな!」

 

 言いながらアンジェは尚も心の中に燻り続ける気持ちが晴れず、すっきりしない気持ちに。

 誰よりも信頼でき何よりも大切な正に掛け替えのない親友。なのに親友という言葉に何処か違和感、物足りなさを感じてしまう。それは親友よりももっと相応しい言葉があるような。

 だがその言葉が見つからずモヤモヤするそんな気持ち。

 とりあえず部屋に戻ったら気が済むまでサンドバッグを叩こうと思うのだった。




と、いう訳で伯爵令嬢はクラリス先輩でした。
原作でも初登場時はあまり印象よろしくない方でしたが、話が進むにつれ印象良くなっていったイメージでした。
原作ではギャル風な装いのちょいグレビジュアルイメージでしたが、此方の世界線ではそうなる前の清楚お嬢様系のビジュアルイメージです。
彼女は次回も引き続き登場ですのでよろしくお願いします。
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