チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
リオンの実家バルトファルト領。雲一つなく澄んだ空を一台のエアバクが駆け抜けていく。
「どうだアンジェ? 怖くないか速すぎたりしないか?」
「全然大丈夫だ! 頬を撫でる風も気持ち良いしな!」
「じゃぁもう少しスピード上げる?」
「ドンと来い、だ! 遠慮なくもっとスピード上げてくれていいぞ!」
リオンは後ろに乗ったアンジェに応える様にエアバイクのアクセルを開けスロットルを上げる。
速力を上げたエアバイクにアンジェは益々楽しそうに興奮の声を上げるのだった。
『マスターもアンジェリカもご機嫌なようで何よりです。私もチューニング買って出た甲斐がありました』
楽しそうなリオンとアンジェに、ハンドルの直ぐ傍に収まってるルクシオンも満足気な声を上げた。
「そうだな。卸したての新マシンだってのにまるで昔から乗りなれてるみたいに凄く操縦しやすいよ。ありがとうなルクシオン」
「ああ! 最高の乗り心地で私からも礼を言うぞ。ありがとうルクシオン流石リオンの相棒だな!」
『お褒めの言葉痛み入ります。流石はアトリー伯爵家が御用意くださった最新鋭。正にマスターに相応しいエアバイクです。このシュベールトは』
「チュ-ニングついでに名前まで付けてたのかよ。まぁカッコイ響きだしそれでイイか。ところでなんて意味だ?」
『シュベールトとは剣と言う意味です』
「剣か! 私の恋人で最愛最強の騎士リオンのエアバイクに正に相応しい名前だな! 私も気に入ったぞ!」
空賊征伐を無事終えたリオン達は連休の残りを過ごすべく、ここバルトファルト領に帰って来てたのだった。
そして実家で余暇を楽しんでいたリオン達に届いた贈り物。それこそこの最新鋭の高性能エアバイク。
学園祭最終日の打ち上げでクラリスからリオンにプレゼントすると言ってた代物。
エアバイクを目にしたアンジェはその眼を輝かせ早速リオンと二人で乗りたいとせがみ、そして今に至る。
リオンとアンジェは、二人エアバイクで時間が経つのも忘れ大いにドライブを楽しんでたのだった。
「いやぁ、楽しかった! 風を切って走る疾走感も、流れていく景色もどれも最高だった! 天気も快晴で正にドライブ日和! それもクラリスの姉御が最高のエアバイクを、シュベールトをプレゼントしてくれたお陰だな! 学園に戻ったらお礼を言わないとな!」
「アンジェが満足してくれて俺も嬉しいよ。そうだな、クラリス先輩には心から感謝だな」
存分にドライブを楽しんだ二人は領内のとある丘の上、そこにそそり立つ大樹の下に来ていた。
リオンがレジャーシートを広げると、アンジェはその上に準備してきた弁当――バスケットからサンドイッチを取り出し広げてみせる。
届けられたエアバイクを目の当たりにした時アンジェは直ぐにでも乗せてくれとせがんだが、その際ルクシオンがスペックチェックとマスターたるリオンに合わせチューニングを申し出た。このサンドイッチはその整備の間にアンジェが厨房を借り作ったもの。
そのさいリオンの母リュースと、共に残りの休暇を過ごすべく招いたカーラも手伝ってくれたのだった。
弁当を広げ終わったアンジェは魔法瓶からカップに茶を注ぎリオンに手渡す。
因みにこの茶はアンジェ達が料理してる間リオンが煎れ準備したもの。
「運転お疲れ。ありがとうなリオン、一息ついてくれ」
「サンキュー」
リオンは受け取ったカップに口をつけ咽を潤し、アンジェも自分の分のカップに注いだ茶に口を付ける。
「ここも良い所だな。眺めも良いし、そよ風も気持ちいい」
「気に入ってくれて嬉しいよ。子供の頃からの取って置きの場所なんだ」
満足そうなアンジェにリオンは目を細めながらサンドイッチを口に運ぶ。
「お、この味、アンジェの孤児院で食べた味だな。うん、美味い。アンジェの実家にもまた行きたいな」
素朴な味に夏季休暇の時アンジェの孤児院で過ごした楽しかった記憶が蘇る。
「ああ、また一緒に来てくれ。みんなも喜ぶ。さぁさ、こっちのも食べてくれ」
アンジェがサンドイッチをつまんでリオンの口元に差し出すと、リオンはかぶりつく。
「コッチは昔からのお袋が作ってくれてる味だな。ガキの頃からの俺の好物なんだよコレ」
「フフッ。実はソッチも私が作ったんだ。おふくろ様に教えてもらってな」
「コッチもアンジェが? へぇ言われなきゃ全然気づかなかった。もう本当にいつ嫁に来ても大丈夫って感じだな」
「ありがとう。未来の旦那様にお墨付き貰えて私も嬉しいよ。おふくろ様からはもっともっとバルトファルト家の味を教えてもらうから楽しみにしててくれ」
「ああ、楽しみにしてる」
そうして二人準備してきた弁当に舌鼓を打ち全て平らげる。
「いやぁ、食った食った。ごちそうさま……っと、ふぁ……」
腹が満たされると微睡み誘う眠気に欠伸が漏れる。
「フフッ、腹も膨れたので眠くなるよな? 折角気持ちのイイ場所なんだ軽く横になるといい」
「ん、じゃぁ遠慮なく」
アンジェは笑顔を向けながら自分の腿を軽く叩いてみせたので、リオンは頭を乗せ膝枕をしてもらう。
「あぁ……良い気持ちだ。今の俺、きっと世界一幸せだと思う」
「それを言うなら、俺たち、だろ? 私も今この瞬間世界一幸せさ」
季節は夏から秋に移ろい行く穏やかな時期。優しい木漏れ日、風が揺らす耳に心地よい木々の静かなざわめき。
程よい満腹感と微睡みに身を委ね、最愛の女性の柔らかさと温もりに身を預けながら呟いたリオンの顔はとても穏やかで幸せそうで、そんなリオンの顔を見詰めるアンジェの顔もまた穏やかでとても幸せそうだった。
そうして穏やかな午後の、至福のひと時は過ぎていくのであった。
リオンとアンジェがエアバイクでドライブデートを楽しんでたその頃、バルトファルト邸の居間。
そこにはソファーで寛ぎ歓談を交わすリオンの母リュースと、カーラの姿があった。
「分かります。奥様、その気持ちとってもよく分かります」
「分かってくれる!? カーラちゃん、そうなのよ! 本当大変で大変で……」
妾であるリュースに【奥様】と言う呼び方は本来向けられないものだが、正妻のゾラはリオンが毛嫌いしてる相手で、しかも居らず。またカーラからすれば恩人であるリオンの母にこそ相応しいと思ってかそう呼んでいる。
そうこう話し込んでいるとドライブデートから帰ってきたリオンとアンジェの「ただいま~」と言う声が玄関から響いてくる。
「おかえりなさいリオンさんアンジェ。ドライブデート楽しめました?」
カーラの呼び方が男爵からリオンさんに変わってたのは、リオンの父もバルトファルト男爵で紛らわしいからと言うのと、アンジェとリオンに同級生同士友達同士で何時までも堅苦しい呼び方も無いだろうと求められて。
「ああ! 最高に楽しかった! クラリスの姉御には学園に戻ったらあらためて礼を言わないとな!」
「うん、ただいま。カーラさんもすっかりウチに馴染んでるね。ってまたおふくろに捕まってたのか」
言いながらリオンはカ-ラとリュースに視線を向け苦笑いを浮かべる。
「だってカーラちゃんの実家準男爵家でしょ? かあさんの実家も準男爵家じゃない? だから話が合って弾んじゃって~。今までこんな事話せる相手中々居なかったから」
リュースのそんな言葉にリオンはやれやれと肩をすくめる。
「悪いね、おふくろの愚痴に付き合わせちゃって」
リオンが申し訳なさそうに言うとカーラが首を振る。
「いえ、全然そんなことないです。それに私のほうも奥様に話聞いて頂けて」
カーラの話にリオンが、確認する様に視線を送るとリュースがカーラに視線をおくりながら「お互い苦労するわよね」と。
準男爵家は爵とは付いてても実際には一段落ちる騎士家扱い。リュースもカーラもお互いそれで苦労した同士で話も盛り上がったのだろう。
リオンが二人を眺めながらそんな事を考えてるとリュースが口を開く。
「ねぇ、折角だからカーラちゃんもウチにお嫁に来ない? リオンにはアンジェちゃんが居るけど息子はもう二人居るし。上の子のニックスなら二つ違いだし」
突然嫁に来ないかと振られてカーラは驚きと困惑の表情を浮かべる。
「え? あ、あのそれは私なんかには勿体ない大変光栄な申し出だと思いますが……。そうなるとリオンさんの義姉と言う事になってしまう訳で……それは何と言うか恐れ多いというか申し訳なくて」
カーラが恐縮してるとリュースは「あらそう? 残念ね」と零す。
「お母さんお話し終わった? 僕だってカーラお姉ちゃんと遊びたいのに独り占めしてずるいよ」
やってきたのはリオンの弟の末っ子のコリン。
カーラの手を引きソファーから立たせようとする。その様子にアンジェが口を開く。
「おふくろ様だけでなくコリンともすっかり仲良しで良かったなカーラ。しかしコリンよ。前に来たときは私にべったりだったのに少し寂しいぞ?」
「だってカーラお姉ちゃんお淑やかで上品で優しくて。こんな風にお嬢様って感じの女の人って初めてなんだもん。あ、勿論アンジェ姉ちゃんも好きだよ」
とってつけたように言われてアンジェは少々複雑そうな心境の笑みを浮かべ、カーラも照れくさそうにはにかむ。
「そ、そんな私なんか本物のお嬢様と比べたらとてもとても……」
「ううん! 今まで会ったことある女の人の中でカーラお姉ちゃんが一番お姫様っぽいよ!」
小さい子供の言う事とは言え褒められなれてないカーラは思わず赤くなり照れてしまう。
その様子を微笑ましげに眺めながらリオンは成程と思う。
今までコリンと接触のあった年頃の娘たち、先ずバルトファルト家の娘は、意地悪な二人の姉、意地悪を超えて性悪な腹違いの姉で本妻の娘、と既にこの時点で碌なのが居ない。
リオンの婚約者としてやってきたアンジェとはとても仲良くなれたが、お転婆で平民育ちの彼女はお嬢様と言う感じではなく。
そうした女性陣と比べれば控え目で奥ゆかしさを感じさせるカーラは特別に映ったのだろう。
「コリンったらすっかり懐いちゃって。本当にコリンはカーラちゃんが好きよね。そうだ、さっきの話。カーラちゃん、コリンのお嫁さんに来ない?」
リュースにコリンとの婚姻の話を振られカーラは驚きで固まる。リオンとアンジェも驚きで黙り込み、場に沈黙が降りようとした時コリンが声を上げる。
「カーラお姉ちゃんが僕のお嫁さんになってくれるの!? 僕とカーラお姉ちゃん結婚するの!?」
リュースの発した言葉とコリンの期待の込められた眼差しにカーラは困惑の表情を浮かべる。
「カーラお姉ちゃん。僕じゃイヤ……? 僕の事嫌い?」
「き、嫌いじゃないよコリン君の事! で、でも私とコリン君とじゃ歳の差が……」
カーラは言いながら視線を彷徨わせるとリオンとアンジェと視線が合う。
「コリンとカーラさんか……。ちょっと年齢離れて……そうでもないか?」
リオンとコリンとは6つ違いなのでリオンと同級生のカーラとコリンの歳の差も当然それぐらい。
「そうだな……ウチの院を巣立って行った兄貴分でもそれぐらい年の離れた嫁を迎えた兄貴分も居たな……」
アンジェの言葉にリオンが「そうなのか?」と問うとアンジェは頷く。
リオン達の会話を年の差婚に対する肯定意見と捉えたのかコリンは嬉しそうに勢いづく。
「ホラ! リオン兄ちゃんたちもああ言ってるし! ね!?」
そんなコリンに対しカーラは尚も困ったような笑みを浮かべ続ける。
「カーラお姉ちゃん。若しかして僕が小さいから、背が低いからダメなの? だったら僕の背が伸びてカーラお姉ちゃんより大きくなったら婚約してくれる!?」
その時アンジェが突然むせて吹き出し気まずそうに視線を逸らす。そしてまたリオンも何かに気付いたかのようなそぶりを示し直後此方も気まずそうな表情に。その様相に一同の視線が二人に集まる。
一同はその様子からリオンとアンジェ双方が知る何かがあると察する。リオンとアンジェは周囲の自分たちに向けられる視線に嫌な予感を感じ席を立とうとするが一歩遅かった。
機先を制する様にリオンはコリンに、アンジェはリュースとカーラに腕を掴まれてしまう。
顔を見れば興味と好奇心で目を爛々と輝かせ、話すまで絶対離さないと言わんばかりで。
そして観念して話すことにした。アンジェの弟分のテオがアンジェに想いを寄せていて、幼い頃に今コリンが言ったように何時か背で追い抜いたら、と話してたことを。
そして帰郷して再会した時、それでリオンも巻き込んでひと悶着あったことを。
一通り話し終わると黙って話に聞き入ってたコリンがカーラの手を握り真剣な声を発する。
「カ-ラお姉ちゃんも、僕が大きくなる前に他の男の人好きになっちゃったりするの!? アンジェ姉ちゃんみたいに!?」
コリンがそう言った瞬間、アンジェがその言葉が刺さったかのように思わず胸を押さえ視線を逸らし、リオンも気まずそうに視線を逸らしながらアンジェの肩を抱く。
カーラはそんなアンジェとリオンが気になりながらも、目の前の真剣な面持ちのコリンに向かい口を開く。
「そ、そんな事ないと思う、けど……。それよりコリン君こそ私の背に追いつき追い越すころには同い年の女の子で好きな子が出来たりとか……」
「ならないよ! カーラお姉ちゃん以外の女の子のこと好きになったりなんか!」
言い放ったコリンの眼は真剣で真っ直ぐで、思わずカーラは見惚れそうになる程。そして意を決してカーラは口を開く。
「奥様、リオンさん。コリン君との婚約前向きに検討したく思うのですがよろしいでしょうか?」
「カ-ラお姉ちゃん!」
その言葉にコリンは嬉しさ極まったかのようにカーラに抱き着き、リュースもまた「勿論よ」と嬉しそうに顔をほころばす。
「いいのかカーラさん? いやコリンもおふくろも歓迎してくれてるみたいだから俺も歓迎するけど。でもコリンが結婚できる歳迄未だ大分あるしそれまでにもっといい縁が――」
「ありませんよ。この先コリン君みたいにあんな熱い想いぶつけてくれる男性なんて現れませんよ。それに奥様ともとっても気が合いますし。こんないい御縁を見送ってそれ以上を望んだりしたらバチが当たりますよ」
笑顔で答えたカーラの声には迷いはないようだった。本当に前向きに捉えてくれてるのだろう。
「じゃあ決まりだね! 僕も頑張って早く大きくなるよ! それでカーラお姉ちゃんをお嫁さんにするよ!」
「ありがとうコリン君」
喜びの声を上げるコリンとそれに笑顔で応えるカーラ。そんな二人をリオン達も微笑まし気に眺める。
「分かった。実際婚姻結ぶのは未だ未だ先だけど……とりあえずバルトファルト家へようこそ。歓迎するよ」
「歓迎するぞカーラ。お互いバルトファルト家の未来の嫁としてこれからも仲良くやって行こう」
「ありがとうリオンさん、アンジェ。でもそうするとこれから先はリオンさんは【お義兄さま】と、アンジェの事も【お義姉さま】とお呼びした方がよろしいかしら」
カーラがおどけて言うとリオンとアンジェは苦笑交じりに「今まで通りで良いよ」と。
『よろしかったのですか弟君とカーラとのこと』
「何だよルクシオン。お前は不服か? いい子じゃはないか。当のコリンは勿論、アンジェもおふくろもみんな気に入ってるし」
ここはリオンの自室。コリンとカーラの話もひと段落してルクシオンから二人きりで話したいと求められて。
『そうですね。私も彼女の事は好ましく思ってます。それこそ弟君の婚約者ではなくマスターの側室に推したいくらいに』
ルクシオンの言葉にリオンは驚くこともなく軽く溜息をつく。まるでその返答が分かっていたかのように。
「やっぱそういうつもりだったかよ……」
『おや、勘付いておられましたか?』
「そりゃまあ、カーラさんの話題になる度に何かにつけ含みある言い方してたからなお前は」
『それはマスターも同じでは? この空賊討伐にも相当入れ込んでたように伺えましたが? それこそアンジェリカの為に王子達との決闘に挑んだときの様に』
言われて思わず視線を逸らすリオン。それは照れ隠しのようにも見え。
『マスターの仰る前世が本当だとしてして、その前世では確かに一夫一妻と定められてたのでしょう。ですがこの世界の貴族社会では一夫多妻が認められてます』
「認められてるからって複数妻を娶るのが義務って訳じゃねぇんだから」
『確かにそうですが、私としては旧人類の遺伝子を色濃く受け継ぐマスターには一人でも多くの子を儲けていただき、延いては旧人類の復活を――』
「結局それかよ!」
思わず突っ込みを入れたリオン。古代のロストテクノロジーの結晶たるルクシオンを生み出したのは今は滅んだはずの旧人類。
どういう訳かリオンの遺伝子にはその旧人類の因子が色濃く反映されており、リオンがマスターと認められてる理由の一つでもある。
ルクシオンの自らを生み出した旧人類へのこだわり執着は良く言えばブレないとも言えるが、少々常軌を逸していたのを久しぶりに実感する。
『勿論です。とは言え誰でも良いわけではありません。マスターのみならずアンジェリカとも良好な関係を築きつつ尚且つ身分序列で上回らない女子など滅多に無い好条件でしたのに』
ルクシオンの口振りからすると、これまでリオンと交友関係のあった女性もそうした候補と考えてたのが伺える。
アンジェは今は平民だが、この先リオンと婚姻結ぶ際には一旦貴族の養子になる予定。それはおそらくリオンと同等の男爵家。
そうなると男爵位より上過ぎる伯爵家令嬢は婚姻自体が成立せず、子爵家令嬢は一つ上なので婚姻自体は成立可能だがアンジェが縁組結ぶであろう男爵家より上なのでこれも除外。アンジェが子爵家と養子縁組組めても実子と養子とではやはり格に差が出る。
側室を勧めるにしても、アンジェを第一夫人と顔を立てる為のルクシオンなりの配慮。
そんな中で準男爵令嬢のカーラは格好の好条件にルクシオンには映ったのであろう。
「お前がどう思おうと勝手だが、俺の嫁は生涯アンジェただ一人だけだ。そこだけは何があっても譲る気はない。まぁ側室娶る気は無いが、ルクシオンのお墨付きが貰えた程の子が、大事な弟のコリンとの縁を結べたことは素直に喜んでるよ」
『左様ですか……』
ルクシオンの声は何処か釈然としてない気持ちが滲み出てるようにも聞こえたが、これ以上話しても詮無き事と思ったのだろう。
『ところでマスター。話は変わりますが、と言うより此方が本題です』
「何だよ改まって」
ルクシオンの声は心なしか先ほど迄より真剣味が帯びてるように聞こえる。
『聖なる首飾りについてです』
「やっぱり気になるか?」
『それはそうでしょう。可能なら私の本体に持ち帰り詳しく調べたいぐらいですが――』
「悪霊も無事祓い終わった今はもう完全にオリヴィア様と殿下の管理下に入っちまったからな。頼めば多少は調べさせてもらえるかもだけど、じっくり長時間とかだと難しいんじゃないかな」
『やはりそうなりますか』
答えたルクシオンの声は何処か残念そうにも。
『マスター。以前仰られてましたね。聖女の証たる聖なるアイテムは全部で三つあると』
「ああ、今回の首飾り。そして腕輪と杖の計三つだ。杖は神殿で管理されてるから、首飾りと腕輪が手に入れば自動的に聖女の手に渡る。だから残るは実質腕輪のみだな」
『それら残り二つにも同様に怨霊が憑いてるのでしょうか?』
「……憑いてると考えるべきだろうな……」
言いながらリオンは悩まし気に額に手を当てる。
『可能でしたら直ぐにでも入手お願いしたいのですが。詳しい調査の為にも』
「そりゃまぁ進行上必要な最重要アイテムだし、入手には当然向かうよ。向かうけど今直ぐってのはなぁ……」
『何かあるのですか? 直ぐには入手に踏み切れないわけでも』
「場所は分かってるんだよ。学園傍のダンジョン。何度か行ったことあるだろ? あそこの最深部に隠されてる」
『所在地まで把握されてるのですね。でしたら直ぐにでも向かいましょう』
「それなんだけどさぁ……」
口籠るリオンだったが、ルクシオンからの視線の圧に負けたかのように口を開く。
「実はこのあと修学旅行も控えてて、そこでその旅行先で御守り――ステータスアップのアイテムが手に入るんだ。ダンジョンも最深部までだと大分手間だし。あとモンスターも沢山出るからレベリングにも影響与えるし。だから、ダンジョンの腕輪は御守り手に入れてからで――」
リオンの答えにルクシオンが盛大にため息を吐く。呼吸器官も無い機械のボディの癖に。
『マスター。この期に及んでまだゲーム知識頼みですか? 今回の件で当てにできないと証明されたでしょうに』
「いやでも、確かにゲームイベントそのままではないけど、でも色々参考にはなってるのは確かで。それに今直ぐ行っても修学旅行終わってから行ってもそこまで日にちが開く訳でもないし……」
リオンの言い分にルクシオンは黙ったまま一つ目の如き赤いレンズを真っすぐリオンに向けてくる。圧を掛けるかの如く。そして言葉を紡ぐ。
『分かりました。その代わり修学旅行が済みましたら直ぐダンジョンに向かいアイテム回収に向かいましょう』
「お、おう……」
聖なるアイテムの一体何がそんなにもルクシオンの好奇心の琴線に触れたのか。
とは言え首飾りの時はあわや大惨事になりかねなかったのでもう一つの聖なるアイテムにより慎重に対応するのはリオンとしてもやぶさかでなかったのであった。
その後、連休最終日にバルトファルト邸に公爵家からの使者が訪れる。公爵家に任せきりだった空賊とオフリー家の後始末の顛末を伝えるために。
その事に対し一番驚きを露にしたのは実家が男爵家への陞爵が知らせられたカーラだった。
「リ、リオンさん!? わ、私の実家が男爵家に陞爵ってどういうことですかぁ!?」
「ああ、それはね――」
今回の空賊征伐及びオフリー家との繋がりを暴き取り潰す計画において、カーラからの内部告発と証言証拠の提出への功は勿論、リオンの働きもウェイン家の主導にリオンが手を貸したという体で報告されていた。
また、取り潰しになったオフリー家の領地や浮島は王家や公爵家が接収したのだが、オフリー家の元寄子と言う事でウェイン家にも幾何か任せることに。
そうした諸々を統合した結果の陞爵。
説明を受けながらもカーラの心中は納得と言うよりも恐縮の気持ちの方が大きい。
「で、でも今回私助けていただいた立場なのにこんな過分な……。恩賞と言うのならリオンさんの功績こそ――」
「俺に恩を感じると言うのなら尚更受け取ってくれないか? これ以上位が上がって欲しくないんだよ俺は」
リオンが砕けた笑みを浮かべて見せると隣に立つアンジェもまた苦笑いを浮かべている。
「分かりました、リオンさんがそう仰るのなら。ですがこのご恩は生涯決して忘れません」
カーラの真面目な返事にリオンは「そんな難しく考えなくていいから」と気楽そうな笑みで応えるのだった。
尤もリオン自身も結局昇進してしまったのだが。
リオンは空賊本隊相手には自分は補佐に徹したつもりだったが、その補佐としての働きぶりに対しユリウスがあまりにも高く評価してくれたからだろうか。
何はともあれ空賊の件は完全に片も付き連休最終日も終わりを迎えたのであった。
この世界線ではリオンはアンジェのみを伴侶とし一夫一婦で行く予定です。
そういう訳なんでカーラにはコリン君と幸せになってもらいたいと。
コリン君は本編ではノエルに惚れてたように年上好きっぽいし、カーラも本編ではカイルと仲良かったし、年の差婚でも上手く行きそうな二人かな、と。
年齢的にはニックスのが近いんですが、彼はホラ運命の赤い糸と言うか鎖と言うか、多分コッチでも繋がってる気が(笑
さて次回からは修学旅行及び公国編です。