チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
「王国の騎士よ。姫様は返してもらうぞ」
剣を構えながら発せられた黒騎士の言葉にリオンは戦慄を覚える。
「黒騎士め……。力づくで王女を奪い返そうとか……。王女の命が惜しくねぇのか!?」
『余程己の剣に自信があるのでしょう。実際先程の一撃、私だから気付けましたがマスターは完全に不意を突かれてましたし。また、アロガンツでなければ回避不可能だったでしょう。あの奇襲の剣撃、並の操手と鎧――いえ、かなり腕の立つベテラン騎士だったとしても黒騎士に斬り裂かれていたでしょう』
これまでアロガンツを駆って様々な敵と相対してきたが何れも恐れる程のものではではなかった。
だが、目の前に居るのは公国では軍神とまで称えられる黒騎士。その威圧感と脅威はこれまで経験したことがない程。
それでも万全の状態であればこのまま斬り結ぶ選択に迷いは無かっただろう。
しかし今コクピット内にカーラを抱えてる状況で無理な戦闘は避けたい。彼女の安全の為にも。
リオンはアロガンツの左手に握られた公国王女に視線を向け、そして正面の黒騎士に移すと、マイクを介し呼びかける。
「繰り返しになるがコッチはアンタらの国のお姫様を手中に収めてる。さっきみたいな不意打ち、もう通用するとは思うなよ? こっちがその気になればいつでもお姫様の命は――」
「バンデル! 王国の騎士の言う事になど耳を貸すことありません!」
リオンの声を遮り声を上げたのは公国王女ヘルトルーデ。彼女の発した"バンデル"は黒騎士の名だろうか。
「お前ッ! 勝手に喋ってんじゃねぇ! 余計な真似しやがると――」
「殺しますか!? 出来るのですか!? 貴賓室に居た騎士や侍従達を殺さなかった――いえ、殺せなかった貴方に!?」
「なっ!? お前……!」
リオンは言葉に詰まると、ヘルトルーデは口角を上げる。あの時使われたのが非殺傷性のゴム弾だったことからリオンの心理を見抜いてたかのように。
そして黒騎士もまた、この場に辿りつく前に旗艦から通信を受け、襲撃の様子を伝え聞いていた。人質を奪還され自国の王女までも奪われた顛末を。
貴賓室を無残に破壊した程の強襲だったにもかかわらずこちら側にただの一人も死者が出ていない事。使用された弾丸が非殺傷のゴム弾だったことから王国の騎士によるそれが意図的だった事。その事から王女を奪った騎士が殺生を忌避する性分である可能性は容易に想像出来た。それもあって王女を強引にも奪い返そうとしたのだった。
ヘルトルーデは黒騎士に向き直り言葉を続ける。
「聞いたでしょバンデル! この、王国の騎士は確かに腕が立ちます! だが、人も殺せぬ欠陥騎士! その様な者に我が公国最強の貴方が後れを取りはしないでしょ!? 貴方なら私を奪い返すことなど造作もないでしょ!? いえ、奪い返すなど甘いこと考えず私ごと公国の敵を屠りなさい! 公国を発つときも言いましたが、国の為命を捧げる覚悟などとうに出来てるわ!」
リオンは言葉を失う。自身の命をもたやすく手放そうとするヘルトルーデの言葉に。
モニター越しにヘルトルーデを睨みながらリオンは歯嚙みする。
本来なら人質を手中に収めたこの状況は有利に事を進められる筈だった。
だが公国側は力づくで王女を奪い返そうとし、それが不可能なら王女を見捨てるという選択すらしかねない状況。
それでもまさか本当に王女を見殺しになどするのだろうか。
そんなリオンの疑問を打ち砕くかのように黒騎士が声を上げる。
「姫様の御覚悟! このバンデル、しかと聞き届け申した! 公国の騎士として王国の騎士になど後れを取りはしませぬ! 姫様をお救いしてみせましょうぞ! それが若し叶わず姫様がその命を公国の為捧げられたのなら、その時は責任を取って後を追います! 王国を滅ぼした後に!」
黒騎士の言葉にリオンは人質交渉の道が途絶えたのを悟る。
「やる……しかねぇのか……! クソッ!」
リオンがカーラを救出し、公国王女ヘルトルーデを逆に人質にし公国旗艦から飛び立つも、強敵黒騎士の襲撃を受けていたそのその頃、クリスは王国の船を護るべくモンスターの群れ相手に剣を振るっていた。
「凄まじい斬れ味だなバルトファルトから託されたこの剣は」
クリスは今もまた古代魚の板皮類の様な巨大モンスターを斬り裂きながら呟いた。並の剣や銃弾なら容易に弾きそうな頑強な装甲で身を固めたモンスターだったが、クリスの振るうブレードの前にその装甲は紙切れ同然の様であった。
「これ程の武器を温存し、終ぞ使うことなく私や殿下達に打ち勝ったのだから、やはり凄い奴だなバルトファルトは」
感嘆の声を漏らしながらも、引き続き眼前のモンスターの群れを斬り伏せ続ける。
「そんなバルトファルトに託されたのだ。必ず船は護り切ってみせる!」
クリスは改めて決意を固め操縦桿を握り締めた。
そうして群がるモンスター達を倒し続けるクリスの耳に鎧に内蔵された通信用スピ-カーから音声が届く。
『――クリス。聞こえますか? クリス・フィア・アークライト。聞こえたら応答願います』
「何者だ!? いや、その声……バルトファルトの側にいた使い魔か?」
クリスはモンスターの群れと公国艦隊と遭遇した時、リオンの側に現れた宙を浮く鉄球を思い出しながら問い返した。
『私は使い魔では……いえ、今はそれは置いておきましょう。現状を説明します。マスターはカーラの救出に成功し公国の王女も人質として手中に収めました』
「そうか! さすがはバルトファルトだな」
『ですが想定外の強敵に、黒騎士の攻撃を受けています』
「黒騎士だと!?」
かつての戦争で王国が公国に勝利しつつも、局地的な戦局においては一度も勝てなかったという強敵。王国にとっての悪夢。
クリスが未だ超えること叶わぬ剣聖である父でさえも一度も勝てなかったという黒騎士。
「バルトファルトは大丈夫なのか!?」
『かなり不利な状況と言わざるを得ません。カーラを護り、人質の王女を奪い返されない様に戦ってる為、力を十全に発揮できない状況です』
「人質が居るのに状況不利だというのか!?」
『人質であるはずの王女が自分ごと斬れという気構えなのです。そしてまた公国の騎士たちも同様の心づもりです。対してマスターは敵の命も見捨てられない優しいお方なので――』
ルクシオンの言葉にクリスは状況を理解する。
黒騎士の出現の話にクリスの背中を冷たい汗が伝う。だが怯みそうになる心を奮い立たせリオンの――アロガンツの居る方向に視線を向ける。
そしてリオン達の戦場に向け、クリスは意を決して鎧を飛び立たせた。
「状況は把握した。私も今直ぐそちらに向かう!」
『感謝します』
強敵黒騎士相手にリオンは苦戦を強いられていた。
相手の駆る鎧は今まで戦ってきたどの鎧よりも高性能な機体。それでもロストテクノロジーの結晶たるアロガンツには及ぶべくもなかった。
だが操手はリオンがこの世界に生まれ落ちる前から最強と呼ばれてきた黒騎士。公国においては生ける伝説、王国にとっては忌まわしき悪夢。その技量は機体性能の差を埋めて余りある。
加えて今までどんな攻撃にも傷一つ着かなかったアロガンツの装甲を斬り裂くほどの剣。ルクシオンによるとこの世界特有の金属――アダマンティアス製。
対するリオンの方はアロガンツの左手に握られた公国王女が気にかかり全力を出せない状態――いや、王女と言う枷が無かったとしても勝てたであろうか。
それほどまでの強敵であった。
それでもリオンに諦めるという選択肢は無かった。
片手しか使えぬ状態でもブレードを振るい黒騎士と斬り結ぶ。振るうブレードはかつてユリウスに貸与した時、通常機を大きく上回る性能を誇った空賊頭のカスタム鎧を斬り伏せ圧倒したほどの業物。
そんなブレードが黒騎士の剣と打ち合うたびに刃こぼれを起こしていた。
黒騎士の圧倒的強さの前に死の恐怖がよぎる。
だが死ぬわけにはいかない。今ここで殺されれば、自分だけでなく膝の上に乗せてるカーラの命も共に散ることになるだろう。
それだけじゃない。自分が討たれれば船に残してきたアンジェの――最愛の恋人の命までも。
ルクシオンがリオンに向かい『マスター――』と語り掛けてくる。それは気遣うように。或いはその声は確認や許可を求める様にも聞こえた。
リオンはルクシオンの意図を察する。それは遥か上空に待機するルクシオンの本体たる航空戦艦の主砲ビームによる攻撃の提言であろうと。この世界のあらゆる兵器を凌駕する威力のそれを用いたのならば、この戦いを瞬時に終わらせることも可能なほど。
だがリオンはルクシオンに使用を禁じてた。
その理由は二つ。
一つは公国艦隊を瞬時に滅ぼすほどの凄まじい力を広く曝してしまっては自身の平穏が失われる。その様な強大な力を持つ存在、国も世界も許さないだろう。
もう一つはリオンの人を殺す事に対する忌避感。強大過ぎるその力は手加減など出来る筈もなく黒騎士の命を、いやそれ以外の公国軍兵士たちの命をも奪う事になるだろう。
リオンの前世――平和な日本で生きてきた価値観、精神性に人を殺すという業は耐えられないであろう。その為明確に自身の命を狙ってきた空賊や公国の騎士相手ですら殺さぬよう努めてきた。
だが今ここに至ってはその甘い考えを捨てなければいけないのかもしれない。覚悟を決める時なのだろうか。
その時だった――
「バルトファルト!」
リオンを呼ぶ声とともに現れたクリスの駆る鎧が現れ黒騎士に斬りかかり斬り結ぶ。
「クリス!? どうしてここに!?」
『私が救援を求めました』
「ルクシオン!?」
『マスターは私の本体による攻撃の許可は出さないでしょう。ですから別の手を打たせていただきました』
ルクシオンの行動にリオンは、余計な真似をしてくれると思いつつも、助かったという思いもあり心中複雑であった。
とは言え本当にこれが有効な手なのだろうか、と。
クリスが今操縦してる鎧は、本来の彼専用のではなく王国の船に備え付けられてた物でそれほど性能は高くない。武器こそアロガンツが用いてるのと同様の高攻撃力のブレードだったが、黒騎士の用いてる剣はそれをも上回るアダマンティアス製。
だが、クリス自身の剣の腕前、鎧の操縦技術の高さは王国でもトップクラス。決闘ではリオンに敗れこそしたものの、それはアロガンツの圧倒的性能差に寄るところが大きい。また、あの敗北を糧にその後さらに研鑽を積んできたとも聞く。
何よりあれこれ考えたところで選べる選択肢は他にない。
ここはクリスの可能性を信じ共闘を。そうリオンも肚を決めた時だった。
「バルトファルト。ここは私に任せてお前は一旦船に戻れ」
「なっ!? お前、何を言って!?」
「二人も女性を抱えた状態でお前はこれ以上の戦闘はすべきではない。お前は大丈夫でも彼女らにこれ以上は酷だろう」
言われてリオンは膝の上に乗せたカーラに目をやる。
彼女は戦闘が始まってから一言も声を発することなく口を引き結び恐怖を堪えていた。
悲鳴など上げて戦闘の邪魔をしてはならないという彼女なりの気遣いだったのだろう。
だが、その顔色は青ざめていた。状況を考えれば無理もない事。
そしてもう一人、公国王女ヘルトルーデ。
戦闘中の鎧の手に握られ続けてるという危険に晒された彼女にかかるストレスは相当凄まじいもの。それはかなり憔悴してる様に見える表情からも伺える。
ヘルトルーデは敵方の、それも首謀者ともいえる人物。カーラが友人で未来の家族なのに対し比べるまでもなく、本来なら気遣う義理も無い相手。だがリオンの性分上見捨てることも見殺しも出来ず難儀してたのも事実。
クリスの言う通り彼女らの状況を思えば、確かにアロガンツは一旦離脱すべきであるのだが相手はあの黒騎士。いかにクリスとは言え一人で任せるには荷が勝ちすぎるのでは――
「バルトファルト! 私はそんなに頼りないか!?」
クリスの言葉にリオンはモニターに映ったクリス機の背中を見る。クリスがいかに剣豪の称号を持ってるとは言え未だ剣聖の父には届かず、しかも相手はその剣聖をもしのぐ黒騎士。そして操る鎧もまた機体性能が遥かに上回ってる。状況的にはクリスに勝機は極めて薄い。
そんなリオンの心配を見透かしたかのようにクリスが言葉を紡ぐ。
「情けない話だが私とて相手と自身の力量差が読めぬほど愚かではない。だがバルトファルト、お前は再びここに戻ってくるだろ!? それまでは凌いでみせる!」
言いながらクリスが振るう剣が黒騎士の剣と斬り結ぶ度に火花が散り重厚な金属音が響き渡る。
リオンはクリスの覚悟を受け止めると王国の船の方にアロガンツを向ける。クリスに向かい言葉を紡ぐ。
「二人を送り届けたら必ず戻る……」
そして膝の上のカーラに向かっても語り掛ける。
「目一杯飛ばす。あと少しの辛抱だ。もう少しだけ堪えてくれ」
リオンの言葉に応える様に、リオンの首にしがみつき回されてたカーラの腕に力が込もる。
アロガンツの右手に装備されたブレードがコンテナに収納されその手が左手のヘルトルーデを護る様に覆う。
「クリス、だから……俺が戻るまで、絶対死ぬんじゃねぇぞ!」
バーニアを吹かせ、アロガンツは王国の船を目指して飛び立つのだった。
クリスVS黒騎士です