チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
あの日クラリスが言った通り、その日以降睨みを利かせてくれるようになったお陰で、アンジェに難癖付けてくる生徒たちは完全に途絶えた。
学園敷地内でクラリスとアンジェが顔を合わす度にクラリスが一言二言嫌味を言いアンジェが睨み返す。
因みにアンジェは割と本気で嫌そうに睨み返してるのに対し、クラリスは何処か楽しんでる風にも。
そうした応酬を目の当たりにした生徒たちは自分たちの出る幕ではないと身を引くのであった。
その日もクラリスの嫌味にアンジェが睨み返す。そしてすれ違いその場を後にしようとした時クラリスがアンジェの手に手紙を手渡し囁きかける。
「……貴女の騎士様に渡しておいてね」
クラリスの言う騎士様がリオンの事だと理解したアンジェの頬が朱に染まる。
「ま、待て! 私とリオンはそんな関係では……!」
そう文句を言おうにも既に大分先に歩み去って居たクラリスは背中を向けたままヒラヒラとアンジェに手を振るのであった。
「クラリス先輩が俺にコレを?」
リオンはアンジェに不機嫌そうな顔で渡された手紙を受け取るとペーパーナイフで丁寧に開封して読み始める。
「手紙には何て?」
アンジェが不機嫌な気持ちを滲ませた声で問うとリオンは手紙を渡しながら答える。
「お茶会へのお誘い。アンジェも一緒に来るようにって」
アンジェは確認するように手紙に目を通すと嫌そうな表情を浮かべる。
その表情にリオンは苦笑を浮かべるとアンジェの頭に軽く手を置く。
「まぁそんな顔すんな。あの人結構面倒見が良いらしいからな。案外アンジェの事も気に入ってるみたいだし」
その言葉にアンジェは益々顔を顰めるとリオンはアンジェの上に置いた手を動かし少々乱暴に撫でる。
「アンジェも分かってんだろ? そうじゃなきゃわざわざ憎まれ役買って出てくれたりなんてしないって」
リオンの言葉にアンジェは瞼を閉じ溜息を一つつくと渋々ながら「わかってる」と呟くとリオンは笑顔で「よし」と口にしたのだった。
そしてお茶会当日、指定されたティールームにリオンとアンジェは来ていた。
「アトリー先輩、お招きありがとうございます」
「よく来てくれたわね。こちらこそ歓迎するわ。アトリー先輩なんて堅苦しい呼び方じゃなくてクラリスと名前で呼んで頂戴」
「ではあらためましてクラリス先輩、お招きありがとうございます」
その言葉にクラリスは満足そうにうなずく。
「代わりに私もリオン君って――」
言いながらアンジェに目をやると物凄く嫌そうな顔をしており、その顔にクラリスは愉快そうに笑みを浮かべる。
「やめておくわ。誰かさんが凄く嫌そうな顔してるから」
その言葉にリオンも苦笑いを浮かべるのだった。そして隣に立つアンジェを肘で軽く小突く。
「オマネキアリガトウゴザイマス」
渋々と言った感じでアンジェが挨拶するとクラリスは愉快そうにクスクスと笑みを零すのだった。
「はい。いらっしゃい。じゃあ席について。直ぐお茶をお出しするわ」
そして出されたお茶にリオンの口から「美味しいです……口当たりも香りも」と驚嘆の思いが紡がれる。
その素直な反応にクラリスは満足そうに微笑む。
リオンはこの学園に来て、マナー講師に茶の素晴らしさを教わって以来、彼を師と仰ぎ自らも茶の道を究めんと精進していた。
だからこそ出されたお茶の味が己より格上の茶の腕前であることに素直に舌を巻くのだった。
対してアンジェは茶の味はよく解らないと言った感じだが、お茶請けの菓子は気に入ったようである。
部屋に入ってからというもの、ずっとしかめっ面をしてたアンジェであったが、今は菓子の美味しさに顔もほころびその味を堪能している。
そんな笑顔で菓子を頬張る様子をクラリスに笑顔で見つめられてたことに気づきアンジェはバツが悪そうに顔を背けると、クラリスは益々楽しそうな笑みを浮かべるのだった。
「さてと、そろそろ本題に入ろうかしら」
リオンとアンジェが最初に出されたお茶を飲み干した頃を見計らいクラリスが口を開いた。
「貴女、クラスの一番家格が上の女子に挨拶はした?」
クラリスの言葉にアンジェは首を傾げる。
その様子にクラリスはアンジェからリオンに視線を移すとリオンが申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「申し訳ありません、俺も女子の側の暗黙の了解やルール、慣例までは詳しくなくてカバーしきれない面も」
その言葉にクラリスは「でしょうね」と軽く溜息をつく。
アンジェは「また暗黙の了解か……」とうんざりした口調で呟くと、リオンはアンジェを肘で小突きクラリスに頭を下げる。
「いいわよ大体察しがついていたから。それにその為に今日はここに来てもらったんだから。アンジェリカ」
クラリスが今までと違って真剣な声と眼差しを向けるとアンジェも思わす居住まいを正す。
「貴女はこういう暗黙の了解とか慣例を煩わしいと思ってるでしょうけど、円滑に平穏な学園生活送りたいのならキチンとこなしておきなさい。
貴女を気にかけてくれてるバルトファルト男爵にも迷惑かけたくないでしょ?」
その言葉にアンジェは素直に頷く。
アンジェが頷くとクラリスも「よろしい」と言い、そして続ける。
「先ほども言ったように家格が一番高い女子に挨拶に向かう事。貴方の学年クラスの場合公爵令嬢だからわかりやすいわね」
公爵令嬢がオリヴィアを指しているのを知ってるリオンは、アンジェに解ってるかと問うように視線を向けるとアンジェは当然だと言わんばかりに頷く。
二人の様子を確認しながらクラリスは続ける。
「だけどいきなり本人に会いに行っちゃダメよ。手紙を書くの。それを彼女の取り巻きで一番格上のコに渡すの。その時手土産を忘れないようにね。
紹介お願いするコにもまた別に用意するのも忘れないでね」
「手土産……? まるで賄賂みたいだな」
アンジェが不満気に呟く。
「割り切りなさい。そういうものだと。その際手土産選びは慎重にね。茶葉や有名店のお菓子なんかがいいわね」
「菓子と言うとこう言った?」
言いながらアンジェは皿の上の菓子を一つつまむ。
「そうよ物分かりがいいじゃない。そうね丁度良いから後でお店も紹介してあげるわ。因みに値段は――」
その値段を聞きアンジェは驚きのあまり菓子を落としそうになり、そっと皿の上に戻す。
「これ一個でそんなにするのか!?」
驚き戸惑うアンジェにリオンが補足するように語り聞かせる。
「ちゃんとしたお店の菓子ならそんなもんだよ」
リオンの言葉にアンジェは皿の上の菓子を先ほどまでとは別物の様にしげしげと眺め、そして呟く。
「今の手持ちで足りるだろうか……」
「お金がないなら私の方で貸してあげてもいいけど……」
クラリスは言いながら視線をリオンに向けると、リオンはアンジェの肩に手を置く。
「無ければ俺が立て替えてやるよ」
「その……スマン。後で必ず返すから」
「ん、焦らず余裕が出来てからでいいから」
申し訳なさそうなアンジェにリオンは優しく微笑んで応えた。
「話を戻すわね。それで無事手渡せたなら、その後返礼品が返ってくるか、直接会いたいって返事が来る筈だからそれでおしまいよ。分かってくれたかしら?」
「あ、ああ……じゃなくて、ハイ……」
アンジェが答えて会釈するとクラリスが満足そうに頷き、そして一通の封書を渡す。
「コレは?」
「私からの紹介状よ。貴女、噂のせいで評判悪いからね。若しかしたら手紙渡しても仲介のコに握りつぶされちゃうかもしれないから」
クラリスの紹介状にリオンが「ありがとうございます」と礼を言うと一拍遅れてアンジェも頭を下げ受け取り口を開く。
「その……ありがとう……ございます。でも何故ここまでしてくれる……んですか?」
アンジェが問いかけるとクラリスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そうね……貴女の事気に入ってるから、かしら」
「冗談言ってはぐらかして答える気無いという事か……」
その返事にアンジェは呆れと少々の不機嫌さを含んだ声で返し溜息をつく。
「あら、そんな事ないわよ。上級生が下級生の面倒見るのは当然。加えて貴族にとって領民は子供みたいなもので、その領民の殆どが平民となれば平民の貴女の世話を焼くのも当たり前でしょ?」
「その割には最初会った時は随分容赦なく感じたが……」
「しつけのなってない子に厳しく接するのも、困ってる子に手を差し伸べるのも親なら当然でしょ? ま、あの時は私の早とちりで申し訳なかったわね」
「それに、別に私は先輩の領の領民ではないが……」
「似たようなものよ。尤も、今の時代そんな矜持を持ち合わせてる貴族がどれだけいるか疑わしいものだけど。でもね、私は常にそうありたいと思っているわ」
言ったクラリスの顔は優しい微笑みをたたえながらも貴族の、将来為政者になるものとしての覚悟と貫禄を滲ませるものだった。
その微笑みにアンジェは一瞬見とれる。
「少し……クラリス先輩の事見直しました」
「あら、可愛らしいこと言ってくれるじゃない」
そう言うとクラリスはアンジェに手を伸ばすとその頭を撫でる。アンジェはその手を煩わしそうに払うが本気で嫌そうではなく、その手にもあまり力も込もっていなかった。
「さて、話は終わりだけど、あなた達。お茶のおかわりぐらい飲んでいくでしょ。お菓子もまだあるし」
言いながらクラリスは新しいカップにお茶を注ぐと二人の前に出し空のカップを下げる。
リオンもアンジェも「「いただきます」」と手に取り口をつけるとクラリスも微笑みで返すのだった。
クラリス先輩は面倒見の良い頼れる先輩なのかな、ってそんなこと思いながら書いてみました。
次回は「公爵令嬢」
やっとリビア――オリヴィア・ラファ・レッドグレイブ公爵令嬢の登場です。