チェンジリング・悪役令嬢と平民主人公の入れ替わり 作:julas
後日。アンジェはクラリスに言われた通り、手紙と手土産をオリヴィアの取り巻きの纏め役と思しき女生徒に渡す。
公爵令嬢の取り巻きだけあり、かって絡んできた女生徒よりはマシな対応。だが選民思想が尊大な意思が滲み出た視線を投げかけてくる。
手紙と手土産を受け取りつつもどこか値踏みするような視線。
だが手紙と共に受け取った紹介状の封蠟に押されたアトリー家の紋章に顔色を変える。
「分かりました。こちらの品とお手紙、そして紹介状の方は間違いなくお嬢様にお渡ししておきます」
急変した取り巻きの態度に、アンジェは後日クラリスに改めて礼を言うべきだなと思ったのであった。
それから更に数日後、オリヴィアから返事が返って来、それに従い彼女の指定した部屋に向かう事に。
「大丈夫かアンジェ?」
「ああ、"敬語"と"様"だろ?」
アンジェの返答にリオンは頷く。
これからアンジェが挨拶に向かう相手はオリヴィア・ラファ・レッドグレイブ公爵令嬢。
ゲーム本来の流れなら平民特待生の主人公だったが、実際の彼女は押しも押されぬ公爵令嬢にして王太子の婚約者にして未来の聖女候補。
周囲の評判期待値の高さからか彼女に敬意を抱く多くの生徒たちが自然と敬称の"様"を付けてた。滲み出るカリスマ性は主人公としての素質か秘めたる聖女の力か。
なのでアンジェにも"様"付けで呼ぶように念を押しておく。オリヴィアが様付けを強いるとは思えないが彼女の取り巻きなど周囲を刺激しない為にも。
「大丈夫だ。それに上位貴族様に相対するのは初めてじゃないんだから」
アンジェの言うそれはクラリスのことを言ってるのだろう。
確かに伯爵令嬢たるクラリス相手にも物怖じせぬ度胸は大したものであった。
半面クラリスが気さくで寛大なのをいいことに会話がほぼタメ口であったので、その調子で話さないか心配。
とは言えあまり心配の気持ちを前に出し過ぎ委縮させてしまうのも良くないとリオンも腹を括る。
「分かった。あまり気負わず行ってこい」
言ってリオンが笑顔で拳を突き出すと、応えてアンジェも拳を合わせて笑顔を返す。
「ああ、行ってくる。吉報を待っていてくれ」
そうしてリオンに送り出され、アンジェはオリヴィアの元へ向かうのだった。
入れ替わった悪役令嬢と平民主人公の対面。
何時もアンジェに寄り添う事が多いリオンだったが招待されてないのに同行する訳にはいかず、今回ばかりは流石に付き添えない。
気にはなるが、信じて待とうとリオンも覚悟を決め見送ったのだった
指定された部屋、定められた時刻。アンジェがドアをノックすると「どうぞ」との声が返って来、扉が開かれる。
扉をくぐったアンジェは、オリヴィアの取り巻きの一人の「お掛けください」との声に促され席に着くと、カップに注がれた紅茶を差し出される。
アンジェは軽く会釈すると、この部屋の主、公爵令嬢たるオリヴィアに視線を向ける。
肩口で切り揃えられた亜麻色の髪、碧玉の瞳、愛らしい顔立ち、豊かな胸、ピンと伸び堂々とした背筋。女子として見る者を惹きつけるに足る魅力的な容姿。
だがそれ以上に彼女には他の女生徒たちとは違う威厳を感じさせた。
他の貴族女子の様な尊大さや威圧感を圧し出しては来ないが、だが静かに佇んで尚感じさせる存在感。
これが爵位の頂点、公爵家の令嬢たる所以――いや心なしかそれだけではないような何か別のものもあるような、そう感じ緊張で身を固くする。
「ようこそいらっしゃいました。お届けくださった品も有り難く頂きました。貴族の子弟の通う学園の慣例を尊重して下さったお心遣いしかと受け止めました。
今後とも学園の生徒としての自覚と誇りを胸に学業に励んでください」
「持って回った言い回しだが、要するに認めてくれるという事でいいんだな……じゃなくてよろしいんですね?」
オリヴィアの言葉にアンジェが答えるとオリヴィアは目を見開き、そして瞼を閉じこめかみを押さえる。
その仕草にアンジェは何かまずかったのだろうかと焦りが表情に出る。
部屋にはアンジェとオリヴィア、そして彼女の取り巻き達が数名。オリヴィアがその取り巻き達に目配せすると、彼女らは一礼し部屋を後にしそして部屋は二人きりになる。
「アンジェリカさん。ここへ招かれたのは慣例に則ったものとご理解されてますよね。でしたらあそこは返事などせず、出されたお茶をいただき黙って一礼して部屋を後にするのも慣例だというの御存じなかったのですか?」
オリヴィアの問いかけにアンジェは目をぱちくりさせ驚きの表情を見せ、その様子からアンジェが知らなかったことを察したオリヴィアの口からため息がこぼれる。
「お手紙と共にいただいた紹介状はアトリー家の御令嬢からでしたね。察するに慣例の挨拶についても彼女から伺ったのでしょうか。彼女ともあろう方がこんな大事なことも伝え忘れる粗相があるとは……いえ意図的に伝えなかったのでしょうか? 貴女との会話の機会を?」
言いながらオリヴィアはアンジェにじっと視線を向ける。
「そうですね。良い機会です。貴女とは何れお話ししなければと思ってましたので……。アンジェリカさん」
オリヴィアの言葉にアンジェは背筋を伸ばす。
「単刀直入にお聞きします。ユリウス殿下とはどのような御関係で?」
そう問いかけたオリヴィアの声は僅かに低く、そして圧を感じさせるものだった。
その圧に圧されまいとアンジェは目の前の紅茶を一口すすり口を開く。
「私の事なら色々噂で聞き及んでいるのでは?」
「ええ、私の耳にも色々噂は届いてます。ですが噂は噂。なので当事者である貴女御自身にこうしてお聞きしているのです」
その言葉にアンジェは目の前の令嬢は流石公爵令嬢だけあって他の貴族女子と違い理性的な考えが態度が取れるのだな、と感心し気を緩めかけるが直後寒気を感じる。
オリヴィアの口元は表情は柔和な微笑みを湛えていたがその瞳は、眼光は鋭く冷たかった。それは心の奥底まで見通し嘘もごまかしも許さないという強い意志を感じさせる。
だがアンジェも怯まない。自身に何らやましい事が無い以上何も気後れする必要はないと奮い立たせる。公爵令嬢何するものぞ、と。
「ならば言おう。一方的に惚れられ付きまとわれてむしろ迷惑している。こちらからユリウス殿下への想いなど一切無い」
アンジェは一切の迷いも無く真っすぐな瞳で見据え言い切って見せる。
その返答にオリヴィアは目を見開き一瞬驚きを見せるが、直後僅かに目を細めアンジェを見据え再び問いかける。
「ユリウス殿下に対し一片の恋慕の情も無いと? その言葉嘘偽りありませんね?」
「無い!」
冷たさを感じさせるオリヴィアの再度の問いにもアンジェはきっぱりと答えを返す。
オリヴィアの視線にアンジェも怯むことなく真っすぐ見詰め返す。いや睨み返すといっても良いほどの強い意志を秘めた視線であった。
そうして二人しばらく互いに刺すような視線を向け合ってただろうか。
「では、バルトファルト男爵とは……?」
沈黙を破り徐に紡がれたオリヴィアの言葉に、瞬間アンジェの頬が朱に染まる。
「な、何故そこでリオンの名が出る!?」
先ほどまでの強い視線も語調もどこへやらと言う狼狽するアンジェにオリヴィアは目を見開き、そして柔らかな微笑みを浮かべる。
「なるほど……貴女の言葉信じましょう。そして謝罪しますユリウス殿下がご迷惑おかけしましたことを」
そう言ってオリヴィアはとても丁寧なお辞儀をして謝罪する。
あまりに丁寧な謝意にアンジェは逆に戸惑い此方も頭を下げる。
「い、いえ此方こそ無礼な物言いで、その……申し訳ない、じゃなくてありませんでした」
そうして互いに下げた頭を上げるとオリヴィアは朗らかな笑みを浮かべ、アンジェはどことなくバツが悪そうな照れくさそうな笑みを浮かべるのだった。
「フフフッ。アトリー嬢があなたを気に入るのが少し解った気がします」
「クラリス先輩が?」
「あら? 名前で呼ぶなんて随分親しいのですね?」
オリヴィアの言葉にアンジェは「いや、その」と口籠る。
「実は先程のバルトファルト男爵の事も含めて彼女からの紹介状に書いてあったのです。ですがそのうえで私の目と耳で貴女に直接お話を伺いたかったのです」
オリヴィアの言葉にアンジェは、あの先輩紹介状に一体何を書いたのかと思いつつ、結果的に助けてもらったことになるのかと心中複雑であった。
「ねえ、折角ですからもう少しお話していきませんか? バルトファルト男爵とも親しいようですし、彼の話もお聞きしたいです」
「オリヴィア様もリオンの事御存じなのですか?」
「割と有名人ですよ。私たちの学年の中では出世頭ですから」
「確かに……私も学園に入学してから出会う前からアイツの噂は色々耳にしてて、それで何時か会いたいと思ってたん……です」
「それで、実際にお会いしてどうでした?」
「ああ! 噂に違わぬ、いえそれ以上に凄い奴だった! じゃなくて、でした」
慌てて言い直すアンジェにオリヴィアは微笑みを浮かべる。
「いいですよ楽な喋り方で。どうせここには私たち二人しかいませんし」
「そうか……すまない。リオンにも度々注意されてるのだがどうも敬語は苦手で……」
「そうですね、行く行くは直していくべきでしょうが今この時ぐらいは楽になさっていいですよ。それでバルトファルト男爵とは?」
「ああ、アイツとは……」
そうしてアンジェはリオンと過ごした日々や彼から聞かされた話を語ってみせる。その表情はとても生き生きと楽しそうで、その話に耳を傾けるオリヴィアの表情もまた楽しそうであった。
「なるほど。単なる噂と、彼と直接親しい方から聞くのとでは大分印象異なりますね。私たちと変わらぬ齢でそれほどの冒険とは」
「ああ、本当に凄い奴なんだリオンは! 私の自慢の親友だからな!」
アンジェの話に感嘆の声を漏らすオリヴィアと、そして誇らしげに語るアンジェ。
「しかし意外だったな。公爵家の御令嬢でもこうした冒険譚が好きとは」
「そうですか? この国は冒険者を尊ぶ国ですからね。この国の王族も貴族も元を辿れば冒険者だったといわれてますから言わば私もまた冒険者の末裔。こうした冒険譚には心が躍ります。
私の父と兄もこうした話は好きですからね」
「現公爵様と公爵様の跡取りも? そう聞くと貴族様に対しても親近感が湧いてくるな。そうだ次はオリヴィア様の話も聞かせてくれないか?」
「私の話など聞いてもつまらないかもしれませんよ?」
「そんな事は無いと思う。住む世界が違うからこそ惹かれるし興味深いというのもあるからな」
「そうですか。ではバルトファルト男爵のお話を聞かせていただいた返礼というわけでもないですが……」
そうして次はオリヴィアが語り手となりアンジェが聞き役になる。
「……貴族様というのも想像以上に大変なんだな。と言うかそんな幼い頃から王妃教育やら習い事をやらされてたのか!? 遊ぶ暇もなく!? 夜遅くまで!?」
「それが貴族の子女として、ましてや私の場合将来王妃となるもの。当然の責務です」
「私の子供の頃なぞ同じ院の同い年や年下の子たちを連れて野山を駆けずり回って、夜になれば晩ご飯平らげて直ぐ爆睡。そんな風に夜遅くまで起きてたことなぞ滅多に無かったぞ!?」
「平民の方のご家庭では夜の明かり代も結構な負担になりますからね」
「いや、それを差し引いても夜遅くまで起きようなどとしなかっただろう。そんな風に私たちがのん気に寝てる間も頑張ってたとは凄いな……」
そう言いながらオリヴィアを見詰めるアンジェの眼差しは尊敬にも似た思いが見て取れた。その眼差しにオリヴィアは何処か満たされた想いになる。
「ありがとうアンジェリカさん。私の王妃教育は課せられた義務の様なもので誰かに認められたいとかそういうものではないけれど、でもそうして評していただけるのはやはり嬉しいものですね」
「いや、十分誇って良いと思う。それなのにこんなに頑張ってるオリヴィア様を差し置いて私の事口説いてくるとか……頭沸いてるのかあのバカ王子!」
アンジェのあまりに容赦ない物言いにオリヴィアは大きく目を見開き瞬くのだった。直後アンジェは流石に言い過ぎたかと思い口に手を当てる。
「も、申し訳ない! オリヴィア様の婚約者に対し口が過ぎた……!」
「構いませんよ。しかし将来一国の王となる方に対しそこまで歯に衣着せぬ物言い出来るとは、大したものですね」
「いや、単なる怖いもの知らずの田舎の小娘の戯言だ……」
「それでも、私は貴女のその正直なところとても好ましく思います。貴女が男であったのならユリウス殿下の側仕えに推挙したいくらいです」
「買いかぶりすぎだ。それより実際に王子殿下に仕えてる者にはそうした厳しい言葉投げかける者はいないのか?」
「そうですね。本来ならそうあるべきなのですが……。とくに乳兄弟のジルク殿など真っ先にお諫めせねばならぬ立場なのに。全く困ったものです……」
嘆かわしいと言わんばかりにオリヴィアは溜息をつく。
「ジルク……と言うとあの陰険緑?」
オリヴィアはアンジェの発した"陰険緑"と言う言葉に一瞬驚きそして吹き出してしまう。そうして見せた笑顔はまるで花が咲いたような可愛らしいもの。
それは今までの高位貴族を何処か別世界の住人のように感じさせてた意識を払拭させ、同年代の少女なのだとアンジェに認識させる年相応の少女らしい笑顔だった。
「オリヴィア様もそのように笑うのだな」
「失礼、はしたないところお見せしてしまいましたね」
「いや、とても素敵な可愛らしい笑顔だった。それこそ私が男だったら口説いてしまいそうな程だ」
「あら、お上手ですね。そんなこと言うとバルトファルト男爵が妬いちゃいますよ?」
リオンの名を出され思わずアンジェが顔が赤くするとその様子にオリヴィアはその顔に笑みを浮かべる。
これで自覚が無いのだから、と思うとオリヴィアはアンジェの事がなんだかとても可愛らしく思えてくるのだった。
「一応お聞きしますがユリウス殿下の側室に上がられるつもりは……」
オリヴィアの言葉も言い終わらぬうちにアンジェが浮かべた露骨に嫌そうな顔にオリヴィアは苦笑を浮かべる。
「そうでしたね。貴女には既に心に決めた騎士様が居るようですからね」
アンジェは騎士様と言うのが最初何のことだと思ったが、直後それがリオンの事を指してると気付き顔を赤くする。
「だ、だから私とリオンは……!」
「そうですね。そもそも貴族と平民では身分が釣り合わず婚姻は認められませんからね」
その言葉を耳にした瞬間アンジェの顔がまるでこの世の全てに絶望したかの様に歪む。その表情にオリヴィアも言い過ぎたと思い口元に手を当てる。
「ゴメンナサイ。少々意地悪が過ぎましたね。ただ方法がないわけじゃないのですよ。例えば貴族と養子縁組を組むとか」
その言葉にまるで砂漠でオアシスを見つけたかのような表情をアンジェはオリヴィアに向ける。
その表情にオリヴィアは優しい微笑みを返すとアンジェは照れくさそうな表情を浮かべる。
「その気になったら何時でも言って下さいね。協力は惜しみません」
オリヴィアが笑顔を向けるとアンジェは頬を染めたまま複雑な表情を見せる。
「その……ありがとうございます」
「お気になさらずに。貴女が公爵家の派閥の方と養子縁組を汲んでくださり行く行くは男爵と婚姻を結んでくだされば、それは公爵家にとっても大いに益となる事ですから」
「それは……」
「将来有望な騎士と注目を浴びてる彼には是非我が派閥に加わっていただきたく思ってます。言わば貴女の養子縁組婚姻を利用する形になりますね。失望させてしまいましたか?」
そう言ったオリヴィアの笑みは何処か寂しげであった。それにアンジェは真っすぐな瞳で応える。
「そういう気持ちが全くないと言えば嘘になる。だがそれ以上に感心した。常に家の事を考え行動しその上で私への気遣いも欠かさない。オリヴィア様、やはり貴女は大したお方だ」
真っすぐな瞳と答えにオリヴィアは嬉しそうに目を細める。
「ありがとうございます。でも若しかしたら男爵の方でもそうした伝手を探してらっしゃるかもしれませんね」
「リオンが……?」
そう言ったアンジェの顔には喜びや期待の色が滲み出てるようだった。
「アンジェリカさん。先程私が養子縁組の話した時より嬉しそうな顔してらっしゃるわよ?」
その言葉にアンジェは思わず顔を赤くし頬に手を当て、そんなアンジェの様子にオリヴィアは微笑みを向ける。
「その場合貴女と彼は私達とは別の派閥になってしまうかもしれませんね。でも、その場合でも貴女とは仲良くしていただけると嬉しいわ」
オリヴィアが微笑むとアンジェもまた微笑みで返すのだった。
"オリヴィア・ラファ・レッドグレイブ公爵令嬢"は本編のリビアと比べると宮廷や王妃教育やらに揉まれ、しなやかさと強さを身に付けたイメージです。本編でも話が進むと大分逞しく成長した印象でしたが、あの強さの先取り的イメージも織り交ぜて。
次回は久しぶりにマリエ登場です